「イノベーション」の実践

2008年10月24日(金)
藤田 勝利

基本的な機能「マーケティングとイノベーション」

「イノベーション」は、仕事の現場でも頻繁に使われる言葉だが、その意味するところや実現手法が正しく理解されていない。ドラッカーは、「イノベーションは一部の天才によるひらめきではない」と断言し、誰でもどの組織でも活用可能な「体系」「方法論」としてまとめた。今回は、ドラッカーの経営哲学の根幹とも言えるこの「イノベーション」につき、その考え方の全体像をご紹介する。

「企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それが、マーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。」(P.F ドラッカー「マネジメント-基本と原則」)

この言葉は、ドラッカーの経営戦略思想を最も端的に表現している。最初にこの言葉に触れたとき、筆者もあまりに簡素化し過ぎだと感じた。しかし、実際に事業開発の現場において、この考え方に救われ、教えられ、勇気付けられることがとても多い。

財務、会計、法務、人事など会社には不可欠な機能が多数あるが、事業としての「成果」に最も直接的に貢献するのは「マーケティングとイノベーション」である。先進的な技術や、財務的な裏づけが伴っていても、この二要素を欠いていれば成功することはない。読者の皆さんも、ぜひ下記を自らに問うていただきたい。

  1. 顧客を創造し続けるマーケティングの仕組みがきちんとできているか?
  2. 古い考えや慣習に引きずられず、絶えず自己革新する組織の土壌ができているか?

もし、どちらもNoであれば、今手がけているプロジェクトや事業は成功することはない。直ちに、考え直すべきだ。

ドラッカーは「現代は変化が常態の時代だ」と言う。インターネットなどの技術革新による「情報化」「グローバル化」「多元化」を背景に、時代は猛烈な勢いで変化しており、それに応ずるようにビジネス環境の変化も著しく激しい。読者の皆さんも、技術や競合の変化の速さを実感することはないだろうか。だからこそ、自社が、提供する製品やサービスに「新しさ、斬新さ」がないと勝つことができないのだ。

イノベーションは、製品やサービスに限ったことではない。ドラッカーの言葉を借りれば、「イノベーションは、事業のあらゆる局面で行われる。設計、製品、マーケティングのイノベーションがある。価格や顧客サービスのイノベーションがある。マネジメントの組織や手法のイノベーションがある」

筆者も、IT業界の事業開発の現場にいて、陳腐なものが簡単に淘汰(とうた)されてしまう現状を目の当たりにしている。チームメンバーには、常に「創造的(Innovative)」であることを求め、過去の業界通例や、一般的な「常識」を安易に踏襲するような考え方は徹底的に排除し、皆で話し合って創造的なアイデアを創出するようにしている。それは製品アイデアだけでなく、マーケティングのやり方や、ミーティングのやり方、提案の仕方などすべてにおいてそうでありたいと願っている。

起業家精神の誤解と本質

ドラッカーは「イノベーションとは、起業家に特有の道具であり、変化を機会として利用するための手段である。それは体系としてまとめ、学び、実践できるものである」と言っている。そして、一般的に「起業家」という言葉が持つ「リスキー」「ひらめき」といったイメージに対して、下記のような指摘をしている。

「イノベーションが必然であって、大きな利益が必然である分野、すなわちイノベーションの機会が既に存在している分野において、単なる資源の最適化にとどまることほど、リスクの大きなことはない。したがって、論理的にいって、起業家精神こそ、最もリスクが小さな道である。」「起業家精神にリスクが伴うのは、一般に、起業家とされている人たちの多くが、自分がしていることをよく理解していないからである。つまり方法論を持っていないのである。彼らは初歩的な原理を知らない。このことは、特にハイテクの起業家についていえる。そのため、特にハイテクによるイノベーションと起業家精神は、リスクが大きく困難なものとなっている」

この言葉は筆者にとって非常に新鮮であった。確かに、「起業家」「ITベンチャー」はハイリスク・ハイリターンが当たり前のように思われる。しかし、ドラッカーは、「リスクが高いのは、自分が何をしているか分からず、それをまわりにきちんと伝えられていないからだ」と断言する。

確かに、優れたリーダーや、成功する経営者は、さまざまなメディアを使って、その技術が社会にもたらすインパクトや、それらが成功する要因や条件などを明快に語ることにたけている。つまり、いかに複雑な技術やサービスを提供していても、「自身が何をしているか」を明確に把握している。

読者の皆さんも、考えてみていただきたい。自身、あるいは自社が手がけている新規事業には、何か明確な方向性や成功の根拠があるのか。もしないとすれば、それは、何が、「見えない」ことが原因なのだろうか。

ドラッカーは、イノベーションを成功させるためには、「機会」を正しく見つけ出す必要があるという。そして、自ら膨大なインタビューや研究により、図1に示す7つの機会を定義した。この7つの定義について、解説していこう。

7つの機会とは

1つ目の「予期せぬ成功・失敗」は、自社や自身が予想していなかった失敗や成功が起きたときには、その背景にある原因を注意して探るべきだということだ。自社の提案した用途とは違う要望が顧客からあがったり、意外な理由で失注してしまったり、ということは、特にベンチャー企業で頻繁に起こる。

予期していた結果ではなく、「予期していなかった」ことだからこそ、何らかの変化の兆候であることが多い。謙虚に、その背景にある変化が何かをつきとめていくことが必要だとドラッカーは言う。最もよくないのは「これは自分たちの考える売り方と違う」「これはごく一部のユーザーのコメントにすぎない」と軽率にやり過ごしてしまうことだとドラッカーは警鐘を鳴らす。

2つ目の「ギャップ」とは、ニーズとまではいわなくとも、世の中一般にある製品やサービスの中で「これは本来明らかにあるべき、あるいは求められているものであるのに、完全な形で提供している会社がまだない」という類のものだ。また、提供する企業側と顧客側に存在する価値観や認識のギャップなども含む。

前者は、例えばシステム開発に加え、前段のコンサルティングや、後段のシステム保守・運用アウトソースなどまでの全体サービス、またWebのデザインだけでなく、そのほかのサービスまで付随して展開するといったものを指す。これはIT業界以外でも、企業が新サービスを拡充する上では無意識に実践しているものだ。

機会をどう発見するか

紙面の関係ですべての「機会」について詳細に解説できないが、ドラッカーの代表作の1つである「イノベーションと起業家精神」(ダイヤモンド社)に詳しく書かれているので参照いただきたい。筆者も自らこの「イノベーション」の7つの機会を学び、自社の事業開発において実践し、成果が上がっている。

提案時には前向きな回答がなかった顧客が急に関心を示す瞬間や、自社が「全くノーマーク」であったセグメントの顧客から突然製品問い合わせが来て、あっという間に成約まで至るようなケースが発生したときは「予期せぬ成功」の背景に何があるかを探り、戦略の糸口にしている。ドラッカーの「イノベーションの7つの機会」について知らなかったら、単純に「ラッキーだった」「たまたまだった」と受け流していただろう。

さらに面白いのは、この「7つの機会」は意味ある順序に並んでいるということだ。ドラッカーは「発見が比較的容易な機会から順番に並べている」という。例えば、予期せぬ成功や失敗という機会は、自社や本人が意図しさえすれば比較的容易に探ることが可能だが、「消費者の認識や価値観」、「新技術・概念の発見」などは発見が難しいものだ。さらに、最初の1から3番目までが自社が属する産業の内部が対象となり、4番目から7番目までが産業の外側まで含めた動向になる(図2)。

前述の「起業家の多くが自分が何をしているか分からない」という状態は、このイノベーションの機会となるべきものを体系的に見つけられていない状態であるので、極めてリスクが高いということになる。

成功する事業家やリーダーは「人が見えないものを見る」と言われる。それは、無意識のうちにこの「7つの機会」に見られるようなニーズや社会の変化を自ら観察し、成功の確信を得ているのだと思う。それは単純に「天才的」「神通力」などといった言葉で片付けられるべきではなく、「誰にでも応用可能な体系」として捕らえられなければ、イノベーションが本当に根付くことはないのだとドラッカーは強調している。

イノベーションを成功させる組織の特徴

ドラッカーは、イノベーションを成功させる組織には、図3の特徴があるという。

1つ目の「意味」で最も重要なのは、イノベーションは市場に焦点を当てなければいけないものだということである。特にIT関連のビジネスでは、「市場」よりも「技術」に焦点を置いた会話が多くなされる。

もちろん、斬新な技術主導で驚くべきイノベーションが生まれることもあるが、それは一朝一夕では実現しない。むしろ、優れた技術と市場のニーズを的確に結びつけたときにこそイノベーションが生まれる。ドラッカーは言う。「イノベーションは、市場に焦点をあわせなければならない。製品に焦点を合わせたイノベーションは、新規な技術は生むかもしれないが、成果は失望すべきものとなる」

そして5つ目にあるように、「マネジメント層」「上長」の果たすべき役割が極めて大きいことは間違いない。現場のアイデアを真正面から取り上げ、実行することを奨励し、組織全体が継続学習する気風を生む努力が必要となる。

ここにドラッカーらしいコメントがある。「私は毎年ノーベル賞受賞者の記念スピーチを読む。彼らの実に多くが、ノーベル賞受賞理由となった業績は、世の中を変える研究をやれとの恩師のひと言によってもたらされたという」

上長、トップを含めたマネジメント層は、イノベーションを起こせるかどうかは自分の意識次第であるという認識を強く持つべきだ。

変化の先頭に立つ

「変化はコントロールできない。できるのはその先頭に立つことだけである」

筆者はドラッカーのこの言葉が好きだ。変化が常態の時代に、それを企業や個人がコントロールしようとしても不可能である。そんなことに労力を使うのであれば、その変化の先頭にいかにすれば立つことができるかを全力で考え、実践するべきである。

技術力がある個人、チーム、組織が市場の機会に目を向けて創造的で斬新な発想を持ち、実行に移したとき、確実にイノベーションが起きる。それは従来言われていたように一部の天才や発明家によるひらめきや偶発的な産物ではなく、意図し、組織し、取り組むことが可能な仕事である。

リーダーは常にドラッカーの次の言葉を肝に銘じるべきだ。「変化ではなく沈滞に対して抵抗をする組織をつくることこそ、マネジメントにとって最大の課題である」

なお、本稿の執筆にあたって、以下を参考にした。

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]』ダイヤモンド社(発行年:2001)

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『テクノロジストの条件』ダイヤモンド社(発行年:2005)

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『「経営の哲学』ダイヤモンド社(発行年:2003)

P.Fドラッカー(著)上田惇生(訳)『イノベーションと起業家精神』ダイヤモンド社(発行年:1997)

エンプレックス株式会社
エンプレックス株式会社 執行役員。1996年上智大学経済学部卒業後、住友商事、アクセンチュアを経て、米国クレアモント大学院大学P.Fドラッカー経営大学院にて経営学修士号取得(MBA with Honor)。専攻は経営戦略論、リーダーシップ論。現在、経営とITの融合を目指し、各種事業開発、コンサルを行う。共訳書「最強集団『ホットグループ』奇跡の法則」(東洋経済新報社刊) http://www.emplex.jp

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