ガートナーのカンファレンスで聞いたAI応用に関する予測が微妙だった件
ガートナーと言えばIT業界ではハイプサイクルに代表されるトレンドの趨勢に関するリサーチを発表し、「マジックアドラント」と呼ばれるベンダーの位置付けで知られている。エンドユーザーに技術の動向やベンダーの優劣を検討する際の指標を提供し、ベンダーにとってはマジックアドラントでリーダーと位置付けられることで顧客へのアピールに使えるというほどに、IT業界においては有力な調査会社である。
そのガートナーが企画実施する「Gartner Symposium/ITxpo 2017」と題されたCTO、CEO向けのカンファレンスが東京でも開催された。これは約19万円という参加費を取る有償のカンファレンスで、ガートナーのリサーチャーや日本の錚々たるITベンダー、エンドユーザーがセッションを担当するベンダーニュートラルかつ、ややビジネス指向の強いカンファレンスと言えるだろう。今回も約1500名が参加したという。
今回、参加者向けとは別に開催されたプレス向け限定の「デジタル・コマースにおけるAI/機械学習などの最新テクノロジ活用とトレンド解説」と題されたセッションに参加した。2017年11月現在のガートナーが考えるAI及び機械学習に関する考えについてレポートを行いたい。
セッションを担当したのはE-Commerceチームを率いるリサーチディレクターのサンディ・シェン氏だ。
シェン氏は、ガートナー入社前にはSiemens Mobileで戦略的マーケティングを担当していたという。LinkedInのProfileによれば、2004年にガートナーに入社した上海ベースのリサーチャーである。
シェン氏のプレゼンテーションをかいつまんで紹介すると「2022年までに、デジタル・コマースにおける注文の少なくとも5%はAIによって予測され、取引のきっかけとなる」、そして「2021年までに、ビジュアル検索/音声検索に対応できるようにWebサイトを再設計した早期採用企業は、デジタル・コマースにおいて30%の売り上げ増を達成する」ということらしい。
筆者はオライリーメディアが主催したAI Conferenceにも参加し、FacebookやPinterestなどの企業が機械学習を応用したシステムによって着実に効果を出しているのを目の当たりにしている。またすでにアマゾンなどが提供するユーザーのページに表示されるレコメンデーションの生成には、機械学習が応用されているということも知っている。そのため「AIによって予測され、取引のきっかけとなる」というのが、もしも「機械学習によるユーザー向けのレコメンデーションを含むのであれば、5%は少なすぎる」という印象を持った。プレゼンテーション後のQ&Aでシェン氏に質問を行ったところ、「アマゾンはレコメンデーションには機械学習は使っていない」「AIが予測し、取引のきっかけになる」というのは『AIの機能だけで取引を行う』という意味だ」という回答を得た。つまり機械学習の判断による操作で、「ユーザーの介在なしに取引が行われるというケースが5%になるだろうと」いう予測だとのことだ。
ガートナーのリサーチャーであれば、様々なデータの積み上げからどの技術がどのエリアにおいてアーリーアダプターとして最も先鋭的に使われ、それに続くフォロワーとなるエリアはどこか? などに関して数字を積み上げて予測を行うと考えるのが妥当だろう。しかし今回の予測では、AIが自動的に取引を行うという最も先鋭的なケースの予測だけが提示され、一般的なレコメンデーションが機械学習によって実装されるのは何%なのか? という数値は提供されなかった。また、この「2022年に5%」という数値が金額なのか数量なのかも提示されず、機械学習の浸透を測る上では不足していると思わざるを得ない。さらにその際に使われる技術やフレームワークについても言及されないなど、企業のCTOが自社のツール選択などを行う際に使える情報が提供されなかったのは非常に残念である。
またビジュアル検索についても「サムスンのGalaxy S8/Note 8などに搭載されるBixby(ビクスビー)には写真から品物の名前やメーカーを認識してAmazonで買い物を行う機能がすでに実装されているが、その評価は?」という質問には「Bixbyは使っていないので、評価はできない」という回答を得た。
サムスンのBixbyは音声認識と画像認識を組み合わせたサービスで、画像認識ではワインのラベルから品物を特定し、すぐにAmazonのサイトで買い物ができる機能などが実装されており、日本ではNTTドコモやauが販売を行っている。
インテリジェンス | Galaxy S8/S8+ | スマートフォン - Galaxy Mobile Japan 公式サイト
この公式サイトの内容からも「写真から品物を特定してショッピングが行える」ことを売りにしていることがわかる。実際にこのような実例があるにも関わらず、その評価を行っていないというのは、リサーチャーとしては迂闊であると言わざるをえない。
シェン氏がサンプルとして用いたのは、Syteというベンチャーが提供しているビジュアル検索サービスSyte.aiの事例のようだ。写真には女性のドレスやパンプスの特定、シャワールームの写真からシャワーヘッドを拡大して特定する例が挙げられており、コンセプトとしてのビジュアル検索の域を出ない例が提示されていることから、「まだ実装されていない未来の使われ方」という扱いだったことが推測される。
ガートナーが発表するリサーチや予測の全てがこのレベルだとは思いたくはないが、「2020年までに、デジタル・コマースでの売り上げ増加の30%は、人工知能技術によるものとなる」という予測も大雑把であり、根拠の乏しい予測としか映らない。デジタル・コマース担当のディレクターが発表を行ったリサーチとしては、非常に不満足なものであったことを記録しておきたい。プレス向けのセッションではこのレベルの解説が行われたが、一般参加者向けのセッションではもう少し詳細な説明やデータが提示されたのかもしれない。それに関しては、評価は控えておこう。
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