はじめに
本連載では、生成AIコミュニティ「IKIGAI lab.」に所属する各分野の専門家が、それぞれの視点から最新のAIトレンドとビジネスへの示唆を発信しています。本記事を通じて、皆さまが“半歩先の未来”に思いを馳せ、異なる価値観や視座に触れていただければ幸いです。
生成AIが進化を続けているのは周知の事実ですが、ここで一度立ち止まって考えてみましょう。「進化している」という言葉の裏側には何があるのか。
単に新モデルが次々と出てくるだけではありません。日々新しくなる生成AIを業務や意思決定に組み込もうと、使う側である人や組織の考え方、前提条件も変わり始めています。
こうした変化が積み重なることで、「生成AIそのもの」と「それを取り巻く人・社会」が並行して進化していく構図が見えてきます。
本記事では、まず生成AIとしての最新技術を押さえたうえで、企業や組織での活用の動き、そして生活や社会の中での受け止められ方を追いながら、進化の本質を読み解いていきます。
GPT-5.2──生成AIの役割が変わる
2025年12月11日、OpenAIは最新モデル「GPT-5.2」シリーズを発表しました。生成AIの進化を語るとき、GPT-5.2は「新モデルの登場」という枠を超え、生成AIの位置づけや使われ方を見直すきっかけになる変化を含んでいます。
◆文脈の深い理解力が向上
従来のモデルに比べて、GPT-5.2は長い文章や複雑な文脈を扱う際の理解力と整合性が高まりました。単なる応答生成ではなく、複雑な命令や長い指示文を前提にした仕事をこなす能力が向上しています。これは、実務における連続的なタスクや条件を壊さずに処理する際に大きな価値を生みます。
◆役割に応じたモデルの使い分け
GPT-5.2では、即座に短い回答を返す「Instant」、複雑な問いを段階的に考える「Thinking」、高い精度や安定性が求められる業務向けの「Pro」という、性能や役割の異なる3モデルが用意されました。これまでのように「何でも一つのAIに任せる」という考え方から、用途に合わせてAIを使い分ける形へと変わりつつあります。
◆多様な能力の同時展開
GPT-5.2は、単にスキルを伸ばしたモデルではありません。言語理解、推論、要約、創作、質問応答、メタ情報の取り扱いなど、複数の能力が高いレベルでバランスよく備わるように進化しています。この特徴は、特定の用途だけでなく、複合的なワークフロー全体をAIに任せられる可能性を示唆します。
◆実務系タスクへの強化
コード生成や表計算のような、実務で繰り返し現れるタスクへの対応力も向上しています。これは単なるコマンド実行の精度向上ではなく、「何をどうやりたいか」を踏まえたうえで作業を引き受けられるという意味での進化です。
【出典】「OpenAI、最新モデル「GPT-5.2」を発表」(gihyo.jp 2025/12/12)
今回のアップデートにより、専門分野ごとの作業や業務の性質に応じて、生成AIをより無理なく組み込めるようになりました。こうした変化が示しているのは、単に性能が向上したということではありません。
生成AIが、使い方次第では、人がこれまで担ってきた「考えながら進める作業」の一部を引き受けられる段階に近づいてきた、というサインでもあります。この流れによって、生成AIは実務や創作の現場で、補助的な存在から「あることを前提に設計される存在」へと移り始めています。
【参照】「OpenAI、「GPT-5.2」を投入。激しい競争のなかで問われる安全性の確保」(WIRED 2025/12/12)
【参照】「OpenAI、最新モデル「GPT-5.2」を発表—実務作業・長時間にわたるエージェント作業における能力が向上」(gihyo.jp 2025/12/12)
対立から共存へ
生成AIと向き合い直すエンタメ業界の変化
著作権や創作をめぐる対立から、生成AIとの距離を保ってきたエンターテインメント業界でも、リスクや懸念を正面から受け止めながら、共存の形を探る動きが具体化し始めています。
生成AIをどう位置づけ、どこまで任せるのかという議論が、実践のフェーズに入りつつあります。
ディズニーが選んだ「協業」という判断
ディズニーは、OpenAIの動画生成AI「Sora」との提携を発表しました。この動きは、生成AIとエンターテインメント業界の関係性を考えるうえで、ひとつの転換点として受け止められています。
これまで大手コンテンツ企業は、AIによる創作物の無断利用や著作権侵害への懸念を繰り返し表明してきました。Soraについても、人気キャラクターを含むAI生成コンテンツが出回ったことなどを背景に、著作権をめぐる批判や法的課題が指摘されてきた経緯があります。
ディズニー自身も、無許可利用に対して停止要請を行った事例があるとされています。そうした対立構造がある中での今回の提携は、「争点を抱えたまま距離を置く」のではなく、課題を整理しながら協業の形を模索する方向へ踏み出した動きとして位置づけることができます。
【出典】「ディズニー、OpenAIに10億ドル出資 動画生成AIツール「Sora」でキャラクター利用を解禁」(ビジネス+IT 2025/12/12)
生成AIと共存するために、コロプラが選んだ道
そして国内で、同じくらい示唆的なのが「生成AI大賞2025」でグランプリに選ばれたコロプラの事例です。ポイントは「生成AIを使った」ことではなく、エンタメ領域で起きやすい反発や不安と正面から向き合いながら、プロダクトとコミュニティの中に位置づけたことにあります。
コロプラは人気クリエーターの金子一馬氏と組み、生成AIを活用したゲーム制作に着手し、2025年5月に「神魔狩りのツクヨミ」を配信しました。ユーザーがゲーム内でオリジナルカードを生成できる体験が支持され、ヒットにつながったとされています。
一方で、生成AIは炎上や批判のリスクを抱えやすいため、当初は大規模な宣伝を避け、小さなコミュニティへの発信から始め、反応を見ながら段階的に展開したとされています。さらに、学習内容を金子氏のイラストに絞ることで、絵柄や情報が制御不能になるリスクにも配慮しました。加えて生成AIポリシーを策定し、表現の探求と安全・安心、責任ある提供を掲げた点が評価されています。
評価コメントでは、生成AIが抱える恐れや不安に正面から向き合い、技術だけでなくゲームやコミュニティの中での位置づけを示した点が高く評価されたと述べられています。
【出典】「ディズニーの大転換、AIはクリエーターの敵ではない コロプラは作家とAI活用」(日経ビジネス 2025/12/13)
この2つの事例に共通しているのは、生成AIを「便利だから導入する」のではなく、対立やリスク、既存文化との摩擦を前提に、その扱い方を慎重に設計しながら前に進めている点です。生成AIを巡る意思決定は、もはや是非を議論する段階から、どう折り合いをつけて実装していくかを探る段階へと移りつつあります。技術の進化と歩調を合わせるように、活用に向けた判断そのものも更新され続けていると言えるでしょう。
生成AIと共に進むために─現場で始まった新しい取り組み
生成AIの進化が加速する一方で、指示を出して結果を受け取るだけの使い方にとどまらず、どう理解し、どう関わるかを模索する取り組みが、教育や生活に近い現場から広がり始めています。
ここでは、生成AIの進化に追いつくための支援環境づくりと、新しい活用の方向性を示す事例を見ていきます。
生成AIと向き合うための「学びの場」
生成AIとの向き合い方を学ぼうとする動きが広がる中で、KDDIがauショップで実施している生成AI教室は、その代表的な取り組みのひとつです。この教室は、生成AIに興味はあるものの「何ができるのか分からない」「どう使えばよいのか不安」と感じている人を主な対象としており、スマートフォンを使いながら実際に生成AIを体験できる場として設けられています。
教室では、文章を考えさせたり、画像を生成したりといった基本的な使い方を体験するだけでなく、「どんな場面で役立つのか」「使う際に気をつけるべき点は何か」といった点もあわせて説明されています。単に機能を紹介するのではなく、日常生活の中での利用シーンを想定しながら理解を深めてもらうことが意識されています。
技術に触れて終わるのではなく、生成AIとどう向き合えばよいのか、その考え方まで含めて学ぶ点が特徴です。急速に進化する生成AIに対して、すべての人が同じスピードで理解し、使いこなせるわけではありません。
だからこそ、店舗という身近な場所で、対面で質問しながら学べる機会が用意されていること自体が、進化に追いつこうとする人を支えるための環境づくりの一例だと言えるでしょう。
【出典】「身近なauのショップで「生成AI教室」、携帯の契約だけではないキャリアショップの役割と取り組み」(ケータイWatch 2025/12/12)
教育現場で模索される生成AIの新しい役割
兵庫県三田市教育委員会では、不登校の小中学生を対象に、生成AIを活用した対話アプリ「MIRAIノート」の実証実験が行われています。「MIRAIノート」では、生成AIが正解を示す役割を担うのではなく、性格や立場の異なる複数のキャラクターが対話相手となり、子どもたちの悩みや日々の出来事を受け止めます。子どもは自分に合ったキャラクターを選び、気分や感じたことを入力したり、自由に会話したりすることができます。
実証実験では、「自分の気持ちを正直に話せた」と答えた児童生徒が多く、普段は大人や周囲に言いづらいことでも、AIとの対話を通じて言葉にできたと感じたケースが報告されています。一方で、専門家からは、AIとの対話が人とのコミュニケーションに与える影響や、依存につながる可能性といったリスクも指摘されています。
三田市教育委員会は、こうした効果と課題の両面を踏まえたうえで、利用回数や使い方に配慮しながら、継続的に検証を行う方針です。生成AIを「答えを出す存在」ではなく、「気持ちを整理し、人につなぐ前段階の支え」としてどう活用できるかを模索している点が、この取り組みの特徴と言えるでしょう。
【出典】「不登校の子ら、悩み相談は生成AIに 兵庫・三田市教委が実証実験 性格異なる8キャラが応答(神戸新聞NEXT)」(Yahoo!ニュース 2025/12/12)
これらの事例は生成AIを単なる指示命令の道具として扱うのではなく、人が理解し、慣れ、安心して使える形を探っている点です。急速に進化する生成AIに対して、すべての人が同じ速度で適応できるわけではありません。だからこそ、こうした支援の場や運用の工夫そのものが、生成AIと社会が共存していくための重要な進化の一部になっていると言えるでしょう。
おわりに─生成AIの進化を「性能」だけで見ないために
生成AIの進化というと、つい新しいモデルや性能の向上に目が向きがちです。確かに、GPT-5.2のような技術的な進歩は重要な要素です。しかし本記事で見てきたように、注目すべき変化はそれだけではありません。
生成AIをどう位置づけ、どう使い、どう社会に組み込んでいくのか。その周囲の環境や取り組みもまた、同時に進化しています。
エンターテインメント業界では、対立やリスクを前提にしながら共存の形を模索する動きが始まり、生活や教育の現場では、生成AIと向き合い方を学び、安心して使うための支援環境が整えられつつあります。
生成AIは、単なる指示命令の道具から、人の活動や感情を支える存在へと、その役割を広げ始めているのです。
生成AIの進化を理解するには、ツールの性能だけでなく、それを取り巻く人・組織・社会の変化もあわせて見る必要があります。そうすることで初めて、生成AIとどのように共存していくのか、その具体的なイメージが浮かび上がってくるのではないでしょうか。