IT企業も積極的に誘致 ー歴史的に「ものづくり」のDNAを受け継いできた北九州市の施策とは
第3部では、北九州市 産業経済局 企業立地支援部 企業立地支援課 IT産業誘致担当課長 中川茂俊氏に、北九州市の歴史背景や、実際にGMOインターネットも活用した、北九州市の企業誘致施策「北九州市企業立地優遇制度」について、お話を伺った。
※第1部の内容については、コチラを参照。
※第2部の内容については、コチラを参照。
北九州市は工業都市・福岡市は商業都市
はじめに、福岡市と北九州市の違いについて伺った。北九州市は、昭和38年に門司市、小倉市、若松市、八幡市、戸畑市の5市が合併した「県庁所在地ではない町が、初めて政令指定都市になった市」だ。
東西に長く210kmにも及ぶ海岸線は、政令指定都市で1番長い。福岡市の海岸線は3番目で130kmだ。この長い海岸線を活かし、昔から石炭の積み出し港や官営の八幡製鉄所など、工業都市として発展してきた。北九州市の工業製品出荷額は2兆2000億円。福岡市は7000億円。だが、小売卸売りの商品販売額は福岡市が13兆円、北九州市は3兆円と、福岡市は商業都市として、北九州市は工業都市として発展してきた。
その発展してきた原動力となった理由は、工業用水の整備が比較的早く確保できたこと、土地があったこと、電力事情が良かったことなどがあるが、1番は「人材」だという。
工業都市の発展の要は「人材」
町の発展と共に工業系の大学が多く創設された。高等専門学校(以下、高専)に関しては全国で50数か所あるうち、福岡県では久留米、有明、北九州市の3カ所にある。工業系の学校も最近では情報系に力を入れてきている。「そういった人材が、工業の町を下支えしてきた」と中川氏は解説した。
文系理系合わせると、毎年約6,000人の卒業生を排出している。学生と企業の若手社員との交流会やマッチングイベントを共催するなど、人材確保支援も積極的に行っている。
新幹線・港に関してはあまり福岡市と相違はないが、福岡空港は交通の便も良く航空便が多数ある一方で博多区の中心街に近く、空港運営にさまざまな制約があるのに対し、北九州空港は海上空港のため24時間利用でき、また定期の貨物便として就航する航空会社もあるため、物流面では福岡空港よりも使い勝手が良い。
「ものづくり」工業の街
新しく増設した、臨海工業地区「響灘コンテナターミナル」もあり、原材料を輸入して工業製品で出荷するという、まさに教科書通りの事業を行っている北九州市。電気モーターや半導体をはじめとした三井ハイテック、ブリヂストンなどの自動車メーカーや新日本製鉄、三菱ケミカルなど化学系、旭硝子、TOTO、安川電気なども集積している。
「過去には、工業地帯ゆえに洞海湾も死の海と呼ばれるほど環境汚染が深刻になったという歴史的背景もあり、ペットボトルや工業製品の中にある希少金属、レアメタルのリサイクルなどに、いち早く着手してきた」という中川氏。「産官学民」の連携を目指し市民も巻き込んでリサイクル等環境改善に取り組んでいく中、5年前にはOECD(経済開発協力機構)からアジアで初めて北九州市がSDGs未来都市に選ばれた。
また、学生の集まる立地を活かし、20年前に「北九州学術研究都市」を開発。北九州市立大学、九州工業大学大学院、早稲田大学院、福岡大学大学院の理工系の大学・大学院や研究機関が1つのキャンパス内に集積し、人工知能や半導体、AI開発など、民間の企業と一緒に研究開発を行っている。
江戸時代の福岡県は豊前の国で、藩主は中央から来ていたという背景もあり「よそから来る人に寛容な町」と言われ、昔からよそ者を排除する空気はなく、非常に親しみやすく気さくな市民の気質があるそうだ。
官学連携の人材採用支援
もともと北九州にはIT企業もたくさんある。日本製鉄グループだった旧八幡コンピューターのソルネット(システム開発)、YE DIGITAL(安川電機の子会社)やゼンリン、ミシマOAシステム(金型や大型機械を加工する三島興産の子会社)など、製造現場から課題を解決するため、工作機械をIT化するなど組み込みシステムを開発する企業が多く集積していた。
そういった下地もあり、平成26年からIT企業誘致に力を入れているという。「女性や若者の地元定着、新しい雇用増進の雇用創出が多く、平成26年から令和2年までの7年間で増設含む合計70社(うち新規50社)の企業が進出している」と話す(中川氏)。
「雇用創出効果を感じたのは、初めに進出したメンバーズに、高専の優秀な人材が多く採用されたときだった」と中川氏は振り返る。
北九州市が選ばれている理由の1つは、丁寧な人材採用支援を行っているところだろう。九州と山口県(北九州市と山口県・下関市は距離も近く通学・通勤圏内のため)を合わせると高専が12校あり、「高専ネットワークを作ろう」と大学の就職担当に進めてもらうなど、採用においても官学連携が評価されたのではと感じているという。先般行ったヒアリングでも、採用の半分は地元、半分は都心からの転籍とのこと。「地元定着と移住・定住が実現できているのは嬉しい」と中川氏は語った。
まず、はじめてみる
北九州市は、博多区を中心とした福岡市と比較すると、まだまだ知名度は低い。そこで「まずは北九州を知ってもらいたい」という目的で、令和2年10月より「お試しサテライトオフィス」事業を始めた。評判は上々で「滞在にかかる宿泊費、交通費、ワーキングスペース利用料を1社3名まで最大1ヶ月間補助(上限金額あり)し、学校や地元の企業を繋いでいる。104社に参加いただき、実際に19社の進出があった(令和4年4月時点)」と中川氏。
さらに、進出企業における課題の1つに地方エリアにおける従業員の食事問題があるが、株式会社Offisisが運営するソーシャルデリバリーサービス「JOY弁」をいち早く取り入れるなど、テストマーケティングの場として新たな取り組みも行っている。
【参照】「JOY弁」のシステムを活用した「宅配弁当DXプロジェクト」始動/第一弾は福岡県北九州市に導入、効率的なお弁当発注の仕組みを構築
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000009.000060601.html
また、お試しサテライトオフィスではワーケーションを推奨しており、お試し参加者の6割が「ワーケーションも伴いつつ北九州に滞在したい」という声もあるという。「ワーケーションの捉え方はさまざまだと思うが、北九州はビジネスの合間に門司港へ行ったり、日本三大夜景の1つでもある皿倉山からの景色を楽しむこともできる。響灘、関門海峡、周防灘では色々な魚介類も獲れるので、ぜひ旬の味を堪能したり、自然を楽しみに来てほしい」と中川氏は北九州市の魅力を解説した。
新たな取り組みとして、小倉駅と黒崎駅の半径1キロ圏内に新しくオフィス系ビルを建てる「リビテーションプロジェクト」(リビルドとインビテーションの造語で、建て替えと引き込みのプロジェクト)では、令和4年から5年間「次世代スマートビル建設促進補助金」を開始する。その第1号として、株式会社ミクニの参加が決定しているとのことだ。「1つ開発が始まれば次につながる。まず始めてみることがすごく大事。課題が見つかったら、そのときに考えれば良い。勢いは大事だと思う」(中川氏)。
コワーキングスペースも充実しており、市内には「COMPASS小倉」「コワーキングスペース秘密基地」「ATOMica北九州」「DISCOVERcoworking」「ママスクエア北九州店(5/27開設)」「GYM LABO(九州工業大学内)」などがある。
課題は「人口減少」
北九州市では、1963年の5市合併以降は人口増加の傾向があったが、1980年代後半からの鉄鋼産業における経営合理化のあおりを受け、数万人単位で人口減少が続いた。数年前からIT企業誘致を行って雇用創出に取り組んでいるが、いかに社会動態をプラスに持っていくかが課題だ。若年層が定着すれば逆転現象が起きると考えており、雇用創出に積極的に取り組んでいる。
採用支援に関しては、大学卒業後の若者層の北九州市定着率は2、3割で、中途採用が少ない。「IT企業の集積はまだまだ少ない町で、流動性が低い。『リスキリング』と言われているように、進出してきたIT企業を出口に、入口から出口までを一気通貫で進出企業と共に行う学び直し事業を、教育機関と連携しながら中途採用も増やしていきたい」と中川氏は見解を示した。
「多くの高専OBとのネットワークがある『高専キャリア教育研究所』にも協力を仰ぎ、町ぐるみで人材供給をしていこうと考えている。初年度は10〜20人規模で受講生を募集予定だ」(中川氏)。
「高齢化は政令指定都市で30%を超えている。北九州市は学校が多く卒業するまでは人口が多いが、大学卒業後の定着率は低くグッと少なくなる若年層の人口推移をなだらかにしていきたい。魅力あるIT企業を誘致することで北九州市に定着してほしい」と中川氏は語った。
一方で、子育て世代への保障は手厚い。NPO法人エガリテ大手前が、全国政令指定都市の「次世代育成環境ランキング」を作っており、北九州市は10年連続で第1位に輝いている。小児救急、保育所の待機児童なし、周産期医療が充実していることが評価されているそうだ。
スタートアップの支援も
また、令和2年7月に内閣府から「スタートアップ・エコシステム推進拠点都市」に選ばれるなど、スタートアップにも力を入れている。中川氏によると、具体的には「COMPASS小倉を拠点に、IoTメイカーズプロジェクトの実施やグローバルアクセラレーションプログラム実行委員会の設置などを行い、事業化・イノベーショントライアル事業の支援を行っている」という。
【参照】【3月30日開催】北九州市とVCが連携してスタートアップを支援する「スタートアップSDGs イノベーショントライアル事業(事業化支援事業)」の成果報告会を行います
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000088483.html
元々、北九州市は製造業の街だ。「都市機能は集約して、街なかに人や企業を呼び込みつつ、時代に即した街の発展の仕方があると思う」。そう締めくくった中川氏の最後の言葉からは、目の前の現実から目を背けない覚悟が感じられた。
* * *
今回のインタビューを通じて、改めて「まずは始めてみる」ことの大切さを感じた。研究心溢れる大人が集う街として、土地に根付いているであろう「ものづくり」への好奇心の炎が燃え続けるよう、さらに多くの企業が集まることを願ってやまない。
「やってみたい」を叶える青春時代よもう一度。さまざまなワクワクの詰まっている北九州市に、一度、足を運んでみてはいかがだろうか。
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