はじめに
DevRelに関わる人たちは増えている一方で「なぜDevRelに関わるようになったのか」「どういったキャリアを歩んで現在があるのか」については、あまり明らかにされていません。それぞれ異なるキャリアを歩んできていますが、その共通項を探っていこうというのが本連載の目的です。DevRelとしてのキャリアに興味がある方に、ぜひ読んでほしいです。
第2回目となる今回は、Datadog Senior Technical Advocateとして活躍する萩野たいじさんに、これまでのキャリアや外資系企業での働き方、DevRelという仕事の本質について話を伺いました。
さまざまな会社や働き方を経験してきたたいじさんだからこそ語れる、エンジニアとしての経験とDevRelとしての働き方について、ぜひご覧ください。
美容師、音楽業界を経てITの世界へ。
異色のキャリアが生んだ「人と向き合う力」
たいじさんのキャリアは、一般的なエンジニアとはかなり異なるスタートです。社会人としての最初の仕事は美容師でした。学生時代に音楽か美容師かで迷い、まず美容師を1年間経験した後、やはり音楽をやりたいと音楽業界に転職。演奏家と他の仕事を複数掛け持ちしながら約4年間を過ごしました。
20代後半に差し掛かる頃、IT業界への転職を決意します。もともとデザイナーを志望していたとのことですが、当時はWebデザイナーとWebプログラマーの違いが分かっておらず、パソコンもプログラミング目的ではほとんど触ったことがなかったそうです。「未経験大歓迎」の会社に就職したところは、業務システム開発を手がける会社だったといいます。
その会社でプログラマーとしてのキャリアがスタートします。そこではi-modeの着メロコンテンツや当時流行していたFlashを使ったリッチクライアントの開発にも携わり、技術を身に付けていきました。その後フリーランスになりますが、スタートアップへ誘われます。そしてFlash(クライアントサイド)とJava(サーバーサイド)の開発を含むパッケージ製品全体の設計・開発を担うようになりました。
ところが、その会社が倒産。そこで自ら受託開発の会社を起業した後、ネクストコムに就職します。このネクストコムと三井情報開発が合併して誕生したのが三井情報株式会社(MKI)です。MKIではSI案件のアーキテクトやコンサルタントとして働き、後半はR&D部門に異動。ここでの経験がDevRelへとつながっていきます。
会社員、フリーランス、起業、スタートアップ、SIerと幅広く経験してきたたいじさんですが、エンジニアとしての働き方で一番合っていたものは何かと尋ねると、こう答えが返ってきました。
「企業規模や会社の形態によらず、自分にはお客さんと向き合う仕事が合っていました。設計書だけ降ってきて社内でコーディングするだけではなく、お客さんとコミュニケーションを取りながら仕事を進めて、最後に成功した時に一緒に喜べるというのが楽しかったです」
社内タスクフォースからエバンジェリスト、
そしてDevRelとの出会い
たいじさんがDevRelに出会うきっかけとなったのは、MKIのR&D部門に属していた頃でした。商社系SIerであるMKIは、自社がどのような技術に強みを持っているか、当時はあまり外部に発信していませんでした。そこで、社内の各技術分野のスペシャリストを育て、社内外に発信していくタスクフォースが立ち上がります。その枠組の中で、たいじさんはモバイル分野を担当することになりました。
外部に発信する活動を始めると、エバンジェリストやアドボケイトと呼ばれる役割があることを知ります。直接のきっかけは2015年、Microsoftのグローバルカンファレンス「Microsoft Ignite」(シカゴ)に参加した時に日本Microsoftのエバンジェリストと出会ったのです。そこが起点になってエバンジェリストを調べる中で、DevRelという言葉に突き当たりました。そして、DevRelのコミュニティである「DevRel Meetup in Tokyo」(現DevRel/Tokyo)の存在を知り加したことで、これまでに調べたさまざまな情報が自分の中でつながっていったといいます。
振り返れば、フリーランス時代に参加していた「Flash JP」というオンラインコミュニティも、後から考えてみればエンジニアコミュニティだったと気づいたそうです。当時はフォーラムで技術的な質問を投稿するとエキスパートが答えてくれる場でしたが、まだエンジニアコミュニティとは認識していなかったといいます。
その後、MKIとしてiOSコンソーシアムにも参加しています。これはエンタープライズにおけるiOSデバイスの活用を推進する団体で、分科会のワーキンググループリーダーとして運営側の立場で関わっています。これもまた、1つのエンジニアコミュニティと言えるでしょう。
こうした経験を経て、より本格的にDevRelの仕事をしたいと考えていた時、IBMが東京でもグローバルのデベロッパーアドボケイトチームを立ち上げるという話を聞きます。そこに応募し、見事に採用されました。ここから、本格的にたいじさんのDevRelキャリアがスタートします。
外資系企業で得た多角的な視点。
閉じない環境がクリエイティビティを育てる
その後、たいじさんはOutSystems、Datadog、HERE Technologiesと複数の外資系企業を経験しています。外資系で働く一番の魅力について聞くと「日本の文化・慣習に閉じていないところ」だと語りました。
「普段仕事をしていて何気ないところでも、日本以外の声が入ってきます。日本の常識では推し量れない内容もあります。それをそのまま受け入れるかは別として、多角的な視点から別な考え方に触れられる機会を得られるのが良いです」
グローバルチームでの仕事ではタイムゾーンの問題も避けて通れません。現在DatadogのAdvocateチームはアジア・太平洋エリア(APAC)にたいじさん1人しかおらず、約30人のメンバーの大半はアメリカとヨーロッパにいます。ヨーロッパのメンバーとは日本の夕方がヨーロッパの朝なので比較的やり取りしやすいですが、アメリカのメンバーとのコミュニケーションは深夜が多くなってしまいます。
英語でのコミュニケーションについては、IBM時代にグローバルチームに所属したことが大きかったといいます。そして、何よりも「臆せず自分からコミュニケーションを取りに行くことが大事」とのこと。深夜2時でもミーティングに参加し、グローバルで集まる機会があれば率先して現地に赴き、顔を合わせてコミュニケーションを重ねました。英語のスキルそのものよりも、心理的ハードルを自分から越えていくことが重要だったと振り返ります。
外資系企業について「KPIで何でも数字で測る」というイメージがありますが、たいじさんは日本企業とあまり違いを感じていないといいます。これはDevRelが営業職ではないため、数字に直結するようなKPIが設定されにくい環境という点も理由に挙げられます。ただし、目標設定の規模感や現実性については日本企業が現実的な数字を設定するのに対し、外資系ではやや高めの目標を設定する傾向があるかもしれないと付け加えています。
外資系を渡り歩く中で
DevRelの現場で一貫して大切にしてきたこと
複数の外資系企業でデベロッパーアドボケイトとして働いてきたたいじさんですが、一貫して取り組んできたのは自社の技術・製品・サービスと、それを使うユーザーであるエンジニアをつなぐことです。
「自社のプロダクトやサービスのファンや支援者を増やしていく。そして、その人たちの率直な声を会社にフィードバックし、プロダクトをより良くしていく。私はずっとそれを続けています」
所属する組織の位置づけは各社で異なり、それが仕事のしやすさにも影響すると振り返ります。IBMではR&D的な位置づけにあり、新しい取り組みがしやすかったそうです。OutSystemsでは当初はマーケティングチームの下で広報との連携がしやすく、後にプロダクトチームの下に移ったことで顧客のフィードバック連携がスムーズになりました。
現在のDatadogではエンジニアリングチームの下にコミュニティチームがあり、その中にアドボケイトチームがあります。プロダクトチームとも並列に近い関係にあり、たいじさんはこの構造が非常に働きやすいと評価しています。
「エバンジェリストやアドボケイトをやっている僕らは、自分たちをエンジニアだと思ってやっています。しかし、DevRelについて知らない人から見るとマーケティングだったり、別な職業の人だと思われたりします。エンジニアとして見てもらえないと、働きづらさを感じる場面もあります。Datadogはデベロッパーアドボケイトを技術のエキスパートとして位置づけているので、エンジニアリングチームの中に属しているのも納得感があります」
ユーザーグループの立ち上げと
グローバルプログラムへの展開
現在Datadogでは、Senior Technical Advocateとしてユーザー(エンジニア)との信頼関係の構築、ファンの拡大、そしてユーザー自身がインフルエンサーとなってDatadogを広めてくれる循環を作ることをベースに活動しています。そのためのアプローチとしてユーザーグループの運営、カンファレンスやイベントでの登壇、ワークショップやセミナーの開催、ブログ記事や動画などの技術コンテンツの制作があります。
さらに、Datadogではプロダクトマネージャーチームとの連携を強化し、アドボケイトがユーザーとプロダクトチームの橋渡しになる点を重視しています。たいじさんは日本のユーザーからの要望やフィードバックを集約し、優先順位をつけてプロダクトチームへつなぐ役割を担っています。
特筆すべきは、日本のDatadogユーザーグループ「JDDUG(Japan Datadog User Group)」の立ち上げです。ユーザーが自走できるように、もともとコロナ禍に作られた前身のJDDUGをベースに、たいじさんがユーザーのみなさんと共に再始動させました。この日本での取り組みがきっかけとなり、Datadogとして公式に世界中でユーザーグループプログラムが立ち上がっています。現在、ユーザーグループに対しては会場の提供やケータリングなどのサポートが行われています。
JDDUGは東京、福岡、札幌、琉球(沖縄)の4つの拠点を持ち、グローバルでも6つの都市でユーザーグループが活動しています。日本のコミュニティが活発に活動したことがグローバル展開のトリガーの1つになったのです。日本ではコミュニティが強い理由について、たいじさんは個人的な見解として、以下のように分析しています。
「日本人は公の場でのコミュニケーションをあまり得意としない人が多い気がします。気の許せる仲間を作って、意見交換がしやすい場を作りたくなるのではないでしょうか。心理的障壁も下がりますし、ここに来ている人なら同じ考えがベースにあるという安心感もある。だからコミュニティが好きなのかなと感じています」
エンジニア経験がDevRelの土台に。
技術を語れることの意味
たいじさんのエンジニアとしての経験は、DevRelの仕事にどう活かされているでしょうか。アプリケーションエンジニアとしての経験は、デモアプリを素早く作れる強みにつながったといいます。しかし、現在ではAIを活用した簡単なデモアプリは誰でも作れるようになっています。
そうした中にあっても、AIに正確な指示を出すためにはアプリケーションの仕様を定義する必要があり、それは自分自身が本物のアプリ設計ができるかどうかによる、とたいじさんは考えています。エンジニアとのコミュニケーションにおいても、技術レベルで目線を合わせられる点が役立っています。ただし、たいじさんはこの点においては、最低限必要なスキルセットだと捉えています。
「役に立っているというよりは、ベースとしてのエンジニア経験があるから、この仕事(DevRel)をやれているのだと思います」
さらに、海外カンファレンスでの登壇についても話を聞きました。たいじさんは2016年に「DevRelCon London 2016」で初めて海外登壇を経験していますが、当時は英語もたどたどしかったといいます。それでも応募した理由について、たいじさんは次のように振り返ります。
「英語を克服するなんて偉そうなことは言えません。本当に勢いだけでやってみたら、なんとかなっただけです。何回か繰り返していく中で、慣れていきました」
最近では、日本から海外カンファレンスに登壇したいと考えている人も増えています。DatadogのカンファレンスのCFPに、日本からの応募が増えていると言います。その中には、英語での登壇が初めてという人もいるそうです。
DevRelに向いている人は、
製品への愛と学び続ける姿勢がある人
最後に、DevRelに関わって働く上で、必要な素養について聞きました。まず大事なのは、エンジニアとしての経験です。DevRelの「Dev」は外部の開発者(=エンジニア)を指します。そのエンジニアが何を求めているかを理解できなければ、相互の信頼関係を構築するのは困難です。そして、彼らの課題感を理解する際に、自分自身のエンジニアリング経験が活かせるのです。
「DevRelを機能させるには、オーディエンスであるエンジニアの人たちが求めていることが分からないといけません。そこを理解するためには、自分自身が最低限のエンジニアリング経験がないと難しいのではないでしょうか」
ただし、求められる技術的な知識は関わる製品によって異なります。Datadogであればオブザーバビリティや運用監視、SREといった領域の知識が求められますが、細かなアプリケーションのコーディングスキルはそこまで必要ありません。一方、OutSystemsであれば、データモデル駆動開発やER図の理解が不可欠でした。
アドボケイトに向いている人物像として、まず製品を好きになれることを挙げています。例えば、Datadogはオブザーバビリティという、いわば裏方的なツールであり、その製品の領域に興味を持てることが大切だといいます。加えて、技術的な学習を続ける意欲があること、自分から積極的に他者とコミュニケーションが取れること、そして国や地域を問わず柔軟に動けることの3点を挙げています。
DevRelの仕事は仕事領域が曖昧になりがちで、他部署と協力し合う場面が多い仕事です。「自分の役割と責任範囲だけに閉じてしまい、それ以外はやりませんと決めてしまう人は働きづらいかもしれません」とたいじさんは語りました。
まとめ
美容師、音楽業界という異色の経歴からIT業界に飛び込み、フリーランス、起業、SIer、そして外資系企業でのDevRelへと歩んできたたいじさん。その根底にあるのは、常に人と向き合い、コミュニケーションを通じて価値を生み出すという姿勢です。
DevRelという仕事を「エンジニアとの信頼関係を構築し、その声を製品に反映すること」と捉えるたいじさんの言葉には、長年のエンジニア経験と多様なキャリアに裏打ちされた実感がこもっていました。
