Kaggleは「キャリアの選択肢の拡大」に役立つ ーコンペで得た学びが、実務・教育・研究・執筆へと広がるまで
第3回の今回は、Kaggleで得た実践的なデータ分析力が、実務・教育・研究・執筆へと「キャリアの選択肢」を広げた経験について紹介します。
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はじめに
「Kaggle」は世界中の参加者と同じデータ、同じ評価指標で競い合う、非常に実践的なデータ分析コンペティションの場です。しかし、振り返ってみるとKaggleで得られるものは非常に多いと思います。実際に私自身、Kaggleへの取り組みを通じてキャリアの選択肢が大きく広がったと感じています。本記事では、Kaggleがどのようにキャリアパスを広げるのに役立ったのかを、自分自身の経験から紹介します。
Kaggleで得られるのは
「モデルを作る力」だけではない
Kaggleというと、まず思い浮かぶのは高精度な機械学習モデルの構築かもしれません。しかし、実際に取り組んでみると、順位を上げるために必要なのは単に強いモデルを使うことだけではありません。データをよく見ること、評価指標を理解すること、手元のCV(Cross-Validation:交差検証)のスコアを信頼できる形に設計すること、Leaderboard(LB)に振り回されすぎないこと、リークを疑うこと、そして失敗したときに原因を切り分けることなど、色々と重要なことがあります。
実務におけるデータ分析はビジネス上の課題を理解・選定し、データを収集・理解し、アプローチを策定し、データ加工、モデル構築、評価を行い、最終的に現場へ適用していく流れになります。一方、Kaggleのようなデータ分析コンペでは課題やデータ、評価指標があらかじめ与えられており、実務における課題設定や現場適用の部分は基本的に含まれません。その意味で、Kaggleは実務のすべてを代替するものではありません。それでも、両者には大きな共通部分があります。データを理解し、アプローチを考え、特徴量を作り、モデルを構築し、評価するというプロセスです。まさにこの共通部分を短いサイクルで何度も経験できることが、Kaggleの大きな価値だと思います*1。
Kaggleでは、手元で良いスコアが出たとしても、それが本当に未知データに対して再現するのかを常に考える必要があります。
*1: 阪田隆司、高原渉 著「実務にデータ分析コンペは有効か」(電子情報通信学会誌 Vol.107 No.10 (2024/10) p.973-978)
Kaggleの学びが実務上の専門性につながる
私にとって大きな転機の1つは、Kaggleでの成果を会社として発信していただいたことです*2。2023年には、チームで参加したKaggleの「Vesuvius Challenge - Ink Detection*3」コンペにおいて準優勝し、金メダルを獲得することができました。また、それまでにテーブルデータ、画像データ、テキストデータのコンペで銀メダルを複数獲得していたこともあり、この結果を合わせてKaggle Competitions Masterとなりました。この経験は、私にとって非常に大きな意味がありました。
私自身、最初は自己研鑽や趣味の一環でKaggleに取り組んでいました。しかし、そこで得た実績が会社の中でも認識され、社外に向けて発信されることで個人の学びが仕事上の専門性にもつながっていきました。
*2: 「日立のデータサイエンティストが、世界的なAIデータ分析コンペ「Kaggle」で準優勝し、Kaggle Masterに昇格」(日立製作所 2023/7/18)
*3: 「Vesuvius Challenge - Ink Detection」(Kaggle)
実務に役立つKaggleの経験
現在、私は材料開発をはじめとした製造業向けのAI・データ活用推進に携わるとともに、AI活用に関する教育・研修や講演も務めています。現場ではデータ活用のアイデアや意欲があっても「何から着手すればよいか分からない」という実務上の障壁があります。講義や研修の場でも単に手法やツールを紹介するだけではなく、課題をどう設定するか、データをどう見ればよいか、評価結果をどのように判断すればよいかを伝えることが重要だと感じています。
製造業におけるAI活用では、単にモデルを作るだけでは不十分であることが多くあります。まず、現場の課題を整理し、何を目的変数にするのか、どのような説明変数を使えるのか、どの評価指標で判断するのか、どのような検証であれば現場にとって納得感があるのかを考える必要があります。このように、AIを目の前の課題にどのようなアプローチで適用するかを検討する場面で、Kaggleで鍛えられる力は大きく役立ちます。
例えば、KaggleではCVのスコアとLBの関係を見ながら、自分の検証設計が妥当かを考えます。LBは便利な指標である一方、偶然性によるぶれもあり、手元の評価を精緻に設計することが重要になります。手元のCVとLBが大きく乖離したときには、検証方法、データ分割、リーク、特徴量、前処理などを疑う必要があります。
これは実務でも同じです。手元のデータで高精度に見えても、将来データや実運用では性能が再現しないことがあります。したがって「なぜそのCVで評価するのか」「そのスコアは本当に現場で使える性能を表しているのか」などを確認することが重要になります。Kaggleでの経験は、こうした実務の場面で非常に役立ちます。
製造業のデータは多様であり、
Kaggleの経験も多面的に活きる
製造業の実務で扱うデータはテーブルデータだけではありません。例えば、材料開発を例に挙げると配合情報、プロセス情報、スペクトル、結晶構造や化学構造のような材料構造データ、顕微鏡画像などの画像データ、論文・特許・技術資料などのテキストデータまで、多様なデータが対象になります(図1)。
Kaggleでは、こうした多様なデータ形式に近い課題に取り組む機会があります。例えば、テーブルデータのコンペでは特徴量設計、欠損処理、カテゴリ変数の扱い、交差検証の設計などを学ぶことができます。画像コンペでは少数データにおけるデータ拡張や正則化、セグメンテーション、分類、検出などの実践的な知見を得られます。テキストコンペでは自然言語処理に加え、近年では大規模言語モデル(LLM)のような生成AI関連技術に触れることもできます。
Kaggleは特定の技術だけを学ぶ場ではなく、データの形式、タスク、評価指標、制約条件に応じて、どのようなアプローチが適切かを考える訓練の場でもあります。この訓練は実務においても非常に意義のあることです。
失敗から学んだこと
もちろん、Kaggleで順調に成果が出続けたわけではありません。LBのスコアに一喜一憂して、手元の検証との関係を見失いそうになったこともあります。高度なモデルを使ったにもかかわらず前処理や検証設計が甘く、思ったようにスコアが伸びなかったこともあります。他の参加者のNotebookを動かすだけで満足してしまい、なぜその工夫が効くのかを十分に理解できていなかったこともありました。
しかし、こうした失敗こそがKaggleの大きな学びでした。コンペでは失敗が許されます。実務でモデルの性能を見誤った場合、その影響は大きくなる可能性がありますが、コンペで失敗を経験しておくことは、その回避につながります。CVとLBの乖離、リーク、過学習、データ分割の不備といった失敗を安全な環境で経験できることは、訓練として非常に価値があります。
コンペ終了後に上位解法を読むと、自分が見落としていたアプローチやデータの特徴、検証設計の工夫、特徴量の作り方に気づかされます。自分では十分考えたつもりでも、世界中の参加者の工夫に触れると、まだまだ改善の余地があることを痛感します。Kaggleは、このサイクルを短い期間で何度も経験できる場でした。
社会人博士としての研究を支えた「試して検証する力」
Kaggleで身についた力は、社会人博士として研究を進めるうえでも大きな支えになりました。
私は、材料開発にAIやデータサイエンスを活用する学際領域であるマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の専門性をより高めたいと考え、社会人博士として大学に入学しました。
社会人博士では、限られた時間の中で研究テーマを設定し、データを整理し、解析し、結果を解釈し、論文としてまとめる必要があります。業務と研究を両立しながら進めるためには闇雲に手を動かすのではなく、仮説を立て、検証し、改善するサイクルを効率的に回すことが重要です。この点で、Kaggleの経験は非常に役立ちました。
Kaggleでは、まずベースラインを作り、CVを確認し、改善案を試し、結果を比較します。うまくいかなければ原因を考え、別の仮説を試します。このサイクルは研究における仮説検証とよく似ています。
もちろん、Kaggleと学術研究は全く同じではありません。Kaggleではあらかじめ評価指標が与えられていることが多い一方で、研究では問いそのものを設計する必要があります。また、スコアだけでなく、なぜその結果が得られたのかを説明することも求められます。それでもデータをもとに仮説を立て、実装し、検証し、改善するという基本姿勢は共通しています。Kaggleで鍛えられたこの姿勢は、社会人博士として博士の学位取得をめざす過程でも、大きな力になりました。社会人博士を2.5年で早期修了できたのも、Kaggleで身についた力があってこそだと思います。
Kaggleの知見は著書にも活きている
Kaggleで得た経験は、実務や研究だけでなく、著書「マテリアルズ・インフォマティクス 実践ハンドブック*4」にも大きく活きています。同書では、材料開発にAIを活用する際に単にモデルの使い方を説明するだけでなく、データの整理、前処理、評価設計、結果の解釈、そして分析結果を次の実験や研究判断につなげる考え方を重視しました。
これは、Kaggleで繰り返し経験してきたことと深くつながっています。Kaggleでは、どれほど高性能なモデルを使ってもデータの癖を見落としたり、検証設計が甘かったり、評価指標の意味を誤解したりすると、最終的な成果にはつながりません。材料開発におけるAI活用でも同じで、モデル構築だけでなく「何を目的に、どのデータを使い、どのように評価し、得られた結果をどう判断に使うか」が重要になります。
加えて、Kaggleでは多種多様なデータ分析コンペに参加できることも大きな学びでした。材料開発で扱うデータは、前述の通り配合情報やプロセス情報のような表形式データだけではありません。結晶構造や化学構造のような材料構造データ、顕微鏡画像などの画像データ、論文・特許・技術資料などのテキストデータ、さらには生成AIを活用した知識処理まで、多様なデータ形式が対象になります。
Kaggleを通じてテーブルデータ、画像、テキスト、構造データ、生成AI関連タスクに触れた経験は、こうした多様なデータをどう整理し、どの手法で扱うかを考えるうえでも役立ち、書籍のサンプルコード*5の作成にも役立っています(図2)。
私にとって同書は、Kaggleで培ったデータ分析の実践知と材料開発・MIの現場で得た経験や知見を、これから材料開発にAIを活用したい方に向けて言語化したものでもあります。
*4: 高原渉、福岡誠之 著「マテリアルズ・インフォマティクス 実践ハンドブック」(森北出版 2025年)
*5: 「mipypf/practical-mi-guide」(GitHub)
Kaggleで選択肢が広がったキャリア
Kaggleを始めた当初、私はそれが将来のキャリアにここまでつながるとは思っていませんでした。しかし、実際には、Kaggleで得た実践的なデータ分析力は企業向けのAI・MI教育やコンサルティングといった実務に活き、研究活動にも活き、さらに教育や講演・執筆活動にもつながっていきました。そして、社会人博士として博士(工学)を取得した後、ご縁をいただき、大学教員を兼務する機会にもつながりました。Kaggleを通して自身のキャリアの選択肢が広がったと感じています。
また、Kaggleを通じて得られたものはスキルや実績だけではありません。関西Kaggler会、関東Kaggler会をはじめとするKaggleコミュニティで同じようにデータ分析コンペに取り組む方々と交流できたことも、大きな財産でした。コンペの解法や技術的な工夫を学ぶだけでなく、異なる会社・分野・立場の方々とのつながり、今でも互いに刺激を受けながら学び合える関係が続いていることは、現在の自分の考え方や活動の幅を形づくる大きな力になっています。
これからKaggleを始める人へ
これからKaggleを始める人に伝えたいのは、最初からメダルや高順位を狙いすぎなくてもよい、ということです。
まずはNotebookを動かしてみる。ベースラインを提出してみる。スコアが出る仕組みを理解する。Discussionを読む。上位解法を眺める。自分なりに1つ改善を試してみる。それだけでも多くの学びがあります。
Kaggleはすぐに人生を変える魔法の道具ではありません。しかし、続けていくことで、きっとキャリアの選択肢を広げることに役立つと思います。本記事がこれからKaggleを始める人にとって、少しでも背中を押せるものとなれば幸いです。
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