ソラコム、年次カンファレンスに関する記者発表会を開催。不在なモノから見える課題とは?

2023年7月12日(水)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
ソラコムが年次カンファレンスに関する記者発表会を開催。筆者が感じた「足りないモノ」とは何か?

株式会社ソラコムは2023年7月5日、自社が主催する年次カンファレンス、SORACOM Discovery 2023に関する記者発表会を都内で開催した。代表取締役の玉川憲氏、CTOの安川健太氏、SVP of Engineeringの片山暁雄氏などが参加し、カンファレンスの概要からビジネス概観、ユーザーや顧客数の拡大、ユースケースなどを1時間半という時間を使って解説した。

プレゼンテーションを行う玉川氏

プレゼンテーションを行う玉川氏

玉川氏はソラコムのビジネスの概況として、IoT SIM回線数が500万を超えたこと、170の国と地域、380のキャリア対応などを紹介し、順調にビジネスが拡大していることを説明した。その後、営業担当である齋藤洋徳氏が新しいユースケースとして国内ではダイキン、トヨタ自動車、北海道ガス、象印マホービン、海外ではSumUp(イギリスのフィンテック企業)、Sollatek(イギリスのIoT企業)などを紹介した。

パートナー数の拡大を紹介

パートナー数の拡大を紹介

サービスの拡充については、IoT SIMのラインナップへ新たに加わったカメラなどの画像通信に適した大容量向けのSIMの紹介を行い、IoT SIMの利用において日本向けが10%、グローバル対応のSIMが90%という比率を紹介し、IoTの利用が国内だけでなく海外に拡がっていることを説明した。

グローバルのカバレージを拡大するIoT SIM

グローバルのカバレージを拡大するIoT SIM

その上でIoT SIMの接続先をリモートから変更できるサブスクリプションコンテナを紹介。海外からクラウドへの接続を最適化するローカルブレークアウト、SIMと通信モジュールが一体化したiSIM(Integrated SIM)の商用化を発表するなど、国内海外を問わずカバレージを拡大していることを強調した。

しかしながら、プレスリリースやプレゼンテーションを通して何かが欠落しているという印象を受けた。それはネットワークには必須の「可用性」に関するデータが一切省かれていることだ。ソラコムの親会社であるKDDIが大規模な通信障害を起こしたのが、約1年前のことだ。インターネットはベストエフォートだとしても、国内の巨大なキャリアが大規模な通信障害を起こしたことで業界だけではなく一般消費者にとってもデータ通信の脆弱性を感じたのではないだろうか。

ソラコムのビジネスは、キャリアのネットワークとAWSに代表されるクラウドサービスをつなぐことが真髄だ。記者発表会のスライドでも「モノを『コネクト』するグローバルプラットフォーム」と謳っているとおり、セルラー回線の提供元であるキャリアを通じて末端のIoTデバイスを接続し、最終的にパブリッククラウドに接続することによって実装されている。ソラコムは通信キャリア、パブリッククラウドにとってはリセラーであり、巨人たちの肩に乗っている存在であろう。

ガートナーからIoT接続サービスのビジョナリーとして認められていることを紹介

ガートナーからIoT接続サービスのビジョナリーとして認められていることを紹介

しかしプレゼンテーションの中ではSIM契約数、パートナー数などの数字は出てきても「可用性は◯◯%」といった数字は一切見つけられなかった。この点について「マルチキャリア、マルチリージョン、マルチクラウドを接続するソラコムなのに、可用性に関する数字を出していないのはなぜ?」という質問を投げかけたところ、代表の玉川氏は「特に理由はない」と答え、エンジニアリング担当の片山氏は「各顧客向けのダッシュボードでは可視化できている」「海外のキャリアだと数値が出ていない場合もある」と解答した。しかし可用性についてメディアに対して訴えたいということではないのは明らかだ。

複数のキャリアやサービスプロバイダーを使うソラコムであれば、「どのキャリア、クラウドで問題が起きているのか?」を継続的に定量的数値として出せるだろう。社内の運用チームがそのデータを持っていないとは思えない。データが出せないキャリアについては「キャリアからの可用性に関するデータがない」と表示すれば、それをどう判断するのかはユーザーの責任だ。多くのデバイスをグローバルに使おうとするエンタープライズ企業であれば、リスク回避のために複数のキャリア、クラウドを使おうとするだろう。継続的に可用性の傾向や指針を提示できれば、ユーザーはより良い選択ができる。KDDIの大規模障害から1年が経過した今、可用性についての意識を高めて欲しいと思うのは企業ユーザーだけではないはずだ。

またユースケースについてもソラコムを採用して成功したという言わば「良い話」のオンパレードなのは仕方ないにしても、ユーザーが体験した通信障害の際の具体的な対応やどうやってサービスを維持したのか? などの「悪い話」がまったくなかったのは残念である。大規模なコンピュータシステムや通信において障害がないということはありえず、クラウドコンピューティングの世界では「何かがいつも壊れている」ことを前提としたシステム構築が求められている。複数のサービスをつなぐのがビジネスの根幹のソラコムにとって、自身が乗っている巨人たちの可用性を可視化し、それを超える可用性と信頼を提供するフェーズに移行して欲しいと切に希望する。

参考としてフィンランドのベンチャーAivenの例を紹介しよう。Aivenは複数のパブリッククラウドを使ってデータベースをサービスとして提供している(DBaaS)が、パブリッククラウドによる99.95%の可用性を複数のパブリッククラウドを組み合わせることで99.99%にしているという。セルラー回線とパブリッククラウドを使い回すのが身上のソラコムにも、このくらいの強かさを見せて欲しいと感じた。

●参考:パブリッククラウドを使ったDBaaSを展開するAivenの日本代表にインタビュー

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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