CNCFのCTO、Chris氏の「Cloud Native Predictions for 2021 and Beyond」に見る、クラウドネイティブに関する予測【後編】

2021年8月6日(金)
赤井 誠

はじめに

国内外で「クラウドネイティブ」に取り組む企業やエンジニアが増え、クラウドネイティブ関連のイベントへの参加者も活況を呈しています。一方で「クラウドネイティブとは、なんでしょうか?」という疑問を持っている方々も多くいます。

そこで本連載では、クラウドネイティブについて解説するとともに、それを支える基本的なテクノロジーやソフトウェア、そして、特にエンジニア視点として、どのように学んでいくかを紹介していきます。

今回は、前回に引き続き、クラウドネイティブの普及を支援するCloud Native Computing Foundation(以下、CNCF)のCTOを務めるChris Aniszczyk氏が、2021年年初に公開したブログ「Cloud Native Predictions for 2021 and Beyond」の概要を紹介し、今後のクラウドネイティブの動向を探ります。

2021年以降、クラウドネイティブは
どうなっていくのか

注目ワード(2):Kubernetesはデータセンター以外にも拡大する

Kubernetesは、グーグルなど大規模なデータセンターを持つ企業で開発され、発展してきました。しかし、今後Kubernetesは、エッジコンピューティングの主要なプラットフォームとしての利用が進むとしています。

以前、マイクロソフトCEOのサティヤ・ナデラ氏が、講演で「エッジコンピューティングこそ未来だ」と述べたように、エッジコンピューティングへの注目が高まっています。エッジコンピューティングとは、IoTデバイス、PC、スマートフォンなどのデータの生成元や、その近くでデータ処理を行い、クラウドと連携する形でコンピューティング機能を提供するものです。

注目ワード(3):クラウドネイティブでWasmの利用が増える

Kubernetesのエッジコンピューティングにおける利用が拡大していくにつれて、例えば、ツールやユーティリティなどを拡張するときに、「Wasm」の使用が増加するとしています。

Wasmは「WebAssembly」の略称で、W3C Community Groupによって開発されたオープンスタンダードです。効率的な実行とコンパクトな表現を目的として設計された、安全で可搬性の高い、低レベルのコードフォーマットで、WasmバイナリはCやRustなどの言語コンパイルターゲットとして生成され、Web上でのハイパフォーマンスなアプリケーションを作成できます。Linux Foundationは、WasmをJavaScript、HTML、CSSに加えてJavaScript、HTML、CSSに加えたWebの4番目の「公用語」と紹介しています。

●Wasm公式サイト:https://webassembly.org/

Wasmについては、Linux Foundationが入門者向けのオンライントレーニングを無償で提供しています。

【参考】Introduction to WebAssembly(LFD133x)
https://training.linuxfoundation.org/ja/training/introduction-to-webassembly-lfd133/

注目ワード(4):FinOpsが台頭

「FinOps」は「Cloud Financial Operations」(クラウドの財務運用)、「Cloud Financial Management」(クラウドの財務管理)、「Cloud Cost Management」(クラウドのコスト管理)の略語です。

クラウドの利用が拡大するにつれて、どのように財務管理(コスト管理や投資効果など)を行うかがますます重要になっています。DevOpsは、開発チーム(Development)と運用チーム(Operations)が相互に協調して、開発・運用するソフトウェアやシステムの価値を高め、エンドユーザーに届け続けることです。FinOpsは、同様にIT、財務、製品などのクロスファンクションのチームが協力して、スピード、コスト、品質の間でビジネス上のトレードオフやバランスをうまくとり、従来型の財務モデルからクラウドの変動費モデルに財務的な説明責任を持たせることを目標にしています。

しかし、実際にFinOpsを実現するには大きな課題があると言います。特にChris氏は「本当の課題は、クラウドの財務管理に関するオープンソースのイノベーションと標準化がないことであり、FinOpsを容易にしようとするオープンソース・プロジェクトはあまりないことだ」と指摘。現在、Linux Foundationでは「FinOps Foundation」を支援しています。

●What is FinOps公式サイト:https://www.finops.org/

注目ワード(5):クラウドネイティブプロジェクトでRustの利用が増える

プログラミング言語「Rust」に対する注目が高まっています。メモリーセーフでその安定性に対する評価が高く、大手ITベンダーの基盤部分での採用が拡がっています。グーグルがAndroidやLinuxカーネルの開発プログラミング言語に採用し、マイクロソフトがWindows OS開発に利用するとも報道されています。さらにIoTやブロックチェーンなどの新しい分野でもRustがトレンドになっています。

Chris氏は、現在はGoを利用したCNCFプロジェクトが圧倒的に多いながら、数年後にはRustベースのプロジェクトがGoベースのプロジェクトと肩を並べるようになると予想しています。

注目ワード(6):GitOpsが成長する

GitOps(Alexis Richardson氏の造語)は、クラウドネイティブテクノロジーの運用モデルです。Gitを使用して、インフラストラクチャとアプリケーションの構成を管理するための一連の活動のことを言います。

CNCFに新たに設立されたGitOps Working Groupでは、インフラやクラウドネイティブアプリケーションの運用・管理を簡素化するGitOpsのツールやメソトロジーを導入するためのスキル、ナレッジなどをシェアしています。興味のある方はぜひアクセスしてみてください。

【参考】GitOps Working Group)
https://github.com/gitops-working-group/gitops-working-group

注目ワード(6):サービスカタログとクラウドネイティブ開発者向け開発者向けダッシュボード

ITILなどで定義されているサービスカタログがあります。このサービスカタログは、IT部門などが現在提供しているITサービスの一覧です。利用者は、サービスカタログを見て利用可能なITサービス、内容・適用範囲・利用条件などを知ることができます。このクラウドネイティブ版となるサービスカタログが普及するだろうと言います。将来的には、サービスカタログだけではなく、モビリティネットワーク企業Lyftが開発するKubernetes、Envoyなどをまとめて管理できるClutchのような開発者向けダッシュボードもトレンドとなると予測しています。

注目ワード(7):クロスクラウドが現実的段階に

Chris氏は「クロスクラウド」という言葉を使っていますが、マルチクラウドと言ったほうが分かりやすいかもしれません。

State of the Cloud Report 2020」によれば、93%の企業がMicrosoft Azure、Amazon Web Services、Google Cloudなどの複数のクラウドサービスを利用する戦略を持つとしています。

注目ワード(8):メインストリームeBPF

「eBPF」は「extended Berkeley Packet Filter」の略語です。eBPFを利用すると、カーネルコードを変更したり、モジュールをロードしたりせずに、Linuxカーネル内のプログラムを実行できます。これにより、Linuxカーネルの動作を拡張して、ネットワークの改善、監視などを行えます。現在は、Linuxカーネルのメインラインに取り入れ、商用ディストリビューションである「Red Hat Enterprise Linux」でも利用可能です。

●eBPF公式サイト:https://ebpf.io/

Chris氏は、このeBPFを利用する流れが大きく進むだろうと予測しています。

年初に書かれたブログなので、2021年も半分を過ぎた昨今から見ても、すでにトレンドの予測が当たってきているものもあります。実際に、Linuxだけでなくマイクロソフトも、Windows 10とWindows Server向けにeBPFの互換機能を持つ「オープンソースeBPF for Windows」を発表しています。FinOpsなどは、まだこれからの普及といった項目もあります。

しかし、CNFCをリードする1人であるChris氏の知見は、幅広い開発者や利用者などの声をよく聞いた上で構築されていることからも、一読の価値はあると思います。

おわりに

クラウドネイティブテクノロジーの活用が広がると同時に、課題を解決するトレンドが紹介されていました。この手の予測は必ずしも当たるわけではありませんが、それらが出てきる背景などを理解することで、現状がよく見えてきます。今回は幅広い内容となっているので、自分が興味があるところから調べてみるのも良いと思います。

次回は、いよいよ最終回となります。最終回では、クラウドネイティブテクノロジーについて、どのように学ぶかを紹介します。

MKTインターナショナル株式会社 代表取締役社長
日本HPに入社後、ソフトウェアR&D、事業企画、マーケティング部門を歴任。Linux事業リーダーとして日本HPをLinux No.1ベンダーに、HPC事業を立ち上げHPC No.1ベンダーへと導く。2011年4月MKTインターナショナルを起業し、現職。『できるPRO MySQL』(インプレス刊)等著書多数。

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