食に関わる「Agritech」のいま。砂漠の農業立国イスラエルに学ぶ 「農業×テクノロジー」セミナーレポート

2019年12月27日(金)
望月 香里(もちづき・かおり)

9月30日(月)、AgVenture Labにて開催された「砂漠の農業立国イスラエルに学ぶ 農業×テクノロジー | Pitch Tokyo -Israel Edition- #2 (2019-20)」に参加した。

近年、ハイテク産業において「中東のシリコンバレー」として世界中の企業や投資家が注目するイスラエル。本セミナーではイスラエルの「Agritech」をテーマに、最新情報やスタートアップの紹介と日本のAgritech領域で事業開発に携わるパネラー3名によるパネルディスカッションが行われた。

初めに、一般社団法人AgVenture Lab代表理事/農林中央金庫 執行役員デジタルイノベーション推進部長 荻野浩輝氏より「JAグループは銀行・商社・保険・病院など8つの組織からなる。AgVenture Labは2019年5月、変化の早いこの時代に、これまでの組織のルールからマインドチェンジし、全国のJAグループの持っている『総合需要の強み』を活かしながら、軸となる『農業・食・地域の暮らし』の社会課題の解決を目指すものとして創設した」と紹介があった。

一般社団法人AgVenture Lab代表理事/農林中央金庫 執行役員デジタルイノベーション推進部長 荻野浩輝氏

農業を中心にしたAgVenture Labは、データを見える化することにより、それぞれが相互的に関わるLabだ。荻野氏は「スタートアップ企業の参入を歓迎している。JAグループの取引先がパートナー企業となる。大学や行政と共に内弁慶であったJAグループもオープンに新しい戦術でイノベーションを起こしていきたい」と説明した。スタートアップを集めた、農業・食と暮らしのイノベーションをテーマにしたJAアクセレーターも開催されているようだ。

AgVenture Labの概要

イスラエルはイノベーションの宝庫となるか

続いて、本イベント主催のAniwo松山英嗣氏より、「Aniwoは2014年に日本人として初めてイスラエルのテルアビブでベンチャーキャピタルから出資を受けて創業したスタートアップ。イスラエルのスタートアップと日本企業の協業により、新しい価値の創出をミッションに掲げるイノベーションプラットフォーム企業だ」と会社の説明があった。

Aniwo, Head of Japan 執行役員 事業開発担当 松山英嗣氏

イスラエルが農業立国であることをご存知だろうか。EU・アフリカ・アジアの間に位置するイスラエルは、長年領土の取り合いがあった。以前はダイヤモンド輸出国として有名であったが、資源も少なく敵国に囲まれており農作物の輸入もできなかったため、国内の食料自給率は90%を超えるまでに成長した。

イスラエルは天然資源が乏しく、国内市場も小さい国だ

松山氏は「イスラエルは日本や中国・アメリカに比べて国内の大きなマーケットがない分、海外のマーケットを視野に入れて考えているので『オープンイノベーション適正』がある」という。イスラエルのスタートアップの特徴として、幼少期からの「アントプレナーシップ教育」や、高校卒業後の約2年から3年に渡る「徴兵制による軍での経験」、世界中に存在する「ユダヤ人のネットワーク(ビジネスパートナー)」といったエコシステムの存在があるという。

イスラエルのスタートアップエコシステム

イスラエル政府もスタートアップへ手厚いサポートをするなど、「お金は出すが口は出さない」スタイルで、2018年は7,000億円程まで投資額が増え、「スタートアップネーション」とも言われている。年々スタートアップは増加しており、現在では7,000社ほどあるそうだ。

イスラエルはAgritechに関するスタートアップが約450社もある、正に「スタートアップネーション」だ

ここで、イスラエルのスタートアップ3社の動画紹介ピッチがあった。

  • Hargol:バッタに含まれる良質なタンパク質やアミノ酸を発見し粉末食材としている
  • Seedo:カメラの付いた滅菌密閉型エコシステムに種を入れるだけでAIアルゴリズムの分析により栽培が可能
  • TransAlgae:海藻からバイオディーゼルや特定の害虫を駆除する動物用投与薬を製造

続いて、日本のスタートアップ3社のピッチだ。

余った太陽の光を活用し、収入アップ
株式会社アグリツリー

福岡県那珂川市に事務所を構える株式会社アグリツリー 代表取締役 西光司氏は、高齢化する農業従事者や耕作放棄地の課題解決として、畑や田んぼの上にソーラーパネルを装着し収入の安定を図る策として「ソーラーシェアリング」事業を行なっている。通常、光が強くなると光合成の速度は上がっていくが、植物それぞれにある光飽和点を通過すると光合成の速度は上がらない。植物の成長に必要のない光を太陽光発電に活かす設計になっており、2013~2017年末までに約2,000件の契約があった。「ソーラーシェアリングにより地域産業である農業従事者の収入を安定し、地域の持続可能な社会の実現を目指している」と西氏は胸を張る。

株式会社アグリツリー 代表取締役 西光司氏

現在の課題はソーラー設備のコスト削減だ。2009年から開始された固定価格買取制度によりソーラーシェアリング事業は成り立っているが、現在は補助金を利用して市場に販売している状態で「資材調達・工事・維持管理などの一気通貫により、手に入りやすい価格でソーラーシェアリングの設備を提供していく。『ソーラーシェアリング』という日本初のテクノロジーを活用して、 自然エネルギーと農食産業を軸とした新しい地域の形を作っていきたい」と抱負を語った。

植物の成長に関わる光飽和点を通過した太陽光を発電に使用

人工衛星の活用で農地をスコアリング
SAgri株式会社

兵庫県丹波市と茨城県、インドのバンガロールに拠点を置き、世界の小規模農家向けマイクロファイナンス事業を手掛けるSAgri株式会社の代表取締役社長 坪井俊輔氏は、エンジニアと農学の掛け合わせによるインド人を含む8人で会社を運営。途上国も含め、資金調達の難しい企業向けのアプリ事業とメディア事業の2つの取り組みを日本とインドで行なっている。「日本の農業アプリ事業では、衛星の解析により農地一枚毎を紐づけることで農地をワンクリック登録し、スマホと連動させて農業を管理している。メディア事業では、昨年6月から丹波市を基軸に、ドローンやIoTの使い方を指導するなど、数多くの農家にアプローチしている」と自社の事業内容を説明した。

SAgri株式会社 代表取締役社長 坪井俊輔氏

今年度から進出したインドでは、金融機関と農家をマッチングさせるファイナンスソリューション事業も始めている(参照:日本経済新聞 2019/9/30付「サグリ、インド農家への融資支援」)。どうしても情報のブレが生じるところに人口衛星データを使って「土」の指標を可視化し、土壌の表面の「腐食含有量」のマッピングを行う(青森県で知見を得ながら研究中)など、衛星から見た土壌の診断結果に実地的なデータを組み合わせてデータベースを作っているという。「土壌を基軸に一枚毎の農地データを紐づけ、世界中の農地評価軸を作りたいと思っている。また金融機関に一部の情報として提供し、様々なデータと紐づけることで金融機関のマイクロファイナンスも促進し、最終的に肥料の特定や散布量も指定できたらと思っている。『農業=経験』でなく、誰でも農業に参加できる状況を作れたら今の農業自体が変わると思い、ビジネスを行っている」と語った。

SAgriのビジネスモデル

SAgriのファイナンスソリューション事業

ハエにより生ゴミが飼料と肥料に

イエバエ(50年1,200世代にわたる選別交配(自然)させたハエ)を主とした循環型「100%バイオマスリサイクル」システム事業を手掛ける株式会社ムスカ 代表取締役CEOの流郷綾乃氏は、「生ゴミや畜産有機廃棄物にイエバエの卵を乗せ1週間放置すると、卵から孵化した幼虫が消化酵素で分解し、幼虫と幼虫の排泄物に分かれ、飼料1割・肥料3割・残りは水分の割合で幼虫は飼料に、幼虫の排泄物は有機肥料となる。『ゴミに価値を与えましょう』」と呼びかけた。

株式会社ムスカ 代表取締役CEO 流郷綾乃氏

従来の仕組みでは、約98%が法律により微生物の発酵処理に2~3ヶ月かかり、その間臭いや地下水の汚染・温暖ガスなど環境に悪影響が出ていた。ムスカではイエバエの消化酵素による分解で「早くて売れる飼料と肥料」ができるだけでなく、ハエは「地球の掃除屋」として分解・循環を促し「地球環境にすごく優しい」という。MUSCAの飼料には耐用性扶養効果・誘引効果・増体効果がある。また、肥料を堆肥化しても堆肥化が未熟だと硝酸態窒素が残留するが、アンモニア窒素という別の窒素に変わることで、環境負荷も軽減される。

ゴミに価値を

「どんな未来になろうとも、人類は生きるために食べる。食べることはゴミを出すことでもあり、食を安定供給させることはものすごく大切になってくる。MUSCAのやりたいことは、完全なる循環型システムを普及させ 『環境負荷を下げ、食料を安定的に供給させること』」と流郷氏は締めくくった。

パネルディスカッション:
農産業の抱える大きな課題とテクノロジーで実現したい世界

3社によるピッチ終了後には、荻野氏、西氏、坪井氏、流郷氏によるパネルディスカッションが開催された。最初のテーマは「現在、農産業で抱える大きな課題は何か」だ。

  • 荻野農家が儲からないと魅力的でないと感じて就農しない。食料自給率はイスラエルの90%に比べ、日本は40%。農業が環境にダメージを与えている課題もある。
  • 西豊浦町では企業の福利厚生として、豊浦町に1ヶ月間滞在し、農業をしながら心と体を休める取り組みを行なっている。土や自然と触れ合う農業は人間にとって必要。
  • 流郷農産業の大きな課題は、 皆さんがその課題を知らないこと。 どれくらい環境負荷がかかっているか、 高齢化がどれくらい深刻なのかを知ることが重要。
  • 坪井農業の深刻さを知ったとしても「始めよう」とは思わない。明確なインセンティブがないと人は動かない。認知の問題でなく、認知し「感動」があり行動に移すまでの段階があると思う。
  • 流郷人は知らないと動けないので、知った上でどう促すか。地道だが、伝えることで意識が変わることもあると思う。食は身近でも農業は遠く感じてしまう傾向がある。環境に対する考え方も「食」という身近なところから考える必要性があり、まず母親を動かしたい。オーガニックは高くて買えないかもしれないが、需要を増やすことで農業従事者が増えていくかもしれない。問題が根深すぎて通じない場面も場所も人もいるかもしれないが、色々な方向でアプローチする必要がある。

パネルディスカッションは終始和やかな雰囲気で進められた

続いて、テーマは「テクノロジーでどのような世界を目指したいか」へ。

  • 荻野地域課題を解決して行きたい。農業だけでなく農業×ファイナンスやスマート農業・地方創生と食が結びつくなど、地方のエコノミーを支えていきたい。それは農業を支えることに還ると思っている。
  • 西江戸時代は農村1つで繋がっていた。テクノロジーを使って1つのコミュニティが全て回っていくような、人間的な温かい世界を生み出していきたい。
  • 坪井ドローンやIoTなどデータを連携した一括化の失敗を改善したり、全体的に農家のITリテラシーを高くしたりすることで、収益も安定しお金も儲かる状況を作り出していきたい。
  • 流郷ゴミ・飼料・肥料等、全て分断されていたサプライチェーンの間に私たちが入ることで繋がりができた。私のテクノロジーの定義は「自然界でやっていたことに選別交配という人類の力を合わせ、ハードを作り動かしていくこと」。徐々に社会基盤を変えていくことで循環型農業を実現し、地球規模で社会インフラを変えていきたいと思っている。

Agritechは注目の分野とあって、多くの参加者を集めた

* * *

食は生きる上で欠かせない分野だ。今回はイスラエルの事例とともに、日本のAgritech先駆者たちの話に筆者はワクワクした。「視点を変えることで見えてくる価値がある」ことを教えてもらったように思う。今後のAgritechの展開に注目していきたい。

著者
望月 香里(もちづき・かおり)
元保育士。現ベビーシッターとライターのフリーランス。ものごとの始まり・きっかけを聞くのが好き。今は、当たり前のようで当たり前でない日常、暮らしに興味がある。
ブログ:https://note.com/zucchini_232

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