美しく文字を組む
空間のコントロール
この空間のコントロール(白と黒の濃度調整)技術は、文字組だけでなくレイアウト自体にも応用ができます。
レイアウト技術では、ページ内に写真や図形、文章を配置する際に、単純に余白を埋めていくだけではなく、どういった空間ができあがるかという視点を持つことで、バランスの良いデザインを作る技術も養えるでしょう。
デザインで「白」を表現することは、意外にも難しいことです。適当に余白だけ増やしても、散漫に見えてしまいます。逆に余白の無いデザインは、窮屈な印象を与えます。また長文などの場合は、行間が狭くなれば、可読性からも読みづらい文章になってしまいます。
先ほど紹介した文字組では、字間調整のために前後の「白」と「黒」を視覚化する方法を紹介しました。この方法の延長として、まずコピー全体の濃度を見て、周りの要素(写真や図形など)とのバランスを確認し、最後にレイアウト上全体の濃度とも比較していきます。
濃度の視点を単語から文章へ、そしてレイアウト全体へと広げていくことで、空間をコントロールすることができるでしょう。
デザインを学ぶ際に、基礎としてタイポグラフィの存在が位置づけられる理由は、その応用として、要素と空間の関係をコントロールする考え方が身に付くからだと言われています。
デザインの技術の中でも、特に「バランス」というスキルは難しいものがあります。デザイナーには、タイポグラフィの文字組を通じて、「空間」と「バランス」のコントロールを意識的に鍛錬していく必要があるようです。
文字組による印象の違い
これまでに紹介した、ヤン・チヒョルトの「書物と活字」での理論は、書物の見出しや本文組が前提とされています。現在の多様化した商業デザインの中では、さまざまなコンセプトやメッセージが求められているので、実際に私たちがタイポグラフィを扱っていくには、この理論を応用していくと良いのではないでしょうか。
図3の上下二例を比較してみてください。これらはいずれも最初に、ヤン・チヒョルトの理論に基づき濃度バランスを均等にした文字組を行い、その基準値から、上の例では字間を詰め、下の例では字間を緩めました。
上の例の様に、字間を詰めて文字を組むと、デザイン全体に緊張感が生まれ、逆に下の例の様に、字間を緩めて文字を組むと、安心感や余裕が表現できると言われています。
世の中の優れたデザインを例にとると、「癒やし」を意識させるエコロジー系の雑誌などの文字組は、緩めに組んで、「白」の空間を広めに取るものが多く見られます。また、メッセージを強く表現する様な広告物などでは、文字を詰めて、「黒」の濃度を意識させるものが多く見られます。
目的によって異なる文字組の調整は先ほど紹介した手法を基準に、詰めたり広げたりすることで、字間のバランスと美しさを保ったまま、ユーザーの印象を変えていくことができるでしょう。
タイポグラフィには、今回紹介した文字組のほかに、書体の歴史や背景を知識として学び、目的のデザインによって書体を使い分ける側面や、書体を造形として認識し、実験的なデザインを作る美としての側面などもあります。
これらは、スキルアップを目指すデザイナーにはとても役に立つジャンルでもあり、かつクリエーターとしてさまざまな実験を行う面白さも含まれています。
次回は、欧文活字書体のセリフ体(ローマン体)の歴史的な特徴や分類を解説し、そして洗練された人気の書体を紹介していきます。
【参考文献】
ヤン・チヒョルト「書物と活字」朗文堂(発行年:1998)