関係人口と関係社員は人とのつながりから生まれる―「地域と企業と個人を豊かにする新しい関係づくり」レポート

2020年2月18日(火)
望月 香里(もちづき・かおり)
12月16日(月)、東京の大手町スペースパートナーにて「関係人口と関係社員 -地域と企業と個人を豊かにする新しい関係づくり-」が開催された。

新しい地域における人材交流のあり方として広がる「関係人口」。その中で、首都圏で働く会社員が地方企業で副業をするという、新たな企業と個人の関係性が育まれている。その実態を調査し、まとめた書籍「地域とゆるくつながろう! サードプレイスと関係人口の時代」(静岡新聞社刊)の著者メンバーを中心に地方企業と個人を副業で結びつける企業が集まり、本書の内容と、これからの企業と個人、地方と個人の関係について議論が繰り広げられた。

自分がファンになった場所は自分の地域

はじめに、地域×パラレルキャリア・副業などの分野で研究する法政大学 大学院 政策創造研究科教授 石山恒貴氏より、関係人口とサードプレイスについて「関係人口のつながりによる地方と法人の関係創生」をテーマに解説があった。

石山氏は、元々人材育成やキャリア・企業の人事分野を研究していたが、その研究からパラレルキャリアや越境学習として会社員がプロボノとしてボランティアに参加するなど、地域に足を運んでいることが分かった。それから石山氏も地域に足を運ぶようになり、今日の地域コミュニティの研究に至ったという。

法政大学 大学院 政策創造研究科教授 石山恒貴氏

そもそも地域とは何か。「『地域とつながる』と言うと自分の故郷や在住先と考えがちだが、自分がファンになった地域ならばどこでも良いのではないか」と石山氏は問いかけた。地域のコミュニティとはサードプレイス(家でも仕事場でもない第三の居心地の良い場所)のこと。地域にも色々なコミュニティがあり、自発的・義務的、目的・癒しなど、何を求めて行くかにより異なる。

「何を重視するか」によりコミュティの位置づけも変わる

やりたい意欲は義務から自発へ変わる

では、何をもって義務的・自発的だというのか。それは我々の心理的要因に関係してくる。PTAは地縁型コミュニティだが、最近では「実はPTAから多くのことを学べるのでは」と考えられ、自発的に参加する人もいるようだ。地縁型コミュニティも「やりたいから行く」のであれば、義務的から自発的に変わる。

これまでは「地域と関わる」というと移住か観光等でお金を落とすことが主流だったが、移住でも観光でもなく地域とゆるくつながり、その地域のファンになるのも良い。石川氏のパラレルキャリアの定義は、下図で示す4つのうち2つ以上を行うこととした上で「関係人口で地域に関わることはパラレルキャリアにもなり、地域と仕事を通じて関わることは、個人にとって越境学習にもなる」と言及した。

石川氏のパラレルキャリアの定義

石川氏の講演続いて、書籍「地域とゆるくつながろう! サードプレイスと関係人口の時代」の著者メンバーより、各自が執筆を担当した章について紹介があった。

きっかけはゆるいつながりから

初めに、第3章を担当した精神保健福祉士・キャリアコンサルタントの北川佳寿美氏が「リトル宗像と地域の繋がり方」について解説した。

精神保健福祉士・キャリアコンサルタント 北川佳寿美氏

北川氏自身が宗像市の出身者で、2017年に沖ノ島が世界遺産登録されたことをきっかけに、東京在住の宗像市出身者が集まって「故郷に何かできないか」と設立されたのが「リトル宗像」だ。同章では、キャリアの限界を感じながらも地域の面白さに気づいたメンバーが実家を活用したシェアハウスをつくり、そこから生まれたコミュニティを通じて地域と人が繋がるコミュニティデザインというキャリアを築き上げた事例を紹介している。「初めは小さくとも、誰でも地域とつながる事で新たなキャリアを築いていくことができる」と北川氏は語った。

地域と関わることで新たなキャリア形成も可能だ

小さな一歩で暮らしは変わる

次に、第4章を担当した産業能率大学・自由が丘産能短期大学兼任講師、明星大学 経営学部 非常勤講師の片岡亜紀子氏より「離職中の女性にとって、地域がサードプレイス」というテーマで解説した。

産業能率大学・自由が丘産能短期大学兼任講師、明星大学 経営学部 非常勤講師 片岡亜紀子氏

離職者は人とのつながりが少なくなることで「社会から取り残された」と感じ、孤独になり自信を失っていく傾向があるという。片岡氏自身も失業経験があり、地域の活動が自信を回復させる場所になりうると考え、目的交流型のサードプレイスについて研究してきた。NPOやボランティア活動を通じて出会った人々に「頑張ろう」と勇気付けられたり、一緒に課題へ取り組む中で達成感を得て、自信を付けていくことができると分かった。

同章では、仕事と育児の両立を考えて離職した女性が、市川市が開催した女性支援の説明会に参加したことがきっかけで人々とつながり、人的ネットワークを広げて行った事例を紹介している。

孤独も自信の喪失も人的ネットワークを広げることで解消できる

地域も喜ぶプラスの循環

続く第5章の担当は、ミューチュアルラボ代表・法政大学大学院政策創造研究科博士課程在籍の谷口ちさ氏だ。「地元で何かをしたい」と考えて研究を始め、高知県土佐山地域の学びのデザイン・土佐山アカデミーに興味を持つようになったという。

ミューチュアルラボ代表・法政大学大学院 政策創造研究科 博士課程在籍 谷口ちさ氏

土佐山アカデミーのミッションは「遊びと学びの境界線をなくす」「学び方を学ぶ」「大人の才能を無駄遣いする」の3つだ。中山間地の傾斜を利用して世界最速の流しそうめんをするためにJALの流体力学に詳しいエンジニアを招き、そうめん流しを実践したという。そこに子ども達も参加し、そうめんを食べながら物理を学んだ事例を紹介。「土佐山アカデミーでは、人が地域に足を運ぶ仕組みを作ることで結果的に移住者が来やすい雰囲気も作るという二重の考査を作っている」と谷口氏は説明した。

土佐山アカデミーのミッションはシンプルで大人も子どもも関係なく参加できる

学生の居場所を作ったプログラミング教育

最後に、第6章を担当した学校法人岩崎学園 情報科学専門学校 教員 山田仁子氏が「学生のプログラミング教育と横浜市の活性化」を紹介した。

学校法人岩崎学園 情報科学専門学校 教員 山田仁子氏

2020年度には小学校でプログラミング教育が必修化されるが、実際にITを教えられる人は少ないのが現状だ。そんな中、横浜市で岩崎学園の学生が小学生向けのプログラミング教育を立ち上げた。学生たちはこの活動を通じて「小学生に自尊心が備わった」「教える学生が成長した」「能動的に動けた」と感じたという。

学生がプログラミング教育を立ち上げ。得たものも多かったようだ

今では、この活動も神奈川県全域に広がり、横浜市の小学校教員たちにプログラミング授業の支援研修を行っているという。山田氏は「地域と学校はつながりやすいので、もっと連携していくべきではないか」と警鐘を鳴らす。「学生は必ず学校を卒業する。卒業後は地域のサードプレイスとしてゆるくつながっていくのが学校ではないか」と山田氏はまとめた。

地域と学校はゆるいつながりづくりに最適な関係だという

関係社員は、お互いの期待値との目線合わせが重要

ここからは、先程の著者陣に加え、大都市の企業に勤める40~50代の会社員と地方の中小企業をマッチングするサービスプラットフォームを運営するJOINS株式会社 代表取締役 猪尾愛隆氏、プロフェッショナル&パラレルキャリア フリーランス協会(以下、フリーランス協会) 代表理事 平田麻莉氏が参加し、パネルディスカッションが行われた。

ディスカッションのテーマは「1億“総関係人口”社会に向けた 関係人口・関係社員の期待と実態」だ。モデレーターはOneHR共同代表でエッセンス株式会社の島崎由真氏が務めた。

OneHR共同代表・エッセンス株式会社 島崎由真氏

  • 石山これまでは企業や地域も「こうあるべき」に縛られていたように思うが、企業も地域も多種多様な在り方があった方が実際は良い。
  • 猪尾地方企業に都内大手企業の部長が来るとなると期待値が過剰に高くなりがち。期待値が現実と離れすぎていると温度差が生じるので、円滑にマッチングを進める上では「期待されている業務とスキルのすり合わせ」と「心の期待値のすり合わせ」の両輪で取り組んでいる。
  • 平田まち・人・仕事の関係人口創出へ、来年度から変わる戦略変更を受け、色々な自治体がどう人材を獲得するか尽力している。フリーランスであれ副業であれ、関係人口の活用の啓発や関係人口を活用したい企業へのマッチングサポートの依頼を受けることもある。
  • 猪尾地域の企業にとって必要なことはプランでなくDO。アイディアの差異は大企業と中小企業、地方と都市ともアイディアに差異はなく、差が出るのは実行力。小さな実行でも変化が起きるため、そこに外部人材の居場所ができ、社内でもその人の価値を認めるようになる、という設計をしている。
  • 平田フリーランス協会では、これまで数回にわたってワーケーションツアーを敢行した。地域の企業はビジネススキルを持った人材と直接会い、自社の課題を相談する中で本格的に人材獲得に動き出すところもある。一方で「地域と関わりたい」というフリーランスは当たり前だと思っていた自分のスキルが地方で賞賛され、自己発見に繋がるケースもある。
  • 石山関係人口と関係社員は似ている点がある。中堅の中小企業では、企業秩序を乱す・知らない人が入るのは怖いなどを理由に、8割ほどが「受け入れたくない」と言うデータがある。会社の内側から人や方針の変化に慣れてもらう方が早いだろう。
  • 猪尾人材側の個人は雇ってもらいたい心理が働くため、0~1を話す段階でその先の100の話までしてしまいがちになる。経営者側から見ると「目の前のことを大事にしてくれない人だ」と思われてしまうことがあるので、互いの期待値との目線合わせをしている。

パネルメンバー。左から山田氏、北川氏、谷口氏、片岡氏、平田氏、猪尾氏、石山氏

人への愛着が地域への愛着に

次のディスカッションテーマは「実際に地域にゆるくつながる方法」だ。

  • 北川地域とつながるポイントは「きっかけは緩く」「これまで関心がなかった業種や人にも関心を持つ」「じぶんごととして考える」の3つ。
  • 谷口自分の直感で楽しそうと思ったものをやってみて、その結果としてつながれば良い。
  • 片岡ちいさな一歩。「行ってみよう」「やってみよう」という場に行く。行動すること。
  • 猪尾自分のできることを地域とつながる起点にするのが良い。
  • 平田地域とのつながりは、人とのつながり。その地域に会いに行きたい人がいる、一緒に思い出を作った人がいるなど、人への愛着が地域の愛着になる。

最後に、各登壇者より「一歩踏み出して動いてみる」「役に立てるところで自分の力を発揮すれば良い」「目の前にいる人を大事にする」「自分にとって大切にしたい地域や人と素直につながる」「勇気を出して自分のストーリーをさらけ出してみる」といった多くのアドバイスがあった。

「今は『やろう』と思えばいくらでも副業・兼業が実現できる時代。会社の制度を最大限活用し、一歩踏み出してみてはどうだろうか」という石山氏の言葉でイベントは終了した。

* * *

書籍「地域とゆるくつながろう! サードプレイスと関係人口の時代」のテーマでもある「小さな物語」。人それぞれ、知り合った人との小さなストーリーが重なり合うことで、ゆたかで多様性に富んだ社会はできあがる。改めて、自分の身近な人・家族・仲間とのつながりを大切にしようと思った。その上で、目的交流型のサードプレイスとなる人や地域とゆるくつながっていこうではないか。

著者
望月 香里(もちづき・かおり)
元保育士。現ベビーシッターとライターのフリーランス。ものごとの始まり・きっかけを聞くのが好き。今は、当たり前のようで当たり前でない日常、暮らしに興味がある。
ブログ:https://note.com/zucchini_232

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