スタートアップとDeep Learning

2017年3月22日(水)
巣籠 悠輔(すごもり ゆうすけ)狐塚 淳(こづか じゅん)

前回は、巣籠 悠輔氏がDeep Learningに携わることになったきっかけや英語での書籍執筆、学生や院生の育成などについて語っていただいた。今回は、氏が最高技術責任者(CTO)を務める株式会社 情報医療(MICIN, Inc.)の立ち上げから医療分野におけるDeep Learningの活用、さらにDeep Learningの未来について独自の見解を語る。

スタートアップの魅力

私が学部生や院生だった期間に何度か留学を考えたことがあります。しかし、いざ留学しようとするといつも国内で興味を惹かれることが出てきてしまい、結局留学には至りませんでした。中でも私が最も惹かれたのは「スタートアップ」です。

実際に学部生や院生の期間にいくつかのスタートアップの立ち上げに関わりました。一番深く関わったのは院生時代の「グノシー」です。創業メンバーの福島とは同期ですし、吉田・関とは研究室も一緒でした。そうした関係からグノシーを共に開発し、グノシーが会社化する直前まで関わっていました。

そのほかにも、学部生時代にはクラウドファンディングの「Readyfor」の立ち上げメンバーとして開発していましたし、短期間ですが「ウォンテッドリー」や「マネーフォワード」にも関わらせていただきました。前回、電通に入社した理由を「技術のアウトプットについて経験を積みたかった」というお話をしましたが、これらスタートアップのアプリ開発についても、同じような指向性があったのではないかと思います。

巣籠氏が院生時代立ち上げに関わった「グノシー」のWebサイト

医療情報におけるDeep Learningの活用

そうした指向は就職後も消えたわけではなく、ニューヨークのGoogleに出向していたころには「新しいことを始めたい」という思いが強くなっていました。当時注目していた分野の1つが医療でした。私自身に医療系のバックグラウンドはないのですが、偶然の出会いもあり、帰国して電通を退社し新たな医療系のスタートアップを共同創業しました。医療以外ではリーガルテックなどにも興味があります。法律は自然言語処理でいろいろとできそうな分野なので、将来的に関われればいいなと考えています。

新しく始めた会社は株式会社 情報医療で英語名はMICIN, Inc.です。このネーミングはスタンフォード大学が1970年代に開発したエキスパートシステムである「MYCIN」へのオマージュでもあります。主なミッションは医療情報を整備です。現在は医療情報が個々の医療機関には集積されていますが、個人が健康管理などのためにそうした情報を活用することができず、機会損失が発生していると思います。

MICINのWebサイトでは、会社のビジョンとして「個人の健康・医療に関する情報を自ら所有・蓄積し、主体的に活用することで、より健康でいられるための社会づくりを目指す」ことを掲げています。この分野で進んでいる米国では、Googleとスタンフォード大学が共同研究を進めていますし、海外のいくつかの国では医療情報を一元管理して利用できる体制作りを進めていますが、日本はまだまだ遅れています。

MICINが現在提供しているサービスはスマホで診断と処方が受けられるプラットフォームアプリ「curon(クロン)」と人工知能を用いたヘルスケア企業・団体向けのソリューションです。私のミッションはDeep Learningを活用した遠隔診療の設計と製薬会社や保険などのビッグデータ分析による医療情報データソリューションの構築です。Deep Learningは「データ入手」「モデル構築」「アプリケーション化」という段階を踏んで進めていきますが、入手できるデータは形式がバラバラなものが多く、モデルを構築するために分析しようとしても、現状ではデータを整えるだけで非常に手間がかかっています。しかし、アプリ経由の医療情報も集まりつつあり、少しずつデータの蓄積が進んでいます。 もちろん、まだまったくデータ化ができていない分野もあります。医師が患者を見た瞬間に多くの情報を読み取り診断に役立てるといったシックスセンス的な分野は、人工知能が苦手とするところです。しかし、そうした医師の経験をデータ化すれば、診察のサポートに役立つはずです。Deep Learningによって記号をパターン空間に写像して判断するような仕組みが作れれば、より高度なサポートが可能になると思います。

MICINのWebサイトに掲げられたビジョン

Deep LearningはR&Dから製品化へ

Deep Learningは決して難しくありません。従来の機械学習では人間が特徴量を見抜かなくてはなりませんでしたが、Deep Learningではアルゴリズムに任せられる部分が多いのです。人工知能は人間が行っていた単純作業や面倒な作業を代わってくれますが、Deep Learningはその範囲を拡張してくれます。

例えば機械翻訳という分野は以前からありましたが、実用的なレベルに落とし込まれているとは言えませんでした。しかし、Deep Learningによってその問題が解決されつつあります。こうした例はこれからもいろいろと出てくるでしょう。ただし、アプリに落とし込むには単にDeep Learningを利用するだけでなく、もう1アイデア必要な場合が多いと思います。

Deep LearningはこれまではR&Dの時代で、流れてくるニュースのほとんどが研究開発についてのものでした。しかし、手法はすべて共有され、知見も溜まりつつあるので、今後はどんどん製品化へ移行する段階であると感じています。技術は技術のみで完結するのではなく、そのアウトプットが社会の役に立たなくてはいけません。その意味でDeep Learningのこれからには大きな成果が待っていると思います。

アプリ領域の可能性と新しいチャレンジ環境

では、日本でのDeep Learningの普及や活用は今後、どうなっていくのでしょうか。

日本では人工知能に関する情報が少し遅れて入ってくる感じがします。もちろん英語の情報を読んでいますが、少し時間にズレがあります。また米国とは投資額が何桁も違うのも事実ですし、人材の数も違います。DeepMindやfacebook AI ResearchではDeep Learningのモデルを作るのに時間を割く人員とは別に、そのモデルをアプリケーションに落とし込むチームがいます。こうした研究開発のスピード差を埋めるのは楽な仕事ではありません。

しかし、アプリケーションへの落とし込みの領域では、日本にもチャンスがあると考えています。ロボットなどのモノ作りではハードウェアとアプリケーションが一体になった製品が必要になるため、日本がアドバンテージを握る領域があるはずです。

時には真面目に、時には笑顔で対応する巣籠氏からは思慮深さが感じられる

私は現在、東京大学で招聘講師として教えていますが、東大でもDeep Learningの講座は人気が高く学生が多く集まります。彼ら全員がデータサイエンスの道に進むわけではないでしょうが、人材は育ってきているという実感があります。その中で米国へ行って勉強したいという学生は英語のハードルもあり少数派ですが、逆に言えば国内で研究を進める人材はこれから増えていくでしょう。

したがって、国内でも若いうちからどんどんチャンスはあるはずです。数年前と比較するとベンチャーキャピタルの数も増え、スタートアップを支援するエコシステムが醸成されてきました。投資マネーも集まりやすく、学生にとっては起業しやすい環境になってきています。そうした環境からDeep Learning技術を活かした新しいチャレンジが育ってくるのではないかと期待しています。

私自身の将来的なチャレンジとして「脳を数式化してみたい」という希望を持っています。Deep Learningはもともと脳の簡易モデル作成から始まったテクノロジーです。脳のより高度な数式化は、また新しい世界を広げてくれると思います。

著者
巣籠 悠輔(すごもり ゆうすけ)
Gunosy、READYFORの創業メンバーとして、エンジニアリング、デザインを担当。大学院修了後は電通にてデジタルクリエイティブの企画・制作、ディレクションに従事。Googleニューヨーク支社勤務を経て、2016年、医療ITスタートアップを共同創業。2016年9月より東京大学招聘講師。東京大学工学部システム創成学科卒(首席)、東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻卒。
著者
狐塚 淳(こづか じゅん)
コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集を経て、フリーランスのITライターに。現在は雑誌やWebメディアで、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなどの記事を中心に執筆している。

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