リーダーへの4つの問い

2008年10月10日(金)
藤田 勝利

成功の条件と失敗の背景

第1回:リーダーシップなくして生産はなされない」で、ドラッカーの説く経営理論の全体像を説明しながら、プロジェクトマネジャーの方も「経営」「マネジメント」についての理解を深めるべき時代がきたと書いた。

今回は、「経営」「マネジメント」とは何か、成功するための条件とは何か、また失敗する背景には何があるのか。これらについてのドラッカーの考え方を説明する。

マネジメントとリーダーシップについての「誤解」

「マネジメント」や「リーダーシップ」は、よく使われる言葉だが、それぞれの言葉の定義を聞かれて、正確に答えられる人は少ない。「マネジメントとは何か?」と問うと、「組織を管理すること」あるいは「目標に向かって人的リソースを最適化すること」といった回答が多い。

おそらく、「組織体が何らかの正当な目的に向かって、順調に活動している」状態を「マネジメントの成功している姿」としてイメージしている場合が多いと思う。ドラッカーのライフワークは、この「なんとなく」を明確に定義し、発信することであった。

マネジメントは「既存のものの管理」、リーダーシップは「未知のものの開拓」といったようにマネジメントとリーダーシップが切り離されて解説されることが多い。確かに、そのような考え方自体は否定しないが、ドラッカーの考える「マネジメント」は、既存のものと未知のもの双方に取り組み、人と組織を生かして成果を生むことを意味している(図1)。

ドラッカーは次のように言っている。「いまやマネジメントは、既存のものの最適化に加え、新しいものの創造にかかわらなければならなくなっている。マネジャーは起業家でなければならない。イノベーションのための組織を作り、動かすことを学ばなければならない」。

マネジャーが「既存のもの」だけを意識し、決められた製品、決められたメンバー、決められたスケジュールでひたすらトラブルなく物事を進めることを求められた時代もあった。しかし現代は「変化が常態の時代だ」とドラッカーは言う。マネジメントたるもの、「既存のもの」と「未知のこと」双方に対処しなければいけない。

よって、マネジメントを「管理」と訳すのは間違いであり、「経営」という日本語の方がより本来の意味に近い。経営は、既存のものの管理最適化と、未知の分野と困難な課題に果敢に取り組むリーダーシップの双方が必要であるからだ。プロジェクトの現場でも、これまでのどおりのやり方に固執せず、新しい発想で問題解決ができるマネジャーの出現が、どの組織でも求められている。

しかし、多くの企業、組織、そしてプロジェクトが「失敗」の途をたどる。次はその理由を考えてみたい。

なぜ、マネジメントは失敗するのか

なぜプロジェクトが失敗するのか。それは「マネジメントが何をすることか」を理解していないからではないか。当然だが、その意義、目的、意味を理解せずして、成功させることはできない。サッカーの技術やルールを知らずしてサッカー選手にはなれないし、会計のルールや知識を知らずして会計士になれないのと同様である。

筆者は、複雑な事象はまずは大きな枠組み(全体像)から落とす必要があると考えている。そもそも「マネジメント」の役割とは何か、全体像は何か。ドラッカーの言う最も基本的な「マネジメントの役割」とは図2の通りである。

3つの役割を果たせているか?

ドラッカーの経営学の根っこは、「社会、人、マネジメント」がすべてつながって機能したときに初めて成功だという考えにある。従い、マネジメントの3つの役割にはそれらが網羅されている。

シンプル過ぎると思われるかもしれない。しかし、プロジェクトや部門のマネジャー、リーダーの方は熟慮してみてほしい。自らの組織「特有の使命」を明快に語れるだろうか?システム開発のプロジェクトであっても、「これがわれわれに課された、期待された特有のミッションだ。これはわれわれでしかできないから、この仕事を任されているのだ」という強いメッセージが語れるか。

会社や上司が決めることだという発想ではマネジメントはできない。また、実際は自分でなくともできる、他社でも似たようなことをしている、と思考停止することも許されない。自らが責任を持つ組織体で「特有の使命」を定義できないなら、マネジメントを成功させるための重要な役割を果たせていない。

次に「人を生かせているか」という問いである。あなたは自分の部下やプロジェクトメンバーの強みを本当に生かせているだろうか。もしYesであれば、個々のメンバーの強みは何で、どのようにしてそれを生かせていると言えるのだろうか。生かせていないとしたら、その要因は何だろうか。

「人材を活用する」というと陳腐に聞こえるかもしれないが、ドラッカーの関心はまさに、知識社会において最大の競争優位となりうる「人材」を組織の中でいきいきと活用し、幸福な社会を実現することにあった。

プロジェクトのメンバーの強みや生かし方について答えが出ていなかったり、誰かに任せっきりにしたりしているのであれば、この点についてもマネジメントの役割を果たせていないこととなる。

最後に「社会との良い関係作り」である。最近「CSR(企業の社会的責任)」に関する表層的な議論の中で誤解されてしまっているが、これは膨大な予算を組んで、金銭的な寄付をするといった類の話ではない。そもそも自社や自分のプロジェクトの活動が、社会に対して悪影響を与えていないか、健全なチェックバランスを働かせることを意味している。

つまり、システム業界に頻発する「うつ病」など精神的な悪影響の問題、残業時間の問題、女性を活用する体制など、さまざまな社会的な課題に、自らマネジャーとして何らかの改善案を実行しているかどうかである。これは大げさなことでなくてもよい。自ら問題意識と解決意欲を持ち、小さくても何らかの改善案を実行できているかどうかが重要である。全く無関心で「法律や、会社の方針まかせ」と考える方は、マネジャーに向いていない。

マネジメントの3つの役割を押さえたら、次は事業を定義する4つの問いを考えよう。

「一貫した方向性」を定義する

第1回:リーダーシップなくして生産はなされない」でも紹介したように、ドラッカーはマネジメントには「1.目標を設定する」「2.組織する」「3.動機づけとコミュニケーションを図る」「4.評価測定する」「5.人材を開発する」という5つの仕事が存在するとした。

中でも特に重要なのは、「目標」を設定することである。筆者が、勉強会や研修で参加者の皆さんに「これまで自分が働いていてわくわくした、成長できた、と思えるチームで共通した点は何でしたか?」と問うと、「ゴールや目指している方向が一致していた」という回答が一番多い。「単なる人の集まり(群集)」と「組織」を分けるのは、この「共通の目標」である。そこに協働する意思と、コミュニケーションが加味されて優秀な組織として成長する。

ドラッカーいわく、知識労働者の時代には、組織やプロジェクトのあらゆる階層で意思決定がなされる。数名のトップマネジメントが逐一指示を出している状態は、時代にそぐわない。そこでドラッカーは、マネジメント層が「自らの事業や、顧客にとっての価値を定義する」ことを何よりも重視し、図3の事業方向性を定義する問いに明確に答えることを求めてきた。

この4つの問いもシンプルだ。しかし、果たして自信を持って答えられるだろうか。ドラッカーがコンサルタントとして支援した一流企業のトップでさえ、明快に、自信を持って答えられた人は少なかった。

読者の皆さんの企業は、システム開発、ソフトウエア製品開発、そしてコンサルティングサービスなどを提供しているかもしれない。その事業の本質は何か。システムの開発をしているのか、あるいはITを活用して企業の業務生産性を上げる貢献を事業としているのか。考え方ひとつで、社員やメンバーへの伝わり方が違う。

仕事やプロジェクト進行の中で「こだわるべき点」という価値基準が異なれば、組織やチームの編成、コミュニケーション方法、人材の評価基準、そして人材育成方法まで変わってくる。つまり、この4つの問いの答えが先述のマネジメントの「5つの仕事」をやり遂げるための基盤になるものだ。

「顧客」に関する問いもドラッカーが最も重視する問いである。企業は「顧客を創造していくこと」で成長する。しかし、なぜか「どのような人、どのような企業が自社の顧客なのか」は定義されていないことが多い。あるとしても、個々人や部署間の考え方がばらばらだったりする。

システム開発であれ、製造業であれ、自社の製品やサービスを購入するのは、どのような企業で、何に困っていて、どんなものに対してお金を払うのか。

システムを発注する企業は、「開発という作業」や「機能」に対してお金を払うのではなく、それによって得られる「経営成果」に対してお金を払っている。では、それはどんな成果なのか。高級車を買う人は、車の性能だけでなく、その高級車を走らせることで得られる心のやすらぎや、満足感を購入している。情報システムの開発も、それを受け取る側は一体どんな顧客で、何を購入しているのか、チーム内でよく考え、共有する必要がある。

自社だけでなく、顧客企業そのものの「事業」の定義を支援する必要もあるかもしれない。システムを発注する側も、自社の事業の定義がなされておらず、システムや機能の優先順位をつけにくいことがある。結果、システム発注や、カットオーバー自体が目的化してしまう。

システムを提供する側として、顧客企業の事業の定義も一緒に考えてあげられれば非常に価値が高い。ITサービスベンダーに求められる仕事の幅は以前より格段に広がっている。これこそが、ITリーダーを目指す方が経営を学ぶ必要があることの最大の理由である。

マネジャーとして最も大切な問い

事業の方向性を定義するのは、経営層の仕事だと思う方も多いかもしれない。確かに企業レベルでは経営層の仕事であるのは間違いない。しかし、プロジェクトマネジャーも、人と組織の上げる成果に対して責任を負っている。

ドラッカーは言う。ポジションについたとき、マネジャーは「権限」ではなく、「責任」を獲得することになる。職位や権限が上がるのではなく、成果に対する責任が増すのだ。責任を負うものは、メンバーの意見を聞き、尊重しながらも、最後は自ら考え抜き、チームの方向性を定義していくべき存在である。

いずれも単純な問いである。しかし、これこそが、ドラッカーの経営学の根本にあるマネジャーの役割である。ドラッカーは、さまざまな分野の英知を結集した結果、これらの問いが「マネジメント」に対して最も重要であると考えるようになった。

実際に、世界中の企業、金融機関、政府組織、NGO(非政府組織)のトップがこの「事業は何か、顧客は誰か」との問いかけをドラッカーから受け、成功のヒントをつかんでいった。

これは昨今で言う「コーチング手法」に近いかもしれない。しかし、ドラッカーの問いはテクニック論ではなく、彼自身のマネジメント哲学そのものを反映している。マネジャーが、これらの問いに答えるために、悩み、そして最後に決意し、実践していくことこそが、「マネジメント」であると彼は考えている。その過程の中で、マネジャーが、組織やプロジェクトに対して「生命を吹き込むダイナミックな存在」になれるのである。

なお、本稿の執筆にあたって、以下を参考にした。

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『現代の経営』ダイヤモンド社(発行年:2006)

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]』ダイヤモンド社(発行年:2001)

エンプレックス株式会社
エンプレックス株式会社 執行役員。1996年上智大学経済学部卒業後、住友商事、アクセンチュアを経て、米国クレアモント大学院大学P.Fドラッカー経営大学院にて経営学修士号取得(MBA with Honor)。専攻は経営戦略論、リーダーシップ論。現在、経営とITの融合を目指し、各種事業開発、コンサルを行う。共訳書「最強集団『ホットグループ』奇跡の法則」(東洋経済新報社刊) http://www.emplex.jp

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