【クラウドネイティブ会議】SREは組織をどう変えるのか――横軸運用チーム廃止に至った1人目SREの実践知
大手小売業グループに1人目のSREとして入社したエンジニアが、やがて開発組織の構成を変化させるまでに至った過程を解説したセッションを紹介する。
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イオンスマートテクノロジーは、イオングループのデジタルシフトを担い、お客様のお買い物体験向上と店舗DXを進める企業である。同社に1人目SREとして入社し、SREを組織にインストールする取り組みを続けてきたのが、Developer Enablement Div ディレクターの齋藤光氏である。クラウドネイティブ会議のセッション「1人目SREが開発組織のトポロジーを変えるまでの実践知」では、SREの技術論にとどまらず、横軸運用チームの廃止という組織設計の変化に至るまでの過程が語られた。
1人目SREが見た、イオングループDXの現場
齋藤氏は2022年5月にイオンスマートテクノロジーへ入社し、以来、SREを組織にインストールすることに従事してきた。現在はDeveloper Enablement Divのディレクターとして、SREに加え、QA、TechLead、AI活用推進も管掌している。
同社は、イオンのデジタルシフト戦略を担う会社として2020年10月に設立された。中核的なプロダクトの1つが「iAEON」(アイイオン)アプリである。iAEONは、イオングループの決済機能やポイントプログラムを1つにまとめ、グループ内の多数の事業会社が持つ顧客IDを1つのアプリに統合するものだ。講演では、累計2000万ダウンロードを突破したことも紹介された。「おかげさまで、最近2000万ダウンロードを突破したということで、ますます機能開発や信頼性の向上に取り組んでおります」と齋藤氏は語った。
ただし、今回の講演の主題はiAEONそのものではない。齋藤氏は「SREの実践には各社さまざまな形がある」としたうえで、共通して重要なのは組織設計であると説明した。「4年やってきて、やっぱり一番重要なのは、組織設計とか組織のトポロジーだなと思います」
機能別組織の壁を越えるため、SREチームを組成
齋藤氏はまず、組織設計の変遷を振り返った。設立当初の組織は、ビジネス部門、開発チーム群、インフラ、運用チームといった機能別の構造であった。そこには「そびえ立つ壁、壁、壁」があり、仕事の進め方も「依頼、許可、承認」によるものだった。
チームや部署が分かれる時点で壁があり、壁をまたぐたびに依頼や協議、承認が必要になる。結果として、なかなかフローが流れない。顧客価値を素早く届けるには、こうした組織間の壁を変えていく必要があった。
その中で2022年に始まったのが、SREチームの組成である。齋藤氏は「SREチームの組成(インフラチームからの変更)」と「内製開発組織の立ち上げ。アジャイル開発への挑戦!」を、この時期の大きな動きとして示した。インフラチームから変えていくことはアンチパターンかもしれないとしつつも、同時に内製開発組織の立ち上げやアジャイル開発の実践が進んでいったという。
この流れの中で、既存の機能別組織のままではうまくいかないという認識が生まれる。そこで齋藤氏は『チームトポロジー』と『チームの力で組織を動かす』を参考書籍として紹介した。
そのうえで、SREチームは2つの側面を持つものとして整理された。1つはEnablingである。Stream-AlignedチームへSREをインストールし、整備したツールや基盤の伝承と伴走を行う。もう1つはPlatformである。インフラ基盤自体の改善、セルフサービスの提供、ツールや基盤の整備を担う。
重要なのは、SREチームがすべてを抱え込むのではないという点である。「SREチームが全部担うというのは、組織のスケールの面でもかなり難しい部分があると思っています。SREという実践を開発チーム全員でやれるところを方針としてやってきました」と齋藤氏。
SREを専門チームだけの仕事に閉じるのではなく、開発組織全体に広げていくことが狙いだった。
正論では組織は変わらない、必要だった対話と協働
とはいえ、組織は正論だけでは変わらない。齋藤氏は、ストリームアラインドチーム、開発フロー向上、内製化とDevOps、「You build it, you run it」、「Automate Everything!」といった言葉を並べ、いずれもクラウドネイティブやDevOpsの文脈では正しい方向性に見えるとした。
しかし、こうした正論を一方的にぶつけるだけでは「正論パンチマン」になってしまう。現場には、リソース、ケイパビリティ、ナレッジ、過去の組織文化の慣性、マインドセットといった壁がある。「何をしたらいいかわからない」「漠然とした不安」「アラートが多すぎて受け取れない」といった現実もある。
齋藤氏は「組織を変えていくにはさまざまな壁があり、その壁は技術以外のことが多い」と指摘した。そして、その突破に有効なのが「対話と協働の積み重ね」であると説明した。
この文脈で紹介されたのが、対話に関する3冊の書籍である。「組織を変える5つの対話」では、信頼を築く対話、不安を乗り越える対話、Whyを作り上げる対話、コミットメントを行う対話、説明責任を果たす対話という5つのステップが示される。齋藤氏が特に印象的だったと語ったのは、「いきなりWhyから始めない」という点である。
「人と会話するときに、『目的は何ですか』『何のためにやるんだ』という話は必ず出ると思うんです。でも、実はこの本で紹介されているものでは、Whyは3ステップ目で、その前に必要なのは、チーム間の信頼を築く対話だとか、一緒に仕事をする上で不安を乗り越える対話です」と齋藤氏。
また『変化を嫌う人を動かす』では、変化への抵抗要因として、惰性、労力、感情、心理的反発が挙げられた。たとえば「今のオンコール体制で十分」「仕事が増えるから大変だ」「やり方を押し付けてくるな」といった反応である。これらに対しては、少しずつ変化すること、信頼関係を築くこと、相手を観察して理解を深めることなどが有効だと説明された。
さらに『他者と働く』では、自分とは異なるナラティブを持つ他者とどう協働するかがテーマになる。相手が大切にしているものを理解し、自分と相手との共通点、協働できる点を探ることが重要になる。
ここでいう対話は、単なる会話ではない。齋藤氏は、会話を「広く人と人が言葉で交流すること」とし、対話を「それを通じて何かが新たに浮かび上がってくるようなやり取り」と定義した。AIの時代においては、問いや課題の設定がより重要になるからこそ、人間同士の対話と協働が重要になるというわけである。
「信頼性」を共通言語に、横軸運用チームの廃止へ
では、具体的にどのような対話と協働を積み上げたのか。齋藤氏は、関心ごとの共通化が必要であると説明した。サービス運営において、ビジネス、開発、運用の各部門が共通して向き合うべきものは、ビジネス的価値であり、顧客への価値である。そのためには相互理解と、素早い仮説検証ができる環境づくりが必要になる。
SREにおける共通言語として据えられたのが「信頼性」であった。具体的には、監視、モニタリング、オブザーバビリティを強化し、ユーザーに近いところから観測してファクトで議論することを重視した。また、本番環境のフィードバックをもとに議論する「だっしゅぼーどを眺める会」、前向きな振り返り文化を育てるポストモーテム、ビジネスメンバーや副社長も巻き込んだSLI/SLO策定ワークショップも実施した。
これらの活動を通じて得られた効果として、齋藤氏は、信頼関係の構築、相手のナラティブを知ること、取り除くべき不安を把握できることを挙げた。その積み重ねが、横軸運用チームの廃止という組織設計の変化につながっていく。
SREの取り組みによって開発チームのオーナーシップが高まり、実力も上がっていった。その結果、横軸の運用チームがあること自体が、かえって責任の所在を曖昧にし、フローを下げる要因になっているのではないかという会話が自然に生まれるようになったという。最終的には管理職レベルでの議論を経て、横軸運用チームの廃止が決まった。
さらに齋藤氏は、共通言語は信頼性だけに限らないと説明した。ビジネスKPI、品質、FinOps、AI活用推進もまた、部門を越えて対話するための共通言語になり得る。特にAI活用推進については、AIとオブザーバビリティを掛け合わせることで、自然言語でクエリを実行できるようになり、ハードルが下がったと語った。
一方で、言葉の解像度を揃えることも欠かせない。運用、品質、効率、価値、生産性といった言葉は、人によって解釈とスコープが異なる。だからこそ、言葉を定義し、認識を揃える必要がある。
その実践例として紹介されたのが、開発組織内で部署をまたいで週次開催しているWin Sessionである。お互いを褒め称える場として、他部署への感謝や悩みの共有も行う。普段の取り組みが見えるようになることで、信頼関係構築の一助になっているという。
最後に齋藤氏は、SREとして築いた信頼関係が、Platform Engineeringの推進にも活かされていると説明した。対話と協働なしに開発チームのニーズを把握しようとすれば、単なる押し付けになりかねない。1人目SREの実践は、単にSREの仕組みを導入する話ではなかった。信頼性を共通言語にし、対話と協働を積み重ね、組織のトポロジーそのものを変えていく取り組みであった。
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