オープンソースのカンファレンスに慣れ切ったライターがCESに参加。巨大な魚群に遭遇した孤独な釣り師の気持ちとは?

2024年4月18日(木)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
17年ぶりにCESに参加し、商業主義の毒気に当てられたOSSライターが感じたのは絶望かそれとも希望か?

昨今、オープンソースのカンファレンスに多数参加してその雰囲気に慣れ切った筆者だが、久々にCESに参加してみた。2007年に一度、ベンダーとして参加して以来である。規模の大きさと参加者の違い感じつつ、カンファレンスビジネスについての考察をしてみたい。

1.1 世界最大の見本市

まずはCESの概要を紹介しよう。CES 2024は2024年1月8日から12日までラスベガスで開催されている。来場者は135,000人以上、出展社数4,300社以上という規模の見本市・展示会で、規模としては世界最大と言ってもいいだろう。一方筆者が過去数年に渡って参加しているオープンソースのテクニカルカンファレンスのKubeConを例に取ると、パンデミック直前の2019年11月にサンディエゴで開催された際の参加者数が12,000人という規模感である。CESは参加者数では約10倍以上という計算になる。

またKubeConではテクニカルな内容を解説するセッションがメインであり、「ショーケース」と称される展示はベンダーやコミュニティがエンドユーザーやデベロッパー、オペレーターらと対話する場所だ。ショーケースは、セッションに登壇できなかった部分を補うという役割がメインと言っても過言ではないだろう。

一方CESは明確に見本市、展示会であり、そもそも出発点が違う。特に違いがあるのは出展社の数だろう。SONYなどの巨大なブースを構える企業から国の支援を受けて最小規模の展示で頑張るスタートアップ、小さなテーブルに自社の試作品を置いて懸命に客引きをする中国のメーカーまでが複数の巨大な会場に溢れるように存在している。感覚的には「クジラからイワシ、クラゲ、プランクトンまでがごちゃ混ぜになった巨大な魚群に遭遇した小舟の上の釣り師が途方に暮れている」という印象だ。

会場の一つLas Vegas Convention and World Trade Center(LVCC)の外観

図1.1: 会場の一つLas Vegas Convention and World Trade Center(LVCC)の外観

このような状況では、個人のライターが精一杯頑張ったとしてもほんの少しの魚を釣り上げることぐらいしかできない。もしくはクジラの表面をそっと撫でる程度とでも言えるかもしれない。この記事ではその中で感じたことを記していきたい。

LVCCに到着したKIAのプロトタイプ車輛?

図1.2: LVCCに到着したKIAのプロトタイプ車輛?

1.2 ラスベガスという場所である必然

CESに慣れていると、比較的おとなしく礼儀正しいソフトウェア系のカンファレンス、例えばKubeConやGitHub Universe、ZABBIX Summitなどは物足らなく感じてしまうだろうということが最初の感想だ。そもそもApache Software Foundationが開催するApacheConからオープンソースに関するテックカンファレンスが始まったと考えても妥当だろう。ApacheConは商業主義の権化であるCESへのアンチテーゼとしてのセッション中心のカンファレンスが成り立ったのではと考えられる。デベロッパーが主役の学術会議に近い性格を持っていたのがApacheConであり、その系譜を繋いだのがThe Linux Foundationそしてクラウドネイティブなソフトウェアに関してCloud Native Computing Foundation(CNCF)が結成、そのプレミアムなテックカンファレンスとしてKubeConが成り立ったという経緯が筆者の認識だ。最初期のApacheConのデータがFlickrに今も残っているが、見本市ではないのが強く感じられる。

●参考:1998年に開催された第1回のApacheConの写真

ちなみにこのフォトセットの最後に出てくる若者が、現在のOpen Source Security Foundation(OpenSSF)のCTOでありApache Software Foundationの初期のプレジデントであったBrian Behlendorf氏だ。

CESとKubeConの違いは何か? なによりもまず開催される場所がラスベガスということにも大きく関係していると感じる。つまりギャンブルとショービジネスの街でCESが毎回開かれることに意味があるのだろう。勝つことと負けることが即座に判明するその瞬間を愉しむこと、そして眼の前で行われる歌やダンスを楽しむショービジネスの本場で展示ブースを設置し、眼の前に現れた参加者の興味を引き、実演してみせて、パンフレットを手渡し、ビジネスに繋がる記憶に留めてもらう。それが成功すれば個別に打ち合わせ、お互いの求めるものが釣り合うかの妥協点を見つける、そういう勝負の場所を出展社も参加者も求めているように感じるのだ。これが本来の見本市のあるべき姿なんだろう。

KubeConではお馴染みのCanonicalのブース。広いだけで閑散としている

図1.3: KubeConではお馴染みのCanonicalのブース。広いだけで閑散としている

1.3 行儀の悪い参加者

参加者の行儀が悪いのもある程度、予測できたが、ここでプレス向けのブリーフィングでのエピソードを紹介したい。プレス向けのブリーフィングはCESで発表されるさまざまなトピックをまとめて総括する内容となっていたが、会場となった巨大な会議室のステージ前には椅子、後方には円卓に椅子というフォーマットとなっていた。しかしスマートフォンやビデオカメラに三脚を取り付けて撮影するために椅子席の後ろと円卓の間には通路が存在し、そこに立ったままスマートフォンで撮影を行う主にアジアからの報道関係者が多数存在していた。円卓に座っていた筆者を始めとして多くの報道関係者は立ったままの人たちが視野を塞いでいることに不便を感じていた。

ブリーフィングの途中に入ってきたアメリカ人と思わしき中年男性が立ったまま居続けようとしたので「あなたは私の視界を妨害している。そのまま立っていたいなら部屋の後方の壁際に移動してくれ」とお願いしたところ睨みつけられ無視された。KubeConであれば対話が成立してお互いの妥協点を探すということになっただろう。そしてこれには後日談がある。その時に同じ円卓に座っていた別のアメリカ人と「困った人だね」と軽く会話を交わしたのだが、後日、別の展示ブースで彼とすれ違った時に「あの時、注意したのは君だろ? 私もあの後に彼が君を無視したので『あれは良くないよ。どうして彼の忠告を聞かなかったんだ? 彼がアジア人だからか? 差別しているのか?』と言ったら鼻にパンチを喰らったような顔をしていたよ。なかなか面白い瞬間だったよ」と言ってくれた。同じプレスのバッジを付けていても、お互いに敬意を持って接するということができないぐらいには行儀が悪かった参加者がいたとは言えるだろう。

プレス向けのブリーフィングの状況。椅子席と円卓の隙間に立ち見の参加者

図1.4: プレス向けのブリーフィングの状況。椅子席と円卓の隙間に立ち見の参加者

1.4 アジアの存在感

中国からの参加者、出展社、スタッフ、報道陣はとても元気そうで勝つか負けるかという雰囲気を楽しんでいるようだった。報道陣も誰よりも前に行こうとし、三脚でカメラを高く掲げ周囲の迷惑もあまり気にせずに一番いい場所を取ることを優先していた。チーム体制で望んでいたのは日本からの報道陣も同様だったが、何よりも中国、台湾、韓国のプレスは若いスタッフが多い印象だった。また会場の外で記念写真を行う中国人参加者、出展社も多く見受けられた。

1.5 パネルディスカッションの多さに辟易

KubeConではカンファレンスのメインはセッションであり、そのために多くのSubmissionを受理しても採用されるのはごく少数だ。割合としては低いとは言え、セッションの数は膨大で注目度は高い。一方CESでは、セッションの多くはパネルディスカッションで単一のベンダーが行うセッションと同じくらいの数だったように思える。

つまり展示こそがCESの真髄で、セッションは添え物、パネルディスカッションが多いのも登壇者の露出を増やすことができる割に準備が少なくて済むという利点があるのではと推測できる。

電気自動車に関するパネルディスカッションではベンダー同士が語り合うことになったが、その際にパブリッククラウドベンダーから「EVのメーカーは多くのデータを持っているはずでそれを業界で共有すれば多くの知識を獲得できるはずだけど、みんなやらないよね?どうして?」という素朴で妥当な質問が発せられたが、その質問は無視されてパネルディスカッションが進行していた。1対1の対話ではなく多数が同時に会話できるパネルディスカッションならではの厄介な質問をかわす作法だろう。

パネルディスカッションの一例

図1.5: パネルディスカッションの一例

1.6 EVではSONY+Hondaアライアンスと組んだMicrosoftが先勝

SONYが開いたメディア向けのブリーフィングについての感想を残しておこう。

●動画:CESR 2024 プレスカンファレンス|ソニー公式

SONYがHondaと組んで新しいEVを作るという話が後半のメインだが、IT業界的にはADAS(Advanced Driver-Assistance System)のパートナーとしてMicrosoftが選ばれたという部分が筆者の感じたアナウンスの重要なポイントだ。つまり車載センサーはSONY、車体はHonda、そして人工知能はMicrosoftのタッグチームというわけだ。

HondaはLFの下部組織でオープンソースのLinuxを車載OSとして推進するAutomotive Grade Linux(AGL)のメンバーではなく、Googleが開発するAndroid Autoのユーザーだ。GoogleにとってAndroidはプラットフォームとして存在するが、実際にはその後のマネタイズのための入口と言って良い。

Googleのブース

図1.6: Googleのブース

AGLのブース。やはり寄せ集め感が強い

図1.7: AGLのブース。やはり寄せ集め感が強い

しかしSONYとHondaのアライアンスの中にGoogleの存在感はなく、Microsoftが自動運転に繋がるクラウドサービスと人工知能のエリアを獲得したというように見える。実際にMicrosoftの責任者が登壇してプレゼンテーションを行ったことなどを見ても、例えてみれば7戦のうち4勝を決めればチャンピオンになれるNBA FinalでMicrosoftが最初の試合を勝ち取った感がある。Microsoftの責任者はGitHub Copilotについてもちゃんと言及し「Copilotと同じクオリティのAIを使う」と明言したこともインパクトの強いメッセージだった。

ただし自動運転については、Honda以外にも多くの自動車メーカーが切磋琢磨しており、SONY+Hondaの選択が全体の流れを決めるわけではない。人工知能とクラウドサービスでは鎖国状態の中国や領域内でのデータの保護を主張するヨーロッパも、この組み合わせがどういう結果を産むのか凝視しているだろう。

SONYのブリーフィング

図1.8: SONYのブリーフィング

電動バイクのブース

図1.9: 電動バイクのブース

重機にも自動運転のプロトタイプが登場

図1.10: 重機にも自動運転のプロトタイプが登場

重量のある貨物を運送するトラックにもゼロエミッションの時代が

図1.11: 重量のある貨物を運送するトラックにもゼロエミッションの時代が

ちなみにNVIDIAのデベロッパー向けカンファレンスであるGTCに参加した経験から言えば、車載システムに向いているのはセダンよりもこうした大型のトラックだろう。カメラなどのセンサーを取り付ける場所も豊富で設計の自由度が高い。なによりもGPUサーバーなどを設置するスペースに余裕があるからだ。

1.7 人間の生存欲求/承認欲求を満たすCES

行儀が良くビジネス色をそれほど出さないオープンソースカンファレンスに慣れ切っていると、CESのように動物的な欲求を満たすイベントを体験するのも数年に1回は必要なのではないかと感じる。たまには身体に悪い毒を摂取しておくことが刺激になるという感覚だ。アメリカ人が好きな「ポリティカルコレクト(政治的な正しさ)」で言えば行儀の良いKubeConかもしれないが、CESは何よりビジネスだしビジネスではカネを稼ぐことが他の何よりも優先することが正しいはずだ。

KubeConが「建前とポリコレ」の学術会議だとすれば、CESは「本音と弱肉強食」のビジネス最前線だろう。今回の取材後体調を崩してしまったこともあり、ライターの仕事としてのCES参加は完全に失敗だった。もしかしたら「毒」の摂取過多だったかもしれない。しかし、また数年後にはチャレンジしてみたいと思う。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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