AI CRUNCH 8

完璧なAIはいらない?「弱いロボット」の可能性と、名鉄グループが築いた生成AIの”土壌”

AI CRUNCHでは生成AIを活用している人が注目している「生成AIのすごい企業」を調査し、その「すごさ」の秘密を分かりやすく発信して行きます!

田中 悠介, 清水 亮輔

6:30

本連載「AI CRUNCH」は「生成AIを活用している専門家が注目する『すごい企業』を調査し、その秘密を分かりやすく発信する」をコンセプトに掲げています。

今回は、「生成AI大賞2024」でグランプリを受賞した名古屋鉄道株式会社と、そこから生まれた実証実験「推しバース」を展開する株式会社名鉄生活創研を紹介します。

生成AIというと「いかに人間と同じように、完璧に振る舞うか」が追求されがちです。しかし、彼らが行き着いたのは「完璧な再現ではなく、あえて『 愛嬌のあるAI(弱いロボット)』として受け入れられることの価値」でした。この独自の境地に至るまでの裏側には、名鉄グループが全社で築き上げた「失敗を恐れずAIに触れられる土壌」がありました。

生成AI大賞2024 グランプリ受賞時の様子

名鉄グループの「すごさ」3つのポイント

  • 心理的ハードルを下げる「AIめっちゃん」の存在
    全社展開の鍵は、親しみやすい社内キャラクターを模したチャットボット。高度な業務ツールとしてだけでなく「おはよう」と挨拶できる親しみやすさが、社員の自律的なAI活用を促進。
  • 「弱いロボット」としてのAIアバターの可能性を発見
    実在のアイドルをAIアバター化した「推しバース」の実証実験を通じて、ユーザーはAIに完璧な人間の代替ではなく、情報がインプットされた「弱いロボット」としての愛嬌や庇護欲を見出していることを発見。
  • AIを主役にしない、地域プラットフォーム構想
    AIアバター単体での収益化や完璧な対話に固執せず、それを「推し活」のひとつの入り口(UI)として割り切り、本丸である「地域の魅力発信・データ基盤構築」へと昇華させる冷静な事業設計。

今回は、名古屋鉄道の三田氏と、名鉄生活創研の土橋氏にお話を伺いました。

イノベーションの土台を作った「間口の広さ」と「AIめっちゃん」

実証実験「推しバース」という野心的なプロジェクトが生まれる前段階として、名古屋鉄道では全社的な生成AI活用の推進活動が行われていました。その最大の特徴は「間口を限定しないこと」です。

三田氏によれば、黎明期からガイドラインをいち早く策定し、手挙げ式で希望する社員約400名にツールを開放。「どんな業務に使えるか」をあえて絞らず、日常業務の中で自由に触れてもらう環境を作りました。

また名鉄では、ベーシック・アドバンス・エキスパートの3段階(スリーレイヤー)で活用レベルを整理し、単なる利用拡大にとどまらず、全社員の参加と高度活用の両立を図っています。

トライアル参加者の活用事例や利用実績を名鉄グループ内で共有し、他の社員が「どのように使えばよいか」を具体的にイメージできる環境を整えました。これは、生成AI導入初期に多くの企業が直面する「何に使えばいいかわからない」という最大の障壁を取り除く効果を持っています。

さらに浸透を後押ししたのが、グループウェアに実装された生成AIチャットボット「AIめっちゃん」です。

「キャラクターに名前をつけたら、ログに『おはよう、めっちゃん』『今日こんなことあったよ』といった他愛のない会話が残るようになりました。ハードルを下げてツールに触れてもらうという目的は、これで達成できたと感じています」(三田氏)
生成AIチャットボット「AIめっちゃん

「AIは完璧でなければならない」「難しいプロンプトを入力しなければならない」というプレッシャーを取り除き、親しみやすい存在としてAIをグループ内解放したこと。この「心理的安全性の高い土壌」があったからこそ、グループ会社である名鉄生活創研から、これまでにないAI活用のアイデアが芽吹くことになります。

「推しバース」の挑戦と、立ちはだかった技術の壁

このように、名鉄では「誰でも触れられる環境 → 活用の広がり → 現場の気づき」という流れが生まれており、その延長線上で新規事業が創出されています。名鉄生活創研の土橋氏は、社内の生成AIセミナーでの学びと、自身の「推し活」の熱量を結びつけ、実在するアイドルをAIアバター化して地域の魅力を発信するプロジェクト「推しバース」を立ち上げました。

推しバースのブースとアバター画面

愛知県の支援を受けプロジェクトはスタートし、短期間でHeyGen(動画生成)やElevenLabs(音声合成)などの最新ツールを組み合わせ、合計32体ものアバターを生み出すという前代未聞のスピード開発。しかし、ローンチ直前にはAIの会話・ビジュアル品質が求めていた基準に達していないことが発覚し、急遽モデルを入れ替えるなど、最前線ならではの泥臭い試行錯誤がありました。

稼働後、76日間で400件以上のアンケートを収集し、アイドルの話題作りや地域の魅力発信という「体験」としては一定の成果を上げました。一方で、ビジネスとしてのシビアな課題も見えてきました。

「AIの会話が不自然だったり、アイドルが知らないはずの店舗を薦めてしまう『ハルシネーション(生成AIが事実に基づかない情報を生成する現象)』が起きたりと、対話体験の質が原因でリピート客の獲得に苦戦しました。日進月歩のAI技術に追いつくための開発コストとのいたちごっこになり、今はまだ持続可能性に壁を感じました」(土橋氏)
インタビュー時の様子:画像左上が名古屋鉄道株式会社三田氏、画像左下が株式会社名鉄生活創研土橋氏

完璧な人間ではなく「弱いロボット」としての価値

技術的な壁に直面した土橋氏ですが、この実証実験を通じて、生成AIと人間のコミュニケーションにおける「ある重大な気づき」を得ました。

「ユーザーは、AIアバターを本人の完全なクローンだとは思っていません。本人の情報がインプットされた『弱いロボット』として認識し、そこに対して『庇護欲(守ってあげたい、育ててあげたいという感情)』のようなものを抱いて接していることに気がつきました」(土橋氏)

人間を完全に再現しようとすれば、少しの不自然さや不気味の谷がノイズになります。しかし、「推し(アイドル)の知識を一生懸命学習した、ちょっと不器用なAIロボット」という位置づけであれば、ユーザーの許容度は上がり、全く新しいエンゲージメント(愛着)が生まれるのです。結果、開催期間で28回も体験した熱狂的なファンを創出しました。

これは、社内普及の起爆剤となった「AIめっちゃん」が、少しとぼけたキャラクター性で社員に受け入れられた現象とも見事にリンクしています。名鉄グループは、社内でも社外でも「完璧ではないが、愛嬌のあるAI(弱いロボット)」の価値を実証したと言えます。

まとめ:AIは「目的」ではなく、組織と価値をつなぐ「手段」へ

今回の取材を通じて見えてきたのは、名鉄グループにおける生成AI活用が、単なるツール導入にとどまらず、「組織に根付く仕組み」として設計されている点です。

誰でも触れられる環境を整え、活用事例を見える化し、「自分ごと化」を促す。さらに、伴走型のガバナンスによって現場の挑戦を支える。こうした取り組みの積み重ねが、AI活用を一部の人のものではなく、組織全体の文化へと変えていきました。

その結果として生まれたのが、「推しバース」のような新規事業です。AIは目的ではなく、現場の気づきや個人の情熱と結びつくことで、はじめて価値を生み出す。そのプロセスが、今回の事例から明確に見て取れます。

また、「弱いロボット」という考え方は、生成AIとの向き合い方に新たな視点を与えます。完璧な再現を目指すのではなく、不完全さを受け入れることで、人とAIの間に新しい関係性が生まれる可能性があります。

AIをどう使うかではなく、どう根付かせるか。
そして、どのように価値へとつなげるか。

名鉄グループの取り組みは、生成AI活用に悩む企業にとって、その具体的なヒントを示していると言えるでしょう。

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