話題の麹町中学校工藤校長、デジハリ杉山学長の考えはいかに。第16回「一橋ビジネスレビュー・スタディセッション」レポート

2019年11月6日(水)
望月 香里(もちづき・かおり)

8月29日(木)、東京・日本橋の経済倶楽部ホールにて、第16回 一橋ビジネスレビューの読者向け勉強会「一橋ビジネスレビュー・スタディセッション」が開催された。

一橋ビジネスレビュー 2019年 夏号』の特集「教育改革のニューウェーブ」の「特集論文」執筆者である千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長や、デジタルハリウッド大学の杉山知之学長をはじめとする、新分野の教育の第一人者たちと、日本の教育における様々な課題について議論するイベントとなった。

一橋ビジネスレビュー 2019年SUM.67巻1号:教育改革のニューウェーブ

開催に先立ち、一橋大学 名誉教授 米倉誠一郎氏より、参加者に向けて「1クラス40人に対して1人の先生が授業するという従来の教育ではない、新しい教育について議論しましょう!」と、熱いメッセージが送られた。

一橋大学 名誉教授 米倉誠一郎氏

米倉氏の挨拶に続いて、本セミナーのメインである、工藤勇一校長、スペシャルゲストの杉山知之学長、新分野の教育を手掛けるインフィニティ国際学院 東京事務局長 白旗和朗氏の3名による講演となった。

新しい学校教育を創造する:
千代田区立麹町中学校の挑戦

トップバッターは、千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長だ。工藤校長が同校に赴任したのは6年前。世間で話題となった取り組みは以下の通りだ。

千代田区立麹町中学校 工藤勇一校長

人は勝手に理想を描き勝手に不幸になっている

ここで、学校側から見た課題を挙げた。元々子どもは主体的な生き物で自分のやりたいことしかやらないが、幼稚園や保育園にいくようになると「あれ・これをやりなさい」とだんだん自立心を失っていく。一方で学校教育にはサービスを求められ、より良いサービスの提供を余儀なくされる。与えられることに慣れた子ども達は不満を言うようになり、現状は、人に求めて人を批判し、勝手に理想を描いて勝手に不幸になる「当事者意識を失った」世の中になってしまった。「グローバル化が進み、自国だけではさまざまな問題が解決できない時代になっているにも関わらず、学校では相変わらず「忍耐・礼儀・協力」があまりにも強調され続けていることに気づいているだろうか」と工藤校長は問いかけた。

手段が目的と化している

そもそも、学校教育の「目的」は自律した生徒を育成することで、その「手段」として基礎学力(徳育・知育・体育)を身につけさせることを念頭に置いていた。しかし、できる限り多くの知識をインプットし、テストで良い点を取ることが「目的」にすり替わり、その「手段」として間違えたところを何度も身につくまで繰り返し学習することに置き換えられてしまった。本来の自律した生徒を育成するという「目的」がなくなり、基礎学力を身につけさせることばかりに尽力するあまり、子どもの自律は失われているという。

精神論より自分を知ること

子どもが、自身に合った学び方・生きるスタイルを見つける場所が学校であるはずが、世の中を生きていく上で分からなければ誰かに聞く・調べる・繰り返すなど、のちにビジネスの基本スキルとなる力を身につける機会を全て奪ってしまっている。本来、この学びがあるのが学校であり、人と社会が関わる機会をきちんと作ること。その中で対話し合意形成する経験が足りていない。教育の中心は「自律」「尊重」「創造」でなければならない。

学校が教えるべきことは、知識技能より大人になって社会に出た時の「再現性」だ。「頑張った」と褒められて育った大人は、うまくいかなかった時に「自分は頑張っていないからだ」と考えてしまう。これまで日本の教育を支えていたのは精神論だったが、これからの教育には通用しない。「頑張れないことを知る」ところから始まるのだ。

鍵は当事者意識と対話

工藤校長が麹町中学校に赴任後、教員も子どもも「〇〇が悪い」と言っていたが、学校をリデザインし「当事者に変えていく」ため、全教員に権限と責任を与えた。「人は自分の成功体験を相手に押し付けがちになり、そうなれば話し合いにならないことが多い。一番に目指すべきゴールを共有し、手段が目的にならぬよう繰り返し対話をしてきた。今の形になるまで4年かかった」と振り返る。

また、同じことを生徒にも行なっており、学校は生徒達が対話を通じて民主的に問題を解決する場となり、生徒は学校を作る当事者になっていったという。

これからの教育を変えるキーワードは「目的と手段で教育を見直し、全ての関わる人間を当事者に変え、目標の合意形成を図る。そのための対話をする。最上位の目標が大事になる」と工藤校長は締めくくった。

22世紀へ向けてデジタルハリウッド大学が
取り組んでいる教育事業とは?

続いて登壇したのは、デジタルハリウッド大学 杉山知之学長だ。コンピュータとそのネットワークが空気のように存在する新世界を大前提に、その環境を活かし、暮らしを含めたすべてをデザインし直す「Re-Designing the Future」を掲げ、25年前に社会人向けのスクールを開校。「21世紀のどこかで大学院を作りたい」と思っていた杉山学長。その後、2004年に構造改革特区制度を利用し、大学院を設立、翌年には四年制大学を開学した。

デジタルハリウッド大学 杉山知之学長

デジタルは人が幸せになる技術

大学院を設立した理由は、21世紀に増えてくるクリエーターに仕事を出すビジネスプロデューサーが必要だと思ったからだ。1994年のデジタルハリウッド専門スクール開校当時は、デジタルでどのようなビジネスを作り出せるかわからなかったが、いずれ全産業界に及ぶと考えていた。今では多くの企業とのパートナーシップにより全国に拠点を拡大している「Digital Hollywood Studio」や専門学校に教材を提供するデジタルハリウッドアカデミーなど、年齢の縛りもなく様々なバックグランドの人が学べるようになっている。教授や大学院生・スタッフも含め、「教え合う」コーチングスタイルを奨励しているのだ。

杉山学長は以前より人工現実感(Artificial Reality)を研究し「そろそろヴァーチャルと現実の見分けが付かなくなるのではないか」と考えていた。そこで「98億人いたら98億人の現実が’ある」という立場をとる藤井直敬教授を大学院に招き「現実科学」という新たな研究領域に踏み出した。我々の目の前にある現実に科学技術が介入できるようになってきた今、人が幸せになる上でこの技術を健全に使えるように研究することが、現在のデジタルハリウッド大学院の中心的な研究テーマになるという。

世界を変えていく人を創る:
高等学校のもう1つの選択肢

世界で渡り歩いて行ける人材を

最後に登壇したのは、インフィニティ国際学院 東京事務局長の白旗和朗氏だ。

インフィニティ国際学院 東京事務局長 白旗和朗氏

白旗氏は、まずインフィニティ国際学院を設立したきっかけは「これまでの常識や当たり前は自分たちの思い込みだったことに世間も気付きはじめた今、世の中や社会人のキャリアなどが変わっていくとともに、教育も変わるべきではないか。世界の相手と渡り合える人材を育てたいと考えた」と説明。2019年4月に開講し、在籍人数は7名という状況だが、「10年後、世界を変えていく人材を育てる学校」をビジョンに、1年目はフィリピンで英語を学びながら過ごし、2年目は世界中のワークショップ等に参加し、英語でコミュニケーションやプレゼンテーションができる人材育成に力を入れて行く予定だという。

パネルディスカッション:
今、教育現場で何が起きているのか

3名による講演の終了後、パネルディスカッションが行われた。まずはパネラー3人の紹介から。

松本理寿輝氏(まちの保育園・こども園代表)
地域に開かれたコミュニティスペースを持ち、保育園がまちづくりの拠点となるよう「まちぐるみの保育」を実践している。また、保育園は地域の若い世代を繋げるインフラの役割も果たしており、地域と子ども・住人が繋がり合う仕組みを創っているところだという。

まちの保育園・こども園 松本理寿輝氏

宮地勘司氏(株式会社教育と探求者 代表取締役社長)
2003年当時、日本経済新聞社に所属していた宮地氏は、教育イベントを企画し、1日で高校生の目が輝き変化する様子を見て「教育を一生の仕事にしよう」と決意。社会は教育によって変えられると考え、41歳のときに日経を退社し、株式会社教育と探求社を設立した。現実社会とつながる探究学習プログラム「クエストエデュケーション」を全国の中学・高校に提供している。

株式会社教育と探求者 代表取締役社長 宮地勘司氏

水野雄介氏(ライフイズテック株式会社 代表取締役CEO)
ライフイズテック社の主な事業は中高生向けのIT・プログラミング教育だ。現在までの参加者は約4万人で、サービスの企画からローンチまで生徒自身で行なっている。プログラミング教育の本質はクリエイティビティ。「楽しんでいたら学んでいた」という、ラーニングエクスペリエンスを積み重ねてほしいとのこと。

ライフイズテック株式会社 代表取締役CEO 水野雄介氏

パネルディスカッションは、パネラーだけでなく、登壇した先生方も交えて行われた。議題は「~学校は自分たちで変えていく~現場で今何が起こっているか」だ。モデレーターは米倉氏が務め、各パネラーが自身の立場から、熱い意見の交換が行なわれた。

  • 水野好きなことでないと人は伸びないので、子どもたちにも関心のあることをやらせて伸ばしたい。ライスイズテックのプログラミングキャンプでは、卒業生の大学生が戻って来てメンターとして中高生に教えているが、企業でも「ITを教えられる大学生」という人材を欲している。キャンプの運営資金の一部は企業の採用費で賄っている。
  • 宮地学生に企業へ入ってもらいミッションを与え、様々なアイデアを出してもらう。企業人は良いアイデアでも予算等との兼ね合いを考えて自ら引っ込めてしまうこともあるが、学生から本質的なアイデア出しやジャッジをしてもらうことで、企業人もハッとするような学びの場になっている。
  • 松本地域と保育園をつなぐコミュニティづくりには、保護者や地域の方が自分ごととして物事を捉えることや自己充実感が大事。保護者も子どももその地域で楽しく過ごしたイメージのまま小学校に行くので、その後PTAなどの小学校改革が起こりやすく感じる。
  • 工藤担任制の時は勝ち組負け組ができていたが、全員担任制にしたら比較も勝ち負けもなくなり、先生同士が「生徒のために何をしようか」と協力しはじめた。全員担任制を実行する4年目以前の3年間で教員・生徒・保護者から400以上の課題を挙げ、1つずつ改善を重ね信頼関係が形成されて行く中で大きな改革ができた。
  • 杉山科学技術の発達とは、「人として生きる上で何が必要か」という、人間の根源に立ち戻ることだろう。人は対面の物事に感動する。人が人らしく楽しく生きられるよう、クラフトマンシップ(職人)になろう。
  • 宮地「AIを誰が所有するか?」という問いになってくる。ロボットの出来ることが増えても、社会の仕組みを考えるのは人間。企業の課題に答えるということは、現状の枠の中で考えているに過ぎない。AIのいる世界を創るには、現状の枠を超えたところを考えなければならない。

パネルディスカッションの最後に、モデレーターの米倉氏が「日本こそ、教育に資本投資をしていない。教育はこれからの柱。これからもこのセミナーのような場を作っていきたい」と会場に呼びかけ、セミナーを締めくくった。

* * *

「人は勝手に理想を描き、勝手に不幸になっている」という工藤校長の言葉は、筆者も教育分野においてアンテナを立てていた方だと自負していたが、世界や様々な教育方針等を見聞きしているうちに、どこか比較をしていたのではないかと我に返った。現状に不満を持ち、自分で自分を不幸にしないよう、まずは自分改革から一緒に始めてみませんか。

著者
望月 香里(もちづき・かおり)
元保育士。現ベビーシッターとライターのフリーランス。ものごとの始まり・きっかけを聞くのが好き。今は、当たり前のようで当たり前でない日常、暮らしに興味がある。
ブログ:https://note.com/zucchini_232

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