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  インタビュー

プログラミングは楽しくて仕方がない! 世界三大権威の競技プログラミングコンテスト「AtCoder」を運営する高橋直大氏インタビュー

2020年9月25日(金)
望月 香里(もちづき・かおり)

8月27日(木)、「Codeforces」(ロシア)、「Topcoder」(米国)と並ぶ、世界三大権威の競技プログラミングコンテスト「AtCoder」を運営するAtCoder株式会社の高橋直大社長に、オンラインインタビューを行った。

AtCoderをはじめとする競技プログラミングとは、問題の採点方法が事前に示された上で、全員が同じ問題を解くためコーディングを行う。「実際のプログラミング技術」に基づいて点数が付けられ、獲得した点数で順位が決定する。

一方、中高校生向けに開かれているTech Kids Grand PrixやU-22プログラミング・コンテストなどを代表する一般的なプログラミングコンテストでは、社会的課題に対するアイデアをプログラミングし、その成果物についてプレゼンテーションを行ったうえで審査員が賞を決めるものが多い。高橋社長は「AtCoderはプログラミング力自体を測るものとは少し趣が違うと感じていて、採点基準が明確で『問題が解けるか解けないか』という技術だけを競い合う点が、これらのプログラミングコンテストとAtCoderを代表とする競技プログラミングコンテストの違い」と語る。

AtCoderでは、世界トップ競技プログラマーの副島 真氏により、競技プログラミング従事者が「面白い」と感じる問題を出題している。この点が上記2社との違いで、問題の面白さが海外のフォーラムで評価されたこともあるそうだ。

Atcoder株式会社 代表取締役 高橋直大氏

― AtCoderは海外プログラマーの登録者も多いそうですが、国による傾向などはありますか。

【国によりプログラマーのモチベーションが違う】
ロシアでは競技プログラミングの強い人が数多く登録しています。学術的にも評価されており、スポーツ的に参加されている方が多いです。

中国では、高校生以下の大会で国内上位100人に入ると希望する大学への推薦権がもらえるようで、高校生までに猛烈に取り組む10、11歳の登録者がとても多いです。就職対策として取り組まれる方が多く、スキルチェックとして明確に実力が示されることに価値があるようです。

日本では、競技プログラミングが遊びとしてスポーツ感覚で取り組まれていましたが、今では就職活動にも活用されるものとなっています。

編集部注:AtCoderでは、評価されたレーティングを使って企業に応募できる「AtCoderJobs」も提供している。

現在、世界の競技プログラミング強豪国は、ロシア・中国・日本・韓国・台湾・アメリカ・東欧あたりです。

― 2020年より小学校でプログラミング教育が必修となりましたが、AtCoderとして初等教育向けに取り組んでいることがあれば教えてください。

【論理的に伝える力は機械にも人にも役立つ】
特に「初等教育向け」ということで取り組んでいることはありませんが、先ほどもお話ししたように中国では10歳から競技プログラミングを始める人が多いですし、日本では中学校のパソコン研究部などの入部をきっかけに競技プログラミングを始める人が多く、12歳からAtCoderに参加する人が増えています。

日頃、算数オリンピック(小中学生の才能発現の場の創出を目的に開催される算数と数学のイベント。思考力と独創性を競う)などをやっている子どもに、違う経験として競技プログラミングを進めるのは良いと思います。算数オリンピック等に出場しているトップ層の子ども達の競い合う場が受験以外にないことは、機会損失にもなり得ます。

また、競技プログラミングは大人になっても役立つものだと思っています。初等教育に「プログラミング的思考」という言葉が出てきますが、プログラミングとは「機械に必要な手順を正確に伝える」ものです。そのために、自分のやりたいことを具体的な手順で1つ1つ落としこんでいくことがプログラミング的思考ですが、これは、手順を機械に正確に伝えるときだけでなく、人間同士の仕事のコミュニケーションにも重要です。子どもの頃にコミュニケーション能力と論理的思考を身に付けることは、人生において大きな価値があると思っています。

― 現代、ノンコーディングプロダクトや計算速度が桁違いな量子コンピュータが登場している中、コーディング(アルゴリズム)の価値をどのように捉えていますか。

【いつの時代もアルゴリズムは求められている】
今後、コーディングを必要としなくなる領域は出てくると思いますが、手順を記述し組み立てる技術は必須です。実際、ノンコーディングプロダクトの裏では結局コーディングがされているので、ノンコーディングであろうとコーディングの経験・知識は必要です。量子コンピュータでも通常のコンピュータでも、計算速度の高速化に比例して、コンピュータが扱う情報量も増えています。その分だけ計算も必要になってくるので、アルゴリズムの必要性は変わらないと思っています。

今、スーパーコンピュータの成果を出すAI研究が進み、アメリカや中国ではスーパーコンピュータの購入に多額の資金を投資していますが、コンピュータの速度が限界に達したとき、結局はロジックやアルゴリズムが大切だという話に戻ってくると思っています。

将棋のAIがプロ棋士に勝ったというのはここ10年以内の話で、AIに人間の棋譜をたくさん読み込ませて強くなりましたが、今では将棋のルールをAIに教え、コンピュータ同士が自動で対戦して学習すれば、家庭用コンピュータで1日で名人より強くなるらしいです。アルゴリズムを考える価値は、コンピュータ速度がどれだけ早くなっても残るところでしょう。

アルゴリズムの例:数当てゲーム

― 今後、就職等に有利だと思われる言語や技術などがあれば教えてください。

【差分をもって今を読む力】
今はPythonかと思いますが、IT業界で「この技術・言語だけできれば良い」という発想は難しいと思っています。この業界では、技術の変化だけでなく「何が変わり何が変わっていない」のか、その「差分を把握しつつ次に来るものをキャッチアップしていける能力」が大切だと思っています。

また、言語の使い方だけでなく、どのような原理になっているのか教材を使ってきちんと学ぶことが大事です。移り変わりの激しいものとそうでもないものがあり、アルゴリズムは比較的変わらない領域のものです。大学生の新卒採用などでは、アルゴリズムより「Webサービスを作りました」という経験の方が大きいかもしれませんが、ベースとなる基礎を固める方が効率的でしょう。とはいえ、何よりも大切なのは「自分がやりたいことをやる」モチベーションです。どこに自分が一番モチベーションを感じてやる気になるのかを、突き詰めてほしいですね。

― 将来に向けてAtCoderをどのようにしていきたいですか。

【皆んなが楽しんでくれるサイトに】
まず、僕がAtCoderを立ち上げた理由は、競技プログラミングがすごく楽しいからです。僕自身、まったく英語が喋れないのですが、周りの人に競技プログラミングを広めようにも英語のサイトしかなかったので、自分達でAtCoderのサービスを立ち上げました。

手前味噌ですが、僕としてはめちゃくちゃ面白いゲームなので、ぜひ皆さんにも1度体験してほしいと思っています。すでに競技プログラミングへ参加している皆さんにとっても、もっと楽しんでもらえるサイトにしていきたいというのが第一にありつつ、就職のための実力判定サイトとしても機能している今、アルゴリズムが娯楽にも社会貢献にも様々な角度で貢献でき、皆が幸せになれるものにできたら良いなと思っています。

― 最後に、これから競技プログラミングを始めてみたい方へひとことお願いします。

正直、競技プログラミングはクセのあるゲームだと思うので、合う人合わない人がいると思いますが、ぜひ1度やってほしいです。やりたい人が自発的に始める形で、色々な人に使ってもらえたら嬉しいです。僕も現役選手です! 昨日チーム戦で世界2位でした(笑)。

― ありがとうございました!

* * *

最後にさらっと「世界2位だ」と仰った高橋社長も、現役の競技プログラマー。オンラインでのインタビューではあったが、心の底から競技プログラミングを愛し、楽しんでいることが伝わってきた。高橋社長のお言葉通り、このコロナ禍は「差分をもって次に来るものをキャッチアップしていく能力」の実践の場のように感じる。どんな時代も変わりゆくもの変わらぬものがある。その差分を感じ取れる人でありたいと思った。

AtCoderは、九州大学と共同で課題解決人材を育てる「アルゴリズム思考」教育プログラムに取り入れたり、競技プログラミングの問題を解いているときに、脳のどこが動いているのか、奈良先端科学技術大学院大学がMRIを用いた脳科学の研究に活用されるなど、様々な角度から活用されている。

【参照】九州大学やAtCoderらが手がける課題解決人材を育てる「アルゴリズム思考」教育とは何か?

著者
望月 香里(もちづき・かおり)
元保育士。現ベビーシッターとライターのフリーランス。ものごとの始まり・きっかけを聞くのが好き。今は、当たり前のようで当たり前でない日常、暮らしに興味がある。
ブログ:https://note.com/zucchini_232

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