連載 :
  インタビュー

マーケティングオートメーションのMautic「オープンソースで世界を変えたい」

2016年10月19日(水)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
マーケティングオートメーションのMauticが、日本でMeetupを開催。創業者のDavid Hurley氏が、インタビューに応えた。

Mautic(マウティック)は、マーケティングオートメーションを実現するオープンソースのソフトウェアだ。元Joomla!のCommunity ManagerだったDavid Hurley氏が起こしたMautic.orgから提供されている。これまでOSやミドルウェアなどの部分にはオープンソースソフトウェアは広く使われてきたが、アプリケーション、それもマーケティングのためのソフトウェアがオープンソースになることは非常に珍しい。CRMやSFAという領域では、Salesforce.comやAdobeの一連のマーケティングソリューションや、IBM、Microsoftなどの自前のマーケティングのためのアプリケーションが競い合っている。さらに最近では、HubspotやMarketoなどの新興のベンチャーも登場して、アプリケーション領域としては非常におもしろくなってきていると言える。

そんななか、ソースコードをGPLv3で公開するMauticの創業者であるDavid Hurley氏が、Meetupに参加するために来日した。Meetupは9月20日に名古屋、翌日の21日に東京でMeetupを開催され、それぞれ約20名、約100名が参加し、プレゼンテーションと活発な意見交換が行われた。今回は、Hurley氏のインタビューをお届けする。

MauticのDavid Hurley氏

MauticのDavid Hurley氏

どうしてMauticを作ろうと思ったんですか? それもオープンソースで。

Hurley氏:まず私自身のバックグラウンドをお話します。以前は、Webデザイン会社を経営していました。そこでCMS、特にJoomla!やWordPressを使うことが多くありました。ところが「Webサイトからのマーケティング」という領域を見渡してみると、オープンソースソフトウェアでそれを実現しているものがなかったんですね。それで、マーケティングオートメーションをオープンソースで実現しようと思い立ったのです。知り合いのエンジニアを何人か口説き落として参加してもらい、コードを書き始めました。最初のバージョンを完成させるのに18ヶ月かかりましたが、それをオープンソースとしてリリリースしました。

現在のMauticのコアチームは、プログラマー以外の職種も含めて18人がいます。そしてMauticには、コミュニティがあります。実際にはこのコミュニティが大きな働きをしてくれています。例を挙げるとMauticは今、52ヵ国語に翻訳されています。これは主にその言語を使っているコミュニティのメンバーが翻訳という形で貢献している、ということになります。

バージョン2で、すでに52ヵ国語ですか? それはスゴイですね。

Hurley氏:そうですね。よく比較されるHubSpotはたった5ヵ国語ですからね(笑)

オープンソースソフトウェアの開発コミュニティにも色々なタイプがありますよね。OpenStackのように大企業が加わって、自社での利用を前提としてエンジニアがコードを書き、バグをフィックスするというものから、Zabbixのようにコードを書くのは社員だけ、バグの修正も社員が行うというものまで。Mautcはどちらなんですか?

Hurley氏:それは良い質問です。そのどちらが良いのか? については、いつも大論争になっていますから。Mauticにおいては、コミュニティが貢献を行うという時にいくつかのレベルがあります。一番簡単なのは翻訳です。例えばある機能のユーザーインターフェースを日本語に翻訳する、マニュアルを翻訳する、などの部分ですね。次にバグを発見する、というレベルがあります。これもあるべき機能が分かっていて、その通りに動かないことが理解できれば、発見することは可能です。次は、そのバグを修正するというレベルです。ここではコードを書ける能力が必要になります。そして一番難しいのは、新たにマーケティングオートメーションの機能を追加する、というレベルです。これは、マーケティングそのものや業務を理解していないとできないわけです。

実際には、それぞれのレベルでコミュニティのボランティアが貢献をしていますが、一番難しい部分については我々のコアチームの専任の担当者、彼のタイトルはDirector of Trainingです、がコミュニティに対して常に啓蒙活動を行っています。マーケティングオートメーションの概念や理念を、コミュティに対して理解してもらう努力は常に欠かせないと思っています。担当者はほぼ毎日、世界中のどこかのコミュニティミーティングに参加して、マーケティングオートメーションとは何か? なにが必要なのか? を説明しています。毎月18ぐらいのMeetupがありますから、とっても忙しい仕事です(笑)。つまり我々は、オープンソースプロジェクトとしてすべての人が貢献できるように気を配っていますし、Mauticのミッションは、コミュニティに対して常に同じ方向性や哲学を示し、さらにそれに必要な製品の機能などを参加する人たちが理解して、それに沿った製品開発をコミュニティが行えるようにすることだと思います。

マーケティングでは業界や商材によってもやるべきことが違いますよね? その差異はどう吸収しているのですか?

Hurley氏:それに関しては、それぞれの領域で強みを持っている製品の機能をMauticで書き直すのではなく、それと連携するようなソリューションを作ることだと思います。具体的な例で説明しましょう。日本には、コミュニケーションツールとしてLINEがありますよね。その場合、LINEと連携するプラグインを作ることで必要な機能を拡張することが、Mauticのやり方です。また日本では、ビジネスの世界では名刺がとっても大事だということを私は学んだのですが、名刺管理用のソリューションとも連携できればと考えています。

それは具体的にはAppStoreのようにオンラインからプラグインなどを購入できるようになるんですか?

Hurley氏:良い質問です。近々、アナウンスできると思いますが、MarketPlaceのようなオンラインでプラグインなどを購入できるような仕組みを用意しようとしています。実際にはソフトウェアだけではなくて、マーケティングキャンペーンそのものも販売できるようにするつもりです。これは例えば、アメリカである消費財についてオンラインキャンペーンを実施してそれが成功したとします。その際の電子メールの文面やランディングページ、キャンペーンの中身そのものをそこで販売できるようにするつもりです。

つまりMauticを使ったユースケースを販売できると?

Hurley氏:そういうことになりますね。そうすれば、世界中の人が成功体験を応用できるわけです。

Mauticは営利企業としてどこで利益をあげていくのですか?

Hurley氏:Mauticはオープンソースソフトウェアで、これまでも、そしてこれからもずっと無償で公開されます。それは変わりません。ではMauticが企業として利益を生み出すのはどこか。一つはクラウド版のMautic、Mautic Cloudといいますが、これのPro版の売り上げです。これはソフトウェアのインストールやシステム運用などをしなくても、すぐにMauticを使えるという利点があります。その他には、非常にユニークなマーケティングソリューションが必要な顧客向けに、社内で開発したコードやツールを販売するなどのケースです。

クラウド版の料金はコンタクト数によって変わります。これはよく聞く話ですが、Salesforceはソフトウェアを使うユーザー数によって課金されますよね? だから場合によっては、一つのユーザーIDを複数の社員が使い回したりするわけです。でもMautic Cloud Freeであれば、コンタクト数が5000までは何人で使っても無料です。そのあたりも実際にマーケティングをやっている人からの声を反映しているわけです。

他の競合のソリューションと比べて、Mauticの機能面での優位点を教えてください。

Hurley氏:まずは機能面では、他のマーケティングオートメーションのソフトウェアと対等であることを目指しています。なぜならそれができなければ、わざわざ乗り換える理由にはなりませんから。ただ開発という面においては、Mauticは非常に素早く行うことができると言えるでしょう。これはオープンソースであることと、コミュニティができていることが大きいと思います。最初のバージョンを出して以降、常に6週間に1回のリリースを行っています。これは他のオープンソースソフトウェアと比べても非常に迅速だと思います。またバグの修正についても、500のバグに2週間で対処できました。さらに他のシステムとの連携についても、オープンソースでコードが公開されているので、ある企業のAPIとしか連携できませんということは、起こり得ないわけです。コミュニティがそれぞれ開発を行えますので、すでに30種類の他システムとの連携が実現できています。

例えば、Adobeのマーケティングソリューションと比べても遜色ないのですか?

Hurley氏:まったく同じとは言いませんが、Adobeのマーケティングソリューションがここまで大きくなったのは主に買収によってソリューションのラインアップを作ってきたからです。そのためできあがったものはバラバラで、個別の機能をつなぎ合わせたものに過ぎません。それに引き換えMauticは、最初からオープンソースで公開していますので、全体として一貫しています。

オープンソースソフトウェアとしてアプリケーションを実現するという部分に関して、Salesforceのようなプロプライエタリなサービスと比較しての利点は?

Hurley氏:最初にオープンソースソフトウェアは、プロプライエタリのソフトウェアに比べてリスクが低いということを知っていただきたいと思います。何か不具合が生じても、修正されるスピードは速いと思います。それとデータに関しては、例えばSalesforceのようにすべてを預けてしまう場合と比較して、コードの部分はオープンソースであっても、データの部分は自社の中に安全に保有することができるわけですから、より確実に自社のデータが守られているという点を理解していただきたいと思います。

インタビュー中にHubSpotやMarketo、Salesforceなどの名前が出てくるように、プロプライエタリなマーケティングソリューションを大変意識していることが伺えた。興味深いのは「今の大部分のマーケティング担当者はマーケティングオートメーションを使ったことがないから、本来どうやれば良いのかわからない。なぜ使ったことがないかと言えば、どれも高いから。だからオープンソースソフトウェアとして誰でも使えるマーケティングオートメーションをリリースしたかった」と語った部分だった。マーケティング担当者の仕事をシンプルに効果的にする、そしてそれで世界を変えたいと語るDavid Hurley氏。日本での次の一手を期待したい。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

連載バックナンバー

クラウドインタビュー

CloudflareのデベロッパーリレーションのVPが来日、デベロッパーアドボケイトのKPIを解説

2024/3/26
CloudflareのVP来日に合わせてインタビューを実施した。デベロッパーアドボケイトのKPIやAIのためのゲートウェイについて訊いた。
設計/手法/テストインタビュー

生成AIはソフトウェアテストをどのように変えるのか 〜mablに聞く、テスト自動化におけるLLM活用の展望と課題

2024/3/1
2024年2月22日、E2E(End-to-End)テスト自動化ソリューションを提供するmablは、Co-Founderの1人であるDan Belcher氏の来日に合わせミートアップを開催した。日本市場に力を入れるmablは、生成AI活用に向けてどのような展望を描いているのか。

Think ITメルマガ会員登録受付中

Think ITでは、技術情報が詰まったメールマガジン「Think IT Weekly」の配信サービスを提供しています。メルマガ会員登録を済ませれば、メルマガだけでなく、さまざまな限定特典を入手できるようになります。

Think ITメルマガ会員のサービス内容を見る

他にもこの記事が読まれています