新感覚のオンライン英会話『ベストティーチャー』は、お手本のようなリーン開発で生まれていた
世間をアッと言わせるユニークなアイデアと技術力で勝負しているニュージェネレーションを応援するこの連載。今回登場するのは、これまでも数多く誕生してきた「オンライン英会話サービス」の難点を見事にくつがえした『ベストティーチャー』だ。Webベースの学習に最適なインタラクションを可能にするサービスを生んだ源泉とは?
株式会社ベストティーチャー
(左)取締役CTO 後藤正樹氏
(中央)代表取締役CEO 宮地俊充氏
(右)エコエンジニア 瀬戸山雅人氏
「細切れのスキマ時間で学習できる英会話レッスンサービス」というキャッチコピーが示す通り、わずかな空き時間でも英会話を学べる革命的なWebサービスだ。
大きな特徴は、学習スタイルが自分だけの教科書を作るための「テキストチャット」と、その教科書で知った表現を実践するための「スカイプレッスン」の2つに分けている点。
最初はサイトに用意された複数の「会話シーン」から、自分が英語を身に付けたいシーンを選んでテキストチャットをスタート。世界40カ国にいる外国人教師とつながりながら学習できるので、ユーザーは時差を気にせず24時間いつでも小刻みに学べる。かといって、小刻みだけではなく、がっつり時間を取って学習することも可能だ。
文字ベースでの会話が最大5往復すると、外国人講師から添削が届き、続いて発音のお手本となるボイスメモが送られてくる。これを反復練習した後、次の段階でいよいよSkypeを使ったビデオレッスンとなる。
忙しい人、いきなりの対面学習に躊躇している人、何となくは話せるが自分の知っている英語表現をいつも使ってしまっている人などに適した新しい学習メソッドが注目を集め、5月11日のサービスイン後、オンライン英会話経験者を中心に話題となり、着々とその登録会員を増やしている(※現在は株式会社ベストティーチャーからの招待制)。
そもそものアイデアは、放送作家、脚本家、会計事務所、M&Aファーム、ITベンチャーCFOと異色の経験を持つ宮地俊充氏の失敗体験から生まれている。
「わたしは社会人1年目から英会話を学んでいて、英会話スクールやスカイプ英会話、有名人が宣伝しているような流行りの教材まで全部試しました。英語に数百万円は投資してきたかもしれません。でも、いまだに満足に英語が話せません。その原因は大きく2つで、一つは忙しくて学習時間を確保するのが難しいこと、もう一つはそもそもある程度英語のストックがないと、外国人と会話をしようにも何も出てこないという点でした」(宮地氏)
その着眼点から出発して、「Facebookのように細切れのスキマ時間にサービスに触れる」、「文字テキストでログを残し、それを反復練習してからSkypeで実践する」というメソッドを思いついた。
開発に着手し始めた2011年11月当初は、「写真を投稿して、それをお題に英会話を学ぶ」という構想を持っていたが、その後にジョインしたCTOの後藤正樹氏、エコエンジニアの瀬戸山雅人氏、外部株主であるサイバーエージェント・ベンチャーズの林口哲也氏らと話し合う中でブラッシュアップされ、現在の仕様設計ができあがったという。
開発を主導した後藤氏(写真左)と瀬戸山氏(写真右)は、大学院時代の同期という関係
主にクライアントサイドの開発を担当し、「企画と開発の間に立つチームのミッドフィルダー役」を務めているのが後藤氏。宮地氏が会社を設立した11月1日に、FacebookでCTO募集の投稿をしたところ、たまたま後藤氏が目にして知り合い、意気投合した。
後藤氏はサイボウズなどを経て、2011年にはIPAの未踏IT人材発掘・育成事業でスーパークリエータに認定。非常勤で予備校講師も継続中という稀有な経歴から、『ベストティーチャー』が現在の仕様に落ち着くまで大きく貢献してきた。音大卒でオーケストラ指揮者の経験も持つ(!!)後藤氏ならではの仕事だ。
一方、サービスの根幹を成すサーバサイドの開発を担うのは、大手SIer出身の瀬戸山氏。ベストティーチャー開発への本格参入は2012年になってからだが、「SIerに在籍していた時も自分でWeb系システムやiPhoneアプリを開発していたそうで、BtoCサービスの話をよく理解してもらえる頼れるエンジニア」と宮地氏は言う。
瀬戸山氏の提案によって、バックエンドにはPaaSプラットフォームのHerokuやクラウドストレージAmazon S3が採用され、スタートアップらしい柔軟性とシステムの堅牢性の両方を確保。5月のサービスイン後も大きな障害なく運営されており、近々ドロップされる予定の復習機能、ソーシャル機能、iPhoneアプリの開発においてもイニシアチブを執っている。
「今どきのサービスはソーシャル性がなければ、という定説を疑った」
ビジネス・教育・ITの3軸でそれぞれが得意分野を持ち、バランスのよい3人が集ったベストティーチャー
数ある【IT×教育サービス】の中でも、『ベストティーチャー』がリリース直後から注目を集めた理由は、やはり奇跡的なチーム構成から生まれたサービスクオリティにある。
ビジネス企画、マーケティング、教育サービスの経験、そして開発。3人がそれぞれの得意分野を持ち、アイデアと技術の両面からディテールを積み重ねた結果、好スタートを切ることができた。
だが、チームとしては「これでいったんリリースできる!と確信できたのは本リリースの3日前ぐらい」と打ち明ける。
基本構想やシステム基盤は固まっていたものの、「どうやってユーザーの学習意欲を喚起するか」という難題を直前までクリアできずにいると感じたからだ。
「開発していく中で、学習プロセスをFacebookに流すようなソーシャル機能や、そのポストで友だちに翻訳を助けてもらうような機能もアリかもね、と盛り上がって、いろいろ付け足していたんです。でも、2月中旬に実施したクローズドβ版の結果を経て、『その機能は"英語を話せない"という問題を解決するために有効なんだろうか?』と改めて議論し直すことになりました」(後藤氏)
クローズドβ版で分かったことは、意外とユーザーは用意したソーシャル機能を使用しなかった、ということだ。この原因を突き詰めて考えた結果、「今どきのWebサービスはソーシャル性ありき、という発想をいったん捨てて、何があったら学習効果が最大化されるかを考えよう、という結論に至った」(宮地氏)のだ。
紆余曲折を経てリリースされた『ベストティーチャー』の特徴解説は、こちらのnanapiページに載っている
現在リリースされているサービス設計は、結果的にクローズドβ版とはほぼ異なる形になっている。本ローンチまでの3カ月でゼロから作り直す作業は、口で言うほど簡単ではなかったはずだ。
「ケンカに近いような議論は何度もありましたよ(笑)。でも、おかげで知り合ってから日も浅いのに、チームワークがしっかりでき上がっていったという良い面もありました」(瀬戸山氏)
「3人とも独特の経歴を持っていて、考えることも違っていたりするけれど、そこは互いに分かり合えている自信が今はありますね」(宮地氏)
見事に強みの異なる3人だけに、歯車がかみ合った時の相乗効果は大きかった、ということなのだろう。
「ユーザーのため」という作り手の思い入れがマイナスに出ることも
さて、リーン開発の一例として紹介したソーシャル機能の先送りについて、なぜ「いったん捨てる」という結論になったのか。その理由を、宮地氏はこう話す。
「3人で、『ユーザーは何をシェアしたがっているのか?』という議論をしたんですね。スクリプトをシェアしたいのか、今日勉強しましたということをシェアしたいのか、今からベストティーチャーを始めますということをシェアしたいのか、このコースをやりますということをシェアしたいのか。まずは実際のユーザー行動をみてから判断しよう、ということになりました」(宮地氏)
ユーザー行動を見て判断する、という考えは、無料体験の設計にも表れている。リリース時の無料体験は「5回のチャットレッスンが終わったら1回スカイプレッスンができる」というものだったが、チャットレッスンが終わるのに、ユーザーは1週間から10日かかっていた。
「チャットレッスンで自分だけの教科書を作って、スカイプレッスンでそれを実践した時に初めて『あ、ほかのスカイプ英会話と違って、自分が作成したスクリプトを基に英語を話すとこんなに話せるんだ!』 ということに気付いてもらえると思うのですが、そもそもスカイプレッスンまでたどり着いたユーザーが少なかったんです」(宮地氏)
ソーシャルゲームのガチャを引き合いに出しながら、ユーザー心理を説明する宮地氏
それを踏まえ、6月2日から無料体験の設計を変える予定だという。
変更後は、1チャットレッスンが終わったらすぐに5分間のスカイプレッスンを試せる設計にすることで、成功体験を早めに味わうことができる。
「ソーシャルゲームでも、『スタートして1分以内にレアカードがゲットできました!』とか言って、早めに成功体験が得られる設計にしているじゃないですか。それと同じで、早い段階で『オレの、ワタシの英語通じた!』という感覚を得られる設計に変えようと。前は『たくさんレッスンできた方がユーザーはうれしいんじゃないか』と誤解していましたが、それより無料体験でいち早く成功体験が得られることの方が重要だったんです」(宮地氏)
この宮地氏の言葉に、開発面を担当する瀬戸山氏も続く。
「どんなサービスも、大前提としてユーザビリティーが高くなければユーザーに受け入れてもらえませんから。今後も、ユーザビリティーを上げるためなら、新しい技術やアプリケーションをどんどん導入していく予定です。今考えているのは、Skypeを用いたオンラインレッスンをGoogleハングアウトに置き換えるというもの。そっちの方がテキスト学習との両立がしやすいからですが、それがほかの面でユーザーにマイナスを生むなら、また考え直すかもしれません」(瀬戸山氏)
教育サービスの本質を体現すべく、日々コードを直し続ける
また、『ベストティーチャー』にとっての「ユーザー」は、英会話を学ぼうという日本人だけではないと後藤氏は付け加える。
「わたしたちにとって、ユーザーの投稿したテキストを添削したり、ビデオチャットで教える先生もまたお客さまなんです。実際に国際社会で英語を話す時は、いろんな訛りがある外国人と話すことになる。CD教材のような綺麗な英語を話す外国人はいませんよね。世界40カ国以上の講師に参加してもらっている理由は、実際に使える英語を身に付けるためです。今いる優秀な講師に継続してもらうためには、講師側のシステムも使いやすいものでないといけません」(後藤氏)
「スタートアップ好きなユーザーより、英語を学びたいというユーザーから信頼を得られるサービスにしたい」と話す3人
生徒と講師の両方に長期間にわたって満足してもらうサービスを運営するため、「僕らの強みはマジメさや真摯さ。一瞬だけ話題になったり、一瞬だけバズるサービスは最初から目指していない」と宮地氏は言う。
「だから、今のスタートアップ界隈の動向にはまったく興味がないんです。クックパッドやアメブロのような地道な改善の積み重ねがすべてだと思っているので、今後もストロングスタイルで王道を行きたいですね」(宮地氏)
この言葉を裏付けるように、日々会員と講師の両方から寄せられる要望にも、「可能な限り即対応、即日修正」(後藤氏)しているそうだ。
「思ったことを皆でちょっと議論して、10分後にはすぐ実装なんてこともあります。エンジニアからすると、『このコードをいじったらもっとよくなるのに』ってところにすぐ手が入れられる楽しさがある反面、四六時中開発に追われているプレッシャーも増えました(笑)。でも、そのスピード感がサービスを良くしていくんだと日々実感しています」(瀬戸山氏)
『ベストティーチャー』の学習メソッドは、1日数百円で毎日話せます、という一般的なオンライン英会話に比べれば確かに分かりづらいかもしれない。宮地氏も、「ベストティーチャーが刺さるのは、ある程度英語学習のリテラシーが高いユーザー」と認める。
しかし、ベストティーチャーが実績を上げて日本中に浸透していけば、ほとんどの日本人が英語が話せるようになる可能性を秘めている。この"学びのNewモデル"が3人の手によってさらに改善され、多くの人に受け入れられる日がやってくるのが楽しみだ。
取材・文/森川直樹 撮影/竹井俊晴
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