本連載「AI CRUNCH」は「生成AIを活用している専門家が注目する『すごい企業』を調査し、その秘密を分かりやすく発信する」をコンセプトに掲げています。
今回は、「生成AI大賞2024」でグランプリを受賞した名古屋鉄道株式会社と、そこから生まれた実証実験「推しバース」を展開する株式会社名鉄生活創研を紹介します。
生成AIというと「いかに人間と同じように、完璧に振る舞うか」が追求されがちです。しかし、彼らが行き着いたのは「完璧な再現ではなく、あえて『 愛嬌のあるAI(弱いロボット)』として受け入れられることの価値」でした。この独自の境地に至るまでの裏側には、名鉄グループが全社で築き上げた「失敗を恐れずAIに触れられる土壌」がありました。
「AIは完璧でなければならない」「難しいプロンプトを入力しなければならない」というプレッシャーを取り除き、親しみやすい存在としてAIをグループ内解放したこと。この「心理的安全性の高い土壌」があったからこそ、グループ会社である名鉄生活創研から、これまでにないAI活用のアイデアが芽吹くことになります。
「推しバース」の挑戦と、立ちはだかった技術の壁
このように、名鉄では「誰でも触れられる環境 → 活用の広がり → 現場の気づき」という流れが生まれており、その延長線上で新規事業が創出されています。名鉄生活創研の土橋氏は、社内の生成AIセミナーでの学びと、自身の「推し活」の熱量を結びつけ、実在するアイドルをAIアバター化して地域の魅力を発信するプロジェクト「推しバース」を立ち上げました。
完璧な人間ではなく「弱いロボット」としての価値
技術的な壁に直面した土橋氏ですが、この実証実験を通じて、生成AIと人間のコミュニケーションにおける「ある重大な気づき」を得ました。
人間を完全に再現しようとすれば、少しの不自然さや不気味の谷がノイズになります。しかし、「推し(アイドル)の知識を一生懸命学習した、ちょっと不器用なAIロボット」という位置づけであれば、ユーザーの許容度は上がり、全く新しいエンゲージメント(愛着)が生まれるのです。結果、開催期間で28回も体験した熱狂的なファンを創出しました。
これは、社内普及の起爆剤となった「AIめっちゃん」が、少しとぼけたキャラクター性で社員に受け入れられた現象とも見事にリンクしています。名鉄グループは、社内でも社外でも「完璧ではないが、愛嬌のあるAI(弱いロボット)」の価値を実証したと言えます。
まとめ:AIは「目的」ではなく、組織と価値をつなぐ「手段」へ
今回の取材を通じて見えてきたのは、名鉄グループにおける生成AI活用が、単なるツール導入にとどまらず、「組織に根付く仕組み」として設計されている点です。
誰でも触れられる環境を整え、活用事例を見える化し、「自分ごと化」を促す。さらに、伴走型のガバナンスによって現場の挑戦を支える。こうした取り組みの積み重ねが、AI活用を一部の人のものではなく、組織全体の文化へと変えていきました。
その結果として生まれたのが、「推しバース」のような新規事業です。AIは目的ではなく、現場の気づきや個人の情熱と結びつくことで、はじめて価値を生み出す。そのプロセスが、今回の事例から明確に見て取れます。
また、「弱いロボット」という考え方は、生成AIとの向き合い方に新たな視点を与えます。完璧な再現を目指すのではなく、不完全さを受け入れることで、人とAIの間に新しい関係性が生まれる可能性があります。
AIをどう使うかではなく、どう根付かせるか。
そして、どのように価値へとつなげるか。
名鉄グループの取り組みは、生成AI活用に悩む企業にとって、その具体的なヒントを示していると言えるでしょう。
- この記事のキーワード
