クラウドやビッグデータを使った最先端農業の仕組みに迫る

2013年5月30日(木)
Think IT編集部

自然豊かな神奈川県川崎市にある明治大学黒川農場。ここは年間を通じて体験型の実習教育や研究ができる、2012年4月に開場したばかりの比較的新しい施設だ。

この黒川農場で5月下旬、明治大学やマイクロソフト社をはじめとした4者による、ICTを利活用した農業ビジネスのための実証研究の様子が公開された。クラウドやビッグデータを利用した新たな農業の形を紹介する。

明治大学黒川農場とは?

<未来型エコシステム><里山共生システム><地域連携システム>という3つのコンセプトを掲げる同大学の研究農場。自然エネルギー活用など環境との共生、生物多様性の保持と学生・市民への環境教育の場としての活用、市民や行政との連携、といった目的を持ち、単なる研究施設というだけでなく自然や地域と密着したコミュニティとしての役割を果たすコンセプト農場といえる。最近では文系の学生も農業体験に参加しているという。

川崎市にある明治大学黒川農場

日本と世界における農業の「今」

はじめに、明治大学農学部の小沢聖特任教授から、国内農業の現状と課題が説明された。

日本の農業人口は、昨年までの5年間で311万人から251万人へと、およそ20%減少。総人口の約2%が農業を営んでいる。また、同じ期間で平均年齢は1歳程度上昇している。このように、農業就業人口減と高齢化が進んでおり、それに対する備えが必要になってきた。

さらに、生産農家では比較的収入が低いなど、稼いでいる農家とそうでない農家の格差が広がっている。安倍政権では日本の成長戦略として、農業全体での所得を10年間で倍増させるという目標を掲げており、既存農家の収益拡大や新規参入の障壁を下げることも重要な課題だ。

現在の農業について語る明治大学 小沢聖特任教授

他にも大きな問題として環境汚染がある。農業といえば自然豊かな土地でのびのび営まれているものとつい考えがちだが、農業の歴史は人間と自然との戦いの歴史であり、厳しい自然の中で作物を育てるため、過剰な施肥(肥料の投与)などによる環境汚染も数多く行われてきた。

これらのことから、これからは環境保全型で、かつコストを下げながら収益を上げる“攻めの農業”へのニーズが高まっている。

世界で導入が進む新しい農法とは?

現代では、前述した環境問題やコスト削減に配慮した新しい農法として、養液土耕(ようえきどこう)栽培が世界各地で導入されつつある。

養液土耕栽培は、もともと国土の60%が乾燥地帯であるイスラエルで、収益を減らさずに灌水(かんすい)量を減らす最も経済的な方法として開発された技術だ。設備投資が少なく、従来の水耕栽培ほど厳密な管理を必要としないことや、肥料の利用効率が高く環境に排出される量が少ないことから、コスト・環境の両面でメリットのある農法といえる。イスラエル以外にもオランダ、韓国などが導入している。

ICT養液土耕システムが導入されている黒川農場のビニールハウス(クリックで拡大)

新しい農法には上記のように多くのメリットがあるが、日本国内ではあまり定着が進んでいない。小沢氏はその理由として、これまでの農法を熱心に研究してきた篤農家(とくのうか)の、既存技術に対する執着があるのではないかと分析する。

ただ、先に挙げたように農業はこれまで地下水汚染を引き起こしてきた経緯もあるため、養液土耕のような環境保全機能を持つ農法で社会貢献するべきだと語った。そこで、発達したICTを農業に活用しようとしているのが今回の取り組みだ。

ICT × 農業で実現する日本式の養液土耕システム

これら農業が抱える現状と課題の話のあと、株式会社ルートレック・ネットワークスの社長、佐々木伸一氏と、株式会社セカンドファクトリーのプロダクト&サービス事業本部、井原亮二氏より、ICT養液土耕システム「ZeRo.agri」と、同システムのWindows8版アプリが紹介された。

上部の無線内蔵データコントローラーでセンサーからのデータを収集。解析後、下部の灌水施肥システムで水やりと施肥を行う(クリックで拡大)

ZeRo.agriでは、施設栽培の水やりと施肥を、クラウドを利用して自動で最適化する。現地で見学した際は、ビニールハウスの内外に設置された日射センサーやカメラ、土壌センサーがデータを収集。クラウド上に蓄積されたデータをもとに入り口に設置されたメインユニットが適切なタイミングで水やりを行っていた。データは解析した上でグラフ表示されるため、画面を見ながら状況を把握し、水やりの量をアプリで調整することができる。遠隔地からも確認できるため、直接水分量を調節したり、現地との情報共有もしやすい。


(左上より)地中に埋められた土壌センサー/ビニールハウス内を撮影するカメラ/ビニールハウスの外に設置された日射センサー/地中のパイプから自動的に施肥するところ(クリックで拡大)

ICTが農業に普及するための前提として、システムが高価なことや、高齢化する農業従事者から機器に対して拒絶反応を示されないことも重要だ。こうした課題をクリアするため、ZeRo.agriのアプリはマイクロソフト社のWindows8タブレットを使用している。タッチパネルによる直感的なUIでPCが苦手な人にも非常に使いやすく、システム利用の妨げにならない。またシステム自体は同社のクラウドプラットフォーム「Windows Azure」上で動作しているため、初期および運用コストを大幅に抑えることができるという。

Windows8タブレットで操作するZeRo.agriアプリの画面(クリックで拡大)

こうした数々の工夫によって、2割~3割の負担軽減ができると考えられる。さらに収集したデータのログが残るため、これまで勘に頼っていた農法ノウハウを次の世代に継承しやすくなる。ZeRo.agriのシステム一式とアプリの導入にかかる費用は120万円ほどで、導入後は月々の利用料金を支払う形となっている。

小沢教授が繰り返し強調していたのは、親の勘を数値化して次の年から息子が実践できる、ということだった。遠隔地での管理や、他の農家ともデータを比較、連携できるなど、これからの農業における新たな力としてクラウド、ビッグデータ技術のさらなる活用が期待される。

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(リンク先最終アクセス:2013.05)

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