DevRel成功事例から学ぶ:国内外の事例に共通する戦略とは

- 1 はじめに
- 2 なぜDevRel成功事例に注目すべきか
- 3 海外のDevRel成功事例
- 3.1 GitHub:OSSとコミュニティの双方向連携
- 3.2 Stripe:開発者体験(DX)を徹底的に磨いた成功例
- 3.3 Microsoft:グローバルなDevRel戦略と地域密着型のアプローチ
- 4 国内のDevRel成功事例
- 4.1 LINE:自社イベントを通じた共創
- 4.2 サイボウズ:チーム開発文化を共有するDevRel
- 4.3 SORACOM:全方位的なDevRel戦略
- 5 成功事例に共通するDevRel戦略
- 5.1 開発者のペインポイントを徹底的に取り除く
- 5.2 開発者体験(DevX)を重視する
- 5.3 コミュニティとの双方向の関係性を築く
- 6 まとめ:事例に学ぶ継続的な関係性の構築とは
はじめに
今回は、国内外におけるDevRelの成功事例を挙げつつ、そうした事例に共通する戦略を読み解いていきたいと思います。もちろん、外部からの視点になりますので、実際の施策や戦略は企業ごとに異なる部分もあるかと思います。とは言え、共通する要素を見つけることで、今後のDevRel活動に役立つヒントが得られるのではないかと思います。
なぜDevRel成功事例に注目すべきか
DevRelに限ったものではありませんが、企業には予算の上限があります。見境なく施策を行えるわけではありません。企業の業績が絶好調なときには「あれもこれも」と施策を行うことができるかもしれませんが、業績が悪化すれば施策の見直しが必要になります。特にDevRelなどのマーケティングに属する活動は、業績に応じて予算や人員が削減されます。実際、コロナ禍の2022年頃には国外を中心に、DevRel周りのレイオフが数多く行われています。
そうした意味において、成功事例からエッセンスを得ることで、失敗を未然に防げるのではないでしょうか。もちろん、彼らの施策は当時だからこそ受け入れられたものであり、現在の状況とは異なります。また、自社サービスとは領域も規模も異なるでしょう。そのため、今回紹介する事例を基に、自社向けにカスタマイズした上で施策を検討してください。
海外のDevRel成功事例
GitHub:OSSとコミュニティの双方向連携
GitHubは、2008年に登場して以来、OSS(オープンソースソフトウェア)とコミュニティの双方向連携を強化してきました。彼らのDevRel戦略には、以下のような特徴があります。
- オープンソースプロジェクトの支援
- グローバルとローカルの組み合わせ
- 学生向けの積極的な支援
・オープンソースプロジェクトの支援
GitHubは、オープンソースプロジェクトを運営するために必要な様々なプログラムを提供しています。例えば「GitHub Sponsors」は、開発者が自分のプロジェクトに対して資金を集められる機能です。また「GitHub Actions」や「GitHub Packages」などの機能を通じて、開発者がより効率的にプロジェクトを管理できるよう支援しています。
・グローバルとローカルの組み合わせ
GitHubは、グローバルなプラットフォームでありながら、地域ごとのコミュニティにも注力しています。「GitHub Universe」や「GitHub Satellite」などのイベントを通じて、世界中の開発者と直接交流する機会を提供しています。また、地域ごとのユーザーグループやミートアップも支援し、ローカルなコミュニティの活性化を図っています。
・学生向けの積極的な支援
GitHubは「GitHub Education」というプログラムを提供しています。これは、学生や教育機関に無料でGitHubの機能を提供し、学習やプロジェクトの開発を支援するものです。また「GitHub Campus Experts」プログラムでは、学生が自分の大学でコミュニティを構築し、技術イベントを開催できるようサポートしています。
Stripe:開発者体験(DX)を徹底的に磨いた成功例
Stripeは、オンライン決済サービスを提供する企業であり、そのDevRel戦略の特徴は以下のようになります。
- ドキュメントの徹底設計
- APIキー即発行・即テスト可能な環境
・ドキュメントの徹底設計
Stripeは、開発者が簡単にAPIを利用できるようにドキュメントの設計に力を入れています。APIの仕様書は分かりやすく、実際のコード例も豊富に掲載されています。最近ではよく見られる3カラム構成のドキュメントは、Stripeが先駆けて導入したものです。
分かりやすいドキュメントはスムーズなオンボーディングを実現し、開発者がすぐにサービスを利用開始できるようになります。これにより、開発者の離脱率を低下させ、エンゲージメントを高めることができます。
・APIキー即発行・即テスト可能な環境
StripeはAPIキーを即座に発行し、開発者がすぐにテストを行える環境を提供しています。これにより、開発者は実際のコードを書き始める前にAPIの動作を確認できます。APIキー発行前に審査があるなど、開発者のストレスになるポイントを徹底的に取り除いた設計です。
Microsoft:グローバルなDevRel戦略と地域密着型のアプローチ
Microsoftは言わずと知れたテクノロジー企業ですが、四半世紀前は開発者にかなり嫌われていた企業だったはずです。当時はIE(Internet Explorer)とWindowsの独占的な地位を利用して、開発者に強引な施策を行っていました。しかし、CEOが現在のナデラ氏に変わってからは、開発者との関係性を重視するようになりました。
彼らのDevRel戦略の特徴は以下の通りです。
- 開発者ファースト文化の定着とブランド戦略
- オープンソースプロジェクトの支援
- コミュニティとチャンピオンプログラム
- 充実したドキュメントと学習環境
・開発者ファースト文化の定着とブランド戦略
最も大きいのは、開発者ファースト文化の定着だったと思われます。ナデラ氏は就任直後からことある毎に「Linux Love」「オープンソースLove」といった言葉を使い続けています。かつてバルマー氏の「Linuxはガン」などと発言していたMicrosoftが、ここまで開発者に寄り添う企業に変わったのは驚きです。
2018年にGitHubを買収しましたが、元のイメージのままであればコミュニティからの反発は相当大きかったと予想されます。しかし、ナデラ氏のリーダーシップの下、開発者との関係性を重視する姿勢が浸透し、GitHubの買収もスムーズに行われたと感じています。
・オープンソースプロジェクトの支援
Microsoftはオープンソースプロジェクトの支援にも力を入れています。「Azure」や「Visual Studio Code」などの製品はオープンソースコミュニティと密接に連携しています。また、MicrosoftはGitHub Sponsorsや「Open Source Day」などのプログラムを通じて、オープンソース開発者を支援しています。
TypeScriptも元々はMicrosoftであり、現在もオープンソースとして開発が進められています。「.NET Core」や「PowerShell」などもオープンソース化され、開発者コミュニティとの連携が強化されています。
・コミュニティとチャンピオンプログラム
Microsoftは地域ごとのコミュニティを重視し、地域密着型のDevRel戦略を展開しています。「Microsoft MVP(Most Valuable Professional)」プログラムを通じて、地域の技術コミュニティで活躍する開発者を支援しています。MVPは技術的な専門知識を持ち、コミュニティに貢献する人々を表彰する制度であり、彼らはMicrosoftの製品やサービスに関する情報を広める役割も担っています。
・充実したドキュメントと学習環境
Microsoftは開発者向けのドキュメントや学習リソースを充実させています。「Microsoft Learn」というプラットフォームでは無料で学べるオンラインコースやチュートリアルが提供されており、開発者が新しい技術を学ぶための環境が整っています。
国内のDevRel成功事例
LINE:自社イベントを通じた共創
LINEは2017年頃からDevRel活動を本格化させています。現在はYahoo社との合併により、戦略は大きく変わっているようです。当時、彼らの行ったDevRel戦略の特徴は以下の通りです。
- 「LINE DEVELOPER DAY」の開催
- 「LINE API Expert」プログラムの運営
・LINE DEVELOPER DAYの開催
LINEは毎年LINE DEVELOPER DAYという大規模な開発者向けイベントを開催していました(2021年が最後)。このイベントでは、LINEの最新技術やAPIの紹介、開発者同士のネットワーキングの場を提供しています。特にLINEのエンジニアが直接登壇し、技術的な深掘りを行うセッションが人気でした。
・LINE API Expertプログラムの運営
LINEはLINE API Expertというプログラムを運営し、LINEのAPIを活用している開発者を支援しています。現在では、日本のみならず台湾やタイ、インドネシアなどの地域にも展開されています。API ExpertはLINEの技術に精通し、コミュニティでの活動を通じてLINEのエコシステムを広げる役割を担っています。
サイボウズ:チーム開発文化を共有するDevRel
サイボウズは、特にコミュニティを重視したDevRel戦略を展開しています。彼らの特徴は以下の通りです。
- 「kintone Café」などのユーザー主導イベント支援
・kintone Caféなどのユーザー主導イベント支援
サイボウズはユーザー主導のコミュニティkintone Caféを全国各地で開催しています。これは、kintoneを利用しているユーザー同士が集まり、情報交換やノウハウの共有を行う場です。サイボウズはこのイベントを支援し、参加者が自発的にコミュニティを形成できるようサポートしています。
SORACOM:全方位的なDevRel戦略
SORACOMはIoTプラットフォームを提供する企業です。社長の玉川氏が元々AWSのエバンジェリストだったこともあり、サービス開始から現在に至るまで、DevRel活動に力を入れています。彼らの特徴は以下の通りです。
- 書籍展開
- ユーザーコミュニティの育成
- ユーザーフィードバックの可視化
- 年次イベントの開催
・書籍展開
SORACOMがリリースされたのは2015年9月30日ですが、その数ヶ月後の2016年1月末に書籍「IoTプラットフォーム SORACOM入門」が出版されています。当時はIoTという言葉自体がまだ一般的ではなく、書籍の内容もSORACOMの概要から始まり、実際の利用方法までを網羅した内容でした。新しく出てきた技術用語を理解する上でも、この書籍は大きな役割を果たしたと思います。
・ユーザーコミュニティの育成
SORACOMでは早期に「SORACOM UG」を立ち上げています。これはAWSのユーザーグループであるJAWS-UGと同様に、ユーザー主導のコミュニティです。SORACOMでは本コミュニティを積極的にサポートしており、エバンジェリストである松下氏は全国のコミュニティに参加しています。
・ユーザーフィードバックの可視化
SORACOMはユーザーフィードバックを可視化するための取り組みである「ソラコムサンタ」という施策を行っています。ユーザーコミュニティで寄せられたフィードバックに対して、その年を振り返る形でどう実現したかを発表しています。

「ソラコムサンタより愛をこめて 2024」(SORACOM公式ブログ)
もちろん、すべてのフィードバックに応えることはできませんが、ユーザーの声を大切にしている姿勢を示すことで、コミュニティとの信頼関係を築いています。
・年次イベントの開催
SORACOMは、毎年「SORACOM Discovery」という大規模な年次イベントを開催しています。このイベントでは最新の技術情報やSORACOMの新機能の紹介、ユーザー同士のネットワーキングの場を提供しています。昨年はユーザーが自分の作品やアイデアを展示する「Call for IoT プロトタイピング」が人気でした。

「Call for IoT プロトタイピング by SORACOM UG 2025 募集開始のお知らせ」(SORACOM UG)
成功事例に共通するDevRel戦略
ここまで国内外のDevRel成功事例を紹介してきました。最後に、これらの事例に共通するDevRel戦略を以下にまとめます。
開発者のペインポイントを徹底的に取り除く
DevRelの役割は開発者と企業(サービス)の橋渡しです。開発者の課題や辛いところ(ペインポイント)を理解し、サービス改善に活かすことが重要です。成功事例の各社では、そうしたフィードバックを受け取る仕組み(コミュニティなど)が整備されています。
開発者体験(DevX)を重視する
開発者体験(DevX)とは、開発者がそのサービスを知るところからはじまり、実際のサービスを使い、自分たちのプロダクトに組み込むまでの一連の体験を指します。成功事例ではドキュメントの充実やAPIの使いやすさ、開発者向けのサポート体制など、DevXを重視した施策が行われています。
コミュニティとの双方向の関係性を築く
コミュニティとの関係性はDevRel活動の中心です。成功事例ではユーザー主導のイベントやコミュニティの支援を通じて、開発者との双方向の関係性を築いています。コミュニティは開発者同士のつながりを生み出し、エンゲージメントの強化やフィードバックの収集に役立ちます。
まとめ:
事例に学ぶ継続的な関係性の構築とは
今回は、国内外のDevRel成功事例を紹介し、それらに共通するDevRel戦略を読み解きました。もちろん、今回は特徴的な部分を取り上げたに過ぎず、ブログなどのコンテンツ施策やソーシャル活用、SDKなどのコード施策などはいずれのサービスでも行われています。
特に重要なのは、各DevRel施策は単発で終わるのではなく、継続性を持った取り組みだということです。それはコミュニティはもちろんのこと、ドキュメントなどもサービスの更新に合わせて改善されなければなりません。DevRel活動も常に進化し、開発者との関係性を深めていく必要があります。