第2回 ホロス2050未来会議「第2章 人工知能の現在 /COGNIFYING」レポート

2017年6月26日(月)
狐塚 淳(こづか じゅん)

2017年6月2日、第2回 ホロス2050未来会議「第2章 人工知能の現在 /COGNIFYING」~どうすれば人間はもっと人間らしい仕事に集中できるか? が、御茶ノ水デジタルハリウッド大学駿河台キャンパスで開催された。

今回はケヴィン・ケリーの著書『<インターネット>の次に来るもの』に登場した「ロボットのおかげで、われわれはもっと人間らしい仕事に集中できる」という言葉を手掛かりに、人工知能とロボットの発展の現状と人間がこれから考えるべきことについて講演とディスカッションが行われた。

人間以外の知性との協働

冒頭で、ホロス2050未来会議の発起人の1人である服部桂氏が挨拶に立ち、「Alpha Goが最強のプロ棋士に勝利したことで、人間以外にも知性はありうるかも知れないという認識が生まれてきた」ことに触れ、そもそも知能というのは複数の知的機能を合わせた総合力を指す言葉なので、例えばその1つの機能に特化したAIを取り入れ、今後は知的な領域においても人間に足りていないものを機械で補い、ケヴィン・ケリーの言葉でいうところのArtificial Smartness(人工的なスマートさ)を実用化することが重要になると語った。人間と機械が競合すべき存在ではない例として、人とAIがチームを組んで対戦するチェスのリーグが盛り上がりを見せていることに触れ、今後はAIといかにコラボレーションできるかで人間の価値も高まってくるだろうと述べた。

IoTの背景にあるAI

続いて、ゲストスピーカーの元Google米国本社副社長・Google Japan代表取締役の村上憲郎氏が登壇し、AIの発展とその目指す方向について「現在のAIブームのブレークスルーとなったのはディープラーニングというアルゴリズムだ。そのディープラーニングは大量のデータを必要とするためビッグデータが手に入ること、コンピューティングファーストでGPUが使用できること、そして充実したツールも多数登場してきたことで可能になった。Googleは、AIの利用形態として、デジタルパーソナルアシスタントの完成形であるキータイプで検索しなくてもユーザーがほしいものが出てくる『バトラー(執事)サービス』を無料提供したいと考えている」と述べた。

また、村上氏は現在総務省のAIネットワーク社会推進会議の委員などを務め、各国政府や大手企業の動きをチェックしながら日本政府の方針策定に向けた提案を行っている経験から、社会的なAIの状況について「政府はIoTを使った新しい生産システムの実現を目指しているが、IoTの背景にはAIを利用したスマートグリッド(ITによる高度な電力管理)がある。Industrie 4.0で日本とドイツはハノーバー宣言を採択し、IoTを使用する新しい生産システムの開発に共同で当たると宣言した。これは米国主導で進められるIIC(インダストリー・インターネット)に対抗するものだが、中身はほとんど違わない。その最終的な目標は今後の自動車産業を(スマートグリッドやAIを用いて)どうリードするのかという問題だ」と解説した。

こうした技術的、社会的な変化によってもたらされるAIの雇用への影響としては「ホワイトカラーもルーチン業務の担当者は仕事がなくなり、代わって人間がAI会計士やAIパラリーガル(弁護士助手)をどう使いこなせるかが重要になってくるだろう」と述べた。日本政府はこの進歩を支えていくためにSociety 5.0でハイパースマート社会の実現を目指している。一方、情報社会と産業社会が合体していくその社会的な履行のプロセスで、いままでの仕事を失ってしまう人々をセーフティーネットで救い上げる必要が出てくる。このため、ユニバーサルベーシックインカムなどの議論が必要になるだろうと指摘した。

元Google米国本社副社長・Google Japan代表取締役 村上憲郎氏

道具が人間を進化させていく

続いて登壇したのはUI/UXの権威である東京大学大学院情報学環教授兼ソニーコンピュータサイエンス研究所の暦本純一氏だ。暦本氏は、現在スマホ操作で広く普及しているフィンガーアクションのマルチタッチ(ピンチング)を世界で最初(2002年)に公開している。

暦本氏は、現在AI不安の元になっている「シンギュラリティ」が、当初レイ・カーツワイルが述べたものからだいぶ誤解された形で広まっていると語った。「シンギュラリティとは人間対コンピュータではなく、テクノロジーと融合した人間が生物的な進化を超えた知性を手に入れて次の段階に進むことであり、カーツワイルはそれを2030年代だと予測している」と指摘し、テクノロジーと人間が協力して次の段階へ進んでいくのが本来のシンギュラリティだと述べた。

「人間と機械の融合がどうなるかは一通りではないだろうし、とても興味深い。そこに新しいヒューマンインターフェイスの研究テーマがある。『2001年宇宙の旅』のアーサー・C・クラークは人類が道具を発明したのではなく、道具が人間を発明した側面もあると書いているが、文字を発明したことで文字を使った思考が可能になり、AIを発明したことでAIを使った思考が可能になる。こうした道具が人間を進化させていくという面を追求していきたい。例えば、すでに現在においてもインターネット上で自己承認欲求が非常に強まっていて、それが自由意思を超えているようにも思える。いいね!が欲しいためにレストランのメニューを選ぶとき、すでに純粋に美味しいと感じる味覚や感性にはバイアスがかかっている。人間の感性がテクノロジーによって変化してきているのだ。さらに、AIにいいねと言われてもうれしくない、特定の誰かに褒めてもらいたい、ということもあるかも知れない」と、道具としてのテクノロジーと人間の関係を考察した。

仕事に関しての人間とAIの関係性についてもそれに通じる部分があり、「AIが仕事を奪うというが、2月14日のチョコレートの価値は、その分子構造にあるのではなく、誰からもらうかで変わってくる。つまり、仕事も、誰がやったか、誰がやってくれたかに価値が出てくる。そこに人間の価値がある。AIにはリプレースは不可能だ」と、独自の『チョコレート理論』を展開した。

暦本氏は現在、ヒューマンオーグメンテーション学という講座を東京大学で開設し、AIやロボティクスがどのように人間を進化させるかという学問体系を作ろうとしている。「多様な事象を扱うヒューマンオーグメンテーション学では、身体・存在・知覚・認知の4つを軸に考えていく」と新しい取り組みを紹介した。

東京大学大学院情報学環教授兼ソニーコンピュータサイエンス研究所 暦本純一氏

パネルディスカッション「AIの現状と問題点」

その後のパネルディスカッションでは発起人の高木利弘氏が加わり、服部氏から「AIとは何か?」「AIの現状と問題点」「AIによって人間はどうなるのか?」という論点が挙げられディスカッションが始まったが、議論は「AIという知性と人間がどういう関係を築いていくべきか」という点に収斂していった。

村上氏は「今後のAIを考えるうえで、セルフコンシャスネス(自意識)をマシン上に搭載できるかが問題になり、そこでは身体性が重要になってくるだろう」と予測し、暦本氏は「AIが出るまではヒューマンが一番だと思っていたが、人間の知性以外に、粘菌や蟻、蜂などの集団知能みたいなものもあり、こうした知性の多様性を多くの人が受け入れられるようになってきた。AIという人間とは違う知性をハックできる楽しさは、新しい異種の仲間ができたような気持ちを与えてくれるのではないか」と述べた。

これらを受けて高木氏は「社会は生命現象と同じで、同期で成り立っている。時間、単位、貨幣というプロトコルを制定して同期がとれるようになった。しかし、これは40億年の生命の歴史の中でわずか1万年のことにしか過ぎない。コンピューティングを使って社会をもう一度デザインすることで、これからの人間は幸福を目指せるのではないか」と話を結んだ。

パネルディスカッション風景(左から服部桂氏、高木利弘氏、村上憲郎氏、暦本純一氏)

人文科学からのAI検討が必要

今回の講演とパネルディスカッションで参加者の多くが感じたのは、「AIに関する論点は多様だ」ということではないだろうか。かつてコンピュータはパーソナル化することで、目の前の1台の機械として社会での認知・理解が進んだが、パネルディスカッションで服部氏が「いま、AIでできていることは今後AIと言われなくなる」と述べていたように、AIは発展するほどにAIとして意識されない形で浸透し、サービスとして利用されていく。このため、社会としてどうAIを受け入れていくのかは、個別の検討以外に、全体としての抽象的な議論が必要になる。先日翻訳が出たシンギュラリティ批判書『そろそろ、人工知能の真実を話そう』(早川書房)の著者ジャン・ガブリエル=ガナシアはパリ第六大学のAIチームのリーダーだが哲学者だ。欧米では、AIはテクノロジーとして論じられるだけでなく、論理学や法学、哲学など人文科学の課題として語られる機会が増えている。

ホロス2050未来会議は、従来日本では少なかった人文科学的な視点をもカバーする未来思考を今後進めていってくれそうだ。

ホロス2050未来会議
「ホロス(Holos)」とは、昨年翻訳が出版され話題になった『<インターネット>の次に来るもの』(NHK出版)の著者ケヴィン・ケリーの造語で、将来登場する「世界的規模のインタラクティブな超生命体」のことだ。彼はテクノロジーによって全世界の人々がリンクし、人工知能やセンサーとつながることでホロスを形成すると述べている。ホロス2050未来会議は、同書に登場する12のキーワードを手掛かりに、30年後の未来を考えていくために立ち上げられた。

第3回 ホロス2050未来会議「第3章 コンテンツ産業の変容/FLOWING」
ページからストリーミングへの4段階

2017年7月18日(火)19:30~
御茶ノ水デジタルハリウッド大学駿河台キャンパスで開催予定

ゲスト:『BuzzFeed』編集長の古田大輔さん、漫画家の鈴木みそさん
ディスカッション・テーマ:「ページからストリーミングへの4段階」
ケヴィン・ケリーが述べている四つの段階は以下の通り。

1.固定的/希少
2.無料/どこにでもある
3.流動的/共有される
4.オープン/なっていく
これらの4段階を手掛かりに、メディアが「ページからストリーミング」になっていくとはどういうことなのか、そして今問題となっている「ストリーミング」メディアの問題点とは何なのか、今後どのような段階を経て流動化は進んでいくのか、といったことについて参加者の皆さんと一緒に考えてゆきたいと思います。

詳細は公式サイトを参照。
チケット購入はhttp://holos2050.peatix.com/

著者
狐塚 淳(こづか じゅん)
コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集を経て、フリーランスのITライターに。現在は雑誌やWebメディアで、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなどの記事を中心に執筆している。

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