連載 :
  インタビュー

本当に役立つプロダクト開発を目指し、ユーザーとなる社内の営業に向き合う

2024年11月13日(水)
森川 裕美(もりかわ ひろみ)勝畑 恭子 (かつはた きょうこ)
15分という限られた時間で印象を残すには? KDDIアジャイル開発センターの、アジャイルな営業ツール開発とは

2020年にソフトウェアエンジニアとしてKDDI株式会社へ入社した中島智弘さん。アジャイル開発手法やサービスデザインの実践知に基づいたプロセスを用いて、本質的な価値の追求をパートナーと共に行う共創事業を提供している、KDDIアジャイル開発センター(KAG)にも在籍しています。

KDDIアジャイル開発センター 中島智弘さん

中島さんは現在「プロダクトオーナーリード」として、パートナー企業のアジャイルなプロダクト開発の意思決定をサポートしたり、自社開発のツールのプロダクトオーナーを務めています。今回、中島さんが開発した、営業ツールの開発についてお話を伺いました。

営業ツール開発のきっかけは、営業の同僚からの「営業時に技術力をアピールできるように、生成AIを使って何か作れないだろうか」という相談でした。KDDI株式会社には、年末年始に営業が得意先の社長を訪問し、挨拶まわりをする文化があります。挨拶に使える時間は15分間と限られているため、毎年配布しているカレンダーではなく他の手段を使うことで、より話を盛り上げ印象づけたいという思惑がありました。

KDDIグループは通信の会社というイメージが強く、ソフトウェア開発の強みが伝わっていないのではという課題感もあり、旬の技術を使った営業ツールを検討することになりました。1週間後に控えた営業副本部長が参加する会議でデモをすることを目標に、中島さんとチームは検討をはじめました。

利用ユーザーとなる営業を深く知ることで
予想外の発想が生まれる

中島さんとデザイナー、ソフトウェアエンジニア2人の4人は、営業ツールのユーザーとなる営業社員の理解から始めることにしました。

まず営業の現場でどんなことが話されているのか、商談の議事録を読み、営業へのインタビューを丁寧に重ねました。インタビューでは、取引先へアポイントを取り、商談が決着するまでの流れを丁寧に深掘りしました。一連の営業のフローのなかで登場人物が、どのような考えや感情を持っているかも掘り下げていきました。

インタビュー内容はカスタマージャーニーマップとしてまとめ、チーム全員で「営業はこの時何を考えているのだろうか」「この発言の背景には隠れた事情があるのではないか」などと疑問を出し合いながら、ユーザーとなる営業への理解を深めていきました。

「インタビューで『挨拶の場で笑いがほしいです』という話が出ただけでなく、カスタマージャーニーマップを俯瞰してみると、取引先の社長に会うまでの空気の重たさを感じました」と中島さんは語ります。挨拶に行くまでの社内調整の負担や、相手の機嫌を損ねてはならないというプレッシャー、アジェンダの準備などがありました。こうした緻密な事前準備を行ったうえでの訪問のため、印象に残る場にしたいという営業の思いも理解できました。

中島さんは「ユーザーへの共感と想像」を大事にしています。まったく同じ気持ちにまではなれずとも、できる限り相手の困りごとや嬉しいと感じることに興味を持つようにしていると言います。

チームは「年始の挨拶の場で笑いが生めるようなプロダクトがあれば、社長の印象に残り営業担当の気持ちも楽になるのでは」という仮説を立てました。

「最初、取引先の社長を笑わせるという考えはありませんでした。営業の流れを知り、その時の感情を想像することで、『笑いが必要なのでは』という思いもよらない発想に辿りつきました」

「ユーザーにとって何が一番大事か」
を軸にアイデアを判断する

続いて、どのような人に向けて営業ツールを開発するのかターゲットを明確にするため、一番大きな得意先をモデルとした、社長のペルソナを作成しました。

インターネット上に公開されているインタビュー記事や経歴など、価値観に関連しそうな情報を調査しました。従業員への接し方や会社の従業員数、KDDIとの関係性なども調べ、ペルソナとしてまとめました。

調査をするなかで、言葉を大事にする傾向があるということに気づきました。そこから『四字熟語の漢字が印象に繋がるのでは』というアイデアが出てきたと言います。競合にあたる企業の社長についても同じ項目で調査を行うなかでも同じ傾向があったため、「経営層に関心を持たれやすいのでは」という考えが強まりました。

営業のカスタマージャーニーマップと、得意先の社長のペルソナを前提に「漢字」を表現手段にすることを条件にし、営業ツールのアイデアを検討していきました。アイデア検討の結果「得意先企業の来年の運勢を占う四字熟語と、得意先企業とKDDIとの100年先までの沿革を生成するAIアプリ」を開発することになりました。

得意先企業の来年の運勢を占う四字熟語を生成するAIアプリ

もうひとつのアイデアとして「中期経営計画をAIで要約する」というアイデアも出ていましたが、カスタマージャーニーを振り返り、「ユーザーにとって何が一番大事か」を考え、最初に運勢と沿革を生成するAIアプリを開発することにしました。

挨拶を行う15分という短い時間では四字熟語の生成は難しいと考えた中島さんたちは、生成した四字熟語を事前に印刷し、営業が持参する資料に貼り付ける方法を採りました。挨拶の場で相手が興味を持てば、その後で動くプロダクトを案内すればよいと考えました。

1週間でほぼ動作する状態まで開発を進め、営業副本部長が参加する会議でのデモに臨みました。

半信半疑の仮説検証、「これが欲しかった」という反応と
さらに重要な情報を引き出せた

チームでアイデアを決めたものの、受け入れられない可能性も考えていました。「営業副本部長の興味をひけず『何を作っているんだ』と怒られるかもしれないとも思っていました」と中島さん。会議でのデモは仮説検証の場と位置づけ、受け入れられなければ次の案を考えようとしていました。プロトタイプをデモすることで、意思決定を持つ人たちの本音をいかに引き出せるかを意識していたと言います。

その企業の100年後の沿革を予想するAIアプリのアウトプット例:HCD-Netの場合

会議でデモを行ったところ「これが欲しかった、これだよ」と、予想以上の反応が返ってきたといいます。「目の色が変わったというか。副本部長に持っていくまでは、みんな半信半疑だったと思います」と中島さんは振り返ります。

デモへ良い反応をもらえたことで、もうひとつのアイデアであった得意先の中期経営計画の作成に対する、詳しい情報を引き出すことができました。各得意先の中期経営計画に対して、KDDIが持つ資源でどのように経営課題に貢献できるか営業が作成する、最新のフォーマットを共有してもらえたのです。

「そのときはじめて、営業の副本部長さんとお話をしたんです。カスタマージャーニーを作成した際に、どんなことに困っているのか、営業の背景に踏み込んでいたので、すごく話が盛り上がっていったんですよね」

フォーマットの原案を見て、中島さんは「経営課題の解決法の生成にAIを活用するべき」と提案しました。結果、得意先の中期経営計画をAIに読み込ませ、経営課題に対する解決案を生成するプロダクトを作成することになりました。利用の際には、生成内容が妥当かを営業が確認し、追加したい内容があれば書き足す方針にしました。

この内容をうけて、チームは次の2週間で中期経営計画に対する課題解決案を生成するAIアプリを開発しました。結果的に1カ月弱で2つのプロトタイプアプリを作り、営業活動で全員に使ってもらえるようになりました。開発した営業ツールが瞬く間に社内に広まっていったことに、チーム内も驚いたそうです。年始の挨拶にとどまらず、通常の営業活動にも使われ、商談へも繋がりました。

中期経営計画要約&課題生成の例:KDDIの場合

本当にユーザーの役に立つプロダクトを作りたい
という思いがデザイン領域への越境へ

プロダクトオーナーリードとして、UXデザインの知識を活用している中島さん。最初はデザイン業務に取り組むことに乗り気ではなかったと言います。

開発体制の変化により、UXリサーチャーとエンジニアが同じチームで開発を行うようになり、仮説を立てる段階からエンジニアも関わるようになりました。当時の中島さんには技術力を磨きたいという思いがあったため、進まない気持ちのなかリサーチに関わっていたそうです。一方で「本当にユーザーの役に立つプロダクトを作れているのだろうか」という疑問もありました。

「良いコードを書けるようになりたかったのは、ユーザーの役に立つ良いプロダクトを作りたかったからです。この理由を思い出したことで、ユーザーの声に向き合うことや仮説の整理が大切だと思うようになりました」

デザイナーと同じチームで働くようになったことで、ユーザーインタビューの進め方などを教わるようになりました。プロセスのなかで、自分が行っていた要件定義とデザイナーが行っていた情報設計に共通点があることに気づきました。これまでの経験に抜けていた観点がデザインにあると繋がったとき、目からうろこが落ちる思いがしたそうです。

「正直、偏見を持っていたと思います。伝えたい情報が何か、それを伝えるためにどうするかを一緒に考えていくなかで、この人たちは『情報を設計しているんだ』と思ったんです。最初はエンジニアとの掛け持ちでUXリサーチにも関わっていましたが、徐々に興味関心がデザインに寄っていき、気が付けばプロダクトオーナーリードになっていました」

経験の棚卸しをすることが
プロジェクト進行の自信に

中島さんは、HCD-Net認定 人間中心設計スペシャリストの資格保有者です。ソフトウェアエンジニアとUXデザイナーの兼任状態から、プロダクトオーナーリード専任になり、サービスデザインやUXリサーチのスキルに自信を持ちたいと資格受験を考えるようになりました。

「逆に言うと自信がなかったんです。プロダクトオーナーリード専業になったものの、本当に自分でプロジェクトを進められるのか不安でした」

受験そのものがそれまでの経験の棚卸しになりました。認定資格では、対象となる知識がコンピタンスとしてまとめられています。受験によって自身のコンピタンスを整理でき、今後挑戦できる分野を把握できたそう。書類に書ける経験が想像以上にあると気づき、その後のプロジェクト進行にも自信が持てるようになりました。

「資格取得がきっかけとなり、社内のサービスデザイナーとの交流会にも自ら参加するようになりました」と中島さんは語ります。この時、エンジニアとデザイン両方の経験があることを、社内で認識してもらえたと言います。

「認定資格はデザイナーのためだけの資格ではありません。サービスデザインに興味を持つソフトウェアエンジニアが受験しても良いと思いますし、エンジニアの立場からUX領域に取り組むきっかけにもなるのではないでしょうか」

人間中心設計専門家・スペシャリスト認定試験

あなたも「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」にチャレンジしてみませんか? 人間中心設計推進機構(HCD-Net)の「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、これまで約2,200人が認定をされています。ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計、サービスデザイン、デザイン思考に関わる資格です。

人間中心設計(HCD)専門家・スペシャリスト 資格認定制度
受験申込受付期間:2024年11月1日(金)~11月21日(木) 16:59締切
主催:特定非営利活動法人 人間中心設計機構(HCD-Net)
応募要領https://www.hcdnet.org/certified/

著者
森川 裕美(もりかわ ひろみ)
UI設計とフロントエンドをつなぐひと。九州芸術工科大学(現九州大学)大学院修了後、新規事業や業務システムを中心に、シナリオ設計からUIデザイン、プロトタイプ開発、ユーザビリティテストまで一貫して設計業務に従事。‪HCD/UX/IA HCD-Net認定人間中心設計専門家、CSPO。‬
著者
勝畑 恭子 (かつはた きょうこ)
アルバイトとしてライターを経験し、インタビュー記事などを作成。その後システムエンジニアとして就職し、現在は機械学習のプロジェクトに携わる。

連載バックナンバー

運用・管理インタビュー

本当に役立つプロダクト開発を目指し、ユーザーとなる社内の営業に向き合う

2024/11/13
15分という限られた時間で印象を残すには? KDDIアジャイル開発センターの、アジャイルな営業ツール開発とは
設計/手法/テストインタビュー

現場の声から生まれた国産テスト自動化ツール「ATgo」が切り開く、生成AIを駆使した次世代テスト自動化の最前線

2024/11/6
六元素情報システム株式会社のテスト自動化ツール「ATgo」概要と開発の背景、今後のロードマップについて、同社の石 則春氏と角田 聡志氏に聞いた。

Think ITメルマガ会員登録受付中

Think ITでは、技術情報が詰まったメールマガジン「Think IT Weekly」の配信サービスを提供しています。メルマガ会員登録を済ませれば、メルマガだけでなく、さまざまな限定特典を入手できるようになります。

Think ITメルマガ会員のサービス内容を見る

他にもこの記事が読まれています