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日本語しか話せない私が2年間ベトナムに駐在して学んだこと

2022年4月26日(火)
石積 直也

はじめに

皆さんは、海外で働くことにどのようなイメージを持っていますか。日本語が通じずコミュニケーションが取れないのではないか、そもそも海外で生活できるのだろうか。日本語しか話せないのであれば、多くの方がこのような不安を抱くのではないでしょうか。

慢性的なエンジニア不足が課題となっている昨今では、外国籍のエンジニアと一緒に仕事をするのは珍しい光景ではなくなっています。同じチームのメンバーとして働いたり、お客様が外国籍のエンジニアだったり、海外拠点を持つ企業であれば、オフショア(ソフトウェアやWebシステム、アプリケーションなどの開発業務を海外の企業やリソースを活用して行う委託開発の手法)プロジェクトで連携するケースもあります。

一方で、外国籍のエンジニアと一緒に働いたことはあっても、海外で生活し、現地法人に勤務した経験のある人は少ないのではないかと思います。私はお客様のオフショアラボの立ち上げを支援する部署に配属されたことをきっかけに、社会人2年目のタイミングから海外で仕事をする機会に恵まれました。今回は、私がベトナムに約2年間住んで学んだことや経験したことを共有したいと思います。

ベトナムってどんなところ?

フォーやバインミーといったベトナム料理は日本でも以前から人気がありますが、最近では多くのベトナム人が来日して仕事をしていることもあり、日本にとってベトナムはここ数年でより馴染み深くなっています。

ベトナムの人口は約9,700万人と日本とあまり変わらない規模ですが、年齢層別の人口は20〜40歳の若年・青年層が多い傾向にあります。また、GDP成長率もコロナの影響を受けた2020年と2021年を除き、2000年からは常に5〜9%の成長率を保持しており、経済成長の面でも近年最も勢いがあると言えるでしょう。

公用語はベトナム語ですが、エンジニアは英語のドキュメントを読んで勉強することが一般的なようで、ベトナムのエンジニアは英語の読み書きが得意な印象を受けました(会話はベトナム訛りが強く聞き取るのに苦労しましたが)。また、若者の間で日本の漫画やアニメ等はとても人気があり、その影響で日本語を勉強している人も多くいます。駐在中に携わったあるプロジェクトで日本語能力を重視したメンバー採用を進めたときは、メンバー20人全員がN3以上(日本語能力試験のレベル。N3=日常で使われる日本語をある程度理解できる)でした。

ベトナムでの学び

私は日本に帰国してから、たびたび「ベトナムに行って良かったと思いますか?」という質問を受けるのですが、もちろん「すごく良かった」と回答しています。ベトナムに行ったことでたくさんのことを学び、成長できたと感じるのが最大の理由です。駐在員として海外で数年間生活する経験はやりたくてもなかなかできるものではなく、今後の社会人生活においても大いに役立つと考えています。

具体的に、駐在生活でどのような学びや気付きを得たのか、3つほど紹介します。

発展途上国のエネルギーを肌で感じる

ベトナムは至るところに成長の余地を残しています。移動手段はバイクがメインで、自動車を購入できる人は一部の高所得者に限られ、地下鉄は私が駐在していた時点ではまだ建設中で利用できない状態でした。一部の都市を除き、インフラのほとんどが整備されていない地域もあります。しかし、豊富な労働力人口や比較的安価な物価などが他国の目に留まり、海外メーカーの生産工場やIT企業のオフショア開発ラボ、ベトナムでまだ導入されていないビジネスを展開するタイムマシンビジネスなど、海外企業の影響を受けながらあらゆる産業の発展が繰り広げられています。

海外企業の誘致は国策としても進められており、とりわけハイテク産業に注力しているダナン市では、進出企業の出入国・在留手続きの支援、大学での専門人材の育成や企業への採用支援、金融機関からの資金調達支援まで幅広くサポートしています。

ベトナム国民の熱量もすさまじいものがあります。私の感じたベトナム人の特徴の1つとして、所属するコミュニティへの帰属意識の高さが挙げられます。日本では馴染みの薄いものになってしまいましたが、ベトナムの企業では社員の家族も招いて社員旅行や定期的なパーティーを行うことは珍しくありません。私がベトナムに来て間もない頃、勤務先の会社の社員旅行に同行する機会をいただきました。皆でお揃いのデザインシャツを着て飛行機に乗る姿を見て、カルチャーショックを受けました。また、旅行中もチームビルディングのイベントがこれでもかというほど企画・実行され、社員たちのエネルギーに終始圧倒されたことを覚えています。

チームビルディングを行い結束力を高め、自分たちでこの会社をより大きくしていくんだと働くベトナム人の姿は、話に聞いていたひと昔前の日本企業を想起させましたが、私にはその熱意がとても新鮮で心地よいものに感じられました。

日本からも多くの企業がベトナムに進出しており、私が主に滞在していたホーチミン市にもたくさんの日本人が住んでいます。駐在中、幸運にも日本人というだけで誰もが知るような大企業の駐在員や、ベトナムで起業して活躍されている方など、日本に住んでいたら滅多にお話しできないような方々と知り合うことができました。

貴重な経験をする一方で、社会人としての経験が浅い私はなかなか話についていくことができず、まだ何者にもなれていない自分に悔しさを覚えることが多々ありました。ただ、この悔しさがあったからこそ、自分と接する人には何か少しでもお返しができるようになりたいと今後の目標を明確に定めることができたと考えています。

このように、様々な要素が合わさり、急激な速度で発展を進めていくベトナムの様子を現地に駐在しながら肌で感じることができたのは、今後の社会人人生において非常に貴重な経験になりました。

日本以外でも働けるという実感を得る

日本と現地の会社や周囲の人々からの手厚いサポートもあり充実した駐在生活だったことはもちろん、実際に海外で働いたことで現場の雰囲気を知ることができたのは大きな収穫です。その結果、海外で働くことに対する心理的なハードルは明らかに低くなったと感じています。

冒頭で述べた通り、日本語以外の言語をほとんど話すことができなかったので、はじめは苦労することも多々ありました。生活面ではタクシーの運転手に目的地とは全く別の場所に運ばれたり、仕事面でも指示が上手く伝わらず、仕様と全く違うプログラムを大慌てで修正するはめになったりと、大小さまざまなトラブルに見舞われながら過ごしていました。それでも2年間住み続けられたのは、言葉の伝わらない環境に慣れたことと、人を頼ることの大切さを学んだことが大きな要因になっています。

ベトナムに住んで間もない頃は、会話の際に正しい英語を話さなければと気負うことでかえって言葉が出てこなくなり、会話が続かないことがしばしばありました。しかし片言でもまず話してみることを心掛けてからは気持ちに余裕が生まれ、なんとかコミュニケーションを取ることができるようになりました。タクシーに私物を置き忘れても管理会社に電話して届けてもらうなど、帰国する頃には大抵のトラブルにも落ち着いて対処するスキルが身についたと感じます。

仕事では日本語の得意なスタッフがいてくれたため通訳をお願いしていましたが、チャットやドキュメントの翻訳には翻訳ツールをフル活用していました。作業指示を出す際も最初は意図が正確に伝わらず苦戦していましたが、どのような説明の仕方であれば相手に理解してもらえるかを考え、手順を可能な限り簡潔かつ明確にするよう心掛けるようになりました。それでも複雑な作業を依頼しなければならないときは、絵図を用いて作業内容を分かりやすくしたり、私が業務を依頼して現地のスタッフにその作業内容を改めて説明してもらうことで理解度をチェックしたりするといった工夫をしていました。

日本語以外の言語を話せた方が良いのは言うまでもないことですが、だからと言って話せなければ海外で働く資格がないということはありません。日本以外の国で働くということが現実的な選択肢として見えるようになったことは、今後自分のキャリアを選択するうえで非常に大きなアドバンテージになりました。

ブリッジSEの経験を通じて、働き方を見つめなおす

やや限定的で抽象的な話題になりますが、私は駐在中、主にお客様のシステムを開発したり、テストしたりするプロジェクトにブリッジSEとして参画していました。ブリッジSEとは、簡潔に言うと日本とベトナム間のコミュニケーションを円滑にし、ベトナム側の作業進捗や課題などを管理する仕事です。駐在前、ブリッジSEとは「日本と海外を結ぶ橋になる」役割だと考えていましたが、駐在を終えた今は「日本と海外を結ぶ橋を作る」ことが役割と捉えるようになりました。

ポイントは橋の基となる材料です。自分が橋になりプロジェクトを回すのは1番楽かもしれませんが、換えの利かないものになってしまいます。病気などで長期離脱した場合や日本に帰国した場合、他の橋がなければプロジェクトは瓦解してしまうでしょう。そうならないために代わりの橋の材料になるのは、チーム全体のプロジェクトに関する知識や技術、経験に加え、日本と海外の相互理解や信頼関係です。目の前の業務をこなすだけならばいくらでもやり方はありますが、チームの成長と日本側のベトナムに対する正確な理解がなければ、安定したプロジェクト体制にはなり得ません。

私がより安定した体制を築くうえで特に効果的だと感じたのは、日本側とベトナム側でお互いのファンになってもらうことです。ベトナム側には自分たちの携わるプロジェクトや、扱うシステムがどのような意義を持つかを理解してもらうことで業務への意欲や機能に対する理解度が増します。また、日本側にはベトナムの文化や言葉、習慣、メンバー1人ひとりのパーソナリティを少しでも知ってもらうことでベトナムをより身近に感じ、コミュニケーションの取りやすさが格段に向上します。

私は日本に帰国してからも、このような「橋作り」の意識を大切にしています。どのような業務でも、まずは相手を知ることから、そして自分を知ってもらうことから良い仕事は始まるのだと気付くことができました。

おわりに

ベトナムへ赴任する前の私の心境は、言葉の壁や文化の違いといった不安感が大半を占めていました。しかしベトナムという国自体のエネルギーと現地での様々な出会いや経験を経て、自分が海外でも働いていけるという自信と適応力を身につけたことで、なりたい将来の社会人像をより明確に定めることができました。不安を乗り越えてチャレンジしたからこそ、その成功と失敗のどちらもが自分を大きく成長させてくれる結果へ繋がったと感じています。

今回はベトナムに2年間駐在するという体験談を紹介しましたが、程度の差こそあれ、どのような状況でも不安や困難は感じるものです。そのようなときにこそ成長の機会が巡ってきたと思えるよう、この記事が皆さまの一歩を踏み出し勇気をふり絞る一助になれば幸いです。

株式会社パソナテック
大学(文系専攻)を卒業後、新卒でパソナテックにエンジニアとして入社。研修後はJavaやPHPを使用した業務システムの開発に従事し、主にコーディングとテストを担当。その後オフショアプロジェクトの立ち上げのために数回のベトナム出張を経た後、ブリッジSEとして約2年間現地に駐在しベトナムエンジニアの採用教育からプロジェクトのマネジメントまで実施。現在は日本に戻り、SAPの事業部でS/4HANA移行ソリューションを開発中。
パソナテック https://www.pasonatech.co.jp/

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