あらゆる分野・業種のシステムがオープンソースを前提に考える時代がやってくる
「オープンソースの力でユーザー企業のビジネスに新たな価値を提供する」をスローガンに掲げ、わが国におけるオープンソースソフトウェア(以降、OSS)の普及に取り組んできたOBCI(オープンソースビジネス推進協議会)が、今年で創立10周年を迎えた。そこで今回は、創立当初から理事長を務めてこられた石井達夫氏を始め、OBCIの運営を担う理事の皆さんにお集まりいただき、この10年間のOSSを取り巻く環境の変化やOBCIの現在の活動、そして今後のOSSの推進に向けた展望などを語っていただいた。
- 理事長:石井達夫 氏(SRA OSS, Inc. 日本支社)
- 副理事長:松島宏明 氏(株式会社 電通国際情報サービス)
- 理 事:溝口則行 氏(TIS 株式会社)
- 理 事:中島康裕 氏(日本アイ・ビー・エム 株式会社 ※理事 大澤隆氏代行)
- 理 事:吉田行男 氏(株式会社 日立ソリューションズ)
「OSSとは何か?」を知る人もいなかった10年前
――OBCIが発足した2007年当時、わが国のOSSを取り巻く状況はどのようなものだったのでしょう。
石井:私自身は1999年頃からOSSのビジネスを手がけていましたが、その頃はクローズドのソフトウェアに比べるとまったく認知されておらず、そもそもオープンソースというものを誰も知りませんでした。それが変わってきたのは、やはりOBCIの発足も大きいと思います。また日立やIBMがLinuxなどに大きな投資を始めた結果、Linuxに関しては商用OSに引けを取らないまでになり、世間の見る目も変わってきました。また今はさまざまなビジネスモデルが出てきて、面白い時代になってきたと感じています。
溝口:最初はOSS を社内の小さなシステムなどで試す程度でしたが、Linuxの認知が高まるにつれだんだん拡がってきましたね。2000年頃にはIBMからApacheのWebサーバ(Apache HTTP Server)を組み込んだ製品が発表され、SIの視点から見ても基本のコンポーネントが出そろってきた記憶があります。
松島:2000年当時、SIerにとって一番大きかったのが保守の問題です。何かあった時に誰がサポートするのかと聞かれて、自分で調べますと言っても納得されないわけです。まだ厳格な運用を求めるお客様には、お勧めできない状況でした。現在のOSSの拡がりには、保守を手がけるベンダーの増加が大きく貢献していると思います。
――その間、OSSに携わる技術者としては、どのような普及の働きかけや取り組みを行ってきたのでしょう。
石井:私が手がけてきたPostgreSQLに関して言えば、日本の場合は1999年くらいにコミュニティができたのが非常に大きかったと思います。その活動が草の根的に拡がっていき、その頃の普及に貢献された方々は現在もコミュニティの中心となっています。ビジネス分野では、やはりアーリーアダプターと呼ばれる初期の先進的なお客様がいて、自分たちでもかなり高い技術力を持ち、積極的に導入して試すことで普及に一役買っておられました。
――まだ10年前は“オープンソース対プロプライエタリ” のような対立図式があって、OSS陣営と商用ベンダーも、お互いの優位性を主張し合うようなところがありました。その頃と現在を比べて、両者の関係はどのように変わっていますか。
吉田:現在でもやはりベンダーとしては、提案の際など自社製品との兼ね合いを考えます。とはいえ、最近はお客様の要求がどんどん変化しているので、何が何でも自社の商用ソフトウェア製品を提案するということはありません。お客様の要件に合っていると判断すれば、OSS を選択することも十分にありえます。
中島:私の所属する部門では、ハードウェアとOSSやミドルウェアとを組み合わせたソリューションをお客様に提案しています。お客様のお取り組みや課題を伺いながら、OSSや自社製品を最適に組み合わせ、お客様にとって最適なシステム構築に向けたご提案を行っています。弊社の製品の中にはOSSを組み込んだものも多数あり、速いスピードで最新テクノロジーが反映されており、OSSに対するお客様の抵抗感はあまり感じなくなりました。
松島:クラウドとりわけAWSの登場は、そうした従来の対立を超えてOSSの普及に大きな弾みをつけたと私は考えています。AWSには、最初のリリース時からサービスとしてOSSが提供されてきました。たとえばデータベースはAmazon RDSでMySQLやPostgreSQLが使えますし、同様にOSはLinuxが標準サービスとして提供されるようになって、「これなら使えるんじゃないか」と世の中の人がわかってきたのです。
セミナーを軸に情報提供や会員の声の取り込みを推進
――次に、OBCIが現在どういった取り組みを進めているのか、またどういう方向を目指しているのかについてお聞かせください。
石井:数多いOSSの団体の中でも、OBCIはOSSの普及に重点を置いて活動を進めてきたため、当初からセミナーを積極的に開催してきました。吉田さんが担当されているオープンソースカンファレンスでのブース展示やセミナー講演活動は、現在の催しの代表的なものです。また最近は、プレミアムセミナーというのを年1回開催しています。これはあえてOSSにこだわらず、AIなどの旬の話題を採り上げて、大変好評をいただいています。
吉田:オープンソースカンファレンスでは、“OSS入門”的な初心者向けのテーマを中心に展開しています。そもそもなぜOSS入門かというと、かなり認知は進んできたが、実際にどのようなものかは意外にまだ知られていないのではないかと。実際、このテーマだと毎回驚くほど参加者が集まるのです。
溝口:参加者はもともと業務だけでなく自分でOSSに関心があって、何とかやってみたいと思っている方がほとんどだと思います。特にOSS入門では、企業の情報システム部門に配属されてOSSをどう使うか関心を持った若い方が、以前から比べると目立つようになってきました。
吉田:先日も会場の前の方の席に、新人さんとおぼしき集団が熱心にメモを取っていましたね。
石井:2016年からは、プレミアムセミナーとは別にOBCI技術セミナーを年間3~4回開催しており、テーマもたとえばデータベース、ビッグデータ、AI、クラウドのように毎回話題のテーマを立てています。今後も会員企業の声を取り込みながら、幅広く採り上げていこうと考えています。
――会員各社やOSSに関心を持つ方の声の吸い上げに、どのような取り組みをなさっていますか。
松島:やはり欠かせないのは、セミナーのアンケートですね。このアンケートにもとづく利用率の傾向を見ると、10年前の参加者でOSSを使っている人はほぼ皆無でしたが、現在は使っていない人の方が少ないという逆転が起きているのがわかるなど、資料としても大変興味深いものがあります。
石井:一方、情報発信にはメールマガジンがあります。OBCI創立当時は、どこでOSSの情報を集めていいのかすら知られていない状態だったので、私たちでまず情報提供をしようということで始めたのが、現在も隔週で続いています。
OSSならばシステム提案の幅と可能性が大きく拡がる
――最近のITトレンドの中でも、IoTなどはライセンスコストや、グローバル規模での標準化という面で、OSSの特長を活かせるのではと感じますが、OBCIではどのようにお考えですか。
溝口:貢献の可能性と新たな課題の、2つの側面があります。現在は標準化された安価で流通も容易な小型のデバイスがたくさんあるので、そこに搭載されるソフトウェアにOSSが貢献できる可能性も大きいと思います。反面、IoTでは、ユーザー側がソフトウェアを意識しないで使うケースがあちこちに出てきます。特にコンシューマ向けの製品の場合は、ソフトウェアの更新や設定に注意を払ってもらうのは難しくなります。
松島:そうなれば管理者の手を離れた場所でどんな使い方をされるかもわかりませんから、たとえばWebカメラが乗っ取られてしまうとか、いろいろな問題も起きてくるでしょう。ユーザーが単なる機械だと思って使った結果、情報セキュリティのケアがまったくできず、そうしたインシデントが起きる可能性はあります。
石井:もちろんそれはOSSだけでなく、すべてのソフトウェアに言えることですが、最近では自動運転の車をソフトウェア的に乗っ取る可能性なども言われています。ますます社会全体で取り組む必要性が高まっていくでしょう。
松島:そうした可能性は、OSSが誰にも使いやすくなっている証拠でもあるわけですが、それだけに今後はますます注意しなくてはなりません。コピーしてインストールすれば誰でも動かせるレベルまで来ているので、ライセンス管理も今後の重要課題でしょう。
――今後のOSSのビジネスモデルにつながる話として、OBCIの皆さんは、自社のビジネスにOSSをどう活かされているのかお聞かせください。
松島:SIerとしては、OSSをうまく使うことで、提案の幅が大きく広がるメリットがあります。特にクラウドサービスとして利用する場合は、その中で動いているソフトウェアがオープンソースかどうかは問われないし、オンプレミスの場合もライセンス料などを考慮しなくてよいので、結果として構成の自由度が上がるんですね。必要なだけ数を増やせるので、昔ならライセンス料を気にしてサーバー台数を集約していたのを最適な規模に分散させるのも簡単です。
石井:そうしたスケールの自由さを生かして、プロプライエタリのソフトを持っているベンダーなどでも、OSSとセットで売っていくケースが今後は増えてくるでしょうね。
長期サポートやライセンス管理の体制が今後の課題
――OSSがまだ知られていなかった10年前、OBCIはOSSの普及を第一の目標に掲げていました。OSSが前提となるであろうこれからの10年に向けて、今後はどんなメッセージを打ち出していかれるのでしょう。
石井:セミナーのアンケートを見ると、参加企業の大きな悩みの一つに「エンジニアが足りない」があって、ここにOBCIとして何らかの提言ができるのではと考えています。もう1つは、「サービスベンダーが足りない」で、ユーザーが増えた結果、その需要を満たす体制が求められているわけで、啓蒙や教育の側面から貢献したいと願っています。
――認知と利用が広まったからこその、嬉しい悩みでもありますね。
石井:先に松島さんが言われたように、お客様への提案の幅が拡がっています。OSSを導入するメリットを維持してもらえるように、継続的にサポートしていくことが、次の重要テーマとなるでしょう。さまざまなOSSを用いて構築したシステムが、5年、10年とバージョンアップを重ねてゆくうちに、古いバージョンの保守をどうするかという課題も当然出てきます。ここを乗り切らないと、ミッションクリティカル領域には進出していけません。長期にわたるサポート体制の提供は、OBCIだけでなくすべてのOSS関係者が取り組んでいくべき問題です。
吉田:最近は、使う人が増えてきたのは嬉しいのですが、OSSだからライセンスを気にしなくていいと勘違いして、勝手にコピーしたりする方も少なくありません。これを野放しにすると、社内で誰がどれだけ使っているかも、バージョンの把握もできないので、脆弱性がどこにあるかもわかりません。エンタープライズ利用におけるITガバナンスという点では、OSSもプロプライエタリも変わりません。そうした面からもユーザーの皆さんには、「正しく使ってくださいね」と機会があるごとにお願いしています。
「OSS 時代の水先案内人」を目指して進んでいきたい
――今後のOBCIの活動に向けて、理事としての抱負を一言ずつお願いします。
石井:今日の座談会を通して、OBCIとして取り組まなくてはならないテーマがまだまだあると気づかされました。今後はこれまで以上に会員の皆様の声に耳を傾けるよう努め、それに応えるべく、全力で皆様の役に立つ活動を続けていきたいと願っています。
松島:実は、ここ数年間でOSSの数が加速度的に増えています。この背景にはGitHubの登場がありますが、なにぶん数が多い上にソフトウェアの品質も技術者の技量もまちまちなので、今後OBCIでもこれらのOSSを検証・評価して、皆様が適切に利用できるよう整理していきたいと思っています。
溝口:今のペースで普及が進めば、数年のうちに「基本はまずOSSで、必要なら商用の製品も選べる」という所まで変化していくのではないでしょうか。そうなった時に、OBCIはビジネスユーザーの皆様に技術やビジネスに関する適切な提言を行える、いわばOSSの水先案内人になれたら素晴らしいと思います。
中島:私自身OSSの担当になってから、情報発信が非常に大切だと感じるようになりました。というのも、お客様がOSSを選択する際に、コミュニティが活発に活動しているか否かが重要な決め手の一つになるため、企業側も取り組みをWebなどでアピールすることが欠かせないからです。一方、これからOSSにチャレンジしようとする企業の場合、公開情報までは自分たちで見つけたものの、肝心の使い方がわからず困っているケースが少なくありません。そうした方々をサポートする意味で、OBCIが開催している「いまさら聞けないセミナー」などの対外活動を、これからも一層拡げていければと考えています。
吉田:先日ある方にフィンテックの勉強会に出た話をしたら、「そんな分野まで手がけているのですか」と驚かれました。OSSである以上、どんな業種や領域でも使われる可能性はあるし、「こんなところでもOSSが使われている」というのを広く知っていただくために、今後も情報発信に努めたいと思っています。
――これからの10年に向けた活動に、大いに期待しています。本日はどうもありがとうございました。
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◆日時: 2017年4月21日(金) 13:00~16:50 (受付開始 12:30~)
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◆定員: 150名 (事前申込み制)
◆費用: 無料
◆主催: オープンソースビジネス推進協議会(OBCI)
◆協力: Think IT(株式会社インプレス)
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