AIの活用が急速に広がる昨今「データや文化の主権をどう守るか」が新たな論点として浮上している。クラウドネイティブ会議のセッション「It takes a village―─ソブリンAIのためのソブリンなインフラをつくる」では、The Linux Foundationの福安徳晃(ふくやす のりあき)氏が登壇し、ソブリンAIを支えるソブリンクラウドの重要性について語った。欧州で進む制度化や実装例を紹介しながら、特定プラットフォームに依存しないエコシステムの必要性を指摘。そのうえで福安氏は、日本の競争力を左右する鍵として、クラウドネイティブ技術者の育成とコミュニティ形成の重要性を訴えた。
AI時代に高まるソブリンクラウドの重要性
The Linux Foundationの福安徳晃氏は冒頭、自身の地元である愛知県で登壇することへの感謝を述べたうえで、講演タイトルである「It takes a village」に込めた意味を説明した。これは「村を挙げて取り組まなければならないほど大変なこと」を意味する言葉であり、ソブリンAIを実現するためのインフラ構築もまた、業界全体で取り組むべき大きな課題であるという問題意識を示すものだ。
講演は「ビジネス環境の変化」「求められるテクノロジーの変化」そして「変化への対応」という3つの流れで進められた。福安氏がまず強調したのは、AI時代においてソブリンクラウドが大きなビジネス機会になりつつあるという点である。「AI時代が来て、ソブリンクラウドが求められているということは、実は大きなビジネスチャンスなのではないかと思っています」と福安氏は語った。
その根拠として示されたのが、Linux Foundation ResearchによるソブリンAIに関する調査と、CNCFのアニュアルサーベイである。前者では、79%がソブリンAIを価値ある戦略的優先事項と認識しているとされる。また後者では、66%の組織が生成AIワークロードをKubernetesでホスティングしているという。AIワークロードがクラウドネイティブな基盤上で動き、同時にAIにも主権性が求められるようになれば、その接点にあるソブリンクラウドの重要性は高まっていく。
従来、クラウドサービスは性能や価格といった経済合理性を軸に選ばれてきた。しかし、デジタル主権という観点が加われば、選定基準そのものが変わる。福安氏は、ソブリンクラウドを単なる「新市場」ではなく、「新しいマーケットルール」でもあると位置付けた。ここに、テクノロジープロバイダーやSI企業にとっての事業機会があるという見立てである。
欧州で制度化が進むソブリンクラウド
続いて福安氏は、ソブリンクラウドの先行事例として欧州の動向を紹介した。KubeCon Europeでは、2日目の基調講演がソブリンクラウドをテーマとしており、欧州における関心の高さがうかがえたという。
欧州で特徴的なのは、ソブリンクラウドがすでに一定の枠組みで定義されつつある点である。講演では、Cloud Sovereign Frameworkが紹介された。このフレームワークでは、戦略的主権、法的および管轄的主権、データおよびAI主権、運用上の主権、サプライチェーン主権、技術的主権、セキュリティとコンプライアンス、環境持続可能性といった複数の観点から、クラウドサービスの主権性を評価するという。
さらに、Sovereign Effectiveness Assurance Level、いわゆるSEALという考え方も紹介された。これはクラウドサービスの主権レベルを段階的に評価するものであり、欧州の公共機関がクラウドサービスを調達する際の判断材料になっているという。福安氏によれば、欧州では一定のデジタルレジリエンス水準を満たさなければ、公共機関の入札に参加できないケースもあるという。「ヨーロッパでビジネスがある方は、このあたりを調べておいた方がいいのではないかと思います」と福安氏は述べた。
ドイツの取り組みとしては、Sovereign Cloud Stackが紹介された。これは特定ベンダーに依存しないクラウドエコシステムを構築するための取り組みであり、そこからALASKAやYAOOKといったプロジェクトも生まれている。YAOOKは「Yet Another OpenStack On Kubernetes」の略で、Kubernetes上でOpenStackを動かすプロジェクトである。コンテナ化が難しいレガシーなワークロードをOpenStackで動かし、それをさらにKubernetes上に載せるというアプローチだ。
これらの事例から見えてくるのは、ソブリンクラウドが単なる政策的スローガンではなく、制度、調達、実装、オープンソースプロジェクトが結び付いた実践的なテーマになっているということである。
「賢くホストする」ためのハイブリッド・マルチクラウド
欧州の具体例として、福安氏はフランス国鉄SNCFの取り組みにも触れた。SNCFでは、ワークロードの約3割をオンプレミス、約7割をクラウドで運用しているという。重要なのは、すべてをオンプレミスに戻すのでも、パブリッククラウドに置くのでもなく、データやアプリケーションの性質に応じて配置先を判断している点である。
福安氏は、SNCFが用いていた「Wisely Hosted」という言葉を紹介した。守るべきデータは社内に残し、パブリッククラウドで運用してよいデータやアプリケーションはクラウドを活用するという考え方である。ソブリンクラウドは、クラウド利用を否定するものではない。むしろ、データ主権や運用主権を確保しながら、ハイブリッドクラウドやマルチクラウドを賢く使い分けることが本質となる。
「主権的であろうとすると、オープンソースでなければいけないという結論に、ヨーロッパでは至っているのではないかと思います」と福安氏は語った。
一見すると、主権とオープンは逆方向の概念にも見える。しかし、特定ベンダーへの依存を避け、相互運用性を確保し、透明性を担保するには、オープンソースやオープンスタンダードが欠かせない。講演では、ソブリンクラウドの一般的要件として、オープンソース、相互運用性、ベンダーロックインの回避、データ主権、運用主権が挙げられた。
また、欧州の規制や標準が世界に波及する「ブリュッセル効果」にも言及された。GDPRやUSB-C、CRAなどの例があるように、欧州の大きな単一市場で求められる要件は、結果として域外の企業にも影響を及ぼす。ソブリンクラウドの要件もまた、日本のクラウドビジネスやSIビジネスに無関係ではないという指摘である。
日本の課題は人材不足、エコシステム形成が鍵に
では、日本はこの変化にどう対応すべきなのか。福安氏が最大の課題として挙げたのは、人材不足である。
講演では、Microsoftが日本に対して1.6兆円規模の投資を発表し、そのなかで2030年までに100万人以上の人材育成を掲げたことが紹介された。福安氏はこの数字について、日本にそれだけ深刻な人材不足があることの表れではないかと指摘した。
今後、30~40%のワークロードがソブリンインフラを必要とする可能性があるにもかかわらず、それを担う専門人材は不足している。必要となるのは、クラウドネイティブに関するスキル、ソブリンクラウド技術に関するスキル、さらにデータ主権に関する知見である。単にクラウドを使えるだけではなく、どのデータをどこに置き、どのように運用し、どう主権性を確保するかを設計できる人材が求められる。「人材を育てることは重要です。ただ、人材を育てるためにはビジネスが必要です。そして、自律的に人材が育っていく仕組みとして、コミュニティがとても重要です」と福安氏は語った。
この文脈で示されたのが、Business、Talent、Communityの3要素である。事業機会が生まれ、人材が育ち、コミュニティが知見を共有する。その循環を作ることが、ソブリンクラウド時代のエコシステム形成には不可欠となる。
最後に福安氏は、ソブリンクラウド時代の「推しプロジェクト」として、OpenStack、CobaltCore、OpenTofu、CoHDI、FinOpsを紹介した。OpenStackはソブリンクラウドの基盤として再評価されており、CobaltCoreはクラウドネイティブではないワークロードを支えるOpenStackディストリビューションとして注目されている。OpenTofuは、ハイブリッド・マルチクラウド構築におけるInfrastructure as Codeの選択肢であり、CoHDIはデータセンター利用の効率化を目指す日本発のプロジェクトだ。FinOpsについては、クラウド利用状況を把握し、コストを最適化するうえで不可欠な実践として紹介された。
ソブリンAIの実現は、一企業だけで完結するものではない。データと文化の主権を守るには、制度、技術、運用、人材、コミュニティを含むエコシステムが必要である。福安氏の講演は、ソブリンクラウドを欧州の特殊な話としてではなく、日本のクラウドネイティブ業界がこれから向き合うべき現実的なテーマとして提示するものだった。
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