KDDIが考えるDXを見据えたICT人材育成、認定試験 ~LinuCを足がかりに次の扉を開く~
注目を集めるOSS人材
いま人工知能(AI)やIoTなどを用いたデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現するために、新たなサービスをクラウド上に実装する動きが強まっている。その影響で、基盤となるIaaS環境を構築するためのOpenStackや、コンテナ化したアプリケーションやサービス管理のデファクトスタンダードと言えるKubernetesなどといった、オープンソースソフトウェア(OSS)の重要性が高まっている。当然これらのOSSを扱える人材にも注目が集まっている。
このたび、大手通信キャリアとして多様な技術を蓄積するKDDIの技術者育成に関する話を同社のキーパーソンに伺う機会を得た。KDDIの技術統括本部技術企画本部総括・人材育成部、部長の札場泰雄(ふだばやすお)氏とICT教育グループマネージャーを務める上林宏彰氏の話から、KDDIでは若手技術者の育成に認定取得を上手に取り入れているようすが見えてきた。
対談の相手は、Linuxの技術者向け認定試験「LinuC」の提供といった認定活動を通じて、技術者育成に注力するLPI-Japan理事長の鈴木敦夫氏だ。今回、KDDIの技術者育成についてインタビューし、5Gとその先の時代を見据えた技術者のあり方や育成への取り組みを通して見えたことがある。それは未経験者からの育成に近道はないということだ。組織としての取り組みと、認定を用いて技術力を可視化して学びを支援することの重要性が浮き彫りとなったことが印象的だった。
経営主導で進めたKDDIの技術者人材育成
鈴木:DXへの期待の高さからわかるように、さまざまな業界がIT技術を活用した新たなビジネスモデルを求めています。そうした背景の中で、多くの企業はどうやってIT技術者を育成するべきか悩まれています。今回は、社内のIT技術者育成に積極的に取り組まれているKDDIの取り組みからそのためのヒントを聞くため、多摩市に2020年4月にオープンしたKDDIの人材育成拠点「LINK FOREST(リンクフォレスト)」を訪れました。
KDDIのICT技術者育成の最前線で活躍するお二人に伺います。さまざまな技術が続々と出現してくる中で、技術者育成との関係をどう考えますか。
札場:通信業界の技術動向は非常に速いので、それを支える技術者育成を大事にしています。KDDIのICT教育は、2020年度から育成に力を入れるために今はこのLINK FORESTで実施しています。2021年3月で相談役を退任した元社長の小野寺正が日本経済新聞の「私の履歴書」で紹介するなど、技術者育成はKDDIにとって重要な取り組みです。
現在は特に仮想化技術を重視していますが、そのためにも基本からしっかりした技術力を身につけさせ、組織全体のスキル底上げを目指しています。そのためにLPI-Japanの認定試験「LinuC」に取り組んだのが、具体的な技術者育成のスタートラインとなりました。
クラウド、AI、IoTなど仮想化との関連技術について
鈴木:基礎が大事と認識し、社長主導で仮想化の技術力を積み上げていったわけですね。現在はクラウド、AI、IoTなど仮想化と関連する技術の重要性が高まっています。
上林:通信業界には専用の特別なプロトコルといった他業界にはない特殊な技術があります。その一方で汎用性の高いインターネット、クラウドの普及によって、通信業界の技術者であってもサーバーOSの知識などは知っておくべきものになっています。私たち2人は、それを提供する側として、基礎技術をLinuxやTCP/IPと認識しています。
鈴木:特殊な技術を中心としていた通信業界の中でも、サーバーOSなど標準的なものを採用して、そこから新たな技術を取り込もうということですね。
上林:はい。技術者育成を始めるにあたって、特に仮想化・クラウドが一般化していく中で、Linuxを誰もが知らなければならない技術として位置付けました。組織のメンバーが標準的な技術としてのLinuxを身につけていることがベースとなって、AIやIoTなどの分野に発展していくでしょうし、仮想化技術への取り組みもしやすくなるだろうと考えて、当時の技術者育成がスタートしました。
新しい技術と昔からの技術との違い
鈴木:さまざまな新しい技術が出てきていますが、昔の技術とどう違いますか。
札場:基礎を身につけることが未知なる事柄への対応力となるという意味では、根本的な違いはありません。「学ぶ」という意味では変わりませんが、ネットワークやサーバーなどの基本的な技術が組み合わさることで、多くの高度な技術が構成されていることを技術者に理解してもらいたいと思っています。
鈴木:コンピューターの世界は温故知新と言われます。時代とともにネットワークは速くなったり、ハードウェアやソフトウェアなども刷新されたりなど、技術の使われ方や価値変化を経験しながらも、実際に学ぶ上での中身は大きく変わっていないということでしょうか。
仕組みを学ぶことの大切さ
札場:もし違いがあるとするとすればソフトウェアです。ネットワークの仮想化と自動化、さらにオペレーションも含めて、ソフトウェアベースで実装できるようになってきています。ソフトウェアは、従来の領域を超えた新しいものとして入ってきています。
鈴木:コンピューターの仕組みがハードウェアベースからソフトウェアベースになり、自由度が上がってきているということですね。確かにそれを作りこむ技術や技術者などは、過去のものとは違っていると言えそうです。
札場:従来はITベンダーに依頼していたようなことも、今はソフトウェアをベースにどんなことでもできるような時代になってきました。ソフトウェアの重要性の高まりを背景に、関連する技術者をさらに育成していきます。言うなればソフトウェア技術者集団と言えるでしょう。従来のようにサーバー技術者、ネットワーク技術者といった分け方ではなく、すべての仕組みを理解していることが求められます。
鈴木:なるほど、これからが楽しみですね。刻々と変化するビジネスと技術の動向に、いかに対応できるかが問われるということでしょう。
KDDIさんには多くのOPCEL(OpenStack Professional Certification by LPI-Japan)認定者がいます。クラウドを支えるIaaS基盤の技術者を育成する意味や重要性について、どのようにお考えですか?
札場:OpenStackベースのシステムは移動体通信の基盤で用いられています。特に、開発設計で重視しています。
上林:コア設備がセンター側にあるのですが、その基盤を構成しているのがOpenStackベースのシステムです。またOpenStack自体が仮想化教育に有効で、学びがいがあると考えています。というのも、OpenStackはコンポーネントとマイクロサービスで構成されている点が、従来の技術と異なっているからです。小さな単位のコンポーネントをつなげてサービスを拡張したり、マイクロサービスアーキテクチャを使いこなしたりすることができるわけです。このため、時代のニーズに合致したサービスを止めずに新しい機能を実装するということも学べます。大きくて機動力に乏しい従来型の考え方から脱却し、マイクロサービスのような俊敏なアーキテクチャへと変えていく良い機会だと思っています。
鈴木:はい、IaaSの基盤としてのOpenStackは仮想化基盤に必要な機能がコンポーネントに分かれており、アーキテクチャとしてとても洗練されていますね。OpenStackを通して仮想化技術を理解した上で、コンテナベースのアプリケーションをうまく開発、活用できる技術者が、今後どんどん活躍していくでしょう。
そのためには、コンテナを使った複数のサービスを管理するためのオーケストレーションとしてすでに普及しているKubernetesに対応できる技術者を育成することも、OPCEL認定試験を通した仮想化技術の習得と同様に重要だと考えています。
上林:まさにそこが重要です。4Gを支える技術としてOpenStack、マイクロアーキテクチャがありました。そして今後の通信基盤となる5Gを支える技術として鍵を握るのがKubernetesなのです。IaaSの基盤の仮想化だけでなく、コンテナベースでアプリケーションを開発し、Kubernetesを使って複数のサービスを管理していく必要があります。OPCELと同様に、コンテナを学び、Kubernetes技術者をどんどん育成していきたいです。
鈴木:KDDIではOpenStackを通して仮想化技術を、Kubernetesを通してコンテナ化されたサービス管理技術を身につけた技術者の育成に積極的に取り組まれていることが良くわかりました。
昨今では、AWSやAzureといった各パブリッククラウドが、より簡単にコンテナのオーケストレーションを行えるようにするマネージドKubernetesを提供していますが、操作技術の理解に終わってしまうケースも多いようです。実際にコンテナを使いこなすには、バックにあるオーケストレーション技術の仕組みをKubernetesを通して理解していることが重要です。Kubernetes技術者の認定試験を活用して、マネージドサービスもうまく使いこなせる技術者に育ってほしいと思っています。
KDDIが注力する新人教育
鈴木:IT技術者の育成に、OSSの果たす役割がますます高まっていることが見えてきました。KDDIさんは新人教育にLinuCを取り入れていますが、現在の取り組みのようすや、そもそも取り入れた理由について教えてください。また高い合格率の秘訣(ひけつ)は何でしょうか。
上林:技術統括本部の中で、Linuxの技術動向を調べながら研修の実施を検討していた際に、LPI-JapanさんからLinuCが始まるという声がかかったのがきっかけでした。LPI-Japanさんから、Linuxの業界動向や、若手全員に受けさせると良いといったアドバイスをもらったことから、LinuCを採り入れることを決めました。
今年もなんとか新入社員の全員が認定取得できました。秘訣(ひけつ)は企業秘密です…… というのは冗談ですが、資格取得を目的にしてはいけないと指導しています。認定の取得はスタートラインであり、学習を通して得たことを自分のものにして、次のレベルに進んで欲しいと思っています。
Linuxの基礎を学ぶ新人研修期間(4~5月)は、新卒社員にシェルスクリプトをつくってもらったり、その他いろいろと手を動かしてもらったりしながら、基礎学習をしっかりやります。この基礎学習の習得で対応力がつくため、見たことのない問題でもなんとなくわかるようになります。ここを明確に理解できるところまで持っていきます。そして下期(10月~)に試験対策を実施し、理屈を覚え、それを繰り返すことが高い合格率につながっています。2020年は出題範囲の変更の影響からか、何人か再チャレンジした人も出てしまいましたが……
鈴木:地道に時間をかけて学んでいる点が素晴らしいですね。認定は取ればいいというわけではありません。最近は、新人以外の技術者にもLinuCが知られるようになっていると聞きました。
上林:現状は新人を対象にLinuCの認定取得を奨励しているのですが、そろそろ若手だけを対象にすることも再考する必要が出てきています。というのも、若手がどんどん認定保有者になっていることに、中堅どころの社員が焦りを感じ始めているからです。新年度となる2021年4月以降は、その辺りを考慮して対象を拡大することも検討中です。
2020年4月のLinuC出題範囲改定はどう映ったか
鈴木:2020年4月にLinuCの出題範囲(Ver10.0リリース)を改定しました。それについて、どのよう評価していますか?
上林:若干難しくなったように感じますが、より実践に近いものが増えたと感じています。現場で起きているニーズをとらえるものになっています。実際に試験を受けて認定を取った若手に聞いてみると、現場でマニュアルや資料を見なくても、試験で学んだことがそのまま使えるようなケースが増えたという回答が多いです。
鈴木:それはとてもうれしい話です。出題範囲の改定では、さまざまな立場の技術者の方々と侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を戦わせながら進めているので、時間をかけて作成して本当によかったと感じます。ただ、学びやすくしたつもりだったのですが、難しくなりましたか(笑)。
上林:問題自体は難しくなったように感じましたが、全体として日々で使われている事象を扱う問題が増えている点に、さらなる質の向上を感じました。また範囲が明確になり、掘り下げるような問題が増えました。問題のバリエーションも増えたため、少し手ごわくなったように感じたのかもしれません。
鈴木:問題づくりにゴールはありませんが、それぞれの問題で本質的な技術を確認するような選択問題を増やしました。さまざまなシチュエーションの知識がないと答えられないなど、より本質的であることにも留意しました。その意味で、KDDIさんは本質的な技術者育成をしていらっしゃるとつくづく感心しています。
札場:今はコロナ禍ということもありますが、世間ではジョブ型雇用についても本格的に議論されるようになってきて、専門性を持って社会に出る人が増えてくるのではと思っています。その一方で、これまで同様に社会に出てから学ぼうとする人もいるでしょう。すべてがいきなりコロッと変わるとは思っていません。なので、我々としては育成に注力しながら、技術力を底上げしていきます。これから社会に出る人には、認定は取るのがスタートラインであり、取ってからが重要です。取ることを目的にしないで学習してほしいと思っています。
鈴木:さまざまな技術が生まれ、変化の激しい時代こそ変化するものの断片をとらえるだけではなく、本質をとらえながら学習して行くことが重要なんですね。変化の多い時代にはそうした意味での「基礎体力」が重要になってくるのだと、お話を伺って実感しました。
本日は貴重なお話をいただき、誠にありがとうございました。
本インタビューは、新型コロナウィルス感染症対策に留意した上でマスクを外し、撮影を行いました。
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