月刊Linux Foundationウォッチ 67

クラウドネイティブは「退屈」になった ー「CNCFアニュアルサーベイ2025」が映し出すAI時代のインフラ現実

吉田 行男

6:30

98%採用時代の到来と新たな論点

Cloud Native Computing Foundation(CNCF)とLinux Foundation Researchは、2026年1月に「CNCF アニュアル クラウドネイティブ サーベイ:AIの未来のインフラストラクチャー」を公開しました。本レポートは2025年9月に628名の回答者から収集したデータに基づき、クラウドネイティブ技術の採用動向を年次で追跡しているものです。

【参照】CNCF アニュアル クラウドネイティブ サーベイ
https://www.linuxfoundation.jp/publications/2026/04/cncf-2025-annual-survey-jp/

今回のレポートが示す最大のメッセージは明快です。すなわち、クラウドネイティブ技術の採用率は98%に達し、「採用するかどうか」はもはや議論の対象ではなくなったということです。論点は「いかに価値を最大化するか」へと移行しました。本番アプリケーションでのコンテナ利用率は2023年の41%から2025年には56%へ上昇し(P.10 図6)、コンテナユーザーのうち本番環境でKubernetesを運用している割合は66%から82%へと急伸しています(P.11 図8)。

このレポートは「Kubernetes is boring(Kubernetesは退屈だ)」という表現を最高の賛辞として紹介しています。技術における「退屈」とは、予期しない障害のない信頼性、文書化された予測可能な動作、エッジケースへの対処、そしてAPI安定性を意味します。Kubernetesは勝利したのではなく、標準になったのです。

第1のテーマ:
Kubernetesが「AIプラットフォーム」へと進化する

本レポートの中心テーマは、KubernetesがコンテナオーケストレーターからAIインフラストラクチャープラットフォームへと静かに進化している事実です。調査対象組織の66%が、生成AIワークロードのホスティングにKubernetesを活用しています。内訳を見ると、推論ワークロードを完全にKubernetes上で運用している組織が23%、部分的に運用している組織が43%となっており、後者の存在が興味深い示唆を与えます(P.6 図1)。

部分採用の43%は、バッチ推論ジョブや開発・ステージング環境からKubernetesを使い始める一方、本番サービングには既存のレガシーシステムを維持しているケースが多いと分析されています。一方、完全採用の23%はモデルデプロイメントにGitOpsを導入し、Prometheus/Grafanaによるモデルパフォーマンスの監視を確立し、AIワークロードを既存のCI/CDパイプラインに統合しているMLOps成熟組織と推定されます。

Kubernetesへの集約は、KubeflowによるエンドツーエンドのMLワークフロー、KServeによるモデルサービング、GPUスケジューリング、ノードアフィニティ、リソースクォータ管理といった機能が揃ったことで現実的になりました。従来型のデータサイエンスと本番エンジニアリングの間にあったサイロが、統合オーケストレーションレイヤーによって埋められつつあるのです。

第2のテーマ:
ほとんどの組織は「AIの消費者」である

AIの誇大宣伝を冷静に見直すデータも提示されています。組織の52%は生成AIモデルの構築やトレーニングを行っておらず、推論用途でもマネージドAPI利用が37%、クラウドでのセルフホストが27%、オンプレミスでのセルフホストが25%という分布です(P.7 図2)。つまり、多くの企業はAIの「生産者」ではなく「利用者」であり、ゼロからのモデル構築ではなく、既存モデルのファインチューニングや推論最適化が実際の課題となっています。

さらに厳しい現実として、生成AIモデルを本番環境に毎日デプロイしている組織はわずか7%にとどまり、47%は「年に数回程度」の不定期デプロイです(P.8 図3)。AIモデルは従来のコードと異なり、ホールドアウトデータセットでのパフォーマンス検証など統計的な検証ゲートを必要とするため、デプロイ速度は構造的に低下します。競争優位性は派手なアルゴリズムではなく、堅牢なCI/CDパイプライン、リソース最適化、監視といった「地味なインフラ能力」にあるというのが、本レポートの核心的なメッセージになります。

第3のテーマ:
最大の障壁は技術ではなく「文化」

2025年のコンテナ導入における最大の課題は「開発チームの文化的変革」で47%を占め、トレーニング不足(36%)、セキュリティ(36%)を上回りました(P.10 図7)。2023年の上位がセキュリティ、複雑さ、モニタリングという技術課題だったことを考えると、これは構造的な転換です。技術的ハードルが下がった結果、組織的・人的な変革が最後のボトルネックとして浮上したのです。

この文脈で、Jonathan Bryce氏(Linux Foundation, Cloud and Infrastructureエグゼクティブディレクター)はForewordでプラットフォームエンジニアリングの台頭を強調しています。コードから本番環境までの経路を整備された道筋・適切なデフォルト・明確なガードレールで体系化することで、開発者を差別化につながらない反復作業から解放する動きです。セキュリティに関しては、EU CRAなどの新規制の導入により、今後も長年にわたり重要性が増し続けると予測されます。

成熟度プロファイルと
GitOpsという「北極星」

レポートはクラウドネイティブ採用を4段階に分類しています。エクスプローラー(8%)、アダプター(32%)、プラクティショナー(34%)、イノベーター(25%)です(P.13 図10)。この分類で特に示唆に富むのが、GitOpsの採用率が成熟度の「北極星指標」として機能している点です。エクスプローラーでのGitOps採用率は0%、アダプターで23%、プラクティショナーで50%、そしてイノベーターでは58%に達します(P.17 図17)。CI/CDはより基本的な入り口であり、エクスプローラーでも42%、イノベーターでは91%とほぼ普遍的です(P.17 図18)。

開発速度の差も顕著で、1日に複数回コードをコミットする組織はエクスプローラーで35%、イノベーターでは74%。毎日のリリースサイクルもエクスプローラーの12%に対しイノベーターは41%です(P.16 図16)。興味深いのは、従業員500人未満の中小企業がイノベーター全体の55%を占め、クラウドネイティブ技術からの平均収益は57%に達している点です(P.15 図14)。レガシーの不在と小回りの利く組織文化が、スタートアップに決定的な優位性を与えています。

オープンソースの持続可能性という実存的課題

本レポートが最後に提起する重い論点が、オープンソースインフラの持続可能性です。2025年9月、OSS管理者たちは「重要システムは危険なほど脆弱な前提のもとで運用されており、持続可能な資金調達モデルではなく善意に依存している」という警告をオープンレターで発表しました。オープンレターはAI/MLワークロードに起因する「機械主導の、しばしば無駄の多い自動化された利用」を明示的に負荷要因として指摘しています。

商業規模のワークロードがキャッシュやスロットリングもなく、自らが与える負荷への認識すらないまま実行されている現状は深刻です。モデルを不定期にしかデプロイしない47%の組織もまた、自社のインフラ影響が最小限だと誤認している可能性があります。CNCFのエコシステムは234のプロジェクトと27万人超の貢献者によって支えられていますが、この「コモンズ」を維持するには、組織が受動的な利用者から積極的な管理者(資金提供、貢献、責任あるリソース利用)へと姿勢を転換する必要があるとレポートは訴えます。キャッシュ戦略の実装、リソースクォータの活用、消費量の監視といったインフラストラクチャーを優先したアプローチが、AI時代のOSS利用者に求められる最低限の作法となるでしょう。

主要CNCFプロジェクトの採用動向

卒業プロジェクトでは、Kubernetes(本番利用87%)、Helm(81%)、etcd(81%)、Prometheus(77%)、CoreDNS(76%)、containerd(74%)が基盤インフラとして定着しています。Cert Manager(58%)、Argo(52%)も実用段階に入りました(P.18 図19)。インキュベーティングプロジェクトではCNI(52%)、OpenTelemetry(49%、評価中26%)、gRPC(44%)、KeyCloak(42%)が勢いを見せており、特にOpenTelemetryは観測可能性標準としての移行が進行中です(P.19 図20)。WebAssemblyは3年連続で約65%が未経験と報告しており、変曲点はまだ訪れていません(P.12 図9)。

まとめ:競争優位はインフラの成熟度へ

クラウドネイティブが「退屈なインフラ」となった今、差別化要因は、その基盤の上に信頼性が高くスケーラブルで持続可能なシステムを構築できる組織能力へと移行しています。AIの熱狂の裏で、勝者を決めるのは堅牢なCI/CD、GitOps、観測可能性、そしてオープンソースエコシステムへの積極的な貢献です。技術採用と並行して組織変革に投資し、持続可能な資金モデルを持つ組織こそが、2025年以降のリーダーとなるでしょう。

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