判断するための情報を得る - 見える化

2011年11月30日(水)
野島 勇土屋 正人

感覚から見える化する

燃料が距離を生む仕組みを明らかにする他の方法として、活動に関わる人たちの感覚から導き出す方法があります。人間の直感や感覚というものは侮れないもので、意識的な理解がなくとも、何か大事なことを感覚として知覚している場合があります。なんとなく違和感がある、ひっかかる、もやもやする。そういった感覚を具体化することで、思いもよらない発見に至ることがあります。

例えば、スケーリングという方法があります。スケーリングは、Yes/Noで答えられる問いを10点満点で評価し、評価の理由を具体化するという方法です。Yesであれば10点、Noであれば0点、はっきりしない答えの場合には1点~9点の間で答えます。例えば、「納品物に顧客が満足するか?」という問いを立て、5点と答えたとします。「なぜ5点足りないのか?」を考えると、「顧客の意見が頻繁に変わるから」という意見が得られたりします。反対に、10点の時に「なぜ10点なのか?」を考えるのも有益です。スケーリングを応用して図5のようなレーダーチャートを使ってプロジェクトの状況を評価することができます。

図5:レーダーチャート(クリックで拡大)

スケーリングによって意見を得たら、その意見を導いた背景を具体化します。「顧客の意見が頻繁に変わるから、納品物に顧客が満足しない」という論理は分かる気はしますが明確ではありません。もし明確にするならば

顧客の意見が頻繁に変わる → ゴールが分からない → 顧客が満足する確証が持てない

となるでしょう。項目について「なぜ?」と問うことで、さらに具体化することもできます。また、「顧客の意見が頻繁に変わらなければ、ゴールが分かるか?」と問うことで、論理関係の不足を洗い出すことができます。Yesと答えられないならば、「ゴールが分からない」他の要因があると考えられます。ここでもスケーリングを使うことができます。問いを繰り返すことで図6に示すような論理のネットワーク図を構築し、状況を理解します。

図6:論理のネットワーク(クリックで拡大)

群盲象を評す

見える化は現実を理解するために現象(現実)から一部を切り出す活動と言えます。事実を見える化する場合には、記録する内容に応じて切り出される現実が決まります。感覚を見える化する場合には、意見を述べる人の視点によって切り出される現実が決まります。現実をありのままに見える化することはできません。

「群盲象を評す」という寓話(ぐうわ)があります。この話には複数の盲人が登場します。盲人達は象に触れ、それぞれに感想を語り合います。しかし、盲人達の感想は互いに異なり、それぞれが己の正しさを主張します。それは、触れた場所が異なるために感想が異なるのであり、全ての感想が象の特徴としては正しいのです。現実を理解することにおいては、個人によって現実に対する理解が異なる場合があります。これは盲人と同じであり、現実の一部に触れているにすぎないために起こります。そのため、活動に関わる様々な人の視点を取り入れて現実の全体像を理解することが大事になります。

また、象の特徴を表す際に「大きい動物」と言うこともできます。象は大きい動物であるという主張に皆が同意し、象の特徴として認められたとします。しかし、大きい動物であれば象以外にもおり、象だけを表しているわけではありません。現実を理解することにおいては、「上手くいっている」などのような抽象的な理解ではなく、具体的に理解することが大事になります。

おわりに

以上で見える化の全てを語れたとは思いませんが、いくつかのポイントは述べることができたのではないかと思います。

  • 見える化は、現状を理解し、未来の可能性を描き、活動の方向性を選択するために行う
  • 見える化は、現実から一部を切り出す(モデル化する)ことで現状の理解を促す
  • 現実のとらえ方は2種類、結果(一時点における現実)と過程(連続した時点の現実)
  • モデルを決めるために喩え(メタファ)が役に立つ
    ※モデルが現実に合わないことが分かったら更新する
  • 見える化の方法には2種類ある
    • 事実から傾向を探す(事実からの)方法
    • 傾向から事実を確かめる(感覚からの)方法
  • 見える化の方法は様々あるがポイントは
    • 客観視する
      ※客席の視点から舞台(開発現場)と役者(顧客、開発者などの関係者)を観る
    • 全体像を描く
    • 具体的に描く

今回は現状の理解という観点を中心に見える化を述べていますが、未来の可能性を描くことも現状の理解と同様に行います。現状は1つですが、未来は複数のバリエーションを描ける点が違うだけで、考え方は同じです。

「見える化」を通じて現状と未来を見ます。描こうとすることで曖昧な点が明らかになり、見ていないことに気付けます。見える化は「無知の知」のための道具でもあります。プロは一般人には見えないものを見ます。職人は感覚を通じてわずかな差を見ます。心理療法家は目には見えない心の動きを見ます。見える化は霧を晴らして、見晴らしをよくします。

◆◇◆◇ コラム:ビジュアルシンキングのすすめ ◆◇◆◇

「見える化」は絵や図表などを使って問題解決を図る手段と言えます。巷には関係する情報や書籍があふれかえっていますが、絵本のように分かり易くて実践し易い、

ダン・ローム著「描いて売り込め!超ビジュアルシンキング」(講談社)

という本をおすすめします。

原題は "THE BACK OF NAPKIN - solving problem and selling ideas with pictures"で、紙ナプキンの裏にさっと絵を描いて思考を整理し、人に伝えるためのフレームワークが解説されています。続編も出ているようです。

ビジュアルシンキングは次の4つのステップを踏みます。

STEP 1 見る(look) 収集することとスクリーニングすること。
STEP 2 視る(see) 理解すること。選択し、塊に分けること。
STEP 3 想像する(imagine) そこにないものを見ること。
STEP 4 見せる(show) 全てを明確にすること。

ステップ毎に、自らに問いかけ、活動しながら実行していきます。何を問いかけて何の活動をするのか、簡潔に説明されています。
4つのステップでは「見る」と「視る」を分けているところがポイントで、

  • 「見る」が、視覚的な情報を収集する、広げてゆくプロセス
  • 「視る」は、視覚的なピースをつなぎ合わせて意味を見いだす、狭めていくプロセス

と言えるでしょう。問題解決は問題を「見る」ことで始まりますが、ただ見ているだけでは解決策は出てきません。収集した情報を選択し、パターンを見いだし、問題を認識する必要があります。これが「視る」です。

ともあれ、何かを発見するためには、まずは見ることから始めますが、4つのステップに対して、

  • 「見る」スキルを磨くための4つのルール
  • 「視る」ための6つの方法
  • 「想像する」力を活性化するフレームワーク「SQVID」
  • 「見せる」ためのフレームワーク「ビジュアルシンキングコーデックス」

といったノウハウがサンプルの絵を多用して「ビジュアルに」説明されています。
総じて、ロジックよりも直感を重視するアプローチだと思いますが、本稿(はじめての開発プロセス)を理解・実践する際に必ず役に立つでしょう。

(株式会社SRA:土屋 正人)

【参考文献】

  • マイク コーン『アジャイルな見積りと計画づくり ~価値あるソフトウェアを育てる概念と技法~』毎日コミュニケーションズ(2009)
  • 堀 公俊、加藤 彰『ファシリテーション・グラフィック―議論を「見える化」する技法』日本経済新聞社(2006)
  • マルコム・グラッドウェル『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』光文社(2006)
  • P. センゲ、O. シャーマー、J. ジャウォースキー『出現する未来』講談社(2006)
株式会社SRA

(株)SRA コンサルティンググループ所属。米国スリーインワン・コンセプツ社の提唱するストレスマネジメント手法を実践する同社認定のコンサルタント・ファシリテータ。人間の心に興味を持ち、脳科学、心理学、仏教などを学ぶ日々。個人と組織の力を引き出すために、ファシリテーションを社内外に展開中。

株式会社SRA

産業開発統括本部 製造・組込システム部 コンサルティンググループ オブジェクトモデリングスペシャリスト
1956年生まれ。コンピュータメーカを経て1982年にSRAに入社。
最初の10年は、プラント制御やデバイスドライバ等のリアルタイムシステム開発に従事。次の10年は、Webアプリケーション等のビジネスアプリケーション開発に従事。この間に習得した様々な分析設計手法を活かして、次の10年は、開発プロセスのコンサルテーションを担当中。趣味はクラシック音楽とギター、本格ミステリ、仏教(宗教としてではなく哲学・心理学として面白い)。

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