どんな場所からスタートするにしても、まず「こうなりたい自分」を明確に決めておこう

2024年11月8日(金)
小林 道寛 (こばやし みちひろ)伊藤 隆司(Think IT編集部)
第7回の今回は、若手エンジニアのキャリアの始め方として「スタートアップと大企業、どちらでキャリアを始めるべきか?」について語っていただきます。

今の時代、若手エンジニアが勉強したいと思えば、いくらでも教材や資料はインターネットで手に入る。だがそんな便利な時代であっても、やはり先輩たちの生きた経験に裏打ちされたアドバイスは貴重だ。本連載では、情報インフラ系SIerとしての実績の一方で、現場で活躍できるエンジニア育成を目指した独自の技術研修「BFT道場」を展開。若手技術者の育成に取り組む、株式会社BFT 代表取締役 小林道寛氏に、ご自身の経験に基づくスキルアップのヒントや、エンジニアに大切な考え方などを語っていただく。

大事なのは、まず「こうなりたい自分」の
イメージを決めておくこと

皆さん、こんにちは。株式会社BFTの小林道寛です。

今回のテーマは「スタートアップと大企業、どちらでキャリアを始めるべきか?」です。これからエンジニアを目指そうという若い方には、これは大いに興味のあるテーマでしょう。そこで自分がエンジニアとしてどんな仕事ができるのか。どんな学びを得られるのか…でも判断のポイントが多すぎて、会社勤めの経験がない人には見当がつかないと思います。

一般に言われる特徴として、大企業には「雇用や収入の安定」「大きなプロジェクトに関われる」といった長所があります。新人エンジニアにとっては、充実した研修・教育制度も魅力でしょう。一方の短所としては、必ずしも希望の職種や、自分の好きな技術分野だけを担当できるわけではない。大きな組織のルールや慣習があって、それなりに窮屈な面もあるといったところです。スタートアップは、大ざっぱに言って上の大企業の裏返しだと思って良いでしょう。

「いや、それくらいは自分にも分かる。若手エンジニアを大勢見てきた小林さんなら、キャリアのスタートにどちらが良いか、本当のところを教えて欲しい」と言われるかもしれません。そこで私の答えですが、「大企業やスタートアップ、それぞれにいいところも悪いところもある。でも、それ以上でも、それ以下でもない」ということになります。「それじゃ答えになってないよ」とがっかりされたかもしれません。でも、実際のところそうなのです。

というのも、スタートアップと大企業を比べる場合、どちらが良いか悪いかを優劣で比較できるものではないからです。むしろそれぞれに特徴や良さ、問題点があって、それが自分の考えるキャリア作りや未来の自分像にどう役立つのか。そこを見極めるには、まず「こうなりたい自分」を、ある程度考えて決めておく必要があるのです。

その自分の未来像がある程度見えて、初めて「大企業かスタートアップ」かという議論になります。例えば、ハードからソフトまで幅広い経験を積みたい人には、大手総合メーカーが向いているかもしれません。反対に、AIや量子コンピュータのような最先端に触れたい人は、バリバリにとんがった研究型スタートアップも面白いでしょう。

繰り返しになりますが、大事なのは「こうなりたい自分」をまず決めておくことなのです。目的地が見えれば、大きい船と小さなボート、どちらを選ぶべきかも判断できます。皆さんも、まずは自分の目指す方向、なりたいエンジニア像を、頑張って思い描いてみてください。

草創期のBFTで
レガシーとベンチャー企業2つの良さを経験

私自身の経験を振り返って、少しお話ししましょう。私が新卒で入ったのは、テレビ局のシステム子会社(第1回参照)でした。いわゆるレガシー系の企業ですね。

入社後は親会社のテレビ局の情報システム部門に配属されました。そこには、いろいろな会社から転職してきた人がそろっていました。それもみんな私より10歳くらい年上の先輩たちばかりで、若い私は厳しく指導されました。でも、それはちゃんと目的のある厳しさで、その中で鍛えられている自分は、映画に出てくる軍隊の士官学校にいるみたいだなと感じていました。当時の放送局には、親会社・子会社とか関係なく、こういう上下関係の中で教育してもらえる良さがあったのです。

一方、36歳で入社したBFTにはベンチャー企業ならではの面白さもありました。何しろ私を入れて11人ですから、限られた人的資源をうまく生かして会社を経営していかなくてはなりません。その結果、いろいろな考えや能力や個性をもった人の間で揉まれながら一緒に成長していけたのは、組織の小さなベンチャーならではの面白さだったと思っています。

また、レガシー企業に比べて人の出入りが多いので、出会いや別れがある中で自分も磨かれていく。課題や目標についても誰かが教えてくれるものではないので、自分で「こういう能力が必要だ」と気づいて主体的に学ばなくてはいけない。こういった点も「この課題をクリアせよ」と上から与えられる、大手のレガシー企業とは大きく違うところです。

あと、やはりスタートアップにはワイルドさがありますね。個性的な人たちがぶつかり合うエネルギーがあるので、時には対立し、時には協力し合ってを繰り返しながら前に進んでいく。面白いけれども、それなりに覚悟がいる場所でもあります。

はっきり言って、スタートアップも大手も人によって向き・不向きが必ずあります。だから大手企業に入れなかったからといってがっかりすることはないし、スタートアップを選ばないのは自分にチャレンジ心がないからだなんて卑下する必要もない。「まず自分の考えや目的を決めて、それが実現できそうなところ」を選べば良いのです。選んで、その場所で精一杯頑張って成長できる場所が、あなたに合った会社です。

「これでいい」に安住することなく
いろいろなことに挑戦しよう

ここからはスタートアップか大手企業かという二択から少し離れて、企業という組織の中でどう成長していくのかというお話をしたいと思います。小さくても大きくても会社というところは、その企業ごとのやり方や体制があります。新人はその決められた枠組みの中で、自分はどうやって成長していくのかを探らなくてはなりません。

組織の中に入って一番怖いのは「これでいい」と無意識のうちに思ってしまうことです。特に新人の場合、会社のやり方や先輩の指示を守って仕事をしていれば、それなりに評価してもらえるので、知らず知らずのうちに「自分はちゃんとやれている」と思ってしまいがちです。でも、エンジニアにとってそれは成長を妨げる錯覚になりかねません。

だから、もし自分に好奇心や新しいものへの関心があるなら、いろいろなことにチャレンジしてみましょう。もちろんあれこれ散らかしたり、組織のルールを乱したりはダメですが、許される範囲で意図的にさまざまなことに手を出しておくのが良いと思います。

「あれこれ手を出せ」というのは、必ずしも成功しなくても良いということです。新人ですから、周囲もそんなに期待はしていません。むしろ若いうちにさまざまなことを経験しておく~多様な経験値を自分の中に蓄積しておく方が、むしろ重要だと私は思っています。

中には「失敗したら恥ずかしいから、やめておこう」と最初から尻込みする人もいます。私はそういう若い人にはいつも「やってみたらいいんだよ」と言っています。初めてで経験もないんだから「60点くらい取れるかな」「あれ、これじゃもしかして赤点!?」とか思いながら取り組む方が面白いし、モチベーションも上がります。最初から「極めないといけない」「評価されるように成果を挙げなくてはいけない」なんて思い詰めても、苦しいだけで続きません。

技術だけ磨いてもビジネスはできない
広い視点で学び、経験しよう

最近、若いエンジニアの方からよく聞かれるのが「エンジニアは技術のことだけでなく、自分の会社の経営などのことも考えられるようにすべきですか」という質問です。やはり時代が変わっていく中で、技術一筋ではなく企業人としてのスキルも必要だという意識が広がってきているのだと思います。

この答えは「大いに考えるべきだし、それは自分のスキルアップに大きなメリットをもたらすでしょう」です。そもそもITは「(技術によって)何かを変えよう」という世界観のもとにあるので、常に投資に対するリターンを考えるのです。言い換えれば「技術をビジネスの文脈の中でどう生かすのか」を考えていく必要があります。だからエンジニアが経営的な視点を持っていることは大事だし、それはスタートアップも大手企業も変わりません。

私の場合、最初に入社したレガシー系の会社で管理会計や財務会計を勉強したのと、BFTに来てからは経営者としての感覚を実務を通じて磨きました。今は学校を出て最初からエンジニアとして就職する人が多いので、そういう「まわり道」的な経験はなかなか難しいかもしれません。でもどこにいても学べることはあるし、自分に意欲があれば絶対に学んだ方が良いと思います。

経営的視点と言えば、将来のキャリアプランの中に自ら経営者になる夢を描いている人もいるでしょう。経営者になれば経営戦略、企業戦略を自ら立てなくてはなりません。ちょっと気が早いかもしれませんが、それも今からトライしておくことをお勧めします。というのも、経営はいわゆる経営学などの本を読めば、いくらでも勉強できます。でも、座学だけで考えた戦略が有効かというと、それは全く別物なんですね。

やはり企業経営や企業戦略というのは実行や経験が伴わないと、力のあるプランを立てられるようになりません。まず本当にシンプルなものでいいので、何かプランを考えたらとにかくトライしてみる。実行すれば必ず結果が出るので、そこでトライ&エラーを繰り返すうちに力がついてきます。これは小さなプロジェクトの中で十分できるので、若いうちからぜひ挑戦してみてください。

忙しい毎日で自分の成長を妨げる
2つのリスクをどう回避するか

ベンチャーでも大手でも、いよいよ組織の中で働き始めると、日々の仕事に追われる中で陥りやすいリスクがあります。ここでは、そのリスク回避のポイントを2つお話ししましょう。

1つ目は「自分が成長しているかを、常にチェックする」です。上でも触れましたが「これでいい」と無意識のうちに思ってしまう。これは、むしろ真面目な人ほど警戒すべきかもしれません。与えられた仕事をきちんとこなせば、周りの人もそれなりに評価してくれます。それで本人も「これでいい」と思ってしまう。でも、それは成長をやめてしまうということでもあります。

では、この兆候をどうチェックして見つけるのか。例えば技術の習得に関しても、以前と同じレベルの仕事をずっと繰り返していたら要注意です。私も社員に対しては「仕事の範囲は広がってきているが、技術者としてより高いレベルに向かっているのか?」ということを気にしていつも見ています。「幅や広さ」だけでなく「高さや深さ」はどうか、自分のスキルを立体的にチェックすることが必要です。

2つ目は「本当の忙しさとは違う忙しさに飲まれるな」です。仕事に慣れていろいろな業務を任されるようになると、とにかく急ぎの案件からこなすのが精一杯になってきます。もちろん緊急性・重要性の高い仕事は最優先で処理しなくてはなりませんが、では2番目に優先するのは何でしょう。実は、2番目に優先すべきは「緊急性の高いもの」より「重要性の高いもの」なのです。

それを意識していないと「慣れた技術でできる案件」を端からこなすだけになってしまう。本当は今どんどん需要の増えているクラウドとかコンテナとか、あるいはAIの案件を新たに作って経験値を積んで、1年先、5年先のビジネスに備えておくべきなのに、同じことの繰り返しで時間が過ぎていく。自分の成長も足踏みしたままでは、本当に意味のある忙しさとはいえません。

自分が同じ位置に安心して止まっていないか。同じことを繰り返して忙しがっていないか。時々は立ち止まって遠くを眺めて、1年前、半年前と見える光景が変わっていなかったら「これはちょっとまずいぞ」と危機感を持ってください。

私自身、自分に残された時間がどれくらいかを考える年齢になったので、「では、その時間で後は何を頑張ろうか」と、よく考えます。それで「ああ、これは絶対に頑張ってやってみたいな」というものを次のテーマに据える。これが、私が今の年齢になっても頑張れる理由の1つです。私よりずっと若い皆さんには、まだまだ時間がたくさんあります。その時間の中で、どれくらい多くの新しい光景に出会えるか、ぜひチャレンジしてみてください。

今回は「スタートアップと大企業、どちらでキャリアを始めるべきか?」をテーマにしましたが、読み返してみると「どんな場所からスタートするにしても、やっぱり自分をしっかり持つことが、本当の出発点だな」と改めて思います。

さて、次回はどんなテーマを取り上げましょうか。よろしければ、どうぞ引き続きお付き合いください。

著者
小林 道寛 (こばやし みちひろ)
株式会社BFT 代表取締役社長
1991年に株式会社フジミックに入社。親会社フジテレビジョンの情報システム局で、親会社やグループ会社のシステム構築と運用を経験。2004年に株式会社BFTへ入社。エンジニア部門のマネージャを経験後、取締役に就任。2015年に代表取締役社長に就任。システムづくりを離れ「人とシステムをつくる会社」をつくり続けている。
著者
伊藤 隆司(Think IT編集部)
株式会社インプレス Think IT編集部 担当編集長
IT系月刊誌、資格系書籍、電子書籍、旅行パンフレット等の企画・編集職を経て現職。Think ITのサイト運営と企画・編集、「CloudNative Days」の運営に携わりながら、エンジニア向け書籍の企画も手がける。テクノロジーだけでなく、エンジニアの働き方やキャリアップなどのテーマに造詣が深い。

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