マネジメントの常識が変わる

2008年12月15日(月)
矢野 和男

マネジメントの常識が変わる

 これまで定性的、感覚的にしかとらえられなかった「マネジメント品質」の指標を計測し、向上することにより、知識労働の生産性を飛躍的に高めることができる。筆者の組織も、この方法で経営品質を向上してきた。

 実はこの中で、従来のマネジメントの常識がマネジメントの質を下げていることがわかってきた。ここでは6つの常識を取りあげながら、あらためて説明したい(図3)。

 1つ目の常識が「よいマネジメントは、目標を明確にする」だ。広く信じられている常識だが、目標を固定的に定めるとフローになりにくくなる。クリアして初めて見える、次の挑戦的な目標に次々と挑戦するのがフローの基本だ。最初に目標を明確にすると、実行可能な目標に制約され、「不安」や「退屈」に陥りやすい。その成果は付加価値も低く、成長もない。

 さらに、合理的に目標達成を追求すると、目標に直接関係のない人間関係は無駄に見える。問題を重複なく分解し、その分解した構造にそって、仕事を組織図状に人に割りつけたくなる。実は、組織図は「アンバランスな三角形」ばかりから成り立ち、横のつながりがない。また階層のハブになっている人が仕事と情報のボトルネックになりやすく、組織に肩こりのように血の流れの悪い部分ができ、結果としてネットワークの結束度を弱めることになる。

 組織フィジクスが実証したことは、目標を必要以上に明確にせず、あいまいに広がりを持たせることである。むしろ目標が、日々、上方修正されているか、質的に向上しているかの履歴を常にチェックすることが必要だ。フローと結束度の指標をセンサーで計測するとともに、この点に注力すれば組織は見違えるようになる。

 2つ目の常識が「よいマネジメントは、仕事をブレークダウンし、役割を明確にする」だ。仕事を細かくブレークダウンして担当者を明確にすると、担当者には仕事の全体が見えなくなる。さらに、仕事を通じて見えるようになった新たな機会やチャレンジを無視する習慣ができる。これにより組織は機会発見能力を失い、問題の解決に終始するようになる。

 そもそも、価値の高い知恵は、異なる仕事同士を掛け合わせて生み出されるが、この常識に従うと横のつながりのない、品質の低い組織ができる。物語で紹介した「ディスカバー会議」は、この常識の呪縛(じゅばく)を解くのに大きな効果がある。

 3つ目の常識が「よいマネジメントは、会議の目的を明確にする」だ。これは常識1を会議に当てはめたものなので、同じ説明が当てはまる。目的を明確にすると、主催者が会議の落としどころをあらかじめ決め、そこに終結するように調整する。これでは、会議という最高の知的創造の場が、膨大な時間の無駄になる。会議は、異なる強みが即興的にからみ合いながら、予想を超える知的創造を行う場とするべきである。

 ただ、5人を超えるような会議では、社会的な抑制効果が働いて、それぞれの強みや経験が発揮されない。また、いつも同じメンバーでは、刺激が少なくなる。そこで、物語の組織ネットワーク構造を考慮したチームアサインと「ディスカバー会議」が強力な武器になる。

センサーによるフィードバックの効果

 4つ目の常識が「よいマネジメントは、ToBe(あるべき姿)とAsIs(現状)のギャップを明確にして埋める」だ。これも1つ目の常識の派生形だが、それよりさらに悪い。なぜならこのプロセスでは、常に現状を「あるべき姿から外れたマイナスの存在」ととらえるからだ。ポジティブ心理学では、このようなマイナスを探すことを定期的に行うと、将来への期待という心理面と体調までにも悪影響があることが実験的に示されている。

 このような見方をする社会習慣は根強いが、むしろ、強みと機会に焦点を合わせる必要がある。センサーにより、「フロー」と「結束度」というマネジメント品質指標を計測し、定量的に皆が共有することが、このような習慣を打ち破って、科学的なマネジメントへの道を開く。

 5つ目の常識が「よいマネジメントは、仕事の優先順位を明確にする」だ。A、B、Cの仕事があるとき、優先順位を決めなければ、効率が悪いと考えられているが、それは仕事が互いに時間やリソースを取り合う、競合関係にあると見ているからだ。

 知的創造にふさわしい考え方は、A、B、Cを機会と見る。そこで、AとBとCが掛け合わさって可能となる大きな目標を即興的に機会発見する。AとBとCは互いに目的も目標も異なる活動だとしても、これは可能である。Aの経験が、Bを新たな見方でとらえることを可能とし、これによりCに新たな発想が生まれる。

 これをA×B×C=Xという方程式で表すことができる。知的創造力の高い人は必ずこの「Xの創生」を行いフローを増やす。センサーを使った仕事と生活のフィードバックを活用すれば、フローを増やし、行動や仕事の相乗効果を劇的に向上することが可能である。

 6つ目の常識は「よいマネジメントは、PDCAサイクルを回す」だ。サイクルを回すことは問題ないが、最初がP(Plan)であることが問題であり、行動を起こさないことを正当化してしまう。やってみなければ、何を目指すべきかはわからないのが普通であり、むしろまず行動することである。

 知識労働のサイクルとしてより適切なのは、12世紀の禅の教えである「十牛図」である。ここでは見えない牛(価値)を捕まえるために、住み慣れた家を離れて、一歩踏み出すところから始まる(「尋牛」と呼ぶ)。見えない牛を求めて、社員が踏みだす会社が、勢いのある会社である。日本の大企業も、創業期にはこれに満ちていた。この勢いは、これをセンサーで計測し、改善できる。

 以上、従来のマネジメントの常識では、マネジメントの品質が低下することを論じた。もちろん、現在の会社の仕組みを全否定するつもりはない。これまでの仕組みに、センサーによるマネジメント品質の定量的なフィードバックが加わることで、会社は大きく変わるのである。

M. Csikszentmihalyi『フロー体験』世界思想社(発行年:1990)
M. Csikszentmihalyi『フロー体験とグッドビジネス』世界思想社(発行年:2003)
安田雪『人脈づくりの科学』日本経済新聞社(発行年:2004)
R. A. Emmons『Thanks!』Houghton Mifflin(発行年:2007)
横山紘一『十牛図入門』幻冬舎(発行年:2008)

株式会社日立製作所
1984年日立製作所入社以来、中央研究所にて半導体の研究、特に世界初の単一電子メモリの室温動作、携帯電話用プロセッサなどのシステムLSIの研究を行う。現在、センサー情報を使った新しい生き方や働き方の研究と事業化を進めつつ、自ら実践している。中央研究所主管研究長と基礎研究所人間情報システムラボ長を兼任。工学博士。IEEE Fellow。http://www.hitachi.co.jp/

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