エンジニアのビジネススキルは、いわば「オプション」自分の「やってみたい」と思うところを自由に選ぼう

2024年7月9日(火)
小林 道寛 (こばやし みちひろ)伊藤 隆司(Think IT編集部)
第5回の今回は、小林氏ご自身の考える「エンジニアは、どうビジネススキルを学ぶべきか?」について語っていただきます。技術者にビジネスのスキルは必要なのか? 必要ならば、どんなことを学んでいけば良いのか。経営者とエンジニア、双方の視点から聞かせてもらいましょう。

今の時代、若手エンジニアが勉強したいと思えば、いくらでも教材や資料はインターネットで手に入る。だがそんな便利な時代であっても、やはり先輩たちの生きた経験に裏打ちされたアドバイスは貴重だ。本連載では、情報インフラ系SIerとしての実績の一方で、現場で活躍できるエンジニア育成を目指した独自の技術研修「BFT道場」を展開。若手技術者の育成に取り組む、株式会社BFT 代表取締役 小林道寛氏に、ご自身の経験に基づくスキルアップのヒントや、エンジニアに大切な考え方などを語っていただく。

激しい変化の時代、
改めて注目される「エンジニアのビジネススキル」

皆さん、こんにちは。株式会社BFTの小林道寛です。

今回のテーマは「エンジニアは、どうビジネススキルを学ぶべきか?」ですが、これほどIT業界で議論されてきたテーマは少ないでしょう。そもそもエンジニアには「自分は、営業のように人と話すのが苦手だから技術者を選んだ」などという人も珍しくありません。私は、それ自体は別に悪くないと思います。自分の中でロジックを組み立て、それをコードに落とし込み、目指す機能を実現していく。そうした孤独な作業に耐えてシステムを作り上げていく能力は、むしろエンジニアには大切なスキルだからです。

とは言うものの、テクノロジーの進化はさらに加速し、それこそ今一番ホットな生成AIなどは大げさでなく月単位、週単位の開発競争を繰り広げています。これはITの市場も全く同じで、新しい技術が新しい需要やサービスを生み出し、私たちエンジニアも柔軟かつ俊敏に対応していくことが求められています。こうした大きな波の中で、古くて新しいテーマ、「エンジニアは、どうビジネススキルを学ぶべきか?」が、改めて注目されていると言って良いでしょう。

社外から来た凄腕コンサルの言葉で
ビジネススキルの大切さに開眼

本題に入る前に、まず私自身が「ビジネススキル」に開眼したきっかけを振り返っていきましょう。私が新卒でフジテレビの子会社に就職し、大手通販サイトの運用に携わっていたのは、本連載の第1回でもお話ししました。まだ駆け出しですから、割り振られた仕事をこなすので精一杯でしたが、自分では将来オンラインシステムを1人で構築できるようになりたいと、漠然と思いながら過ごしていたのです。

そんなある日、親会社のフジテレビが株式上場に合わせて会計システムを刷新することになり、外部のSIerチームが入ってきました。そのときの日本IBMのプロジェクトマネージャーの素晴らしい仕事ぶりに「大規模システムを作るとは、このようなことなのか」と感動した私は、「自分もプロジェクトマネージャーを目指さなくてはならない!」と思うようになったのです。

その数年後、32歳のときにさらなる転機が訪れます。これも日本IBMからやってきた技術コンサルタントの方から「デジタル放送の時代に備えて、テレビ局はコンテンツデリバリーネットワークを構築すべきだ」と提言されたのです。それを聞いた私はまたもや衝撃を受け、「とても自分には、こんなアプローチは思いつかない」「今までの勉強では全然足りない」と悟り、「こうなったら、自分もコンサルタントを目指さなくてはならない!」と、さらに目標をランクアップしました。

そして、これが私が「エンジニアにもビジネススキルが必要だ」と感じた、最初の体験になったのです。お客様のビジネスを深く理解して、お客様自身も気づいていない課題を見つけ出し、必要な戦略や技術を組み合わせて新しい価値として提案する。そんなコンサルタントになるには、それまで学んできたITの知識だけでは足りません。これを契機に、私は「エンジニアにとってのビジネススキル」について、あれこれ考えるようになりました。

ちなみに、この貴重な体験をくださった技術コンサルタントというのが、現在BFTの技術顧問として技術者育成をサポートしてくださっている山下克司さん(山下技術開発事務所代表)です。山下さんは日本IBMでCTOまで務められ、その後もいろいろな企業を支えてこられた凄腕の方ですが、私にはビジネススキルの大切さを気づかせてくださった恩師ともいえる方なのです。この体験がなければ、今こうして経営者にもなっていなかったでしょう。

お客様のビジネス課題を解決する
「問題空間」を目指して踏み込む

山下さんの提案に衝撃を受けた32歳の私は、さっそく手探りでコンサルタントの勉強を始めました。そこで気付いたのが、ひと口にコンサルの仕事と言っても「経営やITの課題を検討する」と「検討した結果をどう実装するか考える」の大きく2つに分かれているということです。それを山下さんにお話ししたところ、前者を「問題空間」、後者を「解決空間」という呼び方で説明してくださいました。

この2つの分け方は、エンジニアにとってのビジネススキルの在り方を考える重要なヒントになります。つまり、コンサルや上流のアーキテクトが見つけた「問題」をコードやソリューションに落とし込んで「解決」するとして、もし私がプログラミングだけに専念したければ「解決空間」の中だけでも十分にエンジニアとして生きていけます。

しかし、もし私がお客様と色々な会話をして課題を引き出し、その解決のために一緒に取り組んでいきたいと思うなら、必然的に「問題空間」に踏み込むことになります。それはエンジニア自身が選択することであり、当時の私はそちらを面白いと感じて踏み込んでいったわけですね。

そう言うと、なんだか私がすごく前向きな青年だったみたいですが、実は就職して最初の10年くらいは技術的な面白さばかりに目が行って、あまりビジネス課題には関心を持っていなかったのです。ところが先の2人の大先輩に鮮やかな問題解決の手腕を見せられ、「そうか、デジタル技術というのは(お客様のビジネス課題の)解決手段になるんだ!」と気づかされた。「自分が思っていたより、デジタル技術の可能性というのは、ずっとずっと大きいのだ」ということが、このとき分かったのです。

いきなり大上段に構えず
普段の仕事の中でスキルを積み重ねていく

ここまでお読みになって「エンジニアにもビジネスの視点や課題を解決するスキルが必要なのは分かった。でも、どうやって勉強すれば良いの?」と思った方は少なくないでしょう。私も正直言って、勉強しなければならないことは分かりましたが、どうすれば良いのか分からず途方に暮れました。2人の大先輩に教わろうにも、プロジェクトのコンサルタントとして超多忙な方に、そんなことは頼めません。しばらくは自分なりに試行錯誤が続きました。

でも、あれが今だったらと思うこともあります。現在はインターネット上に実にさまざまな情報や知識が溢れていて、やる気さえあればいくらでも勉強できます。コミュニティやユーザーグループに参加すれば、先輩に聞いたり仲間同士で教え合ったりも可能でしょう。だから今この記事で、当時の私の勉強法を挙げてアドバイスする意味は、あまりない気がします。

むしろ、今でも若手のエンジニアの皆さんが迷ったり疑問に思うのは、自分が「解決空間」と「問題空間」のどちらを選ぶのか。選ぶにあたってどう考えれば良いのか、ではないでしょうか。実はBFTの社内でも議論したことがあるのですが、そこでなかなか面白い意見が出ました。

それは、最初から「問題空間」「解決空間」といった抽象的な話にしてしまうと、いきなりハードルが高くなって、どうして良いか分からなくなる。そこで、まずは身近なプロジェクトで日常的に起こる問題や課題に向き合い、解決していく。そういう最小サイズの課題解決をいくつか経験して、だんだんプロジェクトや部門単位に広げていく中で、自分の力を試したり、自己評価する1つの指標が生まれてくるのではというのです。

これを自社の社員に言われて、私としても非常にしっくりきたんですね。確かに最初から大上段に構えて抽象的な議論をしても、実体験が伴わなければそれを「血肉=スキル」にできません。出発点は普段の仕事の小さな課題から始めて、トライ&エラーを繰り返しながらスキルを蓄積していき、やがてはお客様の課題を解決できるまでに力をつけていく。そういう大きなゴールに向けて、小さく積み重ねながら力を伸ばしていく取り組みが必要だなと、私自身も実感できたのです。

さまざまなスキルを伸ばしたい社員が
自由に学べる会社を目指したい

「小さく積み重ねて、大きなスキルにしていくのは分かる。でも、それでは今のビジネスやテクノロジーのスピードに置いていかれないか心配だ」。なるほど、それは確かに考えなくてはいけない課題です。しかし同時に「このスキルを身につければ良いよ」という単純な話でもない。今後の動向を考える上では、もう1まわり大きなフレームが必要だと思います。つまり「エンジニアに求められる素養や知識は、今後どうなっていくのか?」という、少し大きな観点から考えていきたいと思います。

かつて私が社会に出た頃のコンピューターは、非常に高価なものでした。それがどんどん安くなっていき、現在のスマホは高くても10万円前後ですが、性能は昔の数千万円もしたメインフレームと変わらないほどです。ハードウェアだけではありません。さまざまなツールやネットワークが安価になって、1人のエンジニアができることの範囲も格段に広がってきています。

1人でできる範囲が広がるということは、そこに関わってくるパートナーやお客様も含め、より大勢の人と話をして合意形成をするといったスキルも必要になってきますし、そういう能力を持っているかどうかが、エンジニアとしての存在感や影響力の差別化ポイントにもなってきます。

では、やはり現代のエンジニアにとって、ビジネススキルは必須の要件であり、技術者は誰もが身につけなくてはならないということなのでしょうか。私はそれも少し違うと考えています。それはエンジニアにとってマストなものではなく、オプションなのかもしれないと思っているのです。

上でもお話したように、私自身はお客様の課題を見つけて、お客様に伴走しながら解決する「問題空間」に踏み込むエンジニアを目指しました。でも、それは私自身がそっちの方が面白いと思い、そうなりたいという意志を持ったからです。もし、自分はそういう方向よりも、やはり技術者として突き詰めていきたいと言うなら、そうするべきだし、それが一番良いと思います。どちらに進むかは、その人自身が決めることだからです。

だから私は経営者として、自分たちの会社ではそれの選択できるようにしなければならないと考えています。社員1人1人が自分の意志でやりたい方向を選んでそこで成長してほしいと思っているし、それができないから評価を下げることもありません。Aさんが選ばないのなら、それが得意で面白いBさんにやってもらえば良い。

むしろ、それぞれに関心のある領域も得意分野も違う人が集まって、いろんなことができるのが、これからの時代には強みになってきます。そのために会社としては、さまざまなオプションを志す人たちが能力を伸ばせるような組織や仕組みを、これからも目指したいと思います。ぜひ社員はもちろん、これからBFTに加わってくる若い皆さんにも、それらを活用して自分の目指すオプション=スキルを伸ばしてほしいと願っています。

今回は私自身の経験をもとに「エンジニアのビジネススキル」についてお話ししました。次回のテーマはまだ考え中ですが、よろしければ、どうぞ引き続きお付き合いください。

著者
小林 道寛 (こばやし みちひろ)
株式会社BFT 代表取締役社長
1991年に株式会社フジミックに入社。親会社フジテレビジョンの情報システム局で、親会社やグループ会社のシステム構築と運用を経験。2004年に株式会社BFTへ入社。エンジニア部門のマネージャを経験後、取締役に就任。2015年に代表取締役社長に就任。システムづくりを離れ「人とシステムをつくる会社」をつくり続けている。
著者
伊藤 隆司(Think IT編集部)
株式会社インプレス Think IT編集部 担当編集長
IT系月刊誌、資格系書籍、電子書籍、旅行パンフレット等の企画・編集職を経て現職。Think ITのサイト運営と企画・編集、「CloudNative Days」の運営に携わりながら、エンジニア向け書籍の企画も手がける。テクノロジーだけでなく、エンジニアの働き方やキャリアップなどのテーマに造詣が深い。

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