Windows Azure Packへの招待 − Microsoftが提供する、クラウドコントローラー −

2015年8月20日(木)
樋口 勝一

仮想化からハイブリッドクラウドへ

2010年頃からサーバー仮想化が話題となり、仮想化インフラの構築がもてはやされるようになったのは、皆さんの記憶にも新しいと思います。ハードウェアの劇的なパフォーマンスの向上に伴い、ネットワーク、CPU、ハードディスクなどのハードウェアリソースを仮想化することで、1台のサーバー内に複数の仮想マシンを作ることが可能となり、物理サーバーの効率的な使い方を可能にしました。パフォーマンスにおいても、物理サーバーと比較して遜色ないほどの性能が確保されています。仮想化の恩恵は、既存の社内システムのコストダウンや運用効率の向上、パフォーマンス向上に大きく貢献してきました。

一方、サービスプロバイダーにとっても、サーバー仮想化は新しいビジネスチャンスとなりました。より低コストで、より効率的な運用で、質の良いサービスを大量に提供できるようになったためです。その中でもクラウドサービスは、仮想化がもたらした最大の恩恵といえます。そして仮想化のトレンドは、「何もかも仮想化」という時代から、今度はすべてをクラウドでという「クラウドファースト」という一大ブームが始まりました。

こうした市場のニーズを反映して、マイクロソフトは企業のオンプレミスシステムを、すべてパブリッククラウドに置き換えられるよう、Microsoft Azureの機能拡張やソリューション提供、アナウンスに相当力を入れています。ですが、いくらパブリッククラウドは万能、安全とアピールしてみても、やはりこれまで同様、大事な情報は手元に持っておいて管理したいという意向(ポリシー)やパブリッククラウドの安全性に懐疑的で、導入に二の足を踏むところも依然として残っています。とはいえ、最近はパブリッククラウドを完全否定するより、その利便性を採り入れたいという方向へ動いていることは事実です。「確かにクラウドは便利だし、利用したいが、これまでの手元にあるシステムとも連携して使い続けたい」という、旧来のITシステムとの親和性(透過性)をもったクラウドをより重視する傾向が強まっています。

時代はハイブリッドクラウドへ

ハイブリッドクラウド

図1:ハイブリッドクラウド

マイクロソフトはこうした企業のIT部門の要望に応えるために、ハイブリッドクラウドという考え方を提案しはじめました。ハイブリッドクラウドは、企業のオンプレミスシステムは、これまで同様自社の足下でプライベートクラウドを構築し、仮想化の恩恵を受けつつ、パブリッククラウドとしてMicrosoft Azureのサービスを有効利用し、プライベートクラウドとパブリッククラウドの優位性を最大限に活用し、シームレスに繋げるようにすることを目標としています。

パブリッククラウドとしては、マイクロソフトが提供するMicrosoft Azureが頻繁にアップデートを繰り返し、機能拡張や安定運用を実現してくれます。パブリックなクラウド環境はマイクロソフトにすべて任せ、ユーザーとしては、必要な部分を必要なだけをいつでも簡単に利用できます。一方プライベートクラウドとなると、以前から「何もかも仮想化すれば完成」、という誤った考え方で完結してしまいがちですが、仮想化はあくまでインフラの再編なので、仮想化したものをいかに効率的に利用し、簡単に利用者に提供するかがプライベートクラウドには必要となります。これらを実現するためには、仮想化されたインフラにより、さまざまなサービス提供、運用の自動化、管理の効率化を実現するためのクラウドコントローラーが必要となります。

そこでマイクロソフトは、プライベートクラウドを実現すべく、クラウドコントローラーとして、Windows ServerとSystem Centerをベースに、パブリッククラウドのMicrosoft Azureと同様のインターフェイスと機能を実現できる、“Windows Azure Pack”を提供しました。Windows Azure Packによりプライベートクラウドサービスをユーザーも管理者もより簡単に、最大限に有効活用できるシステムが完成することとなります。、

今後の仮想化インフラを有効活用するには、まずは、Windows Azure Packできちんとプライベートクラウドを確立することが、来るハイブリッドクラウド時代、さらにその先のより高度なクラウド時代に備えるための絶対条件となりそうです。

Windows Azure Pack

Windows Azure Packとは

Windows Azure Pack(WAP)とは、Microsoftが展開しているクラウドサービス「Microsoft Azure」のWebインターフェイスをそのまま利用して、プライベートクラウドのサービス提供を可能にするシステムです。プライベートクラウドで、仮想マシンホスティングのIaaS、WebホスティングのPaaS、データベースホスティングのDBaaS、メッセージング処理のサービスバスなどの提供が可能です。WAP管理者用Webサイトと、ユーザー用WebサイトがMicrosoft Azureと同様のリッチなインターフェイスで利用できます。たとえば、仮想マシンホスティングのIaaSの場合は、プラットフォームとなるHyper-Vに対して、統合管理ツールである、System Center Virtual Machine Manager(VMM)の機能を利用して、Service Provider Foundation(SPF)を通して操作、管理する構成となっています。高機能なVMMのシステムを、WAPのWebインターフェイスにより、直感的な操作で簡単に利用できるようになります。

現時点では、Windows Azure Packのメインストリームサポートは2017年7月11日までとなっています。System Centerのアップデートに合わせて、Windows Azure Packもアップデートを繰り返し、今後も安定性の向上と新機能が追加されていく予定です。

Hyper-VとVMMとSPFとWAPの関係

図2:Hyper-VとVMMとSPFとWAPの関係

Windows Azure Packのシステム構成

Windows Azure Packは、管理ポータルからAPIを通して各種サービスを提供し、管理者から利用する仕組みとなっています。管理者、ユーザーは難しい操作をすることなく、Webインターフェイスから、Microsoft Azureと同様にサービスを提供、利用できます。

Windows Azure Packテクノロジー

図3:Windows Azure Packテクノロジー(出典:"Windows Azure Pack for Windows Server" Figure 6, Microsoft)

管理ポータル

Windows Azure Packは、Microsoft Azure同様のエクスペリエンスで、管理ポータルが提供されています。管理ポータルは、クラウドサービス自体の管理者用と、クラウドサービス利用者用の2種類が用意されており、それぞれがWebインターフェイスで提供されています。また、プログラマティック(programmatic)にアクセスするために、OData REST APIが用意されています。これにより、独自のインターフェイスを作成して利用することやバッチ処理など、定期タスクとしての実行も可能となっています。

管理者向けポータル

管理者向けポータルでは、クラウドサービスとして提供する各種サービスの設定を行います。Webサイトサービスや仮想マシンサービスなどの構成、アカウント管理、クラウドサービスとしてのプラン作成などを行うことができます。また、各種サービスの利用状況やリソースの残り状況などを、グラフなどで分かりやすくインタラクティブに確認できます。

クラウド管理者向けポータル

図4:クラウド管理者向けポータル

利用者(テナント)向けポータル

利用者(テナント)向けポータルでは、提供されたクラウドサービスを利用して、Webサイトの作成、仮想マシンの作成、管理ができます。

クラウドサービス利用者向けポータル

図5:クラウドサービス利用者向けポータル

Webサイトサービス

Webサイトサービスでは、IISによるWebサイトホスティングサービスを構築、提供するWebサイトサービスが利用できます。Microsoft Azureと同様に、アクセス負荷状況により、自動的にスケール調整するよう最適化された機能を提供します。サービス利用者に対しては、難しい設定は必要なく、自動化が可能です。ASP.NETはもちろんのこと、PHP、Node.jsといった、人気のあるOSSのアプリケーションやフレームワークがサポートされています。

Windowsだけではなく、MacやLinuxからでもサイトの管理が行え、GitHubなどを用いて、Webアプリケーションのソースコードの管理やアプリケーションの発行が可能となっています。作成したWebアプリケーションは、ギャラリーに登録して、再利用が可能です。Webギャラリーには、Microsoft Azureと同様に、Microsoftやさまざまなサードパティが開発したWebアプリケーションがリストアップされており、すぐに入手して利用できます。

すべてのインターフェイスは、Microsoft Azureと同様にWebインターフェイスで提供されています。高機能なWebサイトだけではなく、グラフィカルなインターフェイスでWebサイトのアクセス状況や、利用状況を簡単に確認できます。

さまざまなWebアプリケーションが用意されているWebギャラリー

図6:さまざまなWebアプリケーションが用意されているWebギャラリー(出典:"Windows Azure Pack for Windows Server" Figure14, Microsoft)

仮想マシンサービス

クラウドサービスとして、最も人気のある仮想マシンサービスは、Hyper-V、System Center Virtual Machine Manager(VMM)、Service Provider Foundationを組み合わせることで実現されています。Windows Azure PackのWebインターフェイスにより、高機能なVirtual Machine Managerのシステムを、直感的な操作で分かりやすく利用できるようになります。

仮想マシンサービスも、Microsoft Azureと同等のエクスペリエンスと機能を提供しています。VMMの機能を利用して、独自の仮想マシンテンプレートを作成保存しておくことで、さまざまな用途に合わせて最適な仮想マシンを提供できます。仮想マシンとしては、Windows Server 2012 R2 Hyper-VがサポートするゲストOSであるWindowsだけではなく、Linuxも同様に利用できます。

仮想ネットワークサービス

仮想マシンサービスでは、Hyper-VがサポートするNVGRE(トンネリングプロトコルの1つ)を利用して、ユーザー独自の仮想ネットワークを作成することが可能となっています。クラウドサービス内でセキュアに閉じられたローカルネットワークを構築できるため、2階層、3階層のシステム構築がクラウド上で実現可能になります。

VMMと密接に結び付いた仮想マシンサービス

図7:VMMと密接に結び付いた仮想マシンサービス

サービスバス

サービスバスという名称は、聞きなれない方も多いと思いますが、簡単に言えばメッセージ通信を利用して、複数システム間の連携を行うための仕組みです。サービスバスを利用することで、システム間連携のための負荷を軽減することや、非同期処理が可能となり、効率の良いシステム連携が実現されます。Windows Azure Packで提供されるサービスバスには2種類あり、サービスバスキューとサービスバストピックが用意されています。

サービスバスキュー

サービスバスキューは、サービスやアプリケーション間の連携を直接やりとりするのではなく、送信側は一度サービスバスのメッセージキューに送り、処理メッセージを格納します。受信側はサービスバスのキューから処理メッセージを取り出して実行することになります。この一連の流れは、それぞれ非同期で行うことができるため、1つの処理が送信側から受信側へ送られて処理されるまで、他の処理が停滞することがなく、キューを利用することで効率的にシステム処理を行えます。

サービスバスキュー

図8:サービスバスキュー(出典:"Windows Azure Pack for Windows" Figure 18, Microsoft)

サービスバストピック

サービスバストピックでは、サービスバスキューの機能に加えて、メッセージキューに蓄えられた単一のメッセージを、複数のシステムで再利用される機能が追加されています。メッセージに対して任意にフィルタリングすることも可能です。必要な命令1つで複数のシステム処理を効率的に行う、1対多のメッセージングを利用したシステム連携が可能となります。これによって、大規模システムの負荷を大幅に軽減するシステム構成が実現されます。

サービスバストピック

図9:サービスバストピック(出典:"Windows Azure Pack for Windows" Figure 19, Microsoft)

データベースサービス

Windows Azure Packでは、データベースサービスとしてSQLサーバーだけではなく、MySQLもサポートされています。データベースサービスは、複数のWebアプリケーションやサービスからの要求に対して、マルチテナントでの接続が可能です。また、個別にディスククオーターを設定できますので、さまざまなプラン、要求に対応できます。

SQLサーバーとMySQLの2種類のデータベースに対応したデータベースサービス

図10:SQLサーバーとMySQLの2種類のデータベースに対応したデータベースサービス

まとめ

「Microsoft Azureで提供しているサービスやテクノロジーをオンプレミスでも使えるようにする」というのが、マイクロソフトが現在目指している製品開発の考え方となっています。最終的に、Microsoft Azureとオンプレミスのプライベートクラウドのシステム、エクスペリエンスが同じになれば、ユーザーが利用したいシステムは、パブリッククラウドにあろうとプライベートクラウドにあろうと、意識する必要はなくなります。必要なリソースを必要な時に必要な分だけ使い分けるといった使い方こそが、マイクロソフトの目指すハイブリッドクラウドという考え方となります。たとえば、あるプロジェクトで一時的に高負荷になることが予想されるWebアプリケーションや仮想マシンを、一定期間だけMicrosoft Azure上に移動して、安定運用を実現する。プロジェクト終了後には、すみやかに自前のデータセンター内のプライベートクラウドに戻すといったことが、シンプルなWebインターフェイスで簡単に実現できるようになります。また、バックアップは取っているものの、災害時対策としてMicrosoft Azure上にレプリケーションを取っておき、万が一のときは自動的にリカバリが実現されるといった、世界規模のクラウドサービスならではの利点を最大限に利用可能となります。

とはいっても、ハイブリッドクラウドはいまだ成長過程にあります。マイクロソフトは、Microsoft Azureとプライベートクラウドの融合だけではなく、Microsoft Azureから他のパブリッククラウドをもコントロールできるようにするなど、さらなる上を目指しています。これには、Microsoft Azureの機能拡張と、クラウドOSとしてのWindows Serverの機能拡張が必須となります。

Microsoft AzureのアップデートやWindows Serverの刷新は、マイクロソフトにお任せするとして、来るべきハイブリッドクラウド時代では、プライベートクラウドは必要不可欠です。まずは一番の近道として、分かる、作れる、使える、プライベートクラウドをWindows Azure Packで構築してみてはいかがでしょうか。



参考資料:"Windows Azure Pack for Windows Server", Microsoft 2013. http://www.microsoft.com/en-us/server-cloud/products/windows-azure-pack/



編集部からのお知らせ

樋口氏が執筆された、『Windows Azure Packプライベートクラウド構築ガイド』が、Think IT Booksとして、2015年8月末に出版されます。Windows Azure PackとHyper-Vによって、企業内の仮想マシンの提供サービス(IaaS)の構築を、最小構成のシステムで手順を追って説明しています。Windows Azure PackによるIaaSの構築に関心のある方は、以下のURLにある紹介情報を是非ご参照ください。

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GMOインターネット株式会社 Windowsソリューション チーフエグゼクティブ

GMOインターネットでWindowsのサービス開発運用に関わって16年、数年単位で進化し続けるMicrosoftのWindowsは新しもの好きにはたまらない製品です。自動販売機に見たことのないジュースがあれば、迷わすボタンを押します。そんなチャレンジが僕の人生を明るく、楽しくしてくれています。

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