2018年知っておきたい次世代テクノロジーとOSS(前編)量子コンピューティングとAR/VR
講演(1)「量子アニーリングや周辺技術の研究開発の
現状と展望」
産業界注目の量子アニーリングとは
膨大な候補からベストの答えを探すテクノロジー
現在「量子アニーリング」は、量子コンピューティング技術を現実の世界の課題解決に応用し得る技術の一つとして注目されている。とはいうものの、そもそも量子アニーリングとは何だろうか。田中氏は「組合せ最適化処理を高速化できると期待される計算技術であり、産業界の抱える難しい課題を解決する可能性を秘めている」と語る。
組合せ最適化処理の有名な例が「巡回セールスマン問題」だ。セールスマンが得意先を回る際に距離や時間、交通費やガソリン代などを最小にできるルートを知るにはどうしたら良いか。こうした効率化の問題は、産業界のあらゆる場所に存在する。例えば「工場の人員配置のシフト表作成」「物流の配送計画」「集積回路の設計」、さらには最小のコストで最大の利益をどう生み出すかといった「経営戦略立案」まで枚挙にいとまがない。
だが、こうした問題自体は今に始まったことではない。それが急に注目を浴びるようになったのはなぜか。
「組合せ最適化処理自体は昔から多くの研究がなされており、既に多くの研究成果があります。新しい計算技術として量子アニーリングと呼ばれるものが理論的に提案されました。単なる理論的提案を実際のマシンとして実装し、商用化した企業が現れました。新しいタイプのハードウェアが現れたことで、量子アニーリングは注目を集めることになったと言えます」(田中氏)。
組合せ最適化処理の問題を
「イジングモデル」に変換して計算結果を求める
量子アニーリングはどのようにして利用するのだろうか。何か課題があると認識していたとしても、それが漠然としたままでは計算することができない。ある課題を要素に分解していき、そこに組合せ最適化問題が潜んでいるとわかってはじめて、量子アニーリングを利用するかを検討することになる。
量子アニーリングでは、まず解くべき組合せ最適化問題を「イジングモデル」と呼ばれる統計力学(物理学の一分野)の理論モデルに変換する。量子アニーリングは物理学の概念から生まれた技術なので、計算問題そのものを物理学の仕組みに変換しなくてはならない。
「現在使われている量子アニーリングマシンは、計算する問題をこのイジングモデルの形で入力する仕組みになっています。理想的にはイジングモデルの安定状態が最適解として出力されます。イジングモデルの安定状態とは、エネルギーが最も低い状態のことです。実際には、最適解つまりベストな解ではなくベターな解が得られるわけですが、1回のアニーリング計算時間がマイクロ秒程度、1000回計算したとしてもミリ秒程度、たいへん短い時間で解を得ることができるというわけです」(田中氏)。
D-Waveの登場を契機に
日本における量子アニーリング研究も急速に活発化
現在世の中に存在する汎用の量子アニーリングマシンとして、カナダのD-Wave Systems社が提供する「D-Wave」が挙げられる。田中氏は「これは2011年に世界初の商用アニーリングマシンとして発表されたもので、発表当初は128量子ビットで処理能力も小さかった。しかし2013年に512量子ビット、さらに2015年には1152量子ビット、そして2017年には2048量子ビットと大幅に量子ビット数を増加させてきた結果、現在ではさまざまな研究組織や企業による研究が活発化してきている」と説明する。
一方1990年代には、日本でも量子アニーリングが超電導エレクトロニクス分野の技術として盛んに研究されていたという。ちなみに、世界で初めての超電導量子ビット実現もこの時期の画期的な日本の成果である。1998年には東京工業大学の研究者による理論的提案もなされたが、この時はまだ実際のハードウェアとして利用するという考え方は世間にはなかった。その後D-Waveの登場によって再び国内でも量子アニーリングに対する注目度が高った。2016年5月にはD-Wave Systems社とリクルートコミニュケーションズ、早稲田大学高等研究所の共催によるイベントも開催された。
現在、量子アニーリングの研究開発は、ハード、ソフト、アプリの3つの研究分野でそれぞれ進んでいるという。
「これまではD-Waveのようなハードウェア寄りの研究がメインで、ソフトはこれからが本番といったところ。日本ではフィックスターズが取り組んでいる。また、アプリ探索は産業界における課題解決のための組合せ最適化処理や機械学習への適用といったテーマで数多くの企業が参加している。この分野は日本企業もかなり多く、リクルートコミュニケーションズやデンソー、ブレインパッド、Nextremer、最近では野村ホールディングスなどが取り組んでいるという状況だ」(田中氏)。
日本独自の量子アニーリングマシン開発など
産官学連携によるさまざまな取り組みが進行中
量子アニーリングの未来に向けた今後の取り組みについて、田中氏は日本における量子アニーリングマシンの研究開発を挙げる。これは国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「IoT推進のための横断技術開発プロジェクト」の一環として進められ、2030年の高度IoT社会を支える基盤技術の一つとして量子アニーリングが位置付けられている。研究開発には日立製作所、産業技術総合研究所、理化学研究所、情報・システム研究機構、早稲田大学が参加。量子アニーリングマシンや類似のハードウェアの研究開発から、その具体的な世の中への展開までを総合的に手がけていく。
「この研究からは、パッキング問題に対するアニーリング技術の効果などの成果が挙がっている。パッキング問題とは荷物の梱包や荷台への積み込み、また集積回路の設計で最も効率的な配置を探るもので、アニーリング技術を使うことでベターな解を迅速に導き出す効果が確かめられた」(田中氏)。
一方で、量子アニーリングとは別の種類の“⽇本発の組合せ最適化専⽤マシン”が次々に開発されつつある。この開発プロジェクトは、独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)のIT人材発掘・育成事業である「未踏ターゲット事業」として本年度より進められる。
田中氏は最後に「ハード、ソフト、アプリそれぞれの分野に乗り越えてゆくべき重要課題がまだまだある。これらを解決することが量子アニーリングという技術を実社会で活用する道を開くために必須だ。今後も様々な組織や企業と協力しながら、着実に前に進んでいきたいと考えている」と抱負を述べ、セッションを締めくくった。
講演(2)「VRとARは何をもたらすのか
〜実現する未来と2018年の状況〜」
「現実とデジタルの融合」を可能にするVR/AR
その技術の進化と社会への普及は始まったばかり
久保田氏は、現在のVR(仮想現実)/AR(拡張現実)が置かれた状況を「世界最初の映画レベル」と評価する。120年以上前、初めて見る映画のスクリーンの中をやってくる蒸気機関車に、人々は映写会場から外に逃げ出したという。
「現在のVR/ARも未だ使い方を模索している状態で、ユーザー側もとりあえずヘッドセットをつけてみて『これはすごい!』と驚いておしまい。技術の進化と普及から見ると、ごく初期の段階にとどまっている」と久保田氏は指摘する。
ところで、そもそもVR/ARとは何が同じで何が違うのか。久保田氏は、両者はもともとつながった概念だという。「例えばゲームの場合、ヘッドセットをつけると自分の部屋に居ながらにして宇宙空間やジャングルにいるかのような感覚を体験できる。つまり作り物の世界に自分がいて、それを現実だと認識できるのがVRだ」(久保田氏)。
一方ARは現実の中に何らかの情報がプラスされる。例えば都心の繁華街にいて、スマホをかざすとカメラに映る景色に飲食店の情報も併せて表示されるといったものだ。
こうしたVR/ARが人々にもたらす最も大きな変化が「現実とデジタルの融合」だ。従来ならばテキストや図版、音声などで受け取っていた情報が“現実”として迫ってくることにより、人間とコンピュータのより直感的な関係が生まれ、そのインターフェースもまったく変わってくる。
「今世界でVR/ARに関わっている中でも、最大級のプレイヤーであるFacebookやGoogle、Appleなどが目指しているのはそういう形であり、現在はその目標に向けた第2歩目くらいを踏み出したところだ」(久保田氏)。
デジタルの生み出す新しい“現実”が
データをより直感的で心を揺さぶる体験に変える
久保田氏は、続けてVR/ARの特徴や利点を説明した。まず、VRには大きく以下の3つの特長があるという。
①理解が深まりやすいこと
文字や音声など、他の何にも勝る“経験”による理解(教育効果)が得られる。例えば、学校の歴史の授業では単に先生の話を聞くよりも、VRによって実際に自分が歴史上のできごとをリアルに体験できるほうがインパクトは大きい。
②心を揺さぶられる体験
VRコンテンツを通じて与えられる体験は、非常に直感的で生々しい。体験型のアプリケーションでは、ユーザーが感動で涙を流すといった光景も珍しくない。
③物理的・時間的制約の超越
B to B領域では設備や時間の制約から解放され、大幅なコスト削減も実現できる。アメリカと日本でも対面と同じ感覚で話せるため、会議のための海外出張などは不要になる。また、誰でもエベレストの山頂に登れるといった、現実では難しい“体験”も可能になる。
一方、ARは立ち上がりがVRに比べて遅かったこともあり、デバイスもまだ少なくVRほど技術的にも普及していないのが現状だ。
「現状ですぐに体験できるARは、AppleのARKitやGoogleのAR Core、Facebook AR Cameraなど、ローエンドのスマホで手軽にできるものが主だ。もちろんARにはVRとはまた異なった特徴や利点があるが、それを人々が満足な形で体験できるには、まだまだこれからという状況」(久保田氏)。
「VR/ARはゲームのためのものではない」
現在の投資対象の80%がB to B領域という事実
次に、VR/ARを市場・業界動向の側面から見てみよう。大きな転機となったのは2014年のFacebookによるOculus VRの買収だ。これを契機にVR/ARへの投資が急激に盛んになったと、久保田氏は振り返る。
「2020年断面で見た場合の将来予測は、146億ドル〜1260億ドルというかなり幅広いレンジにまたがっていて、正確な着地点はまだ予測しきれない。とはいえゴールドマン・サックスは2016年時点で3つの成長シナリオを提示しており、最も成長が加速した場合はハードウェア市場でテレビ市場を抜く可能性もあると示唆している。いずれにしても、しばらくは倍々成長くらいのペースで進んでいくと思われる」(久保田氏)。
一般的にVR/ARというと、エンターテインメント系のコンテンツが頭に浮かびがちだ。実際マスコミに採り上げられるのも、そうした“遊び”に関するものが多い。だが久保田氏は「VR/ARはゲームのためのものではない」と強調する。
事実、現在スタートアップに投資されている資金の80%はB to B領域やメーカーに対してだという。またプレイヤーも急速に増加している。世界レベルで見ると、大企業とスタートアップが入り乱れながら次々に参入してきており、2016年と2017年の企業数を比較すると、わずか1年で倍以上に増えている。
「中でも一番増えているのがコンテンツとサービスの分野。ハードウェアプラットフォームが出そろったのを背景に、今後はこの部分が大きく成長していくことは間違いない」(久保田氏)。
2018年の新製品リリースがもたらす新たな転機
国内のビジネス領域での投資も急増中
VR普及のための環境はかなり整備されてきたが、デバイスの普及状況は2018年時点の推計で最も出荷台数が多いサムスンのGear VRが800万台、PlayStation VRが200万台。世界合計でこの数値は、とうてい満足のいくものではない。
特に伸び悩んでいるのが国内市場で、2018年時点で世界は約1300万台だが、日本は60万台程度にとどまっている。その理由として、久保田氏は「価格やメインマシンの普及状況、取り回しの煩雑さに加え、在庫やコンテンツ不足など複数の要因が考えられる。この結果、VRに関心はあっても体験できない人が大勢いる」と指摘する。
だが、決して悲観的になることはない。久保田氏は2018年がさらなる普及に向けた一つの節目になると見ている。というのも、進化した3つの新しいデバイスが年内にリリースされるからだ。技術革新のペースも早まっており、次世代が出るまでに1年半から2年という非常に早い製品サイクルが実現している。
こうした技術的な進化の速さに加えて、国内のビジネス領域での投資も急速に増えているという。中でも資金が動いているのが医療、不動産、建築、自動車、製造業などの分野で、業種や業界も多岐に渡っている。
具体的な用途としては、建設業での高所作業訓練や医療の手術といったトレーニング分野、既存のCADの3DデータをVRに使った自動車の設計シミュレーション、eコマースで店舗内の顧客の行動をデータから視覚化するといった用途がすでに実用化している。
久保田氏は、最後に「最終的には1つの眼鏡にVR/ARすべての機能を搭載できるような未来を志向して、業界全体が力強く前進を続けている。『現実とデジタルの融合』が生み出す新しい可能性に、これからもぜひ注目して欲しい」と結び、セッションを終えた。
【後編へ続く】
当日の講演資料はイベントページからダウンロードできる。
→ プレミアムセミナー「2018年知っておきたい次世代テクノロジーとOSS」
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