オランダ・フィンランド・エストニアに学ぶAI時代の教育。ポイントは子どもをやる気にさせる「コーチング」教育にあり

2019年9月5日(木)
望月 香里(もちづき・かおり)

8月3日(土)、新富区民館6・7号室にて日本若者協議会主催による第11回勉強会「オランダ、フィンランド、エストニアに学ぶAI時代の教育」が開催された。

はじめに、日本若者協議会主催の室橋祐貴氏より、若者の声を政策に反映させるため、若者の声を集めて政治家や政府に提言する日本若者協議会の紹介があった。今後はテクノロジーを活用した教育についても政治家に提言していきたいと思っていた際に、今回講師を務めた長澤氏と出会い、本イベント開催に至ったという。室橋氏の挨拶に続いて、長澤瑞木氏による自己紹介があった。

日本若者協議会代表理事 慶應義塾大学政策・メディア研究科修士1年 室橋祐貴氏

長澤氏は東京学芸大学大学院 修士課程1年目 教育AI研究プログラム学部に所属。現在は、札幌でオランダ流家庭教師Study Coach代表として全国各地で講演活動や、EdTechZineというオンライン教育メディアで連載記事を執筆している。

東京学芸大学大学院 修士課程1年目 教育AI研究プログラム学部 長澤瑞木氏

長澤氏がミッションとして掲げるのは「誰もが”目的感”を持った世界」だ。コーチング型教育へのアップデートをビジョンとしている。コーチングとは子どもたちから引き出して行くコミュニケーションの手法であるという長澤氏。アイスブレイクとして、「相手の思考をより深める質問をする」「傾聴し否定しない」「提案はしない」の3つをルールに、「あなたの心がワクワクすることは?」をテーマに2人1組でコーチ役とクライアント役に分かれてコーチングを行った。

コーチングとは(ティーチングとの比較)

アイスブレイクとして、参加者同士でコーチングを体験

これまで3回のクラウドファンディングにより教育視察を行なったという長澤氏。その中からオランダ・フィンランド・エストニアにおける教育現場の事例について紹介してくれた。

自主性と多様性を育むオランダの教育

オランダ教育が目指すものは、学ぶことの楽しさ(探究心)の育成、計画性があり自主的で自立した勉強ができる姿勢の育成、「トライ&エラー」で失敗や困難に立ち向かう意欲の育成、自己肯定感の育成だ。

オランダと日本の小学校の主な違いは、留年や飛び級があること、担任は2名で他のパートタイムの仕事と学級担任を掛け持ちするなど、フルタイムの先生は少ないことが挙げられる。

自分で計画を立てる「イエナプラン教育」

オランダの小学校では、「対話・遊び・学習・催し」の4つを循環させ、異なる年齢の子どもたちが1つのクラスで学ぶ「イエナプラン教育」が行なわれている。

イエナプラン教育には2つの大きな特徴がある。1つはクラスに問題があった場合(共有空間において各競技の範囲を決めるなど)に子どもたちが主体となり、話し合いで問題を解決していく「サークル対話」だ。先生はサポートのみ行うことで、子どもたちに自主性が備わっていくそうだ。また、理解度の早い子はクラスの年長の子どもたちと一緒に学習したり、聴覚過敏な子どもにはヘッドホンを使用して学習に集中させるようにしたり、学習障害(LD:Learning Disability)の子どもには、授業に集中するため予め授業で何を学ぶかを書いた自作カードを確認するように促すなど、「個」を尊重した教育を行っているという。

サークル対話は子どもたちだけで問題解決を図る手法だ

授業に集中するため自分が何を学ぶべきかを書いた自作カード

もう1つは、クラス全体で行う授業以外の時間割(5教科等)を自分で立てることだ。月曜日に立てた時間割を、金曜日に先生と一緒に振り返りを行う。その際、先生はコーチングを意識することで、子どもにとって、振り返りの時間を有意義なものにできるという。また「子どもに教えることと学校をマネージメントすることは全く別物」という観点から、管理職の先生は通常の先生たちとは別のコースで養成され、29歳の若さで校長先生になるケースもあるそうだ。

子どもが自分で立てた時間割に沿って学習を進める。金曜日には先生と振り返りを行う

自分の視点で世界を見る「多重知性論教育」

もう1つ特徴的と言えるものは、人間には8つの知能が備わっていると考える「多重知性論教育」だ。1つの大きなテーマにおいて物事を多角的に考え、発表するという授業が行われている。例えば「昆虫」というテーマなら、環境面から考える子、生態系から考える子など、それぞれの視点から考えてプレゼンし、聞いている生徒にも多様な考え方があることを知る有意義な時間になるという。

多重知性論教育では、他の子どもたちから多様な考え方があることを学ぶ

「正解のない問い」に取り組む教育

続いて、中高一貫校の事例が紹介された。午前中は正解のある問い(教科指導)、午後は正解のない問い(プロジェクト)を行なっている「テクナジウム」という新しい教育手法で、午前はティーチング、午後はコーチングと、先生の立ち位置も変わるそうだ。

「正解のない問い」とは、実際の民間や行政で起こっている課題を、子どもたちがチームで解決法を考えるもの。チームで考えた解決法をプレゼンし、優秀なアイデアは学校から企業や行政にフィードバックされ、自分たちのアイデアが実現することもあるとか。高学年になると、自分の興味のある会社に出向いて課題をもらいにいくこともあるという。

子どもたちが考えた優秀なアイデアは企業や行政にフィードバックされ実現されることも

街全体で教育するフィンランド

次はフィンランドだ。フィンランドにおける教育で特徴的なのは、子どもたちが授業で公共の図書館や美術館、劇場などに行き、学習することだ。長澤氏は「街全体で教育をしている」という印象を受けたという。

フィンランドでは図書館や美術館など街全体が学習のフィールドになる

iPadを活用した学習やロボットと一緒に授業も

また、iPadによる学習も積極的に取り入れられているようだ。子ども全員にipadが支給され、子ども自身がアレンジを加えながらストーリーを自主制作したりプレゼンしたりと、iPadを活用した授業が日常的に繰り広げられている。

さらに、ヨーロッパ特有の問題として複数の言語が使用されており、1人の先生が全ての言語を英語に翻訳するのは困難という経緯から、言語ロボットによる授業も行われているという。教育現場でも「なぜITやテクノロジーを活用するのか」という目的が大事なこと、「先生の視野が狭いと子どもの学びの幅も狭まってしまうので、先生が副業をしているのは社会を知るという面でも良いこと」だと長澤氏は語った。

iPadを活用した授業が日常的に取り入れられている

言語ロボットによる授業は言語の壁という困難からの脱却を実現

創造性の教育に重きをおくエストニア

最後にエストニアだ。学校が休日だったこともあり、VIVISTOPという場所を視察したと長澤氏。VIVSTOPは子どもたちが自由な発想で何でも作ることができる場で、日本では千葉県の柏の葉にある。費用は1円もかからないというのがVIVISTOPの魅力であるが、現在エストニアのVIVISTOPに来場しているのは富裕層が多く、その理由として「情報をキャッチする力が影響しているのではないか」と長澤氏は分析している。

エストニアのVIVISTOP。主な来場者は富裕層の子どもたちだ

創造力の有無がAIと人間の最大の違い

3ヵ国の事例紹介の後、長澤氏はAI時代の教育について「AI時代に人が人であることを証明するのは、新たなものを生み出す『創造力』があることだ」と断言。その創造力を支える3つの要素に「専門性」「思考力」「モチベーション」があると指摘する。

中でも一番重要なのはモチベーションだが、内因的(学問が楽しいから)なものと外因的(欲しい物を得るため)なものがあり、内因的なモチベーションを高める3因子として「遊び」「情熱」「目的意識」が挙げられるという。遊びは「いたずら」であり、いたずらとはクリエイティブなことに喜びを見出す文化の象徴だ。「大人も目的意識を持って、ワクワクする遊び心を忘れないでほしい。すでに世界は、IQ(知能指数)よりもCQ(好奇心指数)やPQ(情熱指数)が重視される時代へとパラダイムシフトしている」と力説した。

子どもたちに学習意欲を持たせるには教師の情熱が重要

また、オランダの教育の良いところとして、オランダは法律で学習指導要領が大まかに決められており、学校ごとに特徴のある教育ができることや、教員資格の取得に6年かかるため、教師の質も教育の質も高くなることを挙げた。

一方で、日本の教育の良いところは「勤勉性」と「協調性」で、日本人ほどバランスや空気・間を大事にしている国民は世界に類がなく、世界中のメンバーが集まるプロジェクトなどでは、日本人のリーダーを熱望することもあるようだ。「これは日本の教育が作り上げてきた良い面でもある」と、長澤氏はまとめた。

AI時代の教育を考えるグループワーク

長澤氏の講演が終了した後は、「AI時代に向けた日本の教育」をテーマにグループワークが行われた。まずテーマに沿ってグループメンバーで話し合い、話し合った意見をまとめて発表するというものだ。

グループワークの話し合いでは熱い議論が交わされていた

話し合いの後の発表では、教科指導・生徒指導・部活指導・カウンセリング・管理職など先生の分業化や、飛び級や留年への寛容化、AOや推薦など強みを生かした大学入試改革へなどの意見が出されていた。

教育のあり方から働き方まで幅広く意見が出されていた

グループワークの最後に、長澤氏は日本の先生が世界の先生たちから「スーパーマンだ」と呼ばれていると紹介。理由は、本来なら先生にとって教科や生活指導、放課後、部活などを分業制にすることがとっても働きやすいに違いないのだが、「全てのことを1人でやるから」なのだとか。

また、指導方法として、褒めて長所を伸ばしてから短所を克服するように助言する方が成長しやすいため、小学校では傾聴により子ども自身の意見を引き出す「コーチング」が必須であるとしながらも、「世界のどこを見てもベストという教育はない。その上で、いかにベターにしていくかということが大切だろう」と締めくくった。

* * *

日本若者協議会の主催ということもあるためか、参加者は高校生が半数以上を占めていた。感度の高い高校生に出会えたことに、未来は明るいと私はワクワクした。先生であれ子どもであれ、1人の人間として人権を大切にしている仕組みは素敵だと思った。日本人の協調性を活かし、世界で協働する人材が1人でも増えて欲しいと願わずにはいられない。

著者
望月 香里(もちづき・かおり)
元保育士。現ベビーシッターとライターのフリーランス。ものごとの始まり・きっかけを聞くのが好き。今は、当たり前のようで当たり前でない日常、暮らしに興味がある。
ブログ:https://note.com/zucchini_232

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