本連載「AI CRUNCH」は「生成AIを活用している専門家が注目する『すごい企業』を調査し、その秘密を分かりやすく発信する」をコンセプトに掲げています。
今回は、AIタレントプロダクション「ぴにょきお(Pinyokio)」を紹介します。生成AI技術を用いて見た目や声、思考などを学習したバーチャルヒューマンに特化したタレント事務所です。代表のくりえみ氏はタレント活動と並行して起業家としてもキャリアを重ね、現在はAI研究開発企業AiHUBのCMOも務めています。
Pinyokioの「すごさ」3つのポイント
- AIとエンタメを横断する実証実験
- くりえみ氏本人とAI分身が共演する写真集や「AIアイドル生成講座」など、技術を実際のエンタメコンテンツに落とし込む取り組み
- 技術力×経営視点
- AiHUBのAIカスタマイズ技術と、タレント兼起業家であるくりえみ氏の両面の経験が掛け合わさった体制
- ブレイクスルーに備えたIP権利戦略
- 400〜500人規模のタレントのAI学習権利を保有し、将来の資産を積み上げている
本記事では、くりえみ氏にお話を伺い、「AIタレント」という新しい挑戦に向き合う中でPinyokioが直面してきた現実と、そこから描かれている次の一手を紐解いていきます。
レッドオーシャンからの撤退が
AIタレント事業の出発点
Pinyokio創業の背景には、くりえみ氏の前職での経験があります。7年前、オンラインクリニックや美容クリニック系の事業で起業しましたが、コロナ禍を経て状況は一変。美容クリニック業界は急速にレッドオーシャン化し、大企業が月2〜3億円の広告費を投下する中で差別化の限界を感じました。
結果として3年前に事業を売却。その後彼女が向き合ってきたのは「自分自身のIPを、どう事業に組み込むか」という問いでした。タレント経験から自身の影響力は理解していたものの、それに依存しすぎるビジネスには限界がある。属人性を前面に押し出さず、再現性のある事業として成立させたいーそんな葛藤を抱えていました。
なぜ「AIタレント事務所」だったのか
ー#AI美少女との出会い
市場調査を進める中で、くりえみ氏が注目したのが「#AI美少女」というハッシュタグでした。
この技術を目にしたとき「IPと事業の関係をどう設計するか」に対する答えが見えたと言います。AIを介在させることで「自分というIP」を事業に組み込みながらも、それを拡張し、複製し、新たな価値を生み出せる可能性があったのです。くりえみ氏は、X上で最もクオリティの高い作品を作っていると感じたクリエイターにDMを送りました。その相手が、現在のAiHUBのメンバーでした。
AiHUBは日本のオープンソース生成AIコミュニティから生まれた研究開発型企業で、アニメやバーチャルヒューマンといったエンタメに特化したAI技術を追求しています(詳しくは前回の記事で紹介)。特筆すべきはAIモデルを深く理解し、カスタマイズして使いこなす技術力です。くりえみ氏は「私もクリエイティブを作っているけれど、AiHUBのクリエイターには敵わない」と語ります。「LoRA」と呼ばれる追加学習の手法を駆使し、複数のAIモデルを組み合わせることで「普通ではあそこまでたどり着けない」というクオリティを実現しているのです。
技術開発に強みを持つAiHUBとタレント業界とビジネスの両方を知るくりえみ氏ーこの組み合わせにより、技術とエンタメの両面から事業を構築できる体制が生まれました。そして、この出会いからわずか半年足らずで「Pinyokio」は設立されたのです。
早すぎた挑戦
ーバーチャルヒューマン事業が直面した壁
Pinyokio設立当初の主軸は、バーチャルヒューマンを活用したエンターテインメント事業でした。実在のタレントをAIで学習させれば、その分身が24時間休まずファンと交流できるー理論上は人間の「活動時間の壁」を突破できる存在として期待されていました。
AiHUBと連携しながらバーチャルヒューマン「Sali」の開発や、くりえみ氏自身のAI分身「V-くりえみ」の制作など、実証を重ねてきました。技術的には確実に進化しています。
しかし、2年間を振り返ったとき、そこには技術の進化とエンターテインメントとしての価値の間に大きなギャップがありました。くりえみ氏によると、人々の目がAIで作られたキャラクターに慣れてきた一方で、それが感動や共鳴を生み出すかと問われれば、答えは「まだ」だったと言います。
技術だけでは人は動かないー主観と客観のズレ
なぜ、技術の進化がエンターテインメントの価値に直結しないのか。
くりえみ氏は、この課題を「手料理」に例えて語ります。自分で作った料理はおいしく感じるが、それをレストランで出されたら「何これ」となる。作り手は苦労した分、良く見えてしまう。しかし、受け手にとってそれが感動になるとは限りません。
特に、AIという技術を使っていることが却ってマイナスに働く場合もあると指摘します。従来の撮影は朝早くから地方に移動し、1日かけて行うーファンはそのプロセスを知っているからこそ「頑張ってくれた」と感じます。しかし、AIで作ったコンテンツは「端折っているのでは?」という印象を与えかねません。
さらに「24時間稼働」という概念にも落とし穴がありました。くりえみ氏によると、中国のEコマースでバーチャルヒューマンが24時間物販をしているのは商品にフォーカスされているからだと言います。しかし、エンタメとしてその“存在”に価値を感じてもらうためには、ただ動き続けるだけでは意味がない。感情のある存在が背景やストーリーとともに配信してくれる方が、ファンにとっては価値があるのです。
くりえみ氏は、技術の新しさだけでは人は動かない、と語ります。エンターテインメントとして成立させるためにはストーリー、感情、マーケティングー技術以外の要素が不可欠でした。
今、Pinyokioが賭けているもの
ーIP権利という戦略
技術は進化した。しかし、AIがエンタメとして共感や感動を生めるフェーズには、まだ至っていない。それでもPinyokioは未来を見据えています。くりえみ氏によると、そのときが来たときに何を持っているべきかーその答えが「IP権利」だと言います。
現在進めているのは女性タレントやインフルエンサーと契約し、彼女たちのAI学習権利を保有する「Pinyogram」という取り組みです。その人物の顔や声をAIで学習させ、派生的なコンテンツを生み出す権利を本人の許諾のもとで取得していきます。このモデルで権利を保有している人数は現在で400〜500人規模に達しています。
ただし、Pinyokioの狙いは個々のタレントの収益そのものではありません。くりえみ氏によると、狙いは二次的収益とプラットフォーム化だと言います。派生コンテンツから生まれる収益、そして「Pinyokioを使えばこれができる」という仕組みそのものを構築することを目指しているのです。
技術開発だけでは会社の価値は高まらない。エンタメとしての感動も、まだ構築できていない。だからこそ、今はIP権利という「資産」を積み上げ、将来のブレイクスルーに備えるーそれがPinyokioの現在地です。
エンタメ×AIは、まだ始まっていない
くりえみ氏によると、今AIの技術に熱狂しているのはテック好きやAIの最先端を追っている人たちだと言います。しかし、エンターテインメントとして一般の人々を本当に感動させ、夢中にさせるものは、まだ生まれていない。VTuberで言えばホロライブのようなものが、AIエンタメの領域ではまだ出てきていないのです。
「どこかのタイミングでカチッとスイッチが切り替わる瞬間がある。その瞬間が来たとき、初めて「自分たちがすごいことをやっていた」と理解してもらえる」ーくりえみ氏はそう語ります。
その例として挙げるのがChatGPTです。OpenAIも長年研究を続けてきましたが、広く知られるようになったのは2022年11月の公開以降。ある瞬間にスイッチが切り替わるように世界中の人が使うようになりました。
「この2年の開発や研究は何も無駄じゃなかった。会社としてのビジョン、ミッションみたいなものは、この経験を踏まえた上でどのように生かすかという、本当にこれからのフェーズなのです」
Pinyokioは、その瞬間に備えて準備を重ねています。
読者へのメッセージー今がチャンスの時代
最後に、くりえみ氏から読者へのメッセージをいただきました:
AI時代において、大企業だからできることもあれば、大企業でなくてもできることもあります。むしろ、大企業が手を出しづらいところ、わざわざそこに注力しないところーその抜け穴を見つけられるのが、今というタイミングだと思います。
今やインターネットで新しいことを始めるのは容易ではありません。しかし、AIであれば話は別です。全く知識がなくても、ここからのスタートで何かを成し遂げられる可能性があります。
法律もまだ定まっていない。みんなが分かっていない。だからこそ、全員にチャンスがある。ぜひ他人事と思わないで、自分事として挑戦する価値があるのではないかと思っています。
熱意のある方、絶賛大募集してます。
また、現在くりえみ氏のIPを活用したショートフィルムコンテストも開催されています。AIクリエイターや映像制作に興味のある方にとっては、実際に作品を発表できる機会でもあります。興味のある方はぜひ参加してみてください(募集期間:2026年2月24日~3月31日まで)。
▼X(企画概要)
https://x.com/kurita__emi/status/2026160747596922991?s=46&t=GD9EuViLuzTgtuVV1zbHsw
▼応募ページ
https://kuriemi.creators-wonderland.com/
さいごに
Pinyokioの挑戦は「AIタレント事務所」という華やかな響きの裏側で、冷静に勝ち筋を探し、試行錯誤を重ねてきた2年間の物語です。AiHUBの高度な技術力とタレント・起業家として両面を知るくりえみ氏の経験ー技術だけでは人は動かないことを理解し、次の戦略を描ける視点。この掛け合わせがPinyokioのすごさなのかもしれません。
エンタメ×AIの本当のブレイクスルーは、まだこれからでしょう。しかし「スイッチが切り替わる瞬間」に備えて準備を重ねている企業がここにあります。そのとき、Pinyokioがどのような景色を見せてくれるのかーそれを楽しみに、これからも注目していきたいと思います。
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