成果が上がる人、上がらない人

2008年10月31日(金)
藤田 勝利

成果を上げる能力は習得できる

これまでピーター・フェルディナンド・ドラッカーの経営理論全体、「マネジメント」の意味、知識社会と情報システム、そして「イノベーション」と、話を進めてきた。最終回は、ドラッカーのもう1つの大きなテーマである「人」にフォーカスをあてたい。ドラッカーの関心は、一言で言えば「組織社会において、人がいきいきと働き、成果を上げるためには何が必要か」という点につきる。今回はこの点を詳しくご紹介する。

 サブプライム問題に端を発し、全世界が金融不安に揺れている。急激な円高が進み、日経平均株価は26年ぶりの安値を記録(平成20年10月現在)。筆者自身、IT業界で仕事をする中で、景気悪化を実感しているし、先行きが見えにくい不安は間違いなくある。

ただ、「第4回:『イノベーション』の実践」でも述べたとおり、このような時代にこそ、「イノベーション」を起こす必要がある。この激しい変化の時代に、財務的なテクニックだけに頼る、あるいは会社や政府のサポートを当てにするだけではいけない。ドラッカーが存命でこの場にいたら「創造性を発揮し、自ら『成果』を上げることにこれまで以上にこだわりなさい」と言うだろう。成果を上げる能力を磨き、実際に成果を創出すること以外に、変化の激しい時代を乗り切る方法はない。

ドラッカーがほかの経営学者と異なるのは、この「成果」に徹底してこだわっている点にある。あまたの成功した経営者やマネジャーがなぜここまでドラッカーを読むのか。それは、実際に「成果が上がる」考え方だからである。社会論、戦略論、組織論を語る一方で、ドラッカーは「人が成果を上げるための方法」まで説く。ドラッカーは、経営学者でありながら、学会で評価される地位や功績よりも、現場で役に立つ、実際にリーダーやマネジャーが成果を上げられる、実践的な知の提供に徹底してこだわった。そして「成果を上げるための方法がある」と主張する。

 そもそも、「成果」とは何か。なかなか答えられないのではないか。ドラッカーがコンサルティングをした相手の経営者たちも、最初はこの「成果」を明確に定義できない人が多かったと言う。しかし、自身で成果をイメージし、定義できなければ、当然それを達成することも、組織を動かして成果に向かわせることもできない。成果を明確にとらえるために、ドラッカーは、「第2回:リーダーへの4つの問い」で紹介した「事業は何か、強みは何か、顧客は誰で何を価値ととらえるか」といった問いを投げかけ、徹底して考えさせてきた。

読者の皆さんもぜひ考えていただきたい。自身は、あるいは自分のチームや組織は、「成果」を上げているだろうか?成果とは単なる「結果」ではない。自身やチームが達成したことで、会社、ひいては社会にとって意義のあることでなければならない。

成果を上げるべき人-エグゼクティブの定義が変わった

「今日の組織では、自らの知識あるいは地位のゆえに、組織の活動や業績に実質的な貢献をなすべき知識労働者は、すべてエグゼクティブである」「今日あらゆる階層において、意思決定を行う者は、企業の社長や政府機関の長と同じ種類の仕事をしている。権限の範囲は限られており、組織図や電話帳に名前は載っていないかもしれない。しかし、彼らはエグゼクティブである。そして、トップであろうと、新人であろうと、エグゼクティブであるかぎり、成果を上げなければならない」(「経営者の条件」P.F ドラッカー著 ダイヤモンド社)

ドラッカーの言う「エグゼクティブ」とは、成果を上げることに責任を持つ人すべてをさす。ドラッカーの代表的な著作「経営者の条件」の原題は「Effective Executive」である。この「Effective」も、ドラッカーが頻繁に用いる言葉の1つで、「効果的な、生産的な、有意義な」といった意味で使われる。

つまり、「エグゼクティブ」とは、一般に考えられているような一部の上位役職者のための呼称ではなく、組織の中で果敢に意思決定し、「成果」を上げることにこだわり、責任を持つ人すべてに当てはまる呼称であるとドラッカーは言っている。

現代の変化の激しい「知識社会」においては、一部の人間だけがトップダウンで意思決定をするべきではなく、ほぼあらゆる役職、階層において効果的な意思決定をし、成果を上げていくことが求められるとドラッカーは言う(図1)。当然、読者の皆さんが携わっている「プロジェクト」における意思決定などは特に、「エグゼクティブ」としての能力が求められるものだ。

では、一体どうすれば成果を上げられるのだろうか。

成果を上げる人の特徴

ドラッカーは、成果を上げるための条件として図2を上げる。実際に現場でプロジェクトマネジメントや事業開発、営業などを担当している筆者自身、これらは非常に的を射ていると実感している。

これらの条件は、ドラッカーの経営哲学の中で何度も繰り返し述べられる点である。おこがましい言い方ではあるが、これらを基に考えると、「この人は成果を上げることができるかどうか」ということがある程度察知でき、マネジャーとしても支援がしやすくなる。また同様に、「自分はこの考え方をしているから成果を上げられない」あるいは「このままでは成果を上げることはできない」という自制ができることも大きい。

読者の皆さんの周りでも、「成果」を上げている人は、これらの条件を満たしている人が多いはずだ。多くのメンバーが問題や不満をあげつらい、非生産的な会議や議論を繰り返し、責任をなすりつけ合いながら時間を浪費している間に、少しずつでも迅速・的確に問題を解決し、前向きな「成果」を上げているような人が必ず組織には存在する。

社員全員の目が「製品仕様」にばかり向けられているときに、「市場から見たメリット」につき議論し検証することのできる製品開発マネジャーや、プロジェクト進行上の問題に直面してもパニックになることなく、解決できる糸口となる機会を見いだし、プロジェクトを前に進めることができるリーダーなどがその例である。

強み、機会、責任、貢献に「焦点」を合わせる

ドラッカーは人や組織の強みをとことん追及する。また、「問題よりも機会に焦点をあてよ」とアドバイスする。その根底には「物事をなすこと、すなわち成果を上げられるのは弱みによってではなく強みや機会によってである」という信念がある。ドラッカーの考える強いチームや会社の条件は、「人間の強みを結集し、弱みを意味のないものにする」ことにある。

そして、「権限よりも責任を、権利よりも貢献に意識を向けよ」と忠告する。いわく、「成果を上げるためには、貢献に焦点を合わせなければならない。手元の仕事から顔を上げ、目標に目を向けなければならない。『組織の成果に影響を与える貢献は何か』を自らに問わなければならない。すなわち、自らの責任を中心に据えなければならない。ところがほとんどの人が、下の方に焦点を合わせたがる。成果ではなく、権限に焦点を合わせる。組織や上司が自分にしてくれるべきことや、自らが持つべき権限を気にする。その結果、本当の成果を上げられない」

成果を上げられる人、上げられない人の違いは、自身が「何に焦点をあてているか」にある。プロジェクトメンバーや部下の中に、他人の弱みや問題点ばかりに目がいくような人間がいる場合は要注意だ。それが周りにも伝わり、ますますチームが成果を上げられなくなる。そのような際は、勇気を持って対話し、彼らの「焦点」を弱みや問題ではなく、果たすべき責任や貢献の方に向けさせるようリーダーシップを発揮しなければならない。

続いて、マネジャーにとって何よりも重要な資質について考えてみよう。

マネジャーにとって不可欠な資質-「真摯さ」

さらに、ドラッカーは、マネジャーにとって何よりも重要な資質として、「真摯(しんし)さ(Integrity)」を上げる。偏差値的に頭がよいことでも、学歴が高いことでも、前職での業績でも、人付き合いのよさでもなく、この「真摯さ」が重要であると強調する。

いわく、「いかに知識があり、聡明(そうめい)で上手に仕事をこなしても、真摯さに欠けていては組織を破壊する。組織にとってもっとも重要な資源である人間を破壊する。組織の精神を損ない、業績を低下させる」

この言葉は非常に重い。会社や事業が行き詰まり、崩壊の危機を迎えるとき、必ずと言ってよいほどこの「真摯さ」が組織から消えてしまっている。顧客や社員、そして株主、社会に対し真摯に考え、行動できているか、われわれは常に視点を上げ、内省する必要がある。

ドラッカーは「マネジメントとは実践である」と強調してきた。マネジメントとは勉強するものであるよりも、実践し、成果を上げるための道具である。ITのプロジェクトや実務を担うリーダーの皆さんが、もし実践をためらうことがあれば、ドラッカーの「何によって憶えられたいか?(What do you want to be remembered for?)」という言葉を胸に刻んでほしい。

今のチームや、慣れ親しんだ組織を離れなければならないとき、あるいは自分がこの世からいなくなるとき、あなたは「どのような存在として覚えておいてもらいたい」と考えるだろうか。チームの成功に貢献をし、部下や同僚の強みを発揮させることに注力し、周りの人間に勇気と情熱を与えた人物として記憶されたいか。その逆であることはまずないはずだ。

このドラッカーの問いは、単なる職業上の役職や、権限の範囲を超え、一人間として、どんな価値観にもとづき人生を生き、どんな成果を上げ、どんな貢献をしたいと考えているかを問うている。変化の激しい時代に、自分の足で立ち、苦難を乗り越えて成果を上げるマネジャーは、この問いを常に心にとめ、覚悟と情熱を持って実践することが求められる。

最後に-勇気を持って実践しよう

社会、組織、人をすべてカバーするドラッカーの経営思想は広く、深い。今回の連載においては、その一部しかお伝えできていないと思う。興味を持っていただいた方は、ぜひ書籍を深く読んでみていただきたい。ここで書かれたことの背景にある意図や意義をより深くご理解いただけると思う。そのために、この連載では、ドラッカーの経営学のコアとなる重要なエッセンスを盛り込んだつもりである。

今回連載の機会を頂いたおかげで、筆者もクレアモント大学院在学時代に学んだ内容をずいぶんと思い出し、整理することができた。心からこの機会に感謝したい。その中で、ドラッカー先生が自ら教壇で「ドラッカー流マネジメントなど、『ドラッカー流』という言葉は使わないでもらいたい。私流ではなく、『マネジメント』という極めて重要な課題と、原理原則が存在するだけだ。」と言っていたのを思い出した。自分が前面に出ることや、過大評価されることを好まなかった謙虚なドラッカー先生らしいコメントだ。

今回は、読者の皆さんに分かりやすく伝えるため、この「ドラッカー流」というタイトルや、ドラッカー先生の言葉を意識的にかなり引用させてもらった。しかし、ドラッカー先生の言うとおり、「ドラッカーはこう言っている」というスタンスではなく、リーダーとして自分が確信を持てるよう、果敢に実行し、成果を上げていただきたい。プロジェクトや組織のマネジメントで壁にぶつかり、多大なストレスを抱えることは頻繁に発生する。しかし、必ず解決し、成果を上げられる原理原則が存在する。

今回の連載から、少しでも読者の皆さんのお役に立てたのであれば、ドラッカー先生もきっと喜んでくれているに違いない。

なお、本稿の執筆にあたって、以下を参考にした。

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]』ダイヤモンド社(発行年:2001)

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『経営者の条件』ダイヤモンド社(発行年:1995)

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『プロフェッショナルの条件』ダイヤモンド社(発行年:2000年)

ウィリアム・A・コーン(著)有賀 裕子(訳)『ドラッカー先生の授業 私を育てた知識創造の実験室』ランダムハウス講談社(発行年:2008年)

エンプレックス株式会社
エンプレックス株式会社 執行役員。1996年上智大学経済学部卒業後、住友商事、アクセンチュアを経て、米国クレアモント大学院大学P.Fドラッカー経営大学院にて経営学修士号取得(MBA with Honor)。専攻は経営戦略論、リーダーシップ論。現在、経営とITの融合を目指し、各種事業開発、コンサルを行う。共訳書「最強集団『ホットグループ』奇跡の法則」(東洋経済新報社刊) http://www.emplex.jp

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