第4回:ビジネス・アーキテクチャ(BA)と情報システム・アーキテクチャ(ISA) (2/3)

システム統合の要点
システム統合の要点となるビジネス−IT−組織のアラインメント

第4回:ビジネス・アーキテクチャ(BA)と情報システム・アーキテクチャ(ISA)
著者:東京工業大学   飯島 淳一   2006/10/17
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ダウコーニングとフォックスメイヤーに見るERP導入プロジェクトの成否

   スコットらは、ほぼ同時期に行われたダウコーニング(Dow Corning Incorporated)とフォックスメイヤー(FoxMeyer Drug Corporation)のERP導入プロジェクトについての分析を行っている(Scott etal., 2002:注2)。
※注2: Judy E. Scott and Iris Vessey, "MANAGING RISKS IN ENTERPRISE SYSTEMS IMPLEMENTATIONS," COMMUNICATIONS OF THE ACM, Vol. 45, No. 4,74-81,2002.

   2社を取巻く状況は以下の通りである:


ダウコーニング

   ダウコーニングは、売上高25億ドルのシリコン製品メーカだが、シリコン乳房植込みに関する20億ドル相当の有名な訴訟と、競合他社からの圧力に直面していた。既存のシステムは断片化され特定の部門だけに集中していたため、顧客に対して統一の取れた対応ができなかった。

   そこで生き残りをかけて、真のグローバル企業となるため、ビジネスプロセスのリエンジニアリングを行うことを決断した。同一の組織単位の中にビジネスプロセスとITについて責任を持つBPIT部門を設立した。

   準備の過程で、ベストプラクティスとなっているいくつかのビジネスをあきらめたし、また組織内の変化を管理することへの注意をほとんど払わなかったり、プロジェクトチームの訓練をしなかったりと、コンサルティングパートナーをうまく使うこともしなかった。だが、会社とシステムは生き残った。


フォックスメイヤー

   一方、フォックスメイヤーは薬の卸売り業者である。この産業は、1990年代のはじめの医療保障制度改革によって、競争的で比較的不安定な産業となった。1993年にR/3プロジェクトに対して、6500万ドルもの投資を行った。同時にかなり野心的な倉庫自動ソフトも導入した。それは、R/3とのインターフェースを持ったものであった。

   フォックスメイヤーは、このプロジェクトによってマーケットシェアを早期に獲得するだけでなく、毎年4,000〜5,000万ドルのコストを削減できると期待していた。しかし、実際はそうならなかった。

   最大の顧客であるファーモア(Phar-Mor)が1993年の5月に倒産したのを受けて、フォックスメイヤーは新たな顧客としてUHCと契約した。しかしこの契約は、このプロジェクトに大きな変化を要求した。その結果コストは1億ドルにまで急増し、在庫と注文の取り違えによる3400万ドルの債務負担の後、1996年8月についに連邦破産法第11章に対する破産保護を申請した。


ダウコーニングとフォックスメイヤーの類似点と相違点

   スコットらは、これらの2つのケースは全く異なる結果になったが、ほぼ同じ時期にR/3が実装されたという点以外にも、いくつかの類似点があるとしている。たとえばビジネス環境の観点で言えば、ダウコーニングは費用のかかる訴訟と増大する競争圧力を抱え、一方フォックスメイヤーは利幅の現象とトランザクションの増大を抱えており、企業を取り巻く環境からの脅威は両者ともにあった。

   組織の観点で言えば、両者とも明確に定義されたビジネス戦略を持っており、またビジネスプロセスの統合が成功の鍵を握ると考え、企業情報システムを導入しようという意思決定を行ったことから、ITの重要性についてはしっかりと認識していたと考えられる。

   では、どこが両者の成否の分かれ目となったのだろう。スコットらは次のようにまとめている。まず、両者を取り巻く状況の変化が大きく異なっていた。すなわちダウコーニングは安定的であったが、フォックスメイヤーにはファーモアの倒産とUHCとの提携という大きな変化があった。

   すなわち、フォックスメイヤーにおけるプロジェクトが失敗に終わった理由のひとつとして、主要な顧客であるファーモアが倒産したことにより失われた収益を確保するために販売方法のまったく異なるUHCと契約したこととにより、業務の複雑性が増し、そのためR/3の実装を90日に短縮せざるを得なかった。このため、ビジネスプロセスの再構築ができず、また十分なデータでのシミュレーションが行われなかったことにある。

   組織文化についても大きな違いが見られた。すなわちダウコーニングはコミュニケーションを誘導するオープンな組織文化であり、一方、フォックスメイヤーは従業員に忠誠を強いる安定した労働環境で、あまりオープンとは言えないものであった。このため、R/3導入に対する従業員の中の認識のずれは、フォックスメイヤーの場合あまり表に出てこなかった。またフォックスメイヤーはR/3に過度の期待をしたが、ダウコーニングは改革は徐々に行うものであると考えていた。

   このようにいくつかある違いの中で、スコットらは両者の成否を分けたもっとも大きな原因は技術的な問題ではなく、実装を取り巻くマネジメントレベルの問題にあるとまとめている。

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東京工業大学  飯島 淳一氏
著者プロフィール
東京工業大学  社会理工学研究科  教授   飯島 淳一
1982年東京工業大学・大学院博士課程修了。1996年より現職。2006年4月より経営情報学会会長。主な研究分野は,情報システム学と数理的システム理論。主な著作は『成功に導くシステム統合の論点(共著,2005)』『入門 情報システム学(2005)』ほか。


INDEX
第4回:ビジネス・アーキテクチャ(BA)と情報システム・アーキテクチャ(ISA)
  2つのアーキテクチャの整合性
ダウコーニングとフォックスメイヤーに見るERP導入プロジェクトの成否
  2つの事例の共通点
システム統合の要点となるビジネスとITと組織のアラインメント
第1回 システム統合とは何か
第2回 システム統合における障害発生の分析 〜 みずほFGのシステム統合事例
第3回 アーキテクチャとフレームワークの定義
第4回 ビジネス・アーキテクチャ(BA)と情報システム・アーキテクチャ(ISA)
第5回 BAに整合したISAの構築

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