世界中で愛される書体、ヘルベチカとは

2008年12月15日(月)
米倉 明男

思想を持って生まれたユニバース

1957年に、偶然にもヘルベチカと同じ年に生まれた、もう1つの20世紀を代表するサン・セリフ体に「Univers(ユニバース)」(図2-1)があります。ユニバースは、フランスのドベルニ・アンド・ペイニョ活字鋳造所で、スイス人タイプ・デザイナーのアドリアン・フルティガー(Adrian Frutiger)の手によって生まれました。

ヘルベチカは、もともと広告見出し用として生まれた書体にも関わらず、結果として本文組にもデザイナーに選ばれたのに対して、ユニバースは最初から本文組を目的として誕生した書体です。

それまでの組版は、見出しにサン・セリフ、本文組にローマン体(セリフ体)という使い方をしていましたが、ユニバースは設計当初から21種類のファミリーで構成され、見出しから本文まで1つのスタイルで統一性を持って使えることを前提としていました。このことは、合理的で装飾の排除を好むスイス・スタイルのデザイナーたちに指示されました。

スイス・スタイルデザインの代表的な存在で、バーゼル造形学校の教授だったエミール・ルダー(Emil Ruder)は、1967年デザインを学ぶ学生向けに「Typography : A Manual of Design」という本を出版しています。この本の中でルダーは、サン・セリフ体ユニバースを全面的に使用し、ユニバースを使ったタイポグラフィの実験を数多く披露しています。この本は現在でも、多くの学生に読まれて、グラフィック・デザインの教科書として世界中に広く伝わっています。

ユニバースの特徴

アドリアン・フルティガーは書体設計の見本として、前回(http://thinkit.jp/article/715/1/)紹介した15世紀の印刷物ニコラ・ジェンソンの活字を骨格として、ユニバースを設計したと述べています。ニコラ・ジェンソンのローマン体が持つ「白」と「黒」の空間バランスを元に、ローマン体の読みやすさ、視認性を現代のサン・セリフ体で再現したのです。

またユニバースは、多言語で使用しても、同じ様な読みやすさを実現できるように設計されています。例えば、ドイツ語は英語などに比べて、文中に大文字を多く使用します。通常、ドイツ語圏以外で作られた書体では、大文字が頻繁に登場すると、その部分が強調され、長文が読みにくくなると言われています。

その点ユニバースは活字のXハイト(図2-2)を高く設計し、本文中での大文字と小文字の使用頻度にかかわらず、同じ様な濃度で読みやすく見えるように設計されています。

ヘルベチカは19世紀のサン・セリフ体をベースにして、改刻し作られたのに対して、ユニバースは15世紀のローマン体をベースにしています。一見似通ったこの2つの人気書体は、全く異なる背景と思想を持っているのです。ユニバースは、ローマン体をベースとしていることから、有機的な印象を受ける活字書体とも言えます。

また、ユニバースはヘルベチカと比べると、文字を組む難易度が高く、ある程度の文字組スキルが必要となります。ヘルベチカのように、単純に詰めたり広げたりするだけでは、どうしても不格好な文字組になるため、第1回(http://thinkit.jp/article/706/1/)で紹介したように、文字間濃度を見定めて調整していくことで、美しい文字組が表現できるようになります。

このことから(あくまでも筆者の印象として)、タイポグラフィに造形の深いデザイナーほど、サン・セリフ体ではヘルベチカよりも、ユニバースを選ぶ傾向が強いように思えます。

Webデザイナー。印刷会社、Web制作会社などのデザイナー/ディレクターを経て、2007年からフリーランスとして活動。デジタルハリウッド講師。http://www.morethanwords.jp

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