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T-Kernelを使った組み込み開発の実際

2010年8月27日(金)
松為 彰

そのほかの組み込み向けOS

リアルタイムOSには、ITRONやT-Kernel以外にも、いろいろな実装例があります。代表的なものは、米国製の商用リアルタイムOSである「VxWorks」ですが、航空、宇宙、防衛など、比較的規模の大きな組み込み機器での利用が多く、小規模な家電や携帯機器での利用が多いITRONと比べると、応用分野には少し差があります。

開発のしやすさという点では、WindowsやLinuxなどを組み込み機器に利用する場合もあります。しかし、WindowsやLinuxは、もともと組み込み向けに設計されたOSではないため、メモリーなどのハードウエア資源の消費量が多くなり、機器の製造コストや消費電力などの面で不利になりやすい、という問題があります。また、応答速度などのリアルタイム性が十分でなく、起動時間が長いなどのデメリットもあります。

x86を搭載した組み込みボードであれば、同じハードウエア上でLinuxやWindowsも動作しますが、FA制御などの用途を考えると、リアルタイム性、ライセンス、サポートなどの点でT-Kernelにも優位な点があります。このため、T-Kernelを選択するユーザーが少なくありません。

さらに、Linuxを使った組み込み機器では、GPL*1が関係してきます。この問題のためにLinuxの採用をためらう機器メーカーが少なくありません。プログラムの構成にもよりますが、仮にGPLのライセンスが適用された場合は、組み込み機器用のデバイス・ドライバや制御用アプリケーションも含めて、ソース・プログラムを公開する義務が生じます。

しかし、ソース・プログラムには開発した機器のノウハウが含まれるため、機器メーカーの立場では、これを公開したくありません。このため、GPLが適用されないようにする必要がありますが、ライセンスの問題は複雑になりがちですし、あとからトラブルが生じた場合の代償が大きいという心配もあります。このため、Linuxを使う組み込み機器メーカーでは、GPLに対して十分な注意が必要です。

一方、T-Kernelの場合、オープンソースで誰でも無償で自由に使える点はLinuxと同じですが、GPLのようなソース公開の義務はなく、組み込み向けにも採用しやすいライセンス条件となっています。

*1: GPL: GNU General Public License

T-Kernelの今後の展開

ITRONの最初の仕様が公開されてから約25年、T-Kernelの仕様が公開されてからでも約8年が経過し、この間、ITRONやT-Kernelは多くの組み込み機器に採用されてきました。一方、半導体技術の進歩によって、CPUやハードウエアの性能は向上し続けており、組み込み機器についても、これまで以上の高性能化、高機能化が進んでいます。

そこで、従来のT-Kernelの実績を生かしつつ、より高い性能や機能を求められる組み込み機器にも対応できるように、T-Kernelのバージョンアップ版を開発する作業が進んでいます。バージョン・アップ版のT-Kernelは「T-Kernel 2.0」と呼ばれており、タイマー関係の機能強化とマイクロ秒単位の時間分解能への対応、大容量デバイスへの対応などが行われます。

ただし、T-Kernel 2.0になっても、OSの基本部分については全く変更がなく、バイナリ・コードの上位互換が維持されます。このため、従来のT-Kernel(T-Kernel 1.0)をT-Kernel 2.0にバージョン・アップした場合でも、T-Kernel上で動いていたデバイス・ドライバ、ミドルウエア、アプリケーションは、再コンパイル不要でそのまま動かすことができます。

T-Kernel 2.0の具体的な仕様や実装が一般向けにも公開されるのは、2011年になる予定です。その後は、T-Kernel 2.0の採用製品も増えてくるでしょう。

高機能な組み込み機器の開発は、"器用なものづくり"の実践という意味で、日本の産業界から世界に発信できる重要な技術です。しかし、最近ではこの分野でも、海外メーカー、特に韓国、中国、台湾などアジア勢の実力が急速に伸びています。これらの国においても組み込み機器の開発需要は高まっており、それに応じてT-Kernelの利用も増えています。

2010年4月には、中国軽工業連合会と呼ばれる中国政府組織の下に、中国国内での組み込みやユビキタス関係の開発拠点となるT-Engine Forum China*2が設立されました。T-Engine Forum Chinaは、中国科学院計算技術研究所と中国家用電器研究院のバックアップを受けながら、市場の大きな中国国内でT-Kernelの技術を広めていく役割を担っています。日本や中国だけでなく、世界全体におけるT-Kernelの普及にも大きな影響を与えるものと思います。

*2: 中国語による正式名称の日本語訳は「中国軽工業連合会組込みシステム応用委員会」。

本連載では、組み込み機器の特性や開発の難しさを問題提起として、リアルタイムOS、ITRON、T-Kernelの現状から最新の話題についてまとめました。一筋縄ではいかない印象がある「組み込み」ですが、本連載を通じてその難しさと面白さを感じていただくとともに、日本で開発された組み込み向け技術であるITRONやT-Kernelについても、その成果を知る機会としていただければ幸いです。

パーソナルメディア株式会社 代表取締役社長

1985年に入社以来、TRONやT-Kernelに関連した各種の製品の企画と開発に携わってきた。組込み向けのほか、パソコン用のTRONである「超漢字V」、多漢字検索ソフト「超漢字検索」、TRONを応用したデータ消去ソフト「ディスクシュレッダー4」などを商品化している。2010年4月よりT-Engineフォーラム T-Kernel 2.0 WGの座長。

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