この連載が書籍になりました!『これからのSIerの話をしよう エンジニアの働き方改革

経営力・マネジメントを強化する

2017年3月17日(金)
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)

はじめに

みなさん、こんにちは。連載第1回「SIerの存在意義と抱える悩み」では、これからのSIerが魅力的な仕事をしてユーザーに感謝され、ITエンジニアが憧れの職業と思われるために”企業が取り組まなければならない課題”をリストアップしました。今回は、この”企業編”最後のテーマ「経営力・マネジメント」強化について考えてみましょう。

「会社の改革のためのその10」ーHRT経営チームを作り、相互に成長しながらとんでもないところに行く

経営者も成長する

私がよく口にする言葉に「経営者も成長する」というものがあります。私が若い頃、経営者ははるか頭上にある天井のようなもので、ずっと同じ場所に横たわっているように捉えていました。しかし、起業して経営者の端くれになってしばらくしてから「あ、経営者も成長しているんだ」という当たり前のことを実感したのです。

前回、「企業が成長するためには営業力が重要だ」と説明しましたが、「経営者が成長しない限り企業も成長しない」ということもまた真理です。起業1年目よりも3年目の方が、3年目よりも5年目の方が経営者として成長するからこそ、企業は良い方向に進みます。経営者は、ともすると「自分は最初からこうだった(この実力があった)」と勘違いしがちなのですが、いろいろな経験を踏まえて成長してきたからこそ今の自分があるのです。

この「経営者も成長する」という自意識を持ったとたん、”経営力強化”という古くさいセピア色のお題目が急に色づいてきて、次のようなポイントが浮かび上がってきます。

経営力強化の5つのポイント

①経営者自らが成長するという意識を持つ
②経営者全員が成長することを考える
③経営者が成長するための具体策を立てる
④報告会からディスカッションへ転換する
⑤将来の企業像を経営者で共有する

①経営者自らが成長するという意識を持つ

どの会社も社員教育制度を設けて、社員の育成に力を入れています。社員一人ひとりが成長することによって、企業力がぐーんと高まることを経営者はみんな知っています。でも、往々にして上から目線で社員育成を考えていて、無意識に自らを成長させる対象外に置いています。

松下幸之助さんの言葉に「一方はこれで十分だと考えるが、もう一方はまだ足りないかもしれないと考える。そうしたいわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む。」というものがあります。「経営者も成長する」ことを意識したとたん、自分がどのように成長してゆくべきかを考え始めます。老子の「足るを知る」もとても良い思想なのですが、経営者自らは「足らないを知る」ことが重要なのです。

②経営者全員が成長することを考える

経営者には見栄とプライドがあります。企業内ヒエラルキーの上層にいることをみんなに認められ続けるためには、「すごい」「できる」と思われなければなりません。経営者同士はライバル関係でもあるので、あいつより「できる」と言われたい、あの事業部より「すごい」と思われたいという意識も強く持っています。

それはそれで良いことですし、だからこそ身を削って働いているわけです。でも、同時に経営陣は協力して会社を成長させる役目を担う呉越同舟のチームでもあります。こっそり研鑽して自分だけが「すごい」と思われるのではなく、経営陣全員が一流の経営者に成長する姿を思い浮かべるようにしてください。みんなで切磋琢磨しながら成長してゆく方が、1人だけという狭い了見よりもずっと高い極みにたどり着けるのです。

③経営者が成長するための具体策を立てる

経営者も成長してゆくイメージが持てたら、そのための具体的な育成プランを講じましょう。一般に社員教育制度と比べて、経営者のための教育は疎かになっています。「いやしくも経営者ともあろうものは自ら学べ」「経営力というものは、座学で学べるようなものではない」「今さらMBAの取得ってのもなぁ……」などなど。

そんな空気もあって何もしていないことは想像できますし、どれも一理あると思います。でも、その結果、経営者が部門長の延長の執行役員としては機能しているのに、会社という船を理想郷へと導いてゆく経営スタッフとしての能力と意識が欠けているとしたら、何か手を打つ必要があります。

「よし、経営者向けの教育を充実させるぞ!」と決意してネットで調べてみると、「マネジメント研修」「コミュニケーション研修」「ロジカルシンキング研修」など、経営者の人となりを鍛える教育ばかりです。「経営者能力とは運をつかむ能力です。」なんていうのもあって思わず笑ってしまいましたが、かくいう当社も外部から講師を招いて「コーチング」の指導を受けたりしています(これはこれで素晴らしかったですが)。

経営者向けの教育というと、とかくこのような人間力をアップするものが多いですが、そちらに偏らずもっとビジネス的な経営スキルも高めていきましょう。わざわざMBAを持ち出さずとも、もっと具体的かつよく熟知している題材が目の前にあります。それは自社のビジネスです。自社のビジネスについて、みんなで徹底的に掘り下げて考える時間を設けることが最大の経営スキル育成につながるのです。「経営者たるもの」という枕詞を借りるとすれば、「自分たちで学ぶ力は持っている」はずなのです。

④報告会からディスカッションへ転換する

まずは、会社で行っている取締役会や経営会議を変えるところから始めてみましょう。こうした定期開催の会議は、どうしても形骸化してしまいがちです。取締役会が社長に対する”報告会”に、経営会議が経営者に対しての”報告会”になっていませんか。事前配布の資料を読めばわかることを全員集まった場で綿々と説明するのは、高い報酬をもらっている人たちの時間の無駄ですし、なによりもつまらなくてモチベーションが上がりません。

そこで、思い切って特別に報告が必要な人にだけ発言してもらうようにして、ディスカッション中心の会議にしたらどうでしょうか。「会社の情報システム化について」「社員の定着率をアップさせるには」「ホームページのリニューアルと有効活用」「営業力を強化するために取り組むべきこと」など、会社としてやらなければならない課題は山のようにあります。毎回、このようなテーマを決めてディスカッションするのです。

部門のトップとしての「アピール」と「いいわけ」が中心だった報告型会議を脱却して、経営者として会社がよりよくなるための方向性を話し合う討議型会議にするのです。取り組むべき課題をテーマボードに書き出し、テーマごとに1つずつ取締役全員で熱くディスカッションしてみましょう。

当社の取締役会も以前は決議事項、報告事項のみたんたんと処理していたのですが、新たに「討議事項」という項目を加え、取締役が経営課題を論じることを中心とするスタイルに変えました。この結果、管轄部門以外の課題にもお互いが意見を言い合う状態が創り出され、私を含めて一人ひとりがみるみる経営者の顔になっていったのです。

<<コラム>>HRTの原則

『Team GeekーGoogleのギークたちはいかにしてチームを作るのか』(オライリージャパン刊)という書籍の中に「HRTの原則」というものが出てきます。HRTとは、謙虚(Humility)、尊敬(Respect)、信頼(Trust)の3つで、「素晴らしいチーム文化を作るにはこの三本柱が大切だ」と繰り返し述べています。

この本は、プログラマのチーム作りについて書いていますが、これがそっくり経営者チームにも当てはまります。ワンマン経営者に追従するだけの経営者チームは問題外ですが(という割には結構多い)、「なんでも言い合える」といってHRTが欠けたギスギスするチーム(実はこれも多い)もいただけません(図)。

図:経営チームにもHRTの原則を

この本の第3章に”船にはキャプテンが必要”とあります。社長が良いキャプテンになり、将来像に向けて船を力強く航海してゆくのが良い経営者チームなのです。ぜひ、恥ずかしがらずに「俺達はHRTで行こう!」と宣言して実践してみてください。

⑤将来の企業像を経営者で共有する

上場企業は単年度の予算のほかに、3年スパンの中期経営計画を立てます。当社も上場以来ずっと中期経営計画を回してきましたが、最近になって、今さらながら5年、10年スパンの長期経営計画を立てています。

社長は「将来どんな会社にしていきたいか」漠然としたイメージを持っているのですが、それを経営者全員が共有しているとは限りません。というか実は社長のイメージもあやふやなものなので、きちんと長期経営計画を立てるという行為によって、それが明確な輪線を持って見えてくるのです。

肝心なのは、このイメージ(と数字)を社長が押し付けるだけではないということです。実際にその将来像へ近づけるのは各取締役の力です。あくまでもたたき台としてイメージを明文化したら各取締役にシナリオや根拠をきちんと考えてもらい、お互いの管轄部門を超えてディスカッションをします。これにより、実効性のある長期経営計画ができてきます。

1人で成長しているわけではない

私が会社の長期経営計画を立てたのも、実は取締役に真顔で「梅田さん、この会社を将来どんな会社にするつもりですか」と聞かれたからです。私は、社長が大きな夢を語るスタイルが苦手な性分なので、いつものように「イチローみたいに、『小さなことを重ねていくことがとんでもないところに行く道』という方針でもいいんじゃない?」と煙にまこうとしました。

でも、「それでは自分たちがきちんとした長期計画を立てられない」と食い下がられ、「それもそうだ」と反省したわけです。そこで過去10年の各事業の経営数値を細かく分析した上で会社全体の将来像を具体化したプランを作成し、それをたたき台にして取締役全員で長期経営計画を立てたのです。

実際に長期経営計画を立てようとしてみて、これが「会社の将来を考える上でとても役立つことだ」と実感しました。と言うより、普段こんなこともきちんと考えていないで会社を経営していたのかと深く反省し、また1つ経営者としてスキルアップできたと感じています。

最近のエピソードをもう1つ紹介しましょう。先日、監査役に「この本、とても役に立つから読んでみて」と言われて『ビジョナリー➁ 飛躍の法則』(日経BP社刊)という書籍を渡されました。日頃、経営書を読まない様子を見かねたのかなと(自分に冗談を言って)、ありがたく受け取ったのですが、衝撃的なくらい勉強になる内容でした。さっそく、その中から「これは」と思うエッセンスを具現化して、会社の経営に取り入れるようにしています。

冒頭で”経営者も成長する”と説明しましたが、決して1人で成長しているわけではありません。周りの人たちのお陰でステップアップしているのです。HRTチームでお互いが成長しながら、会社という船をとんでもないところへ連れて行く。経営チームがしっかりすれば、社員も気持ちよく船に乗って一緒にとんでもないところに向かってくれるのです。

著者
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)
株式会社システムインテグレータ

東芝、SCSKを経て1995年に株式会社システムインテグレータを設立し、現在、代表取締役社長。2006年東証マザーズ、2014年東証第一部、2019年東証スタンダード上場。

前職で日本最初のERP「ProActive」を作った後に独立し、日本初のECパッケージ「SI Web Shopping」や開発支援ツール「SI Object Browser」を開発。日本初のWebベースのERP「GRANDIT」をコンソーシアム方式で開発し、統合型プロジェクト管理システム「SI Object Browser PM」など、独創的なアイデアの製品を次々とリリース。

主な著書に「Oracle8入門」シリーズや「SQL Server7.0徹底入門」、「実践SQL」などのRDBMS系、「グラス片手にデータベース設計入門」シリーズや「パッケージから学ぶ4大分野の業務知識」などの業務知識系、「実践!プロジェクト管理入門」シリーズ、「統合型プロジェクト管理のススメ」などのプロジェクト管理系、最近ではThink ITの連載をまとめた「これからのSIerの話をしよう」「エンジニアなら知っておきたいAIのキホン」「エンジニアなら知っておきたい システム設計とドキュメント」を刊行。

「日本のITの近代化」と「日本のITを世界に」の2つのテーマをライフワークに掲げている。

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