リーダーへの4つの問い

2008年10月10日(金)
藤田 勝利

「一貫した方向性」を定義する

第1回:リーダーシップなくして生産はなされない」でも紹介したように、ドラッカーはマネジメントには「1.目標を設定する」「2.組織する」「3.動機づけとコミュニケーションを図る」「4.評価測定する」「5.人材を開発する」という5つの仕事が存在するとした。

中でも特に重要なのは、「目標」を設定することである。筆者が、勉強会や研修で参加者の皆さんに「これまで自分が働いていてわくわくした、成長できた、と思えるチームで共通した点は何でしたか?」と問うと、「ゴールや目指している方向が一致していた」という回答が一番多い。「単なる人の集まり(群集)」と「組織」を分けるのは、この「共通の目標」である。そこに協働する意思と、コミュニケーションが加味されて優秀な組織として成長する。

ドラッカーいわく、知識労働者の時代には、組織やプロジェクトのあらゆる階層で意思決定がなされる。数名のトップマネジメントが逐一指示を出している状態は、時代にそぐわない。そこでドラッカーは、マネジメント層が「自らの事業や、顧客にとっての価値を定義する」ことを何よりも重視し、図3の事業方向性を定義する問いに明確に答えることを求めてきた。

この4つの問いもシンプルだ。しかし、果たして自信を持って答えられるだろうか。ドラッカーがコンサルタントとして支援した一流企業のトップでさえ、明快に、自信を持って答えられた人は少なかった。

読者の皆さんの企業は、システム開発、ソフトウエア製品開発、そしてコンサルティングサービスなどを提供しているかもしれない。その事業の本質は何か。システムの開発をしているのか、あるいはITを活用して企業の業務生産性を上げる貢献を事業としているのか。考え方ひとつで、社員やメンバーへの伝わり方が違う。

仕事やプロジェクト進行の中で「こだわるべき点」という価値基準が異なれば、組織やチームの編成、コミュニケーション方法、人材の評価基準、そして人材育成方法まで変わってくる。つまり、この4つの問いの答えが先述のマネジメントの「5つの仕事」をやり遂げるための基盤になるものだ。

「顧客」に関する問いもドラッカーが最も重視する問いである。企業は「顧客を創造していくこと」で成長する。しかし、なぜか「どのような人、どのような企業が自社の顧客なのか」は定義されていないことが多い。あるとしても、個々人や部署間の考え方がばらばらだったりする。

システム開発であれ、製造業であれ、自社の製品やサービスを購入するのは、どのような企業で、何に困っていて、どんなものに対してお金を払うのか。

システムを発注する企業は、「開発という作業」や「機能」に対してお金を払うのではなく、それによって得られる「経営成果」に対してお金を払っている。では、それはどんな成果なのか。高級車を買う人は、車の性能だけでなく、その高級車を走らせることで得られる心のやすらぎや、満足感を購入している。情報システムの開発も、それを受け取る側は一体どんな顧客で、何を購入しているのか、チーム内でよく考え、共有する必要がある。

自社だけでなく、顧客企業そのものの「事業」の定義を支援する必要もあるかもしれない。システムを発注する側も、自社の事業の定義がなされておらず、システムや機能の優先順位をつけにくいことがある。結果、システム発注や、カットオーバー自体が目的化してしまう。

システムを提供する側として、顧客企業の事業の定義も一緒に考えてあげられれば非常に価値が高い。ITサービスベンダーに求められる仕事の幅は以前より格段に広がっている。これこそが、ITリーダーを目指す方が経営を学ぶ必要があることの最大の理由である。

マネジャーとして最も大切な問い

事業の方向性を定義するのは、経営層の仕事だと思う方も多いかもしれない。確かに企業レベルでは経営層の仕事であるのは間違いない。しかし、プロジェクトマネジャーも、人と組織の上げる成果に対して責任を負っている。

ドラッカーは言う。ポジションについたとき、マネジャーは「権限」ではなく、「責任」を獲得することになる。職位や権限が上がるのではなく、成果に対する責任が増すのだ。責任を負うものは、メンバーの意見を聞き、尊重しながらも、最後は自ら考え抜き、チームの方向性を定義していくべき存在である。

いずれも単純な問いである。しかし、これこそが、ドラッカーの経営学の根本にあるマネジャーの役割である。ドラッカーは、さまざまな分野の英知を結集した結果、これらの問いが「マネジメント」に対して最も重要であると考えるようになった。

実際に、世界中の企業、金融機関、政府組織、NGO(非政府組織)のトップがこの「事業は何か、顧客は誰か」との問いかけをドラッカーから受け、成功のヒントをつかんでいった。

これは昨今で言う「コーチング手法」に近いかもしれない。しかし、ドラッカーの問いはテクニック論ではなく、彼自身のマネジメント哲学そのものを反映している。マネジャーが、これらの問いに答えるために、悩み、そして最後に決意し、実践していくことこそが、「マネジメント」であると彼は考えている。その過程の中で、マネジャーが、組織やプロジェクトに対して「生命を吹き込むダイナミックな存在」になれるのである。

なお、本稿の執筆にあたって、以下を参考にした。

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『現代の経営』ダイヤモンド社(発行年:2006)

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]』ダイヤモンド社(発行年:2001)

エンプレックス株式会社
エンプレックス株式会社 執行役員。1996年上智大学経済学部卒業後、住友商事、アクセンチュアを経て、米国クレアモント大学院大学P.Fドラッカー経営大学院にて経営学修士号取得(MBA with Honor)。専攻は経営戦略論、リーダーシップ論。現在、経営とITの融合を目指し、各種事業開発、コンサルを行う。共訳書「最強集団『ホットグループ』奇跡の法則」(東洋経済新報社刊) http://www.emplex.jp

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