課題になる前の「芽」を見つけるための「発見力」を身につけよう
はじめに
これまで、基礎編、知識編として、PMO(ピーエムオー:Project Management Office)の仕事やプロジェクトで起こる数々の課題、それらの解決方法などを解説してきました。読者の皆さんは、基礎編・知識編を通じて「プロジェクトに課題はつきもの。発生した課題を解決するのがPMOの仕事だ」と感じていらっしゃる方も多いと思います。
確かに、プロジェクトを進めていると「思いもよらない課題」が発生することも多々あります。そうなればもちろん、私たちPMOは解決に向けてさまざまな案を検討、実行します。
しかし、実際の業務では、それよりも前の段階ー課題が課題として浮き彫りになる前ーから動くことの方がはるかに多いのです。つまり、課題の中には事前に回避できることが非常にたくさんある、ということです。「これは将来的にトラブルのもととなりそうだ」といった課題の「芽」にいち早く気づき、プロジェクト進行を妨げてしまう前に摘み取っておく。これもPMOに求められる重要な仕事なのです。
それでは、具体的にどのようなことが課題の「芽」となり、PMOとしてどのような対処をすれば良いのでしょうか。分かりやすく解説していきます。
そもそも「課題」とは
プロジェクトの管理手法の1つに「WBS(Work Breakdown Structure)」というものがあります。プロジェクト内で予定しているプロセスを細かなタスクに分解してスケジュールを立て、構成図にまとめて可視化していくものです。
例えば、新しいアプリの開発プロジェクトの場合、「システムの要件定義」「UIの設計」「プログラミング」などの大きなプロセスがあります。WBSでは、それぞれの大プロセスに必要な作業内容(タスク)を洗い出していくのです。
「システムの要件定義」ひとつとっても「アプリに搭載する機能を決める」「機能のリスト化」「業務フローの作成」など、たくさんのタスクに分けられます。担当者ごとにタスクを割り振ればさらにその数は増えますし、単純にプロジェクトの規模が大きくなればなるほど、タスクの量も増えていきます。
課題とは、こうした1つ1つのタスクを阻害する要因となるものです。
今、あなたが「アプリに搭載する機能を決める」ためのミーティングを行なっているとしましょう。納期を考えると、今日中には機能を固めておきたいところです。議論は順調に進んでいましたが、途中で開発チームメンバーのAさんからこのような発言がありました。
「そういえば、別のアプリ開発プロジェクトで、お客様の意向と違う機能を搭載してトラブっているらしいですよ。私たちも気をつけましょう」
すると「えっ、そうなんですか?」「具体的にどんなトラブルが起きたんです?」「今はどんな状況ですか?」など、一部のメンバーから質問が上がり、Aさんがそれに対応している間に1時間のミーティングが終わってしまいました。
Aさんの情報は、確かに大切かもしれませんが、本来議論したかったこととはズレていました。その結果、予定していたタスクは完了できず、次回へ持ち越しになってしまったのです。
「話があまりに盛り上がって『本題に戻りましょう』と言い出せない雰囲気だった…」
「下っ端の自分がしゃしゃり出てはいけないと思い、口を出せなかった…」
皆さんも、そんな「あ、今この人が話したことで話題がすり替わってしまったな…」という経験は何度かあるはずです。そういった人は、どのようなコミュニティにも1人や2人いるもの。新人や社会人3年目だろうが、マネジャーやチームリーダーだろうが関係ありません。「メンバーたちを集めて1時間拘束する時間の価値を分かっていない」ため、躊躇なく議論と関係ない話をしてしまうのです。
これが、課題の「芽」といえる部分です。「予定していたミーティングができなかった」ことが、あとあと納期に影響していくのです。PMOはとにかく納期に間に合うよう、次の一手を打つしかありません。早急にメンバーのスケジュール調整を行い、本来議論すべきはずだったミーティングを設定します。
課題の芽の見つけ方と対処法
それでは、今回の「議論の論点がズレる」課題を発生させないために、PMOはどのような課題の「芽」を見つけるべきだったのでしょうか。まずできることは「議論を脱線させる人たちが一定数いる」ことを念頭におき、ミーティングを開始する際に、こうした一言を添えることです。
「本日、最優先に議論したいのはアプリに搭載する機能についてです。今回のミーティングで決定できないと、今後のスケジュールがタイトになると思われますので、よろしくお願いします」
この一言によって、バラバラの考えを持つメンバーも「今日は機能決定までがゴールだな」と同じ意識を持つことができます。たとえメールなどで事前にアジェンダを共有していたとしても、あらためて現場でミーティングの主旨や緊迫感などを伝えて念押しすることで、課題の発生をより強固に防ぐことができます。
また、この呼びかけがあることで、ズレた話をする人がいたら「お話の途中ですみません。今日の最優先テーマの議論後、お時間が余った際にあらためてお話いただけますか。もし時間オーバーで会話が必要な場合は、別途関係者を招集して設定させていただければと思います」などと堂々と言うことができますし、相手も納得したうえで言葉をひっこめてくれるはずです。しかも相手に恥をかかせずに済みますよね。細かいことですが、こうした「事前の一言」がミーティングを円滑に進めてくれるのです。
プロジェクトには多様なメンバーがいます。物事の理解度もプロジェクトに対する熱量も立場も異なります。だからこそ、優秀なPMOはWBSを作成する段階からいろいろなトラブルが起こる前提で「こんなことが起きる前にこうしておこう」「もしトラブルが起こったらプランB、こう展開したらプランCで…」とさまざまなプランを用意しておくのです。
課題の芽を発見する力を身に着けるには
今回は非常に分かりやすい課題を例として挙げましたが、プロジェクトで起こりうるトラブルは多岐にわたります。
- チームによって作業進度が異なりスケジュールが遅延してしまった
- ある作業を任命していた社員が途中で退職してしまった
- あるプロセスを外注していた会社が倒産し、作業の見通しがつかなくなった
- コミュニケーション不足で正しい指示が通らない
一例を挙げましたが、PMOでなくてもプロジェクトに入ったことがある人なら「よくあるよね」と感じることでしょう。課題の芽を発見するには「あるあるだよね」で済ませるのではなく、「どうすれば失敗しなかったか」を自分なりに仮説を立ててみることです。
前述の「すぐ論点をズラしてしまう人」しかり、過去に自分が経験してきた、もしくは見てきた失敗から学ぶべきことは実はたくさんあるのです。そう考えると、周りの失敗にアンテナを張っておくことも重要かもしれませんね。
「自分はまだプロジェクト経験が少ないから…」という方でもまったく問題ありません。なぜなら、プロジェクトの課題解決に関する情報は世の中に山ほどあるからです。
プロジェクトの歴史は、紀元前のピラミッド建設まで遡るとも言われます(諸説あり)。つまり、大昔から人はプロジェクトとともに生きてきたのです。大抵の課題や失敗は、解決方法がすでに発見されていると言っても良いでしょう。
先人の知恵は、今や書籍やWeb記事、YouTube、漫画などで気軽に学ぶことができます。もちろんプロジェクトのことだけでなく、例えば、会社という組織や人間関係で起こりうる課題なども知ることができるでしょう。そういう意味では、映画、舞台、博物館、普段の周りの人とのコミュニケーションなどからも、プロジェクト進行に関連する情報はたくさんインプットできるはずです。
積み重ねた経験やインプットした情報はそのままにせず、きちんと咀嚼して自分なりの「プロジェクトを成功させるための物差し」を作ることが大切です。それができれば「これは物差しとズレているから後で問題になるかもしれない」など敏感に「芽」を察知できるでしょう。課題が起きたとしても、過去のインプットと紐付けてスピーディに解決できると思います。
おわりに
事例・実践編第1回目の今回は、以下のような内容を解説しました。
- PMOは課題を「芽」の段階から対処する
- プロジェクトで起こる大半の課題はすでに解決済みである
- 経験やインプットと目の前のプロジェクトをうまく紐付けして考えられてこそ、優秀なPMOになれる
課題の芽を見つける習慣が身につくと、はじめのうちは「なんて芽だらけなんだ!」と愕然とするかもしれません(笑)。それくらい、プロジェクトには大小関わらずさまざまなトラブルの要因が潜んでいるものです。
しかし、それらの解決にいちいち時間を取られていては、プロジェクトを円滑に進行することはできません。課題が起きてからリスク分析や管理表を作るなどの対応をしても遅いのです。
経験やインプットを重ねて、課題の芽の発見力や解決力が磨かれると「このプロセスにはこのパターンだ」「このタスクにはこういう仕組みがあると良い」といった答えを即座に出せるようになります。つまり、PMOもメンバーも無駄な時間を使わなくて済むようになります。
本連載の基礎編・知識編でもたびたびお伝えしてきたように、PMOの大きな役目はプロジェクトメンバーが本来業務に集中できるよう管理すること。そのために、ぜひ「課題は必ず起きるものであり、芽の段階で見つけて対処するものである」という意識を日頃から持っていただきたいと思います。
次回は、PMOが行う「仕事の最適化」について、事例を交えながら解説したいと思います。お楽しみに!