連載 [第1回] :
  Red Hat Summit 2024レポート

Red Hat Summit 2024開催。キーノートから見えてきた生成AIへの熱い期待

2024年6月26日(水)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
2024年のRed Hat Summitがデンバーで開催。初日のキーノートを紹介する。

オープンソースをリードするRed Hatが、年次カンファレンスRed Hat Summit 2024を2024年5月6日から9日までコロラド州デンバーで開催した。ここでは7日の朝に行われたキーノートの内容を紹介する。

会場となったColorado Convention Centerに飾られたRed Hatのロゴ

会場となったColorado Convention Centerに飾られたRed Hatのロゴ

今回の大きなトピックはAIだ。生成型AIがベンチャー企業だけではなくRed Hatのような大企業にも大きな影響を与えていることを強く感じる内容となっている。Red Hatは、Linuxを始めとするオープンソースのインフラストラクチャーレイヤーのソフトウェアに対するサポートを提供することがビジネスモデルとして唯一成り立っている稀有な企業だ。

多くのスタートアップが機能強化版(エンタープライズバージョン)を有償提供したり、ライセンスを変更してパブリッククラウドのフリーライドを防ぐことでマネタイズする方法を模索したりする中、Red Hatはコミュニティが開発するUpstreamとRed Hatがサポートを保証するEnterpriseのどちらもオープンソースとして提供してきた。またJBossを買収することでミドルウェアレイヤーにも進出してきたが、IBMによる買収以降はプロダクトのポートフォリオを整理し、ここ数年はKubernetesのエンタープライズ向けプロダクトであるOpenShiftを中心としてビジネスを拡大してきた。

今回のRed Hat SummitではOpenShift、AnsibleそしてRed Hat Enterprise LinuxにそれぞれAI機能を追加することで差別化を行っている。そしてなによりそれらの自社製品ではなく「AIそのものがRed Hatの差別化だ」と言わんばかりなのが今回のキーノートのサマリーと言えるだろう。

Red Hat Summitのキーノートの動画は、以下のページから参照できる(要Red Hatアカウント)。

●動画:Red Hat Summit 2024: Unleashing the Power of Hybrid Cloud and AI

最初に登壇したのはRed HatのCEO、Matt Hicks氏だ。

CEOのMatt Hicks氏

CEOのMatt Hicks氏

2018年のRed Hat Summitでも登壇していたHicks氏だが、その際はIBMとの提携関係が協調されていた。そして約1年後にIBMがRed Hatを買収したことを考えると、その時点ですでに協力体制はできあがっていたと見るのが適切だろう。

●参考:2018年のRed Hat Summit。MC役はMatt Hicks氏

Hicks氏は自社製品に触れる前にオープンソースのAIを推進しているMeta、Mistral AI、Hugging Faceについて触れ、AIが持つ価値を強調した。

Metaなどの生成型AIを開発するベンダーを紹介

Metaなどの生成型AIを開発するベンダーを紹介

しかし生成型AIにもまだ問題点があるとして挙げたのは、モデルの開発に対する不透明さだ。大量のデータをベクター化して問題解決を行う際に「どうしてそうなったのか?」をデバッグできず、ゆえに最適化することも難しい。ハルシネーション(AIが誤った情報を生成すること)の根本的な対策についてオープンソースの護持者であるRed Hatの回答は「オープン化すること」だ。

生成型AIの問題点を解説

生成型AIの問題点を解説

その具体的な方法として導かれたのがRed Hatの親会社であるIBMとの連携だ。IBMの研究組織であるIBM Researchとの提携によって、Granite Modelと呼ばれるIBMのAIプラットフォーム、watsonxで利用されるデータモデルが今回オープンソースとして公開され、それを使うことで透明性を確保できると考えていると思われる。

Granite Modelをオープン化を発表

Granite Modelをオープン化を発表

そしてその意図は次に登壇したAshesh Badani氏にも引き継がれている。

登壇したAshesh Badani氏。いつものビジネスライクな服装ではなくジーンズとフーディが新鮮

登壇したAshesh Badani氏。いつものビジネスライクな服装ではなくジーンズとフーディが新鮮

Badani氏はかつてはOpenShiftのビジネス責任者という役割だったが、今やRed Hat全体の製品統括責任者という立場である。CEOのHicks氏が大意を伝え、製品統括の責任者が具体的な施策を語るという役割分担だ。

オープン化するAIモデルの具体的施策のひとつ、Instructlabを紹介

オープン化するAIモデルの具体的施策のひとつ、Instructlabを紹介

ここで紹介されたInstructLabについては、このキーノート当日に公開されたブログ記事を参照して欲しい。ちなみにLabは研究所という意味のLABではなくLarge-scale Alignment for chatBotsの「LAB」という文字を取ったと説明されている。

●参考:InstructLab とは

興味深いのはコード生成に関するベンチマークが紹介されたことだろう。プロプライエタリーであれオープンであれ大量のデータが必要で、演算のためのプロセッサリソースも大量に必要とするのが大規模言語モデルの常識だが、ここでBadani氏は高速性だけではなく小規模なモデルでも十分な性能が出ていることを指摘した。

コード生成のベンチマークを紹介。Mistral AI、Meta、Googleなどとの比較を紹介

コード生成のベンチマークを紹介。Mistral AI、Meta、Googleなどとの比較を紹介

比較されているのはMistral AI、MetaのLlama、GoogleのGemmaなどだが、その中でMistral AIとIBMのGraniteだけがApache 2.0のライセンスで公開されていることに注目したい。

ベンチマークで比較された各社のモデル。オープンソースはGraniteとMistral AIの2つだけ

ベンチマークで比較された各社のモデル。オープンソースはGraniteとMistral AIの2つだけ

Badani氏はAIの製品戦略としてAIアプリケーションをRed Hat Lightspeed、モデルに関してはGraniteだけではなくユーザーが持つモデルも利用できること、AIのプラットフォームはRHEL AIとOpenShift AI、インフラストラクチャーとしてRHEL、OpenShiftそしてAnsibleを挙げている。

製品統括らしく製品の位置付けを解説

製品統括らしく製品の位置付けを解説

5月10日に日本語で公開されたプレスリリースでは、Red Hat Enterprise Linux AIではなくRed Hat Enterprise Linux Lightspeedと称されていることから、LightspeedをRed HatのAIのブランディングとして使おうとする意図が見える。これはGitHubがCopilotをAIのブランディングとしてMicrosoftが流用していることに通じる発想かもしれない。

そして再度、Matt Hicks氏が登壇して動画ではあるもののIntelのCEOであるPat Gelsinger氏を紹介。

IntelのCEO、Pat Gelsinger氏が動画で登場

IntelのCEO、Pat Gelsinger氏が動画で登場

Gelsinger氏はIntelのAI関連製品について解説し、開発時に利用するデスクトップ及びノートブックPCにAIを利用できるAI PC、エッジノード及びエンタープライズ向けのEdge&Enterprise AI、そしてデータセンターで利用する多数のアクセラレータを搭載したData Center AIを紹介。

IntelのAIハードウェアのポートフォリオを紹介

IntelのAIハードウェアのポートフォリオを紹介

またそのポートフォリオにRed Hat製品がどのように対応するのかも解説。ここではOpenShiftだけではなくPyTorchやIntelのOpenVINOなども記載されており、エコシステムに多少は気を遣っているように見える。

Intelのハードウェアに対応するRed Hatのポートフォリオ

Intelのハードウェアに対応するRed Hatのポートフォリオ

この後に登壇したのはテクニカルマーケティングのChris Morgan氏だ。ここからは架空の保険会社をモデルにして、開発から実装までをデモとして紹介する内容となった。

PoCのデモを使ってAIの応用を紹介

PoCのデモを使ってAIの応用を紹介

モデルとなったのはParasolという名称の保険会社で、クレーム対応業務をモデルにデベロッパーから運用担当までが4台のPCを使ってアプリケーションの開発からCI/CD、本番環境への実装までを順番に行うというものだったが、ほぼ録画されたスクリーンショットだったのは残念だった。デモとしてはPodman desktopを使ってローカルのPC上で生成型AIを実行するところを見せた。またアシスタント的な機能としてはYAMLで最低限必要な質問を与えてモデルのトレーニングを行うことなどを見せ、AIの開発にJupyter Notebookが不要になることを細かいことながら訴えた場面もあった。

その後にRed Hat Enterprise Linuxの責任者だったStefanie Chiras氏が登壇。現在はパートナーエコシステム担当のシニアVPというタイトルだ。

パートナーエコシステム担当のSVP、Stefanie Chiras氏

パートナーエコシステム担当のSVP、Stefanie Chiras氏

ここでのサプライズはNVIDIAのVPが登壇したことだろう。紹介されたのはNVIDIAのエンタープライズ製品担当のVPであるJustin Boitano氏だ。

NVIDIAの担当者を紹介

NVIDIAの担当者を紹介

次に紹介したのはAdobeのExperience Cloudのユースケースということで、Adobeのプラットフォームエンジニアリングの担当者と生成型AIのプロダクトマネージャーを登壇させた。プラットフォームエンジニアリンググループのVPであるShivakumar Vaithyanathan氏、生成型AIのプロダクトマネージャーはRachel Hanessian氏だ。

左がVaithyanathan氏、中央がHanessian氏

左がVaithyanathan氏、中央がHanessian氏

ここではOpenShift上で実装されているAdobe Experience Cloudについて解説を行った。主なデータ量として約40PB、ユーザーからのトランザクションとして毎日50億回を100ミリ秒以下のレスポンスで処理しているという。ここではExperience CloudでのAIアシスタントを例として紹介したが、OpenShift上でどのように実装されているのかについては特に説明はなく、Adobe Experience Cloudの宣伝色が強かったのが残念と言える。

Red HatのCMO、Leigh Day氏登壇。医療機関でのユースケースを紹介

Red HatのCMO、Leigh Day氏登壇。医療機関でのユースケースを紹介

最後にRed HatのチームマーケティングオフィサーであるLeigh Day氏が登壇し、医療業界での実装としてBoston Children's Hospitalでのユースケースを紹介した。ここでも説明のポイントはAIによる効果に限定されており、AIがコンピューティングを根底から変えるということを、Red Hatが訴えたいという意図が見えた形になった。

CEOのMatt Hicks氏がIntelを紹介し、パートナーエコシステム担当のStefanie Chiras氏が長年のパートナーシップの関係にあるとしてNVIDIAを紹介、またDELLやLenovoなどの名前も登場するなどAIを全面に出しながらも単独で独占的に行うのではなく、コミュニティとパートナーとの関係を大切にしていることを髄所に表現したキーノートとなった。

なおRed Hatのアカウントを登録すれば以下のRed Hat TVからキーノート以外の動画も参照可能だ。

●参考:Red Hat TV

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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