リーダーシップなくして生産はなされない

2008年10月3日(金)
藤田 勝利

なぜ、今「ドラッカー」なのか

ピーター・フェルディナンド・ドラッカーをご存じだろうか。一般的には「経営学の父」「マネジメントを発明した人」として知られている。ベニントン大学、ニューヨーク大学教授を経て、2003年までカリフォルニア州クレアモント大学院教授を歴任した。2005年に95歳で亡くなるまで、大学教授だけでなく、コンサルタント、著述家としても幅広く活動し、世界中の経営者や組織リーダーに影響を与えた。

米国ではGEやP&Gといった一流企業に加え、最近ではGoogle社の組織デザインにおいても多大な影響を与えていると言う。日本でも、セブン&アイ・ホールディングスの伊藤雅俊名誉会長、松下電器産業の中村邦夫会長、富士ゼロックス相談役最高顧問の小林陽太郎氏、さらに起業家として成功をおさめたファーストリテイリングの柳井正会長兼CEO、リクルート創業者の江副浩正氏なども、ドラッカーの考え方に学び、実践した代表的な経営者たちである(役職はすべて2008年9月現在)。

ドラッカーの説くマネジメント論は、深く広い洞察から導き出されたものであるために、本質的かつシンプルである。また、ドラッカー自身が「理論よりも実践」を重視していたために、すぐに業務で使えるものばかりだ。

今や「マネジメント」の知識は、組織トップ層だけではなく、日々現場を動かすプロジェクトマネジャーにとっても必須だ。ただ、残念ながらこの「マネジメント」という言葉の本質的な意味は正確に理解されていない。

プロジェクトの最前線で葛藤(かっとう)し、奮闘しておられるリーダー層の皆さんにこそ、もっとドラッカーとそのマネジメント理論を知っていただきたいと思い、全5回の連載でなるべくわかりやすく、実践しやすくその要点を紹介する。

20世紀の大半を生き、多くの国家や組織の成功に貢献してきた思想家の知恵には、業務だけでなく、個々人のキャリアや生き方にも役立つ視点が数多く含まれている。

「マネジメントの父」ドラッカー

ドラッカーの守備範囲は極めて広い。社会、政治、文化、行政、経済、統計、経営、国際関係、アメリカ、ヨーロッパ、日本、宗教、歴史、哲学、倫理、文学、技術、美術、教育、自己実現など多くの分野に精通していた。

95歳で亡くなるまで2、3年を一区切りに、1つのテーマを徹底して学び抜くという習慣を持っていた彼の思想の根底にあったのは、社会、人間に関する知見を広く学び、そこから得られる普遍的な知恵が正しいマネジメントを行う上で必要という考え方であった。

2005年の没後も、ドラッカーに関する書籍は売れ続け組織や人間の力を引き出し、価値ある成果を生み出すこと、つまり「マネジメント」が必要な、あらゆる事業や組織のリーダーから支持されている。

ドラッカーが最も好んで自らを表現する言葉に「社会生態学者」がある。その名のとおり、社会で起きる変化や現象を自らの目で見、確かめる人である。なぜ「社会生態学者」がマネジメントなのか。そこにこそ、ドラッカーの経営学の特徴がある。

ドラッカーの関心は、若いころから一貫して、社会的な存在としての人間の幸福にあった。社会が正しく機能し、かつそこに生活する個々の人間がそれぞれかけがえのない役割を持ち、いきいきと充実した人生を生きるためには何が必要か、という探求こそが彼のライフワークであった。

そして、その社会と人間を結ぶ触媒として、「組織」とそのマネジメントに注目した。だからこそ、ドラッカーの著書は、「社会や時代の変化」に関するものから、「組織マネジメント」、さらには個々人の「自己実現やセルフ・マネジメント」といったテーマまで包括的な範囲をカバーしているのだ(図1)。

「組織」「会社」は、人間が人生の大半を過ごすものであり、社会的な影響力も極めて大きい。1社の経営破たんは、規模の大小にもよるが多くの社員とその家族、顧客、取引先に計り知れない影響を与える。逆もしかりである。

しかしながら、当時「経営」「マネジメント」については、その全体を体系としてまとめた考え方はなく、いずれも、「会計」「人事制度」「情報システム」「組織」といった個々のテーマが分断して語られているだけであった。

ドラッカーは経営(マネジメント)そのものの目的、全体像、役割、といったものを初めて体系としてまとめた。だからこそ彼の経営理論には説得力と実効性があり、多くの経営リーダーに支持されたのである。

では、その経営理論に入る前に、マネジメントそのものが求められる理由を考えてみよう。

そのシステムは本当に社会をよくしているのか?

ここで筆者とドラッカーとの出会いについても少し触れたい。10年前の1998年、筆者は総合商社からコンサルティング会社に転職し、優秀な上司にも恵まれ、仕事に励んでいた。大規模なIT導入プロジェクトなどで主にBPR(Business Process Reengineering)やIT導入前の組織変革を担当し充実感もあった。

しかし、ふと「高価で高性能なITを提案・導入しても、必ずしも会社がよくなっていると実感できないのはなぜか」と考えるようになった。さらに「では、よい経営とは一体何だろう」と考え、ビジネス本を読みあさった。その中でドラッカーの著書に出会い、何か問いに答える大きな手がかりをつかんだ気がした。

そして、2002年にマネジメントを学ぶために、ドラッカーが教鞭(きょうべん)をとっていたクレアモント大学院大学P.Fドラッカー経営大学院MBAに入学した。講義を受講する中で、どの教授もそろって「この考え方が、組織全体のマネジメントにどう影響するか、考えて答えなさい」という種の質問をぶつけてきた。難しい問いではあったが、自分なりに考える中でITや財務・会計、戦略といった「各論」と「組織全体のマネジメント」というテーマが線としてつながっていくのを感じた。

筆者が抱いたたぐいの疑問やジレンマにぶつかったことがある方は多いだろう。こういったジレンマを解決するには、一般的な「プロジェクトマネジメント手法」「プロジェクトマネジメントツール」だけでは十分でないはずだ。本来求められているのは「経営そのものの目的や理想の姿」であり、「このプロジェクトによって経営の目的はどのような形で達成されるのか」という問いへの答えではないだろうか。

組織社会から「プロジェクト経営」の時代へ

ドラッカーは常に組織というミクロからではなく、社会全体の時代変化に100年以上の単位で着目する。多くの仕事や成果が組織を通じて生み出される「組織社会」への移行、さらに土地や設備機械など産業資本がビジネスの成否を分けていた時代から、人間の生み出す「創造性」「知恵」が最大の競争優位になる「知識社会」への移行と、時代の変化はドラッカーの予見どおりに推移している。

さらに晩年、ドラッカーは就労形態の変化につき頻繁に語っていた。つまり、職能型組織の定型的なワークスタイルではなく、会社/部署の別、人種/国籍の別、さらに正社員/パート契約社員の別を問わず、多様なメンバーが協働するワークスタイルである。

今、実際に多くの業務が「プロジェクト」型で遂行される時代になっている。かつては一部の業種に限定されていた「プロジェクト」的な労働形態が、多くの業種や職種で採用されている。自社・顧客向けソフトウェア開発、コンサルティング、販促プロモーション、キャンペーンやイベント、広告制作、Webデザインなど、ほとんどの業務が固定的な組織ではなく「プロジェクト」の中で実行されている。

結果、プロジェクトと経営の距離はますます短くなる。プロジェクトの成功が経営の成功を占う重要な指標になれば、当然プロジェクトマネジャーへの経営的な期待も高まる。

現代において、プロジェクトは経営の「縮図」のようなものだ。実際に、顧客の要望理解や、自社製品の競争優位性把握、戦略的優先順位づけ、メンバーの能力向上など、多くの経営課題が凝縮されているのがプロジェクトである。

プロジェクトマネジャーとして優秀な人は、経営リーダーとしても間違いなく優秀だ。逆に、「自分は1プロジェクトマネジャーにすぎないから」といった発想で、本当に高いレベルでのマネジメント(経営)スキルを学ぼうとしない人は、成長がない。厳しい言い方をすれば、その部下からも成長の機会を奪ってしまう。

実際にシステム開発のプロジェクトマネジャーとして業務を遂行する中で図2に示すような悩みを持たれている方も多いだろう。これらはいずれも「人」「組織」のマネジメントに起因するもので、システム開発の「プロジェクトマネジメント」の問題というよりも「マネジメント」そのものの課題と言える。

では、あらためてドラッカーの言うマネジメントとは何なのだろうか。

マネジメントを正しく理解しているか

ドラッカーは図3のとおり、マネジメントの仕事をシンプルに定義している。

この定義を見れば、プロジェクトがうまくいかないことではなく、「マネジメント」がうまく機能していないことに問題があることに気づかれると思う。

ただ、この「マネジメント」という言葉ほど、一般的であるにもかかわらず、正確に理解されていない言葉はない。「うちのチームはマネジメントがなっていないよ」「あの人のマネジメントでは誰もついてこないよ」といった言葉がよく語られる一方で、「では、マネジメントとはそもそも何か」という点については議論が深められてこなかった。

特に日本の、情報システム開発の現場ではその傾向が顕著ではないか。そして、最新のプロジェクトマネジメントスキルや、プロジェクト管理ツールだけでは根本的な問題は解決しないことに多くの人が気づきはじめている。

今こそ、ITリーダーが正統なマネジメント理論を学ぶとき

筆者は、以前「会社を強くするIT、弱くするIT」という連載を執筆した。その中で、「ITと経営の融合」の重要さを訴えた。

成功するITプロジェクトと失敗するITプロジェクトの相違は、まさに「経営」への理解度にある。システムソリューションを提供する側、される側、ともに「経営的なビジョン」「信念を持ってやり抜くリーダーシップ」「協力し合う組織風土」を備えているかどうかが、実はIT導入の成否に大きくかかわってくる。

だからこそ、ITプロジェクトをけん引するリーダー層に、今こそ本質的なマネジメント理論を学んでいただきたいと思う。

ドラッカーの代表的な著書「現代の経営」の冒頭に次の言葉がある。

「経営管理者は事業に生命を吹き込むダイナミックな存在である。彼らのリーダーシップなくしては、生産資源は資源にとどまり、生産はなされない」。

筆者はこの言葉が好きで、常に自分に「人を活かすことができているか」と問いかけている。そして、この言葉をプロジェクトマネジャーの方にもかみ締めていただきたい。プロジェクトの中でメンバー個々の能力を活用し、いきいきと働き、価値ある成果(ゴール)に結び付けられるかどうかはプロジェクトマネジャーの資質にかかっている。

なお、本稿の執筆にあたって、以下を参考にした。

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『現代の経営』ダイヤモンド社(発行年:2006)

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]』ダイヤモンド社(発行年:2001)

エンプレックス株式会社
エンプレックス株式会社 執行役員。1996年上智大学経済学部卒業後、住友商事、アクセンチュアを経て、米国クレアモント大学院大学P.Fドラッカー経営大学院にて経営学修士号取得(MBA with Honor)。専攻は経営戦略論、リーダーシップ論。現在、経営とITの融合を目指し、各種事業開発、コンサルを行う。共訳書「最強集団『ホットグループ』奇跡の法則」(東洋経済新報社刊) http://www.emplex.jp

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