Kaggleは「○○」に役立つ 5

Kaggleは「次の一歩へ踏み出す」のに役に立つ ー組み込み→画像AI→医療AI、3段階の越境が教えてくれたこと

第5回の今回は、組み込みから画像AI、医療AIへと3度の越境を果たした筆者が、各ステージでKaggleに支えられた経験について紹介します。

小林 秀 (こばやし すぐる)

6:30

はじめに

いま私は臨床検査会社の株式会社ビー・エム・エル(BML)で臨床検査AIエンジニアとして働いています。2025年まではソニーでコンシューマ向け画像AI開発をやっていて、その前はソニー半導体事業領域の組み込みソフトウェアエンジニアでした。ソニー在籍中に、社内Kaggleコミュニティ「カグル部」を立ち上げました。

組み込み→画像AI→医療AI。振り返ると3段階もドメインが変わっています。どれも自分で次の一歩を踏み出した結果で、そのどの場面でもKaggleにかなり助けられてきました。

本稿は「Kaggleは〇〇に役に立つ」連載の1本として、Kaggleが自分のキャリアにどう効いてきたのかを、地味な話も含めて振り返ってみます。

図1:キャリアの3段階の越境と、それを支えたKaggleの歩み

AIエンジニアとしての次の一歩
—— Kaggleに飛び込んだ

自分のキャリアは、大学院で古典的な画像処理による高画質化を研究していたところから始まりました。修士を出てソニー半導体事業領域に入社、最初は組み込みソフトウェアエンジニアでした。

転機は、入社3年目にやってきたAI関連の案件でした。当時はDeep Learningの実応用が国内メーカーにも広がり始めた頃。AIに詳しい人が自分の周りにはほとんどいない環境で、社内R&Dの有識者の力は借りつつ、自分なりに手探りで進めていく形でした。顧客ヒアリングからアプリケーション開発、モデルの学習・評価まで、扱う範囲は広く、自分の理解は浅い。そんな状態のなか、社内PoCをなんとか形にすることはできました。

でも、終わってみると残ったのは達成感より実力不足感の方でした。いま振り返ると、あのときの自分は「特定タスクの、特定の解き方」を分かった気になっていただけでした。AIという広い世界のほんの一角を触って「できる」と感じていたに過ぎない。そう気づいて、「ちゃんとAIを理解したい」と強く思うようになりました。

「じゃあ、自分でやるしかない」。そう思って2021年からKaggleで本格的にコンペに挑み始めました。同じタイミングで、業務でも本格的にAIに向き合いたくて、自分から手を挙げてソニーのコンシューマ向け画像AI開発チームへ異動しました。どちらも誰かに指示されたわけでも、業務命令でもなく、完全に自分判断でした。

ただ、Kaggleは想像以上に厳しかったです。難易度の高いコンペを選んでは、上位陣の解法を見て「こんなの思いつかない」と愕然とする日々。最初の数ヶ月でぼこぼこにされて、正直、心が折れかけました。

そこで、いったんKaggleから一歩引いて、最初の1年はSIGNATEやNishikaなど国内コンペで地道に修業しました。基礎を作り直す感覚です。2年目から再びKaggleに戻り、業務時間外をほぼ突っ込んで、参加と提出を繰り返しました。

それでも続けられた理由は単純で、「この経験は絶対に次につながるはず」という確信があったからです。コンペが終わるたびに上位の公開解法を読むと、自分に何が足りないかが毎回はっきり見える。手応えを残すために、振り返りは最初からSpeakerDeckで公開してきました。外に出す前提で書くと自分の理解の浅さも見えてくるので、続けるための強制力にもなりました。

ようやく実を結んだのは2023年7月のHuBMAPコンペでした。腎臓の病理画像から微小血管をセグメンテーションするタスクで、金メダル(10位/1024チーム)。Kaggle再開からの2年間で18コンペに参加し、のべ数百回の提出の末、やっとKaggle Masterになれました。

Masterになって振り返ると、Kaggleで身につけたスキルは想像以上に業務にも転用できていました。

  • データを丸1日眺めるEDAの感覚
  • shake up(終盤での順位の大きな入れ替わり)の怖さから鍛えられたValidationの切り方
  • 「これはあのコンペに近い」と未知の課題でもすぐ筋道を立てられる構え方

技術というより、「考え続ければ答えに辿り着ける」という感覚に近いです。Kaggleで失敗しながら解法に辿り着く経験を数百回繰り返してきたので、未知でもとりあえず手が動くようになった、というだけの話です。

AIエンジニアとして、ようやく自分の足で次の一歩を踏み出せた——それが、Kaggleで得た一番の手応えでした。

仲間と踏み出す次の一歩—— カグル部を作った

実はこの話と並行して、Kaggleを本格開始したのと同じ時期から、社内に勉強会を立ち上げる動きもすぐに始めていました。自分の性格的に、1人で戦い続けるとモチベーションが落ちるのが目に見えていたので、最初から仲間が欲しかったのです。

ただ、社内にKaggleを一緒にやる仲間は、当時ほとんど見当たりませんでした。最初に有志で立ち上げた勉強会は、それぞれが業務に追われるなかで自然と続かなくなってしまいました。これが1度目の失敗です。

そこで学んだのは、「なんのために集まるか」をはっきりさせておくこと。「実務で使えるレベルの知識習得」と「機械学習の楽しさを共有する」をゴールに据え直しました。

そこから二段階で広げていきました。最初は自部署のAI人材育成活動の一環としてKaggleを位置づけ直し、業務との接点を持たせる形に作り変える。これが軌道に乗ったところで、もう一段拡張して、最終的には会社横断のコミュニティとして再立ち上げできました。どちらの段階でも、信頼できる上司の後押しが大きかったです。

社内Kaggleコミュニティ「カグル部」は、こうして生まれました。

この仲間の存在が、個人では届かない場所に連れて行ってくれました。50名に届くか届かないかという規模だった2024年、HMS(有害な脳活動分類)コンペで、カグル部の仲間とのチーム戦で1位(2867チーム中)を獲得しました。1人で戦っていたら、絶対に届かなかった順位だと思います。

その後もカグル部は成長を続け、最終的に151名規模に。Kaggle Masterも3名から9名まで増えました。

Kaggleは確かに個人競技の顔も持っていますが、本当に学びが加速したのは仲間と同じ課題に取り組んで、議論して、役割分担した瞬間でした。

自分で強くなる段階から、仲間と強くなる段階へ。この変化は、技術の伸びにも、続けることそのものにも、確かな手応えをくれました。

土壌がないなら、自分で作ればいい。

そのことを、この経験で学びました。仲間と踏み出すために土壌から耕す、それも立派な「次の一歩」だったのだと思います。Kaggleで培った「考え続ければ答えに辿り着ける」姿勢は、コミュニティ作りという別方向への一歩でも、そのまま効いてくれました。

医療AIへの次の一歩—— 3段階目の越境

2025年、大きな決断をしました。ソニーを辞めて、BMLへ臨床検査AIエンジニアとして入社したのです。

組み込み→画像AI→医療AI。三度目のドメイン越境でした。

きっかけは、実はKaggleの積み重ねでした。HuBMAP(血管セグメンテーション)、HMS(脳活動分類)、RSNA(腰椎変性)。気づけば、金メダルを取れたコンペが医療ドメインの画像認識に偏っていました。回を重ねるうちに、医療・臨床検査画像というドメインそのものに強く惹かれていきました。タスクの難易度が高いことも、理由の1つでした。ふと求人を眺めていたらBMLのAI開発募集が目に留まり、「これは自分のやってきたこととフィットしそうだ」と応募してみました。

とはいえ、医療・臨床検査AIはやはり新領域です。Kaggleで触れてきたのは画像データとしての側面だけで、医療現場での使われ方、関連する規制、運用の文脈はほぼゼロからのスタートでした。そもそも「臨床検査AIエンジニア」という肩書きは世の中にまだ確立していません。血液検査や病理検査といった検査データ全般をAIで扱う専門職、というのが、自分なりのイメージです。だからこそ自分で名乗って、カテゴリごと作っていくつもりでいます。

それでも違和感なく飛び込めたのは、Kaggleで5年かけて培った「未知ドメインへの適応力」があったからだと思います。Kaggleは、出題されるたびに全く知らないドメインの課題を投げてきます。自分がこれまで挑戦してきたコンペだけでも、衛星画像の超解像、音声認識、1次元時系列センサ、自然言語処理、脳波、動画、そして医療画像。Kagglerは毎回、半ば強制的に、ドメイン知識ゼロから数ヶ月で戦える水準まで引き上げられます。

これを5年続けた結果、「新しい領域に入ったら、どう立ち上げればいいか」の手順が自然に身につきました。

  • 評価指標を理解して
  • 既存解法・論文を徹底的に読み
  • データを自分の目で見て
  • 小さく回して仮説を検証し
  • 失敗したら次の仮説に行く

この越境の手順があれば、初めての業界でも、数ヶ月で自分の価値を出せる状態まで持っていけます。

転職面接でKaggle実績が評価されたのも、結局はこの適応力への信用だったと思います。「未知ドメインに入って成果を出してきた実例がある」ことを、Kaggleが客観的な形で担保してくれるからです。

もう1つ評価されたのは、「立ち上げ力」だったように思います。「カグル部」を151名規模まで育ててきた経験は、個人の成長だけを追っていたら生まれませんでした。仲間と一緒に組織を強くしていきたい。その気持ちが軸にあったから続けられた取り組みです。新しい場でも、1人で結果を出すだけでなく、周りを巻き込んで強くしていける。そう見てもらえた部分も、決め手の1つになったのかもしれません。

業界が変われば全部ゼロに戻るわけでもありません。Kaggleで身につけた手順はそのまま使えましたし、業界の境界線は、思っていたよりずっと柔らかかったです。Kaggleが用意してくれていたのは、医療AIへの次の一歩を踏み出すための足場だったのかもしれません。

結論 ——Kaggleは
次の一歩へ踏み出すのに役立つ

図2:Kaggleで得られた3つのこと

どの段階でも、状況に応じて自分で次の一歩を踏み出してきました。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、自分にとってはこれが一番難しいところでした。決して大きな自信があったわけではなく、Kaggleがあったからこそ、その都度踏み出せたのだと思います。1人で歩いてきたわけでもありません。隣にはいつも信頼できる仲間がいて、一緒に学んで、議論して、時にはチームを組んで戦いました。その連なりの中で、自分にとっての道が少しずつ見えてきた気がします。そして踏み出すたびに、Kaggleは次のステージへの足場と、ともに歩む仲間をくれました。

そしてもう1つ、外せないのが他社のKagglerたちとの出会いです。Kaggleや、関西・関東といった各地のKaggler会で出会ってきた人たちは、自分で次の一歩を踏み出している人が多い印象です。彼らの存在には、自分自身もずっと刺激と勇気をもらってきました。

同時に、世界には自分なんかよりずっと素晴らしい能力で活躍している人が大勢いることも、近くで感じてきました。だからこそ自分の能力で最大限活躍できる一歩はどこか。そう考えて踏み出せたのかもしれません。

Kaggleのメダルやランクは結果であって、目的ではありません。

本当に残ったのは「自分で決めて動ける」という感覚と、社内外の仲間とのつながり。これはコンペが終わっても、転職先が変わっても、残り続けるものだと思います。

「Kaggleは〇〇に役に立つ」の〇〇に、自分は迷わずこう入れたいです。
次の一歩へ踏み出すのに、Kaggleは役に立つ。

これを読んでいる方のキャリアも、最終的には自分で踏み出すしかないのだと思います。その背中を押してくれる足場として、Kaggleは想像以上に役に立つ——というのが、5年続けてきた自分の実感です。

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