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「第2のシリコンバレー」でエンジニアリングの武者修行(後編)

2015年3月11日(水)
ReadWrite Japan

(前編からつづく)

ベルリンでの仕事と生活

――Kiwi.kiのオフィスで、期間的には1年ぐらいの間、どういった活動をされていたのでしょうか。

葛原:ちょっと長い話になりますが、1年間のうちの最初の3-4か月ぐらいは、メインのプロジェクトではなく、1ヶ月単位ぐらいで終わってしまうサブのプロジェクトを3つほどやっていました。彼らとしても、いきなりぽっと入ってきた人をそれほど信用できないし、何ができるのかも分からない。しかも英語もあまり得意じゃない、といった状況の中で、とりあえずやってみろよという感覚でしたね。具体的にいうと、社内の開発環境を改善するという意味合いでのモニタリングの補助ツールや、開発環境の自動生成ツールなどを作っていました。

僕としても追い出されたら困るなという気持ちもあり(笑)、とにかく一生懸命やりました。なんとか3ヶ月終わって「じゃあ大丈夫だね」と“合格”をもらって、ようやくメインのプロジェクトに入ることになりました。メインのプロジェクトも何をするのか決まっているわけではなかったのですが、僕個人としては、一応トレーニングで来ているので、フロントからバックまで自分でやりたいという要望を伝えました。ATLとしても技術獲得でやっていることもあって、それができるような形、具体的にはオープンソースにできるプロジェクトを是非やりたいという要望を出していました。

彼らとしても、優先度はかなり高いが、リソースがなくて現状取り掛かれていないプロジェクトが丁度ありました。また、彼らは基本的にベースをPythonで作っているのですが、そのプロジェクトであれば基本的に言語や環境は別になんでもいいということもあり、彼らのバックグラウンドと僕の要望が一番合うということで、内部向けの在庫管理のアプリケーションを作ることになったのです。その上で、ベルリンの他のハードウェアを扱っているスタートアップに公開して機能拡張しよう、というプロジェクトに最終的にアサインされました。

――なるほど。プロジェクトにはどのような立ち位置で入られたのでしょうか。

葛原:完全にエンジニアですね。体制というほどではないのですが、先ほど言ったチーフアーキテクトのジェフがいて、その上にオペレーション担当のファウンダーが一人いました。基本的にはその3人でやりながら、コードレビューなどのエンジニアリング部分はジェフと二人でやりつつ、最終的な成果物の承認や、実際にオペレーションのスタッフに使ってもらってフィードバックを得るような部分は、他のスタッフともやっていました。基本的には僕一人で開発して、それをレビューしてもらうという形でしたね。

――そうすると、その部分は葛原さんお一人でコードを書いている状態なんですね。

葛原:メインの部分はそうですね。最終的に他のシステムと連携するみたいな話があったときは、他のエンジニアと連携してやりましたが、基本的なベースの部分は僕一人で作っていました。

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――日本人が来て、いきなり責任のあるところを任せるというのはなかなか想像ができません。逆に任せてもらうためにやった努力などはありますか。

葛原:とりあえず真摯であろうとは思っていました。エンジニアとしても英会話としても未熟ですが、ちゃんと作りきって彼らに渡すということは、最初の3ヶ月から意識してやっていました。また、英語が下手でもコミュニケーションをちゃんと取ることが重要だと思い、「こういうことがやりたい」とか、「ここができてないから教えて」などを最初は意識してコミュニケーションするようにしていました。

――普通の日常生活のコミュニケーションと違って、仕事でのコミュニケーションとなってくると、かなり英語での会話力も要求されるだろうと思いますが、どのようにフォローしたのでしょうか。

葛原:僕の力というよりも、彼らが僕を理解しようとしてくれたっていうことが大きかったと思います。僕自身ももちろん努力はしましたが、そんな急にビジネスレベルの会話がペラペラしゃべれるようにはなりません。でもそういった中で、僕が必死に伝えようとして、彼らがそれを理解しようとしてくれたのがよかったかなと思っています。

――Kiwi.kiの社風として皆さんそういうところがあったのでしょうか。

葛原:そうですね。新しい人を連れてきたいという社風はありました。僕がいた間にもKiwi.kiに大学生や大学院生のインターンがやってきて、1個プロジェクトを任せて形にさせる、といったことをやっていました。「とりあえずやらせてみよう」といった、新しく来た人への育成スタイルというか、そういった文化はあると思います。

――何社も見たわけではないと思いますが、ベルリンの風土自体にそういうところがあるのでしょうか。

葛原:あまり正確なことはいえませんが、3社ともそういう雰囲気で、どの面接に行っても「プロジェクトはいくらでも用意するからやってみなよ」と言われましたね。

――そういうところはひょっとしたら、日本との成長環境の違い、みたいなところもあるかもしれませんね。

葛原:そうかもしれません。ですが、僕はリクルートしか知らないので、育成の仕方や文化という観点で見ると、リクルートと似ているなと思いました。

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――なるほど。実際にベルリンで仕事されていて、開発者の職場環境や仕事のやり方について、日本との違いを感じたものはありますか?

葛原:いくつかありますね。顕著なことをいうと、(ベルリンは)労働時間がすごく短いですね。10時出社でみんな遅くても5時、6時ぐらいにはだいたい帰ります。別に何時に帰っちゃいけないみたいな決まりはなくて、5時に帰ろうが3時に帰ろうが、仕事が終わっていれば大丈夫だし、休みも3週間ぐらい取りたければ好きに取っていい。ただ仕事はちゃんとやれよ、っていう感じです。

――生産性みたいなところに差はありますか?

葛原:生産性にそれほど差はないと思っています。日本のエンジニアの生産性も非常に高いと思っていますし、ベルリンも高いと思います。ただ、彼らはワークライフバランスを真剣に考えていて、ビジネスコミットももちろん重要ですが、「限られた時間の中でどれだけいろいろなことができるか」ということにフォーカスしています。

――ベルリンの人達は6時に終わった後、日本人に比べると、それぞれプライベートや家庭、趣味などもちゃんと充実しているというところがあるんですね。

葛原:あると思います。あまり関係ないですが、ドイツってプライベートと仕事が完全に別で、仕事の人と飲みに行くっていうのはほぼないんです。プライベートをすべて知っているわけではありませんが、彼らは仕事が終わったあとの時間の使い方を考えています。例えば、ベルリンって今すごくテック系のミートアップイベントが各地で数多くあるので、そういうものに参加して人間としてのスキルを上げたり、アメリカやその他の国から来ている人たちはドイツ語を勉強したり、プライベートで遊んだり、やることはいくらでもあるような感じでしたね。

――オンオフを切り替えて、また朝になると仕事は仕事でちゃんと集中するという。

葛原:そうですね。また、これは日本が悪いとかそういうことではないですけど、英語でのコミュニケーションだと立ち位置が全てフラットなんです。例えば、21歳のエンジニアが、40歳ぐらいのファウンダーに対して「お前それ全然違うぞ」なんて平気で言いますし、悪い意味ではなく、いい意味でフラットなコミュニケーションが取れているんです。

――日本語だと敬語というものもありますし、自然と上下の気遣いのようなものが出てしまいますよね。現地でのフラットなコミュニケーションはいかがでしたか。

葛原:逆に難しかったですね。はじめは戸惑いましたし、逆に気を使ってしまいました。本当はよくないのですが…。そういった文化の違いはありますが、ある意味リクルートもフラットな組織なので、意思の伝達という点ではすごく助かっています。

――仕事をするにあたって、やはりそちらのほうがいいのでしょうか。変なブレーキがないというか。

葛原:間違っていたら間違っている、合っていれば合っていると、フラットに判断して指摘してもらえれば、自分の成長にも繋がるし、仕事の成果としてもよりいいものを作れると思います。

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――仕事以外の面でもベルリンでの滞在中のことで、何か印象に残っていることはありますか?

葛原:日本人って寒いと暖房つけて部屋の中、といった感じの人が多いですが、彼らは、日が照っていればとにかく外に出ようという感じで、公園でフリスビーしたり、遊んだり、散歩したりするだけで楽しいみたいなのがあります。そういう考え方は面白いですね。レストランでも、彼らは(どれだけ寒かろうが)絶対テラス席が空いていればテラス席に座りますね。

――日本人だったら中の席に座りますね(笑)。ちなみに葛原さんは週末何をしていたのですか?

葛原:はじめはとにかく友達を作らなきゃと思い、いろんなミートアップやエンジニアリングのイベント、日本の文化に興味がある在独のイベントなどに参加していました。ベルリンでは、そういった社外の集まりが至るところで頻繁に開催されていました。そのうち週末には友達と遊んだり、英語を勉強したり、エンジニアリングの勉強に一日使ったりと、休日の使い方もだいぶうまくなったと思います。

ベルリンから学んだこと

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――日本のエンジニアと海外のエンジニアの違うところ、一緒だと思うところはありますか?

葛原:さきほどのフラットなコミュニケーションの話にも通じることですが、向こうのエンジニアには、時には多少語気が荒くなるぐらいの、企画がイケていなかったら「おれはやらない」的な、マルバツがはっきりしているところがあります。逆にいうと、コミットすると決めたことには力を入れていて、やるとなったらとことんやり抜きますし、「違う」と感じることは徹底的に議論します。傍から見てケンカになるんじゃないか、というくらい。エンジニアの違いというよりは、仕事観の違いというのかもしれません。彼らが互いの意見をぶつけ合うということに全然抵抗がないというか。

あと、若いうちにできるようになりたい、という気持ちも強いように感じます。転職をすることに対しても全然抵抗感がなくて、自分はここで学びきったらもう出て行く、みたいな考えが当たり前のようです。

ですが、僕が現地に行った一番の収穫は、総じてベルリンのエンジニアも日本のエンジニアも、基本的な部分は変わらないなということに気付いたことです。

――在るとすれば、価値観の違いぐらい。

葛原:そうですね。仕事の仕方の違いやビジネスに対する思いの違いがあるわけではなく、文化というか、思想の違いだけだと思います。

――ベルリンに行って、個人的によかったことと、リクルートテクノロジーズとしてよかったことはどのようなことでしょうか?

葛原:僕個人としてよかったことは、エンジニアとして自分を尖らせることができた、成長できたことです。エンジニアリングや英語を、集中してトレーニングする場を作ることは、なかなか普段仕事をしていると難しいと思いますが、そんな中で今回、このような機会をいただけたことはよかったです。

会社としては、僕のようなトレイニーがどんどんベルリンなどの海外で揉まれて、その経験を持ち帰り、リクルートで活躍するという事例が数多くできると、会社が創りだす新しい価値のバリエーションも広がるし、働く場としての魅力もどんどん上がっていくんじゃないかなと思います。そういう意味では、これからかもしれません。

――そういった今後の後輩、チャレンジしていく人達に向けて、一年経験された葛原さんからメッセージやアドバイスはありますか?

葛原:帰ってきてからいろんな人に聞かれるのですが、向こうでは時間がすごく余るので、自分でしっかりと、「ここで何をする」、「ここを成長させなきゃいけない」といった意志を持っていないとうまくいかないと思いますね。最悪の場合、家にこもって仕事だけするということもできますが、それだとベルリンでトレーニングする効果は半減してしまうと思います。

――自分でオフィス以外の時間の使い方を意識してやるっていうところですね。

葛原:トレーニングの内容が全て決まっている訳ではなくて、こういう環境があるから成長してくれ、という枠があるだけなので、その枠の中で自分で成長の道筋を考えることができないと、行っても逆にあまり意味がないかなって思います。

――最後に、次なる後輩が「ベルリンに行くことになったんですけど葛原さん!」と言ってきたら、何か一言ありますでしょうか?

葛原:僕が出来るアドバイスがもう1つあるとしたら、とてつもなく寒いんで服を一杯もっていったほうがいいと言いたいですね。マイナス13度とかそういう世界なんで(笑)。

インタービュー後記:物理的な距離を意識せずに誰ともインターネットでコミュニケーションできる今の時代、日本にいても得られる情報の質や量に一見違いはないように思える。しかし、インタービューを通じてあらためて感じたことは、オフィスの外での生活を含めた仕事観や考え方など、現地に飛び込んではじめて「体感」できることの価値の大きさだ。今回取材させていただいたような海外での経験は、単なる先端技術の修得だけでない、グローバルに活躍できるエンジニアの育成といった観点で非常に有効な成長の場となりえるといえそうだ。

取材協力(葛原佑伍氏所属):株式会社リクルートテクノロジーズ

ReadWrite Japan編集部

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