イベント・セミナー2026 6

OSSの持続可能性を問う -プリザンター10周年記念イベントで語られたコミュニティと継続の流儀

本記事では、まつもとゆきひろ氏ら4名が登壇したプリザンター10周年記念イベントにおける講演とパネルディスカッションの模様をレポートします。

吉田 行男, Think IT編集部

6:30

目次

  1. ソフトウェアの力で「人間らしく働く」社会を:
    プリザンター10周年、内田社長が語る未来への挑戦
    1. プリザンターの歩み:現場の「疲弊」から生まれたツール
    2. 独自実装にこだわった「クイック&ファスト」
    3. 次の10年:AI時代の「スマートコンテキスト」
    4. 結びに:ノーモア・単純作業
  2. OSS開発で「会社を10年継続する」ことの意味:
    Zabbix Japan 寺島氏が語る、信頼とコミュニティの円環
    1. オープンソースは「ユーザーに選ばれるもの」
    2. ビジネスとコミュニティの「4つの輪」
    3. 次の10年、何を変え「何を変えないか」
    4. 結びに:10年使い続けられる贈りもの
  3. 20周年を迎えるRedmineが直面する「存続の危機」
    :前田氏が明かす、成熟したOSSの光と影
    1. Redmineが抱える「3つの構造的課題」
    2. 過去の苦い教訓:ChiliProjectへのフォーク
    3. 「会社組織」という選択の重要性
  4. OSSの「寿命」をいかに延ばすか:
    まつもと ゆきひろ氏が語るコミュニティとプロダクトマネジメント
    1. OSSの厳しい現実:5年で半分が消える世界
    2. 継続の鍵は「ファン」と「コミュニティ」
    3. 「優しい独裁者(Benevolent Dictator)」の役割
    4. 止まらないための「放任主義」
    5. 結びに:パートナーとしてのコミュニティ
  5. 日本のOSSを牽引するリーダーたちが語る、
    オープンソースの「これまで」と「これから」
    1. OSSを支える「ステークホルダー」の在り方
    2. 30年続くプロダクトを目指して:持続可能性と進化
    3. AIとの付き合い方:開発効率と「AIスロップ」問題
    4. 続けるための「情熱」と「動機」
  6. さいごに

プリザンター10周年記念イベント」が3/13に中野のPleasanter Loungeで開催されました。Pleasanterの生みの親であるインプリムの内田 太志氏をはじめ、Zabbix Japanの寺島 広大氏、Redmineの開発者である前田 剛氏、Rubyの開発者であるまつもと ゆきひろ氏の講演のあと、びぎねっとの宮原徹 氏をモデレータとしてパネルディスカッションが実施されました。

ソフトウェアの力で「人間らしく働く」社会を:
プリザンター10周年、内田社長が語る未来への挑戦

最初に国産OSSのノーコード・ローコード開発ツール「プリザンター(Pleasanter)」の生みの親である、株式会社インプリム代表の内田 太志氏が登壇しました。10周年という節目にプリザンターが誕生した背景にある「想い」と、AI時代における次の10年のビジョンを語りました。

株式会社インプリム代表の内田 太志氏

プリザンターの歩み:現場の「疲弊」から生まれたツール

「プリザンター」という名前には「より楽しく(Pleasant)、より快適に」という意味が込められています。 内田氏は19年にわたるSIerとしての経験の中で、IT現場にはびこる「単純作業」「二度手間」「人海戦術」に強いストレスを感じていたと言います。

  • 開発の原動力: 現場が疲弊する環境をなくし「人間らしく働きたい」という切実な願い
  • コンセプト:「マネジメント快適化」。誰もが気軽にPDCAを回し、目標を共有できる環境の構築

独自実装にこだわった「クイック&ファスト」

プリザンターが多くのユーザーに支持される理由の1つに、徹底したパフォーマンスへのこだわりがあります。

  • クイック(開発速度): JSON形式の定義データを活用し、あらゆる業務を素早くシステム化できる汎用性
  • ファスト(動作速度): 既存のフレームワークに頼らず、DBアクセスやHTMLレンダリングを独自実装。無駄なI/Oを極限まで減らし、ストレスのない操作感を実現(ロゴの「ハヤブサ」はこの速さの象徴)

次の10年:AI時代の「スマートコンテキスト」

「AI時代にノーコードは不要になるのか?」という問いに対し、内田氏は明確なビジョンを提示します。AIが100点満点の回答を出すのは難しく、検証やチューニングに膨大な工数がかかるのが現状です。そこでプリザンターが目指すのが「スマートコンテキスト(Smart Context)」です。

  • 文脈の整理: 業務データだけでなく、そこに至るコミュニケーションや「意図」をAIが理解しやすい形で整理するプラットフォームへ
  • AIとの連携: MCP(Model Context Protocol)サーバー機能の実装やRAG(検索拡張生成)への対応を強化

これまでの「情報の蓄積」から、AIと共に「文脈に基づいた意思決定をサポートする」基盤へと進化させていくと語りました。

結びに:ノーモア・単純作業

「ノーモア・単純作業、ノーモア・二度手間、ノーモア・人海戦術」 内田氏が掲げるこの言葉は、AI時代においても、いやAI時代だからこそ、より一層重要性を増しています。単なるツールの提供に留まらず、人間がより創造的で、人間らしく働くための「情報基盤」としての挑戦は、これからも続いていきます。

OSS開発で「会社を10年継続する」ことの意味:
Zabbix Japan 寺島氏が語る、信頼とコミュニティの円環

次に、オープンソースの監視ソフトウェアとして世界的に有名な「Zabbix」の日本法人代表、寺島 広大氏が登壇しました。「作るより続ける方が難しい」と言われるOSSの世界で、いかにしてビジネスとコミュニティを両立させ、10年、20年と継続してきたのか。その貴重な経験談が語られました。

Zabbix Japan代表 寺島 広大氏

オープンソースは「ユーザーに選ばれるもの」

寺島氏は、OSSと商用製品の最大の違いは、ユーザー側の圧倒的な「選択権」にあると語ります。

  • 宣伝ではなく選択: 無償で提供されるOSSは売り込むものではなく、数ある選択肢の中からユーザーがその機能や使い勝手、さらには「開発が継続されているか」を見て選ぶもの
  • 無意識の信頼: ユーザーは機能だけでなく「急に有料化されないか」「このブランドは安定しているか」といった無意識の安心感に基づいてプロダクトを選定している

ビジネスとコミュニティの「4つの輪」

OSSビジネスを成功させるためには「プロダクト開発」「運営会社」「ユーザーコミュニティ」「ビジネスパートナー」という4つの要素の調和が不可欠です。しかし、それぞれの思惑は微妙に異なります。

  • パートナーとの公平性: 特定のパートナーを優遇せず、情報をオープンに公開し続ける
  • 直接販売をしない決断: パートナーと競合せず、信頼関係を築くために「直販しない」というルールを14年以上守り続けている

寺島氏は、これら4つの異なる力を繋ぎ止めている中心には「この人がいるから大丈夫だ」と思わせる「顔(代表者・ファウンダー)」の存在があると指摘しました。

次の10年、何を変え「何を変えないか」

ユーザーやパートナーが最も恐れているのは「変化」です。

  • 変えない勇気:「いつか有料化されるのではないか」「買収されて利益第一主義になるのではないか」という不安に対し、「今まで通りであり続けること」をメッセージとして出し続けることが最大の信頼に繋がる
  • 売上を「目的」にしない: Zabbixもプリザンターも開発を継続するために会社を作ったのであり、売上のために開発しているのではない。この本質を貫くことが、結果として安定した成長を生む

結びに:10年使い続けられる贈りもの

セッションの最後、寺島氏からプリザンターの内田氏へサプライズプレゼントが贈られました。それは、寺島氏自身も10年以上愛用しているという「HHKB(Happy Hacking Keyboard)」。

「次の10年も、このキーボードで素晴らしいコードを書き続けてほしい」。20年、30年と続くOSSの先輩からのエールは、会場を温かい拍手で包みました。

20周年を迎えるRedmineが直面する「存続の危機」
:前田氏が明かす、成熟したOSSの光と影

3番目には、日本における「Redmine」の第一人者であり、Redmine.JPの創設者でもある前田 剛氏が登壇しました。2006年の誕生から20周年を迎え、プロジェクト管理ツールのデファクトスタンダードとなったRedmine。しかし、その裏側では「持続可能性」を揺るがす深刻な課題に直面していることが語られました。

Redmine開発者 前田 剛氏

Redmineが抱える「3つの構造的課題」

19年間にわたり利用者・コントリビューターとして関わってきた前田氏は、現在のRedmineが抱える課題を以下の3点に集約します。

  • 個人への過度な依存: 開発は今なお、フランスの創始者ジャン=フィリップ・ラング氏の「個人プロジェクト」の域を脱していない。ドメイン管理から意思決定までを彼1人が握っており、万が一彼に何かあった際は公式サイトや開発基盤が消滅するリスクを孕む
  • 圧倒的なリソース不足: 過去3年間のコミット履歴を調べると、主要な開発者はわずか3名。そのうち約半数のコミットを前田氏自身が担っているという危うい体制が浮き彫りに
  • 組織化の欠如: 公式なロードマップや役割分担が不明確であり、新しい開発者を迎え入れる「世代交代」の仕組みが整っていない

過去の苦い教訓:ChiliProjectへのフォーク

これらの課題は過去に大きな「事件」を引き起こしました。2011年、運営体制に不満を持った主要メンバーたちがRedmineをフォークし、「ChiliProject」を立ち上げたのです。 しかし、このプロジェクトも内部対立やメンバーの離脱により2015年に終了。OSSにおける「組織運営」の難しさを象徴する出来事となりました。

「会社組織」という選択の重要性

前田氏はプリザンターやZabbixを引き合いに出し、その健全な体制を高く評価しました。「プリザンターは早い段階で会社組織化し、人を増やし、持続可能なエコシステムを構築している。Redmineがいま悩んでいる問題をすでに解決しているように見える」。成熟したOSSでも個人プロジェクトの延長では限界が来る。長く、安定してプロダクトを存続させるためには「意思決定の透明化」と「組織としての持続性」が不可欠であることを、前田氏は自身の葛藤と共に伝えました。

<3>結びに:次の20年に向けて

Redmineがこの先も愛され続けるためには、創設者個人への依存を脱し、次世代へバトンを繋ぐ組織化が急務です。「課題を放置したままでは、これからの20年は続かない」という前田氏の言葉は、すべてのOSS関係者にとって重く、そして真摯な提言として響きました。

OSSの「寿命」をいかに延ばすか:
まつもと ゆきひろ氏が語るコミュニティとプロダクトマネジメント

最後は、プログラミング言語「Ruby」の生みの親である「Matz」ことまつもと ゆきひろ氏が、オープンソースソフトウェア(OSS)におけるコミュニティの重要性と、その持続可能性について深く語りました。この講演はエンジニアだけでなく、プロダクトを運営するすべての人に示唆を与える内容となっています。

Ruby開発者 まつもと ゆきひろ氏

OSSの厳しい現実:5年で半分が消える世界

まつもと氏は冒頭、OSSの継続性の難しさを指摘します。

  • GitHubなどで公開されたプロジェクトの50%が5年以内に開発停止している
  • 継続しているプロジェクトでも、その半数以上(57%)はたった1人の開発者に依存している
  • 人気のあるプロジェクトでも、16%は途中で放棄されてしまう

こうした背景から、10年続くプリザンターや、30周年を迎えたRubyがいかに稀有な成功例であるかが語られます。

継続の鍵は「ファン」と「コミュニティ」

プロダクトが長く生き残るための仮説として、まつもと氏は「周辺にコミュニティが存在すること」を挙げます。

  • モチベーションの維持: 1人での開発はライフスタイルの変化(就職、結婚など)で燃え尽きやすい。しかし、ファンや仲間からの「おめでとう」「すごい」という声が開発者の熱意を支える
  • 「隙」のあるプロダクト: 完成されすぎたものより少し「隙」や課題がある方が「私が助けなきゃ」という参加者の意欲を刺激し、コミュニティが育ちやすい

「優しい独裁者(Benevolent Dictator)」の役割

OSSコミュニティの運営において、まつもと氏は「民主主義」ではなく、少数の責任者が方向性を決めるモデルの重要性を説きます。

  • 調整コストの排除: 全員で会議をして合意形成を図る「官僚主義」はスピードを落とし、プロダクトを死に至らしめる
  • 納得感と透明性: 権力(給与など)による強制力がないOSSの世界では、リーダーの振る舞いに対する「尊敬」と判断基準の「透明性」こそがメンバーを留まらせる唯一の手段である

止まらないための「放任主義」

Rubyの開発では、特定の機能(JITコンパイラなど)を任せた相手には細かく口出しをしない「放任主義」を貫いていると言います。「実装方法に口を出すよりも、開発者のモチベーションを削がずに前進させること」が結果としてプロダクトの進化を加速させるからです。

結びに:パートナーとしてのコミュニティ

これからのプロダクトは「作る人」と「顧客」という二項対立ではなく、プロダクトを中心とした「パートナーの集合体」になっていくべきだとまつもと氏は締めくくります。「死ななければ、少しずつでも良くなり続ける」。このシンプルな、しかし実践が難しい真理こそがOSSが30年を超えて愛され、進化し続ける理由なのです。

日本のOSSを牽引するリーダーたちが語る、
オープンソースの「これまで」と「これから」

前述の日本のオープンソースソフトウェア(OSS)界を代表する4名のリーダーが登壇し、パネルディスカッションが行われました。Rubyの生みの親であるまつもと ゆきひろ氏をはじめ、Zabbix、Redmine、そしてプリザンターという、開発現場に欠かせないツールを支える面々がOSSの持続可能性、コミュニティ、そしてAIとの共存について熱い議論を交わしました。

日本のOSS界を代表する4名のリーダーが登壇したパネルディスカッション。ゲストモデレーターは株式会社びぎねっと 代表取締役社長 宮原 徹氏

OSSを支える「ステークホルダー」の在り方

議論の最初の焦点は「OSSは誰が支えているのか」という点でした。OSSには大きく分けて「開発を主導するコミュニティ」と「それを利用するユーザー」、そして「ビジネスとして支援する企業」の3つの側面があります。

  • まつもとゆきひろ氏(Ruby): リーダーがすべてを担いすぎることの危うさを指摘しました。「何でもやってしまうと、他の人がお客さんになってしまう」と述べ、適度な距離感を保つことが周囲の自発的な関与(コミュニティの活性化)を促す良いバランスになると語りました
  • 前田剛氏(Redmine): 世界的な人気を誇るRedmineに関わる前田氏は「コア開発者への依存という課題に触れました。開発チームと熱心なコミュニティの思いをどう繋ぎ、持続可能な組織体制を築くかが現在の焦点となっています
  • 寺島広大氏(Zabbix): 監視ソフトウェアとして企業利用が多いZabbixは、当初から企業としてのサポート体制を重視していました。ビジネスとエンジニアリングの両輪を回すことで、ユーザーの信頼を獲得してきた背景が語られました
  • 内田剛志氏(Pleasanter): 当初「1人で作っているものに10年の保守はできない」と言われたことが起業のきっかけだったと明かしました。ユーザーの信頼を得るための「信用」の受け皿として会社を機能させています

30年続くプロダクトを目指して:持続可能性と進化

ソフトウェアの寿命についても深い洞察がありました。まつもと氏は「20年、30年と生き残るソフトウェアは、オープンソースでなければ非常に難しい」と断言します。企業の買収やサービス終了といったリスクを回避し、最悪の場合でもユーザー自身がフォークしてメンテナンスできる点が、OSSの最大の強みであると強調されました。

一方で、長く続くための「機能追加」の判断は慎重です。Rubyにおいては、すでに言語としての完成度が高まっているため、仕様変更よりもパフォーマンス向上に注力していると言います。対してプリザンターのような汎用ツールでは、ユーザーからの膨大な要望(現在は大規模組織対応やクラスター構成など)に対し、汎用性を保ちながらどう応えていくかが常に課題となっています。

AIとの付き合い方:開発効率と「AIスロップ」問題

現代の開発において避けて通れない「AI」についても議論が及びました。ここでは、AIを「使う側」と「使われる側」の2つの視点で議論されました。

  • AIによるコード生成: まつもと氏は、自身が開発しているM-Rubyにおいて最近はエディタで直接コードを書くことはほとんどなく、AIに指示を出して修正させるスタイルに移行したと述べ、「息をするように開発する」スタイルがAIによってさらに加速している現状を明かしました
  • AIスロップ(ゴミパッチ)問題: 一方で、AIが生成した「中身の伴わない大量のプルリクエスト」がOSSコミュニティに送られてくる問題も指摘されました。一部のプロジェクトではAI生成と判明した瞬間にリジェクト(拒否)する方針を取るなど、品質維持のための新たな戦いが始まっています
  • プロダクトへのAI組み込み: プリザンターやRedmine、Zabbixにおいても、蓄積されたデータ(チケットの要約、アラートの解析など)をAIで活用する試みが進んでいます。内田氏は、AIをテストやチェックのツールとして活用することで品質を底上げする重要性を説きました。

続けるための「情熱」と「動機」

最後に、長年OSS活動を続けるモチベーションについて語られました。

前田氏は「Redmineが死んだら会社も死ぬという背水の陣」と笑いを交えつつも「ユーザーからの感謝の声が最大の原動力である」と語りました。寺島氏は「ユーザーやパートナーとの接点そのものがエネルギーになる」と述べ、内田氏は「ユーザーの業務を支えているという責任感」と「やはりコードを書くのが好きだという純粋な気持ち」を挙げました。そして、まつもと氏は「辞める人の気持ちが分からない」と、自身の人生そのものがRubyと共にあることを象徴する言葉で締めくくりました。

さいごに

OSSが単なる「無料のソフトウェア」ではなく、開発者の情熱、ビジネスの合理性、そしてコミュニティの信頼によって成り立つ「持続可能なエコシステム」であることを再認識させてくれたイベントであったように思います。

AIという大きな変革期を迎えつつも、その根底にある「良いものを作りたい」「誰かの役に立ちたい」というエンジニアの純粋な動機こそが、次の10年、20年を支える礎となるのではないでしょうか。

この記事をシェアしてください

人気記事トップ10

人気記事ランキングをもっと見る

企画広告も役立つ情報バッチリ! Sponsored