先行き不透明な時代だからこそ、ときには立ち止まって「自分の現在と未来」を考えてみよう

2024年12月24日(火)
小林 道寛 (こばやし みちひろ)伊藤 隆司(Think IT編集部)
第8回の今回は、急速に変化するIT業界や社会の中で、若手エンジニアが意識すべき「将来のために備えるべきキャリア設計」について語っていただきます。

今の時代、若手エンジニアが勉強したいと思えば、いくらでも教材や資料はインターネットで手に入る。だがそんな便利な時代であっても、やはり先輩たちの生きた経験に裏打ちされたアドバイスは貴重だ。本連載では、情報インフラ系SIerとしての実績の一方で、現場で活躍できるエンジニア育成を目指した独自の技術研修「BFT道場」を展開。若手技術者の育成に取り組む、株式会社BFT 代表取締役 小林道寛氏に、ご自身の経験に基づくスキルアップのヒントや、エンジニアに大切な考え方などを語っていただく。

揺れ動く時代の中で
エンジニアがキャリアを積むのに必要なこと

皆さん、こんにちは。株式会社BFTの小林道寛です。

今回のテーマである「若手エンジニアが、将来のために備えるべきキャリア設計」なんて聞くと、何やら少し大げさですが、確かに今の時代は変化の連続です。

AIのようなテクノロジーの急速な進化だけでなく、社会や経済の仕組みそのものが大きく揺れ動いています。終身雇用制度はすでに崩壊し、年金制度もどう変わっていくのか見えません。若手エンジニアにとっても、自分のキャリアと生活は自分で守る時代になっています。私自身も経営者として、できる限り社員を支えていく覚悟ですが、今の世の中の変化はそうした個人の努力とは別の次元で起きています。

では、こうした時代にエンジニアがキャリアを積んでいくには、何が必要だと思いますか。多くの人は、新しい技術に目配りして資格もとって、自分の能力を評価してもらうといったことを連想するでしょう。しかし私の場合、正直言ってそうした努力は全くしてきませんでした。ナマケモノだったから? いやいや、これでも自分なりに、誰にも負けないエンジニアになろうと頑張ってきた時期もあったのですよ。

でも、あえてそういう「正統派」の勉強やキャリアアップの道を歩むことはありませんでした。それには私なりの考えや、経験してきた仕事のやり方などが大きく影響しています。そこでまずは、私自身のステップアップの試みを、少しばかり振り返ってみたいと思います。

キャリアアップに役立つ「偶然」を得るために
ふだんの仕事を頑張る

よく「自分のキャリアに投資する」と言います。具体的には、お金をかけて勉強したり、新しいツールを購入したり、あるいはコミュニティに参加して仲間との親交を深めたり……。ところが私の場合は、そういう積極的な投資ではなく、ふだんの仕事の中で出会ったプロジェクトマネージャーやコンサルタントと言った人たちを見て「自分もこんな風に活躍できる人になりたい」と勉強を始めるといったことがほとんどでした。

最初から優秀な人たちなら、もっと緻密な計画やキャリアデザインを立ててまっすぐに進んでいくのでしょうが、私の場合はどちらかというと、こうした偶然を機会に自分の目標を見つけてきたのです。と言っても、全くの偶然をただ待っていたわけではありません。ふだんから「目の前にいるお客様に喜んでいただこう」と考えながら仕事をしてきました。その結果「若いのにしっかり資料を用意してくれるね」というように目をかけてくれて、「それならこれを頼むよ」と、そこでまた新たなチャンスをいただくという繰り返しでした。

実は、これは私の考えたアイデアではなく「計画的偶発性理論」というキャリア理論として確立されたアプローチなのです。スタンフォード大学のクランボルツ教授という研究者が1999年に提唱した理論で、「ビジネスにおける個人のキャリアの8割は、本人の予想しない偶発的な出来事によって決まる」ことから、そのキャリアにとって有益な「偶然」を創り出せるように自ら積極的に行動し、考えようというものです。

もちろん、当時の私はそんなこととはつゆ知らず、何とかお客様に満足していただける仕事をして、次のステップにつなげようと奮闘していただけです。だから同僚の中には「小林はがっついている奴だ」と思った人もいたでしょう。確かに、資格を次々に取って能力をアピールするようなスマートさには程遠いですが、これが私なりの「チャンスのつかみ方」だったのだと思います。

売上に直結しない顧客満足が
回りまわって信頼アップにつながる

上の話を若いエンジニアに話すとよく言われるのが「小林さんは最初から自分流のやり方を分かっていたけれど、そもそも自分はどうすれば良いのかが見えない」という悩みです。いや、ちょっと待ってください。私だって、最初から分かっていたわけではありません。実は私が「計画的偶発性理論」的なアプローチを学んだのは、学生時代のアルバイトでした。

その頃、私は銀座のある有名な中華料理店でアルバイトをしていたのですが、ここの店長がまれに見る「接客の達人」だったのです。もちろん料理も素晴らしいのですが、単に美味しいものを味わうのとは全く次元の違う満足感をお客様に感じさせる。その鮮やかな手腕を見ながら「自分もいつかこんなふうに仕事ができたらいいな」と、ずっと思い続けてきました。実際に自分が入ったのはITの世界ですが、顧客満足の追求という点では、この中華料理店で学んだことが大いに成長を助けてくれました。

顧客満足について、もう少し具体的な例を挙げましょう。私は若い頃から本業以外の、他のエンジニアがやりたがらないことでも、たいして苦にせずに引き受けていました。「こうすれば得意先にアピールできる」と思っていたわけでもなく、お客様が手が足りないと言えば「じゃあ、お手伝いしましょう」みたいな軽いノリでした。あるときなど、顔なじみのお客様が新事業を始めるのでチラシを配ると聞いて、会社の帰りにポスティングを手伝っただけなのですが、すごく感謝してもらえました。

もちろん、売上とはまったく関係ありません。でもそういうところでちょくちょく関わっていれば、お客様の考えていることや小さな悩みが分かるようになる。オフィスに顔を出せば、そこの現場の雰囲気も分かる。それで信用を得て、いよいよシステムを受注したときには「あのお客さんなら、どういう使い勝手を提供すれば幸せになってくれるのか」を、詳細に想像できるようになっているのです。

どんどん成果を挙げたい人から見ると、私のやり方はずいぶんと遠回りに見えるかもしれません。でも結果的にお客様が満足してくれたので、回りまわってこれが一番近道だったのかなという気もするのです。

今このときの「正解」を見つけるには
立ち止まって考えることが必要

さて、ここまで読んで「いやいや、若手エンジニアの将来設計というからには、もっと実用的で即効性のあるノウハウとかを教えてくれないと困りますよ」という方もいるかと思います。

たしかに、これが30年くらい前の新卒で入社した会社なら、終身雇用で定年までいるのが当たり前。年功序列で、何年目でどのポジションまで昇進がというのが保証されている時代なら「この資格を取りなさい」「ここまで経験したら、次のステップはここを目指しましょう」といった明確なアドバイスができたでしょう。でも繰り返しになりますが、今は予測できない変化と不透明性の時代です。こうした「これが正解!」がない時代に必要なのは「何が今この時点の正解なのか?」を考える力だと私は思っています。

そういう意味では、最初から「正解はこれ」と決めて一目散に進んで行くといったストレートな努力家タイプの人には、今の時代はむしろ厳しいのかもしれません。だからこそ、ちょっと逆説的な言い方になりますが、今このときの「正解」を見つけようと思ったら、これまで自分が正解だと思ってきたことをいったん白紙に戻して、よく自分の周りを見渡したうえで、じっくり考えてみることをお勧めします。

例えば、自分が今こういう環境に置かれているのならば、こちらの仕事や勉強を頑張るよりも、むしろもう1つの方を頑張る方がより「正解」ではないかといった具合ですね。今ならAIが旬の話題ですが、もしあなたがセールスマネージャーだったら、お客様にアピールするためにも最新の生成AIの知識を勉強するのが良いでしょう。でも実装部隊で顧客の生産管理システムを担当しているなら、流行に目を奪われずデータベースの基礎を徹底的にやり直す方が3年後、5年後のキャリアに貢献できるかもしれません。

自分が今何をしていて、将来はどちらに行きたいのか。その周りの環境はどうなっていて、これから先どう動いていくのか。ずっと先が見通せないなら、時々立ち止まって状況を確認して、どうしたら良いのか考える。その繰り返しで最適解を探し続ける。それを1年に1回でも半年に1回でも、自分の仕事や勉強の節目ごとに振り返ってみれば良いと思います。

本当に合わない職場なのか
まずはそれを判断できる経験を積もう

エンジニアのキャリア設計と言えば、最近ちょっと気になっているのが、就職活動中の学生の間で使われているという「配属ガチャ」という言葉です。入社して希望通りの部署に配属されれば当たりですが、そうでなければハズレと考えて、さっさと退職してしまう人もいると聞きます。この話を聞いたときに私が思ったのは「もったいないなあ」ということでした。

ごく一部の非常に優秀な人たちは「自分でこれをやりたい」ということを最初から決めて、そこへ向けて積み上げてきているので、私がどうこう言うことでもありません。でも、今この記事を読んでいる方が知りたいのは「そこまで明確に自分の中で決められない自分は、どうしたら良いのか」ということではないでしょうか。

ここでも必要なのは「立ち止まって考える力」です。でも自信がないときって、逆に周りの空気に流されてしまいがちですよね。私が「もったいない」と思うのはそこです。先の見通しを立てられる知識も経験もまだないのに「配属ガチャ」という流行の言葉に流されて、せっかく入った職場を軽はずみにやめてしまう。そこで全てがゼロに戻ってしまいます。

そんなことをするよりも、先輩でも同僚でも「この人となら一緒に頑張れる」という相手を見つけて、何か目標を立てて頑張れる環境を自分に向けて作ることをお勧めします。それで知識や経験を積み上げていくうちに、本当に自分が入りたい職場や、やりたい仕事が見えてくるでしょう。そこで考えて、やっぱり合わないと思えば転職すれば良いのです。いけないのは、まだ何も分からないのにノリで動いてしまうことです。そういう意味で「〇〇ガチャ」という言葉や考え方が一人歩きしているのは、少し危なっかしい気がするのです。

志や才能のある人を見つけて育て
次の世代に送り出したい

最後まで読んで「結局のところ、若手エンジニアがキャリアを積むには、今できることをしっかりやって成果を出し、それをもとに周りの人から機会をもらってステップアップしていくという地道な話になるのか」と思ったかもしれません。確かに私はそうでした。

もし、自分が野球の大谷翔平選手のように素晴らしい才能があったら……と思ったりもしますが、それだけで成功できるわけではありません。大谷選手はその才能を開花させるために、常人では真似できない努力を続けてきたからこそ、今の栄光があるのだと思います。

もちろん、私も含めてそんな天才ではない人の方が多いわけですから、繰り返しになりますが、自分で周りからチャンスを与えてもらえるような機会を作る努力をしないといけません。一方で、私自身は経営者として、そういう前向きな志や才能のある人を見つけて育てる義務を負っていますし、そういう人と一緒に仕事をしていきたいと願っています。

明治時代の元勲の1人として活躍した後藤新平が、人生の最後に残すべきものは何かという話の中で「金を残して死ぬのは下だ。事業を残して死ぬのは中だ。人を残して死ぬのが上だ」という言葉を残していて、私もこれには深い感銘を受けました。もちろん会社の売上や業績もすごく大事なんですが、そこに目を奪われて迷ったり、間違えてはいけないと思っています。私もいつか一線を退くときが必ず来るでしょうが、そのときはやはり仕事を残すのではなく「人を残す」というところにこだわりたいという思いをひそかに抱いています。

今回は「若手エンジニアのキャリア設計」と大上段に構えてみたものの、またもや私の思っていることを、とりとめもなくお話ししてしまいました。でも本当に変化が激しく先が見えない時代だからこそ、時々立ち止まって考えてみてください。17世紀フランスの大哲学者デカルトは「我思う故に我あり」と言いました。自分の存在も振る舞いも、全て自分で考えるところから生まれてくる。不確かな時代の中で、これだけは本当に確かなことだと思います。

さて、次回はどんなテーマを取り上げましょうか。よろしければ、どうぞ引き続きお付き合いください。

著者
小林 道寛 (こばやし みちひろ)
株式会社BFT 代表取締役社長
1991年に株式会社フジミックに入社。親会社フジテレビジョンの情報システム局で、親会社やグループ会社のシステム構築と運用を経験。2004年に株式会社BFTへ入社。エンジニア部門のマネージャを経験後、取締役に就任。2015年に代表取締役社長に就任。システムづくりを離れ「人とシステムをつくる会社」をつくり続けている。
著者
伊藤 隆司(Think IT編集部)
株式会社インプレス Think IT編集部 担当編集長
IT系月刊誌、資格系書籍、電子書籍、旅行パンフレット等の企画・編集職を経て現職。Think ITのサイト運営と企画・編集、「CloudNative Days」の運営に携わりながら、エンジニア向け書籍の企画も手がける。テクノロジーだけでなく、エンジニアの働き方やキャリアップなどのテーマに造詣が深い。

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